Yellow_06







繋がった手を、身体を、あなたから離したくない…

このまま溶け合って、全部一緒になればいい。

人を傷付けて得る幸せなど、本当の幸せではないのに…

私はそんなこともわからないほどに、あなたを欲していた―――。












Yellow











6.






「周助さっ…!」


強引に腕を捕まれて入った部屋は、建ち並ぶ高層ビルの中にあるビジネスホテルの一室だった。

――――――本当は、強引なんかじゃない…。

こうして今から訪れるであろう状況をも、人のせいにしようとしている。

いつだって、こうなることを願っていたに違いないのに…。

卑怯者…周助さんからのキスも、好きだという言葉も受け入れて、この先、愛し合うことも受け入れるくせをして、私は身体が熱くなる一方で、頭の片隅で理性を失えずにいた…。

こんなことをして、良い訳がない…でも、その理性も束の間…次の瞬間、すぐにそれは崩れた。


「…伊織ちゃん…っ…」

「…っ…周助さん…だめ…こんなのっ…!」


一歩足を踏み入れたところで、強い力で後ろから抱きしめられた。

彼の腕が、私の肩を強く握り締めて

彼の髪が、私の頬を静かに掠めて

彼の吐息が、その声が…私の耳元で、悲痛な叫びを上げるように切なく響いた。


「君が…欲しい…」

「………っ…」

「抱きたいんだ…」


息が止まりそうになるほど、私の身体は硬直して、小さく震えてさえいた。

ずっと、叶うはず無いと思ってきた好きな人が…私を後ろから強く抱きしめて、私が欲しいと言っている…


「抱かせて…伊織…っ」

「…っ…周助さっ…―――」


彼が私の前に回り込み、その唇を押し当てて舌を絡ませた時、私の頭の片隅にあった理性は消え、それと同時に、彼の首に手を回していた。







* *







「…周助…さんっ…っ…」

「伊織…伊織…っ…好きだよ…伊織…君が…好きだっ…」


無我夢中だった―――

僕が今、どういう状況で、誰が婚約者で、伊織ちゃんは千夏の親友で…そんなことは、僕の頭の中には何も無かった。

自分の無責任さや最低さを責めるのは後だ…今はただ…ただ、ただ伊織が好きで、欲しくて、欲しくて…抱きたくて…


「…くっ…うっ…ひっ…ぅっ…」

「…っ…伊織…泣かないで…っ…」


僕が彼女を愛して、彼女も僕を愛して…そしてひとつになって、溶け合って…そうして揺れている間中、伊織は泣いていた…僕が彼女と交わった瞬間は、顔を覆って、泣いた。


「はぁ…ぅっ…周助…さ…んっ…」

「………伊織ちゃん…」


互いが抱き合い果てた後、息を切らした僕に、伊織ちゃんは嗚咽をあげながら僕を見つめて、何かを訴えようとしていた。

言葉にならない、辛くて、切なくて、哀しくて、息が詰まるような想いを…


「………愛してる…本当だよ…」

「……っ…!」


僕も同じ想いで彼女を見つめてそう言うと、伊織ちゃんの目が大きく開かれた。

そのまま僕は黙って、伊織の目元に流れる大粒の涙を、そっと唇で拭った。







何も言わず、何も聞かれないままに時間は過ぎて…ただ強く抱き合って、僕等は眠りに堕ちていた。



…やがて…僕のジーンズの中から、携帯の着信音が鳴った。

浅い眠りだった僕はすぐにベッドから起き上がってそれを取ると…着信は、千夏からのものだった。


「……もしもし?」

<周助っ…ねぇ…今…どこにいるの?>


「………」

<ね…いつ帰ってくる?…今日のこと、ちゃんと話したいの!わた――>


「今日は帰らない…」

<…え…>


「…僕も、話したいことがあるんだ…でも…今日は帰らない…」

<周助!?ねぇ…どこに…!!>


「明日、帰ったら話すよ」

<しゅ―――>


千夏の電話越しに聞こえる声を無視して、僕は電話を切った…どんなに、自分が酷い男だってこと、誰に責められるでもなくわかっているつもりだった。

それでも…僕の気持ちはもう…自分に嘘が付けないほどに…


「…千夏…でしたか…?」

「…!」


振り返ると、ベッドに座っていた僕の背中を、辛そうに伊織ちゃんが見ていた。

電話の音で、僕が動いたことで目を覚ましてしまったんだろうと…そんなどうでもいいことが、咄嗟に頭の中でめぐる。


「起こしちゃったね…ごめんね…」

「………」


質問に答えてない僕を、伊織ちゃんは見損なったかもしれない。

それでも、千夏だったとはなんだか、僕は口にするのを躊躇った。

それがどうしてなのかは、全く分からなかったけど…。


