ファットボーイ&ファットガール_01
「ちょっと、丸井」
「あ?」
「目見えてる?どう見ても赤信号なんだけど」
「…………」
ファットボーイ&ファットガール
1.
今日から高校三年で。
春休み中は着ることがなかったブレザー着て、カバン背負って、朝は寝坊しちまったからコンビニでチョコクリーム入りクロワッサン買って、でそれ食いながら学校行くのに駅に向かってる途中だった。
俺の背中からいきなり。
女子は大抵、俺のこと「丸井くん」か「ブンちゃん」か「ブン太くん」で、仲良くなったら「ブン太」になる。
だから、聞き覚えのねえ声にいきなり「丸井」呼ばわりされた俺はちょっとむっとして振り返った。
したら、聞き覚えはねーけど見たことある顔。
確か、水泳部の佐久間。
結構表彰とかされてんじゃねーかな。
だから覚えてんだ、多分。
偉そうに声掛けてきて何言いだすかと思ったら、赤信号で横断歩道渡ろうとしてる俺に嫌味たっぷりの文句。
……真面目か。
心の中でトシばりに突っ込んだ俺は面倒臭えからとっとと歩き出した。
つか佐久間ん家ってこの辺りなのか。
まあ別に、どーでもいいけど。
「ちょっとあんた聞こえてんの!?」
「ちょ……っ!?」
どーでもいいついでに、俺は佐久間の言ったことを丸無視して歩き出した。
したらいきなり、佐久間の奴、無視した俺の首根っこ掴みやがって。
これじゃ歩こうにも歩けねえじゃん!!
「っにすんだよ!離せ!!」
「赤信号でしょ!!」
「はぁ!?バカじゃねーのお前!?あっちもあっちも車なんか通ってねーだろ!!見えねえだろ!!」
「な……何言ってんのあんた!?危ないじゃん!!小さい子供が見て真似したらどーすんの!?」
「あのなあ、どこにガキがいんだよ!?この横断歩道の何が危ねえんだよ!?それに俺が事故ろうがどうなろうがお前の知ったことじゃねーだろ!!マジうぜえ!!」
「赤信号でしょ!!」の件が対して親しくもねえ女に説教された感じで、俺は完全に頭に血が登った。
知り合いならまだしも、よく知りもしねー女。
それに加えて、いきなり首根っこ掴まれるとか。しかも朝からとか。
マジ、無い!!
しかもその説教は住宅街の中にあるほとんど無意味な横断歩道が原因。
距離だってまあざっと3メートルくらいじゃね?
マジで、引くくらい面倒臭えし。
くそ真面目、うぜえ!!……って、そんな感じだったから言い方がキツくなってたのは認めるけど。
「あんた……最低」
「あっそ」
気付けば佐久間はわなわな震えてやがって、目の前の信号は青に変わってた。
最低とか言われても全然どうってことねえし、てかうぜえし。
区切りがついたみたいに冷静になった俺はそのまま歩き出した。
ったく朝からいい加減にしろっつんだよ。いやー、無い。無いわ。
「誰もあんたの心配なんかしてないよ!!バカ!!」
「!?」
立ち止まったままの佐久間を無視して横断歩道を渡り切ったくらいのとこだった。
女の口から出たとは思えねえ罵声が響いて。
マジかよ?って振り返った俺の目の前は、でかい女のでかい手に覆われて……直後、殴られてた。
「あんたみたいな無責任な奴が一番嫌い!!痛い目に遭えばいい!!」
「…………な、……にしやがんだこのバカ女!!」
最悪な朝。
俺のチョコクリーム入りクロワッサン、道路に放り出されて転がって。
*
「そりゃお前が悪いじゃろ」
「はあ!?俺!?」
「そ、お前」
「な……なんで!仁王!」
クラス割が発表されて、俺は仁王と同じクラスになったことが嬉しかった。
こいつとは長い付き合いで、気にくわないとこもちょいちょいあるけど、でもなんだかんだ居心地がいい……そんな奴。
その仁王に早速今日のこと話したら、この返事!!お前も無い!!
