ファットボーイ&ファットガール_02
「お前、歩けるだろ?兄ちゃんこの姉ちゃんおんぶすっから、付いて来い」
「おんぶ!?いや、丸……っ……それはいい!」
「よくねえよ!震えてんじゃねーか。それにお前、足挫いてる」
「え……あぎゃっ!!」
ファットボーイ&ファットガール
2.
横断歩道からはとりあえず脇道に佐久間を連れて、俺も一通り落ち着いてからそう提案した。
したら佐久間の奴、俺の親切を全力で否定しやがって。
ムカついたからさっき引き摺ってた足の挫いてるだろう場所を強く圧迫すると、でけえ声で悲鳴を上げてすぐに俺を叩いてきやがった。
「痛えよ!」
「だって痛い!何すんの!」
「おねえちゃん痛い?ボク、ごめんなさい……」
「あっ……ううん、いんだよ。悪いのは全部お兄ちゃんなんだからねー」
「てめっ…………」
どさくさ紛れにそう言った佐久間を、俺は責めることなんか出来るはずもない。
弟が俺の真似して信号無視したのは明らかだから……佐久間の言う通り、悪いのは俺。
「……とにかく、いくぞ」
「えっ、ちょっ……ひゃあ!」
周りの目なんか気にしてらんねえし。
俺は佐久間をおぶって、保健室目指して歩いた。
「ま、ねえ丸井、恥ずかしい!」
「俺が恥ずかしくねえとでも思ってんのかよ」
「そうだけど、恥ずかしい!」
「うるせーな……恥ずかしいなら静かにしてろぃ」
後ろから抱きついてきてるみてえな状況に、俺だって恥ずかしくないわけねえし!!
乳は当たるし、生足に触れてるし、……クソ!!
俺だって普通に高校三年男子なんだからしょうがねえだろぃ!
って誰に言い訳してんだよ!俺は!
「おおー、こりゃ面白いことになっちょるのう」
「げ!」
内心、興奮状態でめちゃくちゃ焦ってた俺。
したらそんな俺を待ち構えていたかのように、そこには仁王と吉井が居た。
つかもしかして俺……遠くから感じる仁王の視線にさっき言い訳してたんじゃねえのか?
「やだー!なんで?伊織ケガでもしたの!?ってこの可愛い子は何ー!?」
「なんであんたらこんな時に……見るな見るな見るな!」
「お!ブン太の弟じゃ」
「ニオの兄ちゃん!」
「え!丸井くんの弟!?超かわいいーーー!」
俺ら三人を見た瞬間、仁王と吉井は面白そうな顔して騒ぎやがって。
でもって俺の弟はダーッと走って仁王にしがみついた。
うちの弟はなんでか知らねえけど、仁王が超好きだ。
たまに俺より好きなんじゃねえかと思う時があるくらい……。
とにかく、俺はちょっとムカつくその光景を見ながら佐久間をベッドの上に座らせた。
こいつらが居るとか居ないとかよりもまずは佐久間の手当てが一番だよな。
「丸井、あの……」
「ん?つか保健のババアいねえじゃん。とにかくお前は寝てろ」
「え、寝るの?」
「そうだよ、いいから横になれ。大事なことなんだからよ……つか保健のババアどこだよ」
「丸井くんホント口悪いなー」
佐久間がおどおどと横になった隙に、俺は佐久間の足の下にすかさず枕を置いた。
確か挫いたら患部を高くしとくんだ……スポーツやってっと、こういうのに妙に詳しくなんだよ。
「いつものことじゃ。兄ちゃんの真似はしなさんなよ?」
「兄ちゃんのマネ……いけないってお母さんもいつも言うよ」
「うんうん、そうだろねー」
「余計なこと言ってんじゃねーよ」
「あの、丸井……」
「あ?何?」
吉井が俺の口の悪さを指摘して話が脱線する。
したら佐久間が、割り込みごめん、ばりに俺を見上げてきて。
そういや話しかけられてんだったか……つか保健のババアどこ行った。
「…………と」
「え?」
「あ、ありがと」
俯いたままそう言った佐久間は、なんだか不貞腐れてるように見えた。
□
□
いきなり人が変わったみたいな丸井を見せ付けられてびっくりしたのは事実だし、だからなのか「ありがとう」の一言もすごい恥ずかしくて、素直に言えなかったのも事実だけど。
イラッとしたのは、その直後に千夏がわたしを見て嬉しそーな顔して、訳のわからない提案をしてきたことだ。
「ねえねえ雅治さ」
「ん?なんじゃ?」
ニヤニヤしてる千夏の顔は、その時のわたしには不愉快極まりなかった。
だってわかるんだ、あいつ、わたしと丸井の間に漂ってる雰囲気を面白がってる。
そんなんじゃないっつの!
