ファットボーイ&ファットガール_05


「あの、ずっと、先輩のこと、好きで……」

「………………」

「……丸井先輩?」
















ファットボーイ&ファットガール















5.






超可愛い。

なんだこの長い睫毛。

ぷるんぷるんの唇。リップ付けた直後かな?超キスしたい。

サラサラの長い髪。

ぱっちりした二重まぶた。目もクリクリしてる。

高くないけど、それが逆に可愛らしい小鼻。

マジ超可愛い。

少し前までの俺なら、絶対付き合ってる。


「あの……丸井、先輩?」

「!」


上目遣いで俺を見るその小顔をジロジロ見すぎていたせいか、後輩の声は俺の耳には入ってきてなかった。

頭の片隅で違う女のこと考えて、むずむずした気持ちをどうにも出来ない。

らしくねえけど、俺は慌てた。


「あ、え、えっと、わ、悪ぃ。あの、あー、つか、気持ちはすげえ嬉しんだけど……」

「……ッ」

「あ……いや、お前可愛いし、俺なんかじゃなくて……」


目の前にいる後輩は次に続く言葉を予測して、あからさまに泣く体勢に入った。

ごめん、ごめん、ごめん、マジごめん。

可愛い子泣かせるのとか、あんま得意じゃない。ずりーよ、付き合ってもないのに泣くなよ。

ああ、つか、オッケー出来ない俺とか、有り得ない。こんな可愛いのに!


「んなこと言ってもしょうがねえか。あの、ごめん……好きな子、いるんだ」

「……っ、はい、あたしも、ごめんなさっ……い……」

「いや、お前は別に悪く――――ッ」


慰めようとしたら、背中を向けて走って行かれた。

慰めなんかする必要ねっか……そんなことしたら、余計に可哀想だもんな。

くっそー、なんで断ったんだよ……マジで、バカじゃねー?

……とか言いながら自分を責めたとこで、もう気付いちまったもんは遅えし。


「おうブン太、おかえり」

「おかえり丸井くん」

「………………」


げんなりしながらいつもの空教室に戻ると、暢気な顔した仁王と吉井。

で、佐久間は俺にチラッと視線を向けて、弁当食いながら雑誌に目を落とした。

いや、おかえり丸井、は?ん?言ってみ?ほれ。


「………………」

「ただいま……」


結局、待ってみても何も聞こえてこねえから諦めた。


「また告られたか?モッテモテじゃの〜、ブン太」

「別に……」

「いやホント、丸井くんすごい人気だよね」


仁王と顔を見合わせてる吉井の傍で、佐久間は我関せずにファッション雑誌をめくってやがる。

あー、腹立つ。なんなんだよお前。気にもなんないわけ?

オレ、告られちゃってたんデスケド!?しかも超可愛かったし!

お前みたいにツンツンしてねえで、目ぇうるうるさせてさ!超可愛かったし!マジで!


「つかお前らさ、いつの間に仲直りしてたわけ?」

「ん?さあ、何のことかの?千夏」

「なんだろうね?仲直りも何も、喧嘩なんかしてなかったじゃんね?」

「……うっぜえ……」


俺が佐久間への想いに気付いてから約一週間。

仁王と吉井はゴールデンウィークを過ぎてから、普通に元に戻ってた。

二週間のブランクを感じさせねえほどで、またそれにイライラする。なんだよ仲良くしやがって。

おい佐久間、お前の相方の話になったぞ!こっち向けよ。


「あ!ねえ見て千夏!これ!可愛い!」

「ん?ぎゃ、ほんと可愛い!伊織好きそう!しかも似合いそう!」

「そう?そうかな?でもちょっと高――――ッたぁ!?」


佐久間の後頭部から、バシン、と、気の抜けたような音がした。俺が叩いたんだけど。

跡部のことがあってから腑抜けたような(服で言ったら、テロンテロンした素材の)佐久間はいちいち勘に触る。

女子共がファッション雑誌見てキャーキャー騒いでんのにムカつくのはいつものことだけど(うるせえから)、今のはちょっと違う。

なんか、俺に目もくれねえ感じとか!

そんな可愛い服がどうとかチェックする前に、もっと他に気付けることあんだろ!

もっと絡んできてたじゃねえかよ、こないだまで!!跡部のことは忘れたんだろ!?


「何すんの丸井!!」


もうそろそろ名前で呼んでこいよ!別にいいけど!!

あー、俺の隣で仁王が苦笑してるのがチラ見えする。

ああ、わかってんよ、どーせお前にはもうお見通しなんだろぃ!

っつーことは、吉井にもバレバレだってことで、つーことは気付いてねえのは佐久間だけだってことで。

それもまたムカつく!!……ああ、チクショウ!!