「佐久間の言うちょることは正論じゃ」
「ちょっと待てって!確かに赤信号は良くねえよ!?でも親しくもねえ女にそこまで言われて殴られた挙げ句にチョコクリーム入りクロワッサン無駄にされることねえだろぃ!?」
「殴ったらたまたま咥えちょったパンに当たったんじゃからしょうがないじゃろう」
「なんだよそれ!!じゃーあのバカ女は何も悪くねえってことか!!」
「バカ女とか汚い言葉を使いなさんなブン太……せめてバカチンくらいにしちょきんしゃい」
「……え、金八?」
「ん」
仁王は「めっ」とか茶目っ気見せながらも、さらっとんなこと言ってて。やっぱ面白れえわ、こいつ。
でも、今日は面白さがいつもとちょっと違う。
どう違うかってーと説明し辛えけど、なんつーか、仁王の持つ独特な雰囲気の中に、「優しさ」みたいなものを感じたりする。
……い、言ってて自分で気持ち悪り……でも絶対なんかあったんだ、これは。
「それよりのう、ブン太」
「何!」
ほれきた!!
俺のこういう予感は結構当たったりすんだ。
待ってましたと言わんばかりの俺に、仁王は目を丸くした。
「なんじゃお前さん、何を嬉しそうにしちょる」
ふっと笑う仁王に、俺は確信する。
嬉しそうなのはどっちだよ。
お前がそんな優しい顔で笑うなんて最近なかったじゃん。
この!このこの!
「まあ待てよ仁王、俺が当ててやっからさ」
「ほう?俺が言おうとしちょる事を当てるんか」
「おう!さてはお前、彼女出来たんだろぃ!!」
「えーー!!」
「!?」
俺がそう言って仁王に指差した瞬間、仁王より早く、クラスの女子が反応してきた。
それにビクッとした俺に仁王は苦笑いしてやがる。
あ、ちょっとムカつく……その余裕な感じ……それだけでめちゃくちゃ惚気られてる気分だし。
「ようわかったのう」
「やっぱな!ビンゴ!」
でまた、騒ぐ女子。まーじうるせえ。
「モテモテだな仁王」
「お前さんには適わんよ。でのう、ちと部活前の昼飯に誘いたいんじゃけど」
「いいじゃん!!誘え誘え!!つか誰だよ!!勿体ぶんなよ!」
「いや別に勿体ぶっちょるわけじゃないが……まあ、昼までのお楽しみにしちょきんしゃい」
部活前の昼飯、俺らテニス部はわらわらと集まって適当に食う。
同じクラスにレギュメン居るなら当然一緒に食ったりすっから……だから仁王は俺に確認を取ったんだ。
それはつまり、彼女を紹介したいっつーこと。
仁王のそういうの、なんか嬉しいじゃん。らくしもなく、仲間って感じで。
だから俺は、昼飯時になんのをすっげえ楽しみにしてた。
すっげえ楽しみにしてたから、それは余計に訪れたわけで。
「マジ無い!!」
「ウンウン、わかるわかる、無いね、それは丸井くん無いね」
と、とりあえず頷いておけばいいやくらいに思ってる(絶対!)千夏が、携帯が鳴ったのを気にしながら返事をする。
その上、人が真面目に怒っているというのにその鳴った携帯を開けた!!
聞き慣れない着信音。
段々見えてくる。
さっきからこの女の、どこか浮かれた様子の正体が。
「……千夏さ、感情込もって無いんだよねさっきから。どうでもいいと思ってるでしょ、ねえ、止めようかこの話!?」
「思ってないよう、あんたそうやってすぐ突っ掛かるんだから。やめてそういうの、面倒臭いから」
「め、面倒く……!酷い!!」
冗談じゃーん、と笑いながらメールを打ち返しているのがまた気に入らない。
だいたい人が話している最中にメールを読んで返事までするっていうのはどういう性分だ。
……とは言っても、千夏とわたしの仲だからそれは許されたりする。(当然、許されない時もあるけど、そういう空気はお互いなんとなく読める)
それはわたしと千夏が中学の頃からの親友だったりするからだ。
今年は約五年ぶりに同じクラスになって、わたしも彼女も大はしゃぎ。
「で伊織は、そんな丸井くんをしばいてきたと」
「あ、話続けるんだ」
「だってあんた続けたいんでしょ?」
「まあ……いや別にもうどうでもいいっちゃいんだけどさ」
そうだ、だいたいこの新学年の新学期という清々しい朝を、あの男はすこぶる不愉快にしてくれた。
考えてみればあんな男のことでわたしが腹を立てている事が勿体ない。
少しカッコいいからって、調子に乗って……チャラいくせに!