あんたらがそうだからってこっちまで恋愛モードに勝手にしてんじゃない!
「週末映画行きたい!」
「おう、ええのう」
嬉しそうな千夏に、仁王は丸井の弟くんと脚気のびっくんびっくんで遊びながらのらりくらりと返事をした。
そんな二人をむすっと見ていたらいつの間にか、丸井が、わたしの足首にそっと触れてきていた。
「ひやっ……!」
「じっとしてろぃ、今冷やしてやっから」
ぱっと足を見ると、丸井がわたしの靴を脱がして靴下を脱がして、ビニール袋に入れた氷水を患部に当てていた。
い、いつの間に氷水……どうでもいいけど冷たすぎる!!
「あらあら〜」
「お〜う、ブン太、優しいのう?」
「仁王は黙れ。つか吉井も黙れ」
「そ、そそうだ!黙れ!」
多分、小学生のヒューヒューばりに冷やかされてんのもあって、よく解んないけど、体の体温が上がる(でも足は冷たい)。
男が体に触れてくるとかここ最近ないから、余計にだとは思う。
だからそれを誤魔化したくて、丸井の発言に乗っかって仁王を責めた時だった。
「ねえねえじゃあさ、今週の日曜にこの四人で行こう。待ち合わせは駅前のー……」
「は?」
「なんじゃ、デートじゃないんか」
「デートだよ?ダブルデート」
「冗談……!」
「だってわたし、伊織とも観たいんだもん」
「わたしは別に千夏とじゃなくて結構!」
「そう、だから丸井くんと」
「はあ!?」
「二人とも見たくない?これ」
いきなりめちゃくちゃ強引な持っていき方をした千夏に、わたしと丸井は当然ブーイング。
すると、カバンの中からチケットが四枚飛び出した。
それは今、巷で大ヒット中のハリウッド映画のチケット。
「……指定席……」
丸井がチケットをしっかりと見ながら喉から手が出ると言わんばかりの顔をして千夏を見ている。
千夏は満足気に頷き、そのすぐ後、勝ち誇ったようにわたしを見た。
「そ。うちの父、映画配給関係の仕事してて。四枚貰ったんだよね」
「この映画……日曜なんか、どこも立ち見続出だろぃ?」
「そうだよー丸井くん!欲しいでしょ?」
「欲しい!」
「ブン太は簡単じゃのう。さて、佐久間はどうするんじゃ?」
丸井はダブルデートだと言われたことを完全に忘れたようにはしゃいでいる。
それを言いことに、仁王はニヤニヤと千夏そっくりの顔をしてわたしを見てきた。
く……こ、こんなとこで断ったら、わたし完全にKYじゃん!
それにその映画、丸井に負けず劣らず、わたしだって超観たいっつーの!