やがて僕と伊織ちゃんの間に、長い沈黙が訪れた。

僕がその沈黙を守ったまま、静かにベッドの中に入ると、伊織ちゃんは小さな声で言った。


「…私が…悪いんですよね…ごめんなさい……」


どうして、彼女は自分を責めるんだろう…僕や千夏と疎遠になったことに対しても、彼女は自分を責めていた。

私が悪いんです…そう何度も繰り返して…自分を責めた方が、彼女にとっては楽なのかもしれなかった。

そうすれば…自分を正当化して守ることさえも、放棄してしまえるから。

でもそれは…それはね伊織ちゃん…僕がさせないよ…。

君が自分を守る事を放棄しても、僕が君を守る…守りたいと思うんだ。


「違う…僕が悪い…謝らないで…本当なら…」

「周助さん…」

「僕が謝らなきゃいけないんだ…ごめんね伊織ちゃん…辛い思い…させて…」


そう言いながら、僕は彼女にそっと触れるだけのキスをした。

辛い思い…この先も、させてしまう…きっと…親友を裏切ってしまったという思いも、その親友を失ってしまうという思いも…僕を親友から奪ってしまったという思いも、回りから責められるだろう思いも…全部全部、君にこれから…背負わせてしまうよね…。


「…重荷に…なりますね…私…」

「…どうして?」


「だって…!………え…周助さん…?」

「…僕がこうして君を抱いて、それで何事もなかったかのように結婚すると思った?」


伊織ちゃんの瞳が、信じられないといった顔で僕を見つめている。

ねぇ伊織ちゃん…僕は君を、このまま放っておくつもりなんかないよ…?


「周助さ…」

「そんな軽い気持ちで、君を愛したつもりはないよ」


「だ…だめです!!そんなの絶対だめ!!」

「………伊織ちゃん…?」


また、目に涙を浮かべて、伊織ちゃんは強く首を振った。


「わ…私…私は…周助さんに今日…こうして…抱かれただけでそれで十分です…だから…も…忘れますっ」

「何…言ってるの…?」






* *






周助さんの瞳が、大きく、開かれていた…それでも私は、彼の腕の中にいても、この事実に異常に臆病になっていた。


「ねぇ伊織ちゃん、僕は…本気で君の事…」

「だめです…千夏が…千夏がいるじゃないですか…」


自分でも反吐が出そうだった。

千夏がいると彼に説得しながら、安易に抱かれたのは誰だと、今は誰も責めてはくれない自分を責めた。

これから責められることへの予行練習のつもりなのか。

私はどこまで卑怯なんだろう…どこまで最低なんだろう…人を好きになって、それでも彼は好きになってはいけない人で…それなのに…想いを抑えきれなくて…彼に…抱かれて…挙句の果てには、その事実を自分からも、彼からも…そして千夏へ知られる前に、その全てを揉み消そうとしている…。


「だって…だってこんなこと聞いたら…千夏が…千夏っ…」

「………じゃあ…僕はどうなる…?」


「えっ…」

「伊織ちゃん…君は…?君はどうなるの…?」


客観的に見ていたら、到底理解出来ない感情を私は持っていた。

千夏を傷付けたくないと、どうしてそんなことが平気で思えるのか。

そう本気で思うなら、何故踏みとどまれなかったんだろう。

そして自分が彼を諦めればそれで済む事だと、何故思ったのか。

………考えてみればわかることはただひとつで…。

私は最低で、幼稚で、自分のことしか考えてない愚か者だということだった。

一見、人のことを考えているようで、全ては自己防衛…本当に、最低な人間だと思った…心から、自分を憎み、嫌った…。


「僕はもう…伊織ちゃんを離すつもりなんかないよ…」

「周…助さ…」


そんな私を、優しく包み込む周助さんの温もりが…声を上げて泣いてしまうほどに全身に沁みわたって…。


「誰も傷付かない選択肢なんて…もうない…そうでしょ?」

「…っ…うっ…くっ…」


「それなら僕は…薄情だって思われてもいい…それでも…伊織ちゃんと一緒にいたいって…そう思うんだ…だから…ごめんね…」

「周助さんっ…私…っ…」


「伊織ちゃんも…僕と同じ気持ちでいてくれるなら…辛い思い、たくさん、たくさんしちゃうと思うけど…僕と一緒に居て欲しい…」

「………私…っ…一緒に…居たいです…っ…」


もう、後戻りは出来ない…このまま彼と一緒に居たいと告げた私と、そんな私を選んだ周助さんと…運命の歯車は、軋みを上げながら廻りはじめていた―――――。





to be continue...

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