「どうでもいんだ……。でも伊織さあ、昔、カッコいいって言ってなかった?」
「はあ!?」
頭の中で不機嫌になっていると、千夏は懲りずにまだ話を続けている。
わたしが昔、丸井をカッコいいって!?
カチンときたから思わず怒って返したけど、千夏はそんなのものともせず。
「言ってなかったっけ?」
「そんなこと……言ってたよ!!」
「言ってたんじゃん!!」
だって顔だけはいいじゃんあいつ!!
我ながらちょっと暴言だと本能が知らせてか、クラスの女子には聞かれないよう、胸の中で悪態をつく。
そんな気持ちの入った怒りの肯定に笑いながら、すかさず突っ込む千夏。
全くわたしとは違って機嫌が良いったら。
ああもうそれこそ面倒臭いからさっさと言っちゃってよ!
「つか面倒臭い」
「はあ?何が?」
「千夏さ、わたしに何か報告があんでしょ?わかるんだよ、てかわかり易過ぎるよ!!」
「あら。さすが伊織ちゃん」
しれっとそんなことを言いながら、メールを送信し終えて満足した様子の千夏は間髪入れずに言った。
「彼氏出来た」
「だと思った。誰?」
「それはお楽しみ」
「何それ」
わたしから言わせれば、千夏は結構な勢いで男運が悪い。
中学の頃から千夏の親友をやってるわたしは、千夏の男遍歴を見てきている。
どいつもこいつも、「なんでこんなのが好きなわけ!?」って言いたくなるようなクズばっかり。
付き合ってる時に千夏にそんなこと言ったら可哀想だから言わない。
けどやんわりと、「わたしは耐えれないな、それは」みたいに言う。
だけど千夏はいつも全身全霊で恋をして。
最後はいつも泣く嵌めになる。毎回が大失恋だ。
そして一通り泣いたら、今度は徹底的にその男を嫌う。
そして新しい恋に出会った途端、以前誰かと付き合ってたという事実すら彼女の中では無かった過去になる。
消えるのだ。
彼らは記憶から抹消される。全くすごい女だ。
でもそんな千夏を、わたしは時々羨ましく思う。
そんな風に、全身全霊で誰かを愛してみたいし、愛されてみたい。
まあ彼女から言わせれば、「わたしがいつも愛して、わたしはいつも愛されない」らしいけど。
説明は長くなったけど、つまりそんな彼女だからこそ、男が出来た時はわかり易い。
まず変わるのは携帯の着信音。(携帯だけでも受信フォルダと送信フォルダに新しい項目が出来る。まあ大抵相手の名前だけど)
そして毎日ウキウキしている。竹内まりあ並みに毎日がスペシャル。
付き合い始めなんかこっちが見ててうんざりするくらい、ベッタベタ。
大好きオーラを放って、周りに敵が居ようものなら一掃する。
そして、一番にわたしに報告する。そして、一番にわたしに紹介する。
「ん、あのね、お昼ご飯一緒に食べようって誘ってくれたんだ。勿論、毎度のことながら伊織に彼を紹介したいんだけど……」
「いいよ。でも千夏、今回くらいはいい加減、まともな男?」
「今までの誰より好き」
「はいはい、いつも聞きますその台詞」
きー!となっている千夏を尻目に、わたしはゲラゲラ笑った。(だって本当のことだし)
でも楽しみだった。
千夏は前回の失恋の痛手が結構長引いてたから。
彼女の新しい恋、応援したいって心から思う。
だから本当に楽しみにしてたからこそ、それは余計に訪れたわけで。