「もう!行くよ!」
「ワーイ!じゃ週末は仲良くお出掛けだね〜♪」
「兄ちゃん、ボクも〜!」
「ダメだ!お前は家で親父らと留守番!」
「ズルい〜〜!!」
保健室中に弟くんの駄々っ子ぶりが炸裂して、暫くの間、丸井はお兄ちゃんらしく叱っていた。
その15分ほどの間に、丸井と仁王の携帯に「雨天により部活中止」との連絡が真田から入った。
丸井はわたしの足から氷水を外して、テニスバッグの中に入っているテーピングを取り出す。
「中止か、つまらんのう。体動かしたかったんじゃが」
「しょうがねえな、この雨だし……仁王、包帯取って」
「ん」
「え、伊織の足そんなに酷いの?」
「いや、応急処置」
「丸井、わたし大丈夫だよ、歩ける」
「うるせー黙ってろ」
結局、されるがままでわたしは丸井の応急処置を受けた。
ちょっと挫いただけなのに包帯で巻かれて、大袈裟だとは思ったけど……立ち上がった時にすごく楽で、それはなんだか、丸井を見直すには十分な出来事だった。
*
「じゃあ俺は千夏を送って帰るき」
「伊織、また明日ね!丸井くんも!」
結局みんなで一緒に帰ることになって。
帰りながら、これでもかという程に降っていた雨はいつの間にか止んでいた。
それをきっかけに、仁王と千夏の二人は仲良く手なんか繋いじゃって、途中からはわたし達とは逆方向に歩いて行った。
「……………………」
「……………………」
まあ当然のように、わたし達は沈黙。
気まずいと思いつつもお互いその空気を変えようとしないこの感じが、相性の悪さを引き立てる。
するとその空気に耐えかねたのか、丸井の右隣で手を引かれながら一人で喋っていた弟くんが、その手を離し、わざわざわたしと丸井の間に入ってきた。
「お前なにしてんだよ」
「お姉ちゃん!」
「ん?」
ちょこまか動く自分に丸井がボソッと何か言ったのを無視して(血は争えない)、弟くんはわたしに手を差し延べてきた。
「え……」
「手!」
「お前甘ったれ過ぎ!お前の年なんかもう手とか繋がねえんだぞ!」
「ボクいつもお母さんと繋ぐもん!」
「このお姉ちゃんはお母さんじゃねえだろ!?このマザコン!」
「い、いいじゃん丸井、そんな言わなくったって……」
小学生にしてマザコンと実の兄から言われている弟くんがなんだか不憫で、わたしはそっと小さな手を握った。
すると、弟くんはニコッと笑って満足そうにした直後、自然と野放しになっている丸井の手も握って。
「あ……」
「だから嫌だったんだよ……」
こ、これはまるで大きな子供を抱えた夫婦みたいになっているではないですか。
顔は冷静に見せてるつもりでも内心動揺しまくってしまうわたし。
丸井はこの展開がわかっていたのか、そっぽを向いてつんけんしていて。
わたしは肯定的な態度を取った手前、何も言えず(それに弟くんが嬉しそうで)……残り僅かな帰り道を、人目を避けるように俯き加減で歩くしかなかった。
あああああ、なんか超恥ずかしい。
やべえ俺、顔赤くなってねえかな。
……は?佐久間相手に?冗談だろぃ……。
心の中じゃ自問自答繰り返しながら、結局、佐久間とは会話らしい会話もねえまま。
俺らは朝、俺らが怒鳴り合った横断歩道まで到着した。
「……じゃ、俺らこっちだから」
「あ、うん。じゃあ、バイバイ……」
「お姉ちゃんバイバイ!」
「あ、バイバイ!!今度から気を付けてね!」
「うん!」
佐久間から少し離れたとこで、俺の弟は佐久間に大きく手を振って。
俺は帰ってく佐久間の姿を見ながら、なんかスッキリしねえモヤモヤを抱えてた……。
だって……今日はどう考えても、俺が悪いし。
「お前、先帰ってろ」
「兄ちゃんは?」
「兄ちゃんもすぐ帰るから」
「うんわかった」
とりあえず、家はすぐ近くだし。
俺は弟を先に帰して、佐久間が帰って行った道を走った。
角を曲がったとこで佐久間の背中が見える。
なんだよこの状況、青春か!
……一瞬躊躇ったけど結局、俺はその背中に向かって叫んだ。
「佐久間ーー!」
「!!……え、丸井?」
佐久間は一緒、肩を大袈裟っつーくらいに震わせて俺に振り返った。
またモヤモヤが俺を襲う。
何きょどってんだよ、今お前のこと呼ぶ奴なんか、俺しかいねーだろぃ。
「俺、お前のこと気に食わねえけど!!」
「……はあ!?な、喧嘩売ってんのかーー!!」
「つーか聞けよ!!」
「頭くるーー!」
俺を無視して佐久間はまた背中を向けて歩き出した。
ったくなんだよ!!
人がたまには素直になりゃこれか!!
「聞けって!!」
「……なんだ!」
「だから……けど、今日のことはマジ感謝してる!!俺が悪かったから!!」
「……え……」
「…………だから…………ごめんな!!週末、何か奢らせろぃ!じゃあな!!」
「あ、でも……!!」
「あーあと!二、三日は挫いたとこ暖めたりすんじゃねーぞ!じゃあな!」
おいおいおいおいおい……なんか、めっちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!?