「って!いてえ!!何しやがんだよバカ女!」

「あんたが先に殴ってきたんでしょ!!なんなの!?」


意味わかんない!!と続けた佐久間は、もう一発俺の頭を殴った。

最初から殴ってりゃ良かった。変に様子見たりすっからイライラすんだよな。

佐久間が殴ってきた部分、いてえけど、暖かい。


「お前、俺に会っても挨拶もなしかよ」

「はあ!?」


「さっき!俺が戻ってきた時!超感じ悪りー!」

「それをなんで今更殴ってくるわけ!?ああ、おかえりなさい!これで満足!?」


マジ意味わかんないんだけど!たいしていつも挨拶してないし!

って怒った佐久間は俺に背中を向けてまた雑誌をめくりはじめた。

いつもしてくれねえから寂しくなんだろ。

だから告られて帰ってきた時くらい声かけて欲しいんだよ。

お前じゃなきゃだめだって告られてる度に打ちのめされてる。だからちょっとは俺のこと気にしろよ。

くそ、背中向けるとか…………ああ!!どうしたらいんだ!仁王!教えろペテン師!!


「まるで小学生じゃの」


仁王はそう言って、少し落ち着きんしゃいとガムをくれた。

ガムじゃ収まんねえよ、このもやもやはよ!











「今日も仁王待つの?」

「うん待つよ」


「元カノさんとは話ついた?」

「ついてない。あっちからの連絡待ちなんだよね。不二周助を通して、だけど」


そっか、と不安げに見つめたら、千夏は大丈夫!と元気に返してくる。

わたしが跡部くんと心のサヨナラをしてから数日経ったけれど、今もわたしの心はカラカラだ。

一方、千夏と仁王は潤っているように見えて、実は千夏も、カラカラだ。

仁王は、わからない。わたしには全然、素顔を見せない人だから。千夏にはわかるんだろうな。

とにかく千夏を見ているだけのわたしからすれば、まだまだ彼女の中での問題は収まりそうにない。

なんていうか、白黒ハッキリさせたい人だし、変にお人好しなところがあるから……そこが千夏らしいけど、あまり自分を追い込まないようにして欲しいと思う。なでなで。


「わ、なに伊織。いきなり。気持ち悪い」

「何だよ!人がせっかく心配してやってんのにさ!」


「い、いきなり撫でられたらびっくりするじゃんか!彼氏か!」

「似たようなもんだよ!仁王よりわたしんがいいよ!」


仁王の真似して後ろ髪を手でがちっと結んだら、あはは、と屈託なく笑う。

そんな千夏に、やっぱり精神的に疲れてるみたいだとわたしが口を開きかけた時、千夏は話を変えるように、机から身を乗り出すようにして小声になった。


「ところでさ、丸井くん、どう思う?」

「は?丸井?どうって?」


なんでいきなり丸井の話?どうでもいいよ。


「いや、ほら、最近ずっと伊織とあの調子だし、なんか思わないのかなあ〜って」

「確かに。あいつ最近、冷たいよね。ムカつく。なんなんだろ」


わたしがぶつくさとぼやいたら、千夏は目の前できょとんとしている。

え?何かそんなに引くようなこと言いました?わたし。


「冷たい?」

「冷たいじゃん!こないだの帰りの時は優しかったのに。いきなりだよ」


「帰りって、跡部事件?」

「事件になっちゃってる……」


伊織が傷付いたんだから、立派な事件です。と気まずそうな顔をした千夏は、だけどすぐに笑顔になった。


「帰りは、家まで送ってくれたんだっけ?」

「うん。……なんかあん時は、丸井、結構いい奴って思ったのにな。泣いてるわたしのこと、見ないふりしてくれてさ。でも恥ずかしくないように、一定の距離でさ。多分、傍目から見たら喧嘩して泣かされた女と、泣かした男みたいになってたと思うんだよね。実際、いろんな人にジロジロ見られたし。だけど文句のひとつも言わないでさ…………」


うんうん、と聞いている千夏の表情がときどきニンマリしている。

気持ち悪い。


「それで伊織は、丸井くんのこと、ちょっとイイナ、とかないの?」

「は?」


「いや……だってほら、あんなカッコイイ男子にさあ、優しくされたら……しかもほら、弱ってる時だし」

「いやだから、あの時はいい奴って思ったけど……今日もあんな感じだし!」


「あ、ねえ、照れてるのかもよ?丸井くん」

「はあ?なんで?」


「伊織に優しくしちゃったから。なんて!!」

「…………」


ふぅふーぅ!と一人テンション高くわたしを煽るような声を出した千夏を、わたしは冷静に見つめ返した。

ないでしょ。

丸井だよ?

いっつも可愛い女の子と付き合ってる丸井だよ?

あいつは自分の隣で歩く女の子の見た目を自分の評価に繋げるような奴だよ。

そんな