□
□
「…………」
「…………」
この上ねえ不快感。
「……えーと……あ、丸井くん、あの、こちら、わたしの親友で、佐久間伊織……」
「仁王、お前知ってて連れて来させたんだろぃ……」
「まあ……千夏の隣にいつもおるのは佐久間じゃし?多分なんとなくそうじゃろうとは思っちょったけどの」
「てめ……」
「わたし帰るわ」
「わー!!ちょっと待って!待って伊織!!」
「千夏だって同じ!!仁王が連れてくるのなんかあのインテリメガネかこのバカくらいのもんだし!!」
「酷い言われようじゃのう、柳生……」
「俺は!?」
待ち合わせ場所は家庭科室で、授業の無い日は全く使われてない場所だった。
俺らが家庭科室に到着した頃には女の声が聞こえてきて、俺のわくわくは最高潮。
あっちも誰か友達連れて来てんじゃん!ってのも、当然だけどそのわくわくの相乗効果。
で、教室に入った瞬間、俺が「ちーっす!」って声を掛けて振り返った女子二人。
直後、固まった俺と佐久間の二人。
一気に静まり返るってのは、こういうことを言うんだよな、絶対。
つかさっきからすっげー腹立つんだけど、なんなわけこいつ?
「お前さあ、さっきから聞いてっと言ってくれるじゃ……」
「はあ!?お前!?なんでわたしがあんたにお前呼ばわり!?」
俺が睨みを効かせて黙らせようと思ったら、俺の台詞を聞かねえままこのバカ女は!!
……マジ、マジでムカつく!!
「ああああああったま来た!!帰るぞ仁王!!何で俺がこんな奴と昼飯なんか!!」
「そうか、じゃあ帰りんしゃい。俺は千夏とおりたい」
「!……あ、や、やだなあ、雅治……恥ずかしい……」
「うざ……」
「つか止めろよ仁王!!」
「お前さん帰りたいんじゃろう?好きにしんしゃい」
「と、止めねえのかよお!!」
「帰れ帰れー。どっか行っちゃえー」
「っるせー佐久間!!」
しばらくそんな言い争いなのかなんなのかよくわかんねえ攻防が続いた。
が、俺と佐久間を無視して、仁王と吉井は仲良く弁当箱ひろげ始めてて。
「おお、うまそうじゃのう」
「うん、愛情たっぷりだよ♪」
「完全無視だな……」
「早く帰ったら?」
「まあ佐久間もそう急かさんと。ああ、じゃけどブン太。帰るのは勝手やが、千夏が菓子まで作って来てくれちょるぞ」
「なっ……」
「そうそう、焼菓子あると喜ぶかもしれんって、雅治が言ってたからマドレーヌ作ってきたよ」
「ちょっと千夏さあ!じゃあんたやっぱり最初から丸井が来ること知ってたじゃん!!」
「え、いやわかんないよ。焼菓子あると喜ぶ人かなってくらいで。ガム野郎とか聞いてないし」
「つか吉井、お前も何気に酷くねえ?」
「だから、仁王が連れてくるのは柳生か丸井くらいのもんで、更にこの男が大の甘党なのは周知の事実じゃん!!」
「あ、無視?」
「へえ〜。てか、伊織、座って?丸井くんも。伊織の分もあるし、丸井くんの分もあるんだからさ。 食べてくれないとわたしの努力、何?って話になるじゃん。本当に帰るつもり?恨むよ?」
「丸井ブン太・甘党説」をさらっと流した吉井は(多分全然興味ねえんだと思う)、明らかに一瞬、俺と佐久間を睨んでそう言った。
その睨みに異様な凄みを感じたのは、俺だけか?