俺は言いたいことを早口で言って、すぐさま背中を向けて、逃げるように帰った。
あのまま佐久間の顔とか見てらんねーし!俺の顔も、見せたくねーし!!
□
□
あの日はいろいろありすぎて、一体何だったんだろうと……そんなことを思いながら週末まではあっという間に過ぎた。
あの後、念のためと母親に医者の所へ連れて行かれたわたしは、丸井の応急処置が良かったと聞かされた。
どうやら丸井がやったのはRICE療法というものらしく、足を心臓よりも高い位置にして安静にし、15分ほど冷却をして、最後に圧迫することで治りを早くする方法らしい。
受傷部の炎症や腫脹を軽減させるための初期治療らしいんだけど、それにしてもすごいじゃん。
ますますあの憎っき丸井ブン太を見直すことになったのは当然で、でもそれは、自分だけの秘密にしておこうと心に決めた……そんな数日間。
いよいよやってきたのは、例の、あの、ダブルデートの日だ。
「伊織おはよ!」
「はよ……あの、この格好変じゃない?」
「うん?全然変じゃないよ!伊織はいつもお洒落さんじゃん」
「そんなことないし、変じゃないならそれでいいや」
「ふうん?何か気になることでもあんの?」
「はぁ?ないし!」
「何で怒るんだ……」と言う千夏の言葉を無視しながら、わたしは黙々と歩いた。
駅前にダブルデートの待ち合わせなんて恥ずかしくてしょうがないと思っているせいか、変に緊張する。
「あ、いたいた」
「あ、ホントだ」
やがて歩いていくうちに見慣れた姿が見えてきて、千夏はあからさまに笑顔になった。
仁王が好きでしょうがないんだなあ……と、わたしは呆れ顔になりながらも、少し羨ましくもあり。
同じように笑顔をこちらに向けている仁王の隣には、当然ながら丸井ブン太がいた。
「よう」
「どうもどうも」
「よしじゃあ行こうかー!」
「じゃの」
適当な挨拶を交わして、千夏と仁王は当然のようにわたし達の前を腕を組んで歩く。
まるでこないだの下校の再現。
あれから千夏と仁王は当然会っていたみたいだけど、わたしはこの男とは会っていなかった。
そのせいか、突如後ろに取り残されたわたしと丸井は、ただ黙々と歩く。
ほらみろー。これだからダブルに成り切れないダブルデートは嫌いなんだ!
「お前スカートとか穿くんだな」
「……まあ」
「足、どうなんだよ」
「あ、無事無事。こないだの丸井の応急措置が良かったみたい」
「だろぃ?天才的妙技っつんだよ、ああいう……」
「スポーツやってると信号は無視してもああいう知識だけは植え付けられんだねー」
それが意外なことに丸井が話しかけてきたもんだから、わたしはいつものように返事をした。
ちょっとスパイスを加えるように嫌味を言うと、丸井は気まずい顔をして。
それが可笑しくてつい笑ったら、一瞬きょとんとわたしを見た後、丸井も同じように笑ってきた。
「しつけー女ってムッカつく」
「口が悪い男もムカつくけど」
「お前に言われたくねー」
「あんたよりマシだし」
リズミカルな会話というのか、この時はお互い、調子が出てきたような感じで。
憎まれ口を叩きながらはしゃぐようにわたし達は笑い合っていた。
丸井とこうして笑い合えるなんて、出会いからは想像もつかない展開だけど……でも、わたしはこないだの事件とか、帰り道とかでちょっとこいつを見直したりしているわけで……。
いや、だから別にどうってわけじゃないけれども。
「あれ?」
「え?」
「おい仁王!」
「なんじゃ?」
「あれ……」
「ん?」
「なになになになに?」
あれこれと考えていたら、丸井が千夏達よりも前方を見てぴたと固まって。
次に、何かに気付いたように声を出して仁王を呼んだ。
仁王は振り返って丸井を見る。
丸井はそのままスッと指を差して、わたし達四人の視線は一斉にその方向へ導かれた。
千夏はそれに興味津々で、何故か背伸びまでしている。
「おお?珍しいのがうろついちょるのう」
「えー?なに雅ー?」
「あんまり会いたくねえ相手だな」
「ねえ?どうしたの?」