さすが仁王の女だぜ……迂闊に恨みなんか買えねえぜ。
それは親友だっつー佐久間もわかってんのか、むすっとしながらも席についた。
俺も黙って席につく……くそ……覚えてろよ仁王。
「で?」
「なんじゃ?」
「吉井と仲良かったっけ?」
「おう、その話か」
「最初から聞かすつもりだったくせによ」
「でもわたし聞きたいな、千夏。仁王と仲良しなんて全然知らなかったし」
テーブルを囲んでる妙な四人。
そうだ。そもそも俺は佐久間や吉井とは話したこともねえくらいの関係だ。
俺にとってそうなら仁王にとったってそうだ。
仁王が今までだって吉井と仲良かったってなら、俺とだって当然仲良くなってるはずだから。
それは佐久間だって多分同じじゃねえかと思う。
男同士の繋がりよりも、女同士の方がそういうのはなんか、強え気するし。
だから俺と佐久間が二人の馴れ初めを聞きたいのは当然だ。寝耳に水ってやつだし。
「冬休み入る前にの……」
「そうなの。雅がね、図書室来てて」
「そこで仲良くなったの?」
「なんでそこで仲良くなんだよ」
「あ、わたしね、図書室に入り浸ってるんだよ丸井くん。で、……ほぼ毎日、三週間くらい会ってたんだよね……で、まあ、こういうことに」
デレデレな顔で話す吉井はちょっと気持ち悪りぃ。
仁王はしらっとそこに相槌を打つ程度。
にしても……仁王が図書館ねえ?
なーんか、しっくりこねえし……聞いてみるか?
「なあ、仁王はなんで図書室に行ったんだよ」
「ん?」
「お前、普段図書館なんか行かねえじゃん。なんでいきなり」
俺が詰め寄るようにそう聞いたら、仁王は「ああ……」と呟いた後に、何事もないようにさらっと言いやがった。
「千夏に出会う為じゃないかのう?」
「ぶっ」
「ぶっ」
「……あ……はは。はは。やだなあ、雅治」
俺と佐久間は同時に噴出すし、吉井は真っ赤な顔して誤魔化すし。
お前はさっきから平気な顔して惚気まくりかよ。
つか、俺らの反応を面白がってんのか。
いや、幸せ万歳はガチで万歳なんだけどさ……ノリきれねんだよ、この女のせいで!!
□
□
千夏の幸せは良い。わたしも嬉しい。
それは本当に祝福してあげたいし(仁王のぶっとび発言の数々はともかく)、してるつもり。
でも真横にこの男がいるんじゃ、それも台無し……!!
って思いながら、千夏が作って来てくれたマドレーヌに手をつけようとしたら、ふとわたしの手の甲に生温かい感触が落ちてきた。
「!」
「!!」
それは真横から伸びた、丸井ブン太の手。
「あ、ごめ……」と条件反射的に謝ろうとしたわたしだったけど。
……それは丸井の声によって、掻き消されてしまった。
「触んなよ!!」
「っ……」
…………触ってきたのはそっちの方じゃねーか!!
って、本当なら怒鳴ってしまいたかったけど。
それよりもあまりの嫌われように、そのあまりの丸井の怒号に。
それは……あまりにも、あまりにもで。
感情の起伏が激しいわたしは、ビクッと体を揺らした直後、泣きそうになってしまった。
「あ……」
「……そんなに、言われなくちゃいけないこと……?」
「いや、ちげ、今のはつい……」
怒号を浴びた瞬間に丸井のことを直視したら、丸井は自分の言ったことに驚いたみたいな顔してて。
多分、この男も言ってるように、「つい」言ってしまったんだと思う。
それは、朝の一件でわたしを嫌いになってしまったことで。丸井はピリピリしてたんだ。
わたしと同じように、親友のラブラブっぷりを祝福するこの場に、嫌いな人間がいることに。
でもだからって、なんで我慢出来ないの?
つい、だ?……そんなに触られるのが嫌だったのか……わたしは汚いものなのか!!
「帰る」
「伊織っ」
「ブン太、謝りんしゃい」
「だから今謝ってんじゃん!!違うって佐久間!今のはつい……!」
「それは謝っちょるって言わんじゃろ……」
「だか……っせーな仁王!!おい、そんなお前もマジになんなよ、今のは……」
マジになんな?
バカ野郎!!わたしは冗談が通じないんだよ!!
それに……あんなの冗談じゃなかった!!それに……それに……
「つい出た言葉なんてもんは本音だから出るんだよ!!」
「っ……ちょ、おい佐久間!!」
今度はわたしが怒号を浴びせて、家庭科室を飛び出した。
何が悲しかったのかわからない。
多分、丸井の凄みが少し怖かったのと、朝の一件でそんなにわたしが嫌いになったんなら、わたしは、そんなに悪かったのかって……間違ったことを言ったのかって……悔しかったんだと思う。
でもあの怒号にショックを受けて泣くなんてもっともっと悔しい。
だから教室を出てった。あれ以上、丸井に酷く当たられたら、わたしは多分泣いてしまう。
それはわたしが丸井をどう思ってようと関係ないんだ。
わたしが丸井を嫌いでも、きつく当たられたり冷たくされたら、わたしは泣いてしまうんだ。
だって辛いじゃん。悔しいじゃん。ムカつくじゃん。
そんなことをごちゃごちゃと考えながらわたしはとにかく走った。
後ろからなんか聞こえてくる気がするけど、そんなの丸無視。
雨だっていつの間にか降ってきてるけど、それも丸無視。
そこまでヤケクソになった時だった。
学校を出てすぐの横断歩道を渡ろうとしてる男の子を見つけて。
でも、その信号は赤だった。
男の子から見た視界には、多分、車は無かったんだと思う。
でもこちらに向かって右折してきている車を、向いにいるわたしからははっきりと捉えることが出来た。
だけど男の子は、信号の赤を確認しても尚、横断歩道を渡ろうとして――――。
□
□
「佐久間――――ッ!!」
俺の目の前で。
一瞬何が起きてんのか全然理解出来そうに無かった。
轢かれる!!って思った瞬間、車の急ブレーキが響き渡る。
その後の一瞬の静寂はすぐに消え、下校中の生徒達のざわめきが戻ってきて。
車のドアが開閉する音が聞こえて。
狼狽してるドライバーの声も聞こえて。
状況を確かめたかった俺が必死に駆けつけたら、佐久間がカッパを着た子供を、しがみ付く様に抱きしめたままで横断歩道に蹲ってた。
「佐久間!!」
「君、大丈夫か!?君!!」
ドライバーは酷く混乱した様子で佐久間に近寄った。
佐久間はしばらくそのまま硬直してたけど……やがてゆっくりと、子供を抱きしめてる力を緩めて、ドライバーと、傍に居る俺を見つめてきた。
「……あ……怖かった……」
「おま……大丈夫なのかよ!?」
「……あ、うん、生きてるし……あ、ボクも、大丈夫?」
そう答えた佐久間が、冷静に見えて、完全なパニック状態だってのは、俺でもわかった。
目がきょろきょろして、体中が震えてた。
死ぬかもしれないって思った人間の恐怖が、誤魔化しきれてねえ証拠。
そんな状態で佐久間は、腕の中で潰しそうなくらいに抱きしめてる子供から更に力を緩めた。
そして……カッパ着た子供の顔は、恐怖に目を見開いたまんま、ただぼんやりと上を見上げて。
その視線が俺を見た瞬間、俺は絶句した。
「っ……おま……何やって……」
「え……?」
「…………にいちゃ、傘……」
「…………兄ちゃん……?」
いつの間にかドライバーは消えていた。
同じように車も。
ざわめきも多少は消えていた。
怪我はないか?って、聞いてくる婆さんとかは居たけど。
でも俺も佐久間も……俺の、弟も……そこで、固まったまま。
「……丸井……?」
「佐久間…………俺…………」
次に全身が震えだしたのは、俺の方だった。
この状況を生み出したのが、俺だってわかったから。
朝の佐久間との出来事が蘇る。
ガタガタ震えた足じゃ立ってらんなくて、俺はそのまま崩れるように膝から落ちた。
佐久間に向かって、佐久間の肩に手え乗せて……その手も震えまくってたから。
「丸井……どうし……」
「俺……ッ……」
「にいちゃ、傘……ごめんなさい……怒ってるの?」
違えよ、お前……見たらわかんだろ……兄ちゃん――――
「ごめん……佐久間……」
――――泣いてんだよ。
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