「ああ、あそこにやたらオーラ放ってキョロキョロしてんのいるだろ?」
「え?どこ?―――――わっ!」
駅前の結構な人ゴミの中、オーラを放ってキョロキョロしている人間を見つけようとしていたら、ふいにわたしの肩に小さな衝撃が走って、少し大きな声を上げた。
「あ!ごめんなさい!」
「あ、いえいえ」
「……あぶねーなあ」
「大丈夫?伊織」
「うん、大丈夫」
女性はすぐさまわたしに頭を下げて、だだだーっとまた走っていった。
少しだけ泣いているような気がしたのはわたしの錯覚なのか。
その考えも、周りにいる千夏や丸井の声で消えていく。
この時三人は人にぶつかられたわたしを見ていたせいだろう。
オーラを放っていたと思われる人物がこちらに近づいてきていることに気付いたのは、わたしだけだった。
「ねえ……あの、なんかすごいイケメンがこっちに……」
「あ?げ……マジだ」
「跡部が私服で走っちょる姿はなかなか見物じゃのう」
「跡部?跡部ってー……氷の帝王の跡部?」
「そうじゃよ。氷帝学園の跡部」
「うっそ!本物初めて見る!ああそっか!テニスやってるから!」
「一番会いたくねえ野郎がこっちに来てるぜ……仁王」
「………………」
その会話の中、黙って彼だけを見つめていたのはわたしだけだったと思う。
跡部という男はこの界隈ではめちゃくちゃな有名人で、良い噂も悪い噂もたくさんある人なんだけど……千夏同様、彼の姿を見るのはわたしも初めてのことだった。
「仁王と丸井じゃねえか。奇遇だな」
「あーどーもー」
「跡部もこんなとこで珍しいのう。どうかしたんか?」
「ああ……ちょっと人探しだ……ピンクのワンピース着た女見なかったか?」
丸井は跡部という男が嫌いなのか、少し焦ってるような彼が挨拶をしても不躾な返事をしただけだった。
仁王はさらっと返事をする。
千夏はその隣で物珍しそうに彼を見上げていたけれど、わたしはそれら全てを視界の隅で捕らえていただけ。
とにかく一直線に彼だけを見ていた……なんて美しい顔。
「ピンク……?あ、さっきぶつかった女、ピンクじゃなかったっけ?なあ佐久間?」
「…………」
「……伊織?」
「おい、佐久間」
「え!はい!」
「ピンクのワンピース、着てたよな、さっきの女」
「え……あ、うん!着てた!着てました!」
はっと我に返ると、自分に話しかけられていることにようやく気付いた。
どうやら跡部という人は人を探しているらしい。
ピンクのワンピース……確かにさっきの人は、ピンクのワンピースを着ていた。
「本当か?どこに行ったか覚えてるか?」
「あ、えっと、あっち……あっちに、走っていったかも……」
「そうか、恩に着る」
わたしが女性の走っていった場所を示すと、跡部さんはわたしに頷くようにそう言って、颯爽と走って行った。
呆然とする……何もかもが格好良すぎて、胸がバクバクしてきた。
「氷の帝王さんて、もっと俺様なのかと思ってた」
「あれは十分俺様野郎だぜ?」
「じゃの。俺も時々ついていけんことがある」
「雅治は……確かに苦手そう」
「行こうぜ。時間せまってんじゃねえ?」
「あ、そうだね……って、伊織?」
「………………」
周りの三人は口々に跡部さんについて語っているようだったけれど、わたしは彼の走り去った背中を見つめたまま立ち尽くしていた。
名前を呼ばれても気付かないほどに、それは胸に秘められた想いを再確認するかのように。
「おい、佐久間……?」
「ねえ……」
「なんだよ?」
丸井が心配そうにわたしの肩に手を掛けている。
わたしはそのまま呆然と丸井を見て、思わず口走ってしまった。
こんな気持ち、初めてなんだ。
「わたし…………あの人のこと、好きになったかも」
「えっ」
「うそっ……!」
「おお……こりゃまた、すごい展開じゃのう……」
わたしは跡部さんを見た瞬間、生まれて初めて、一目惚れというものに堕ちていた――――。
to be continue...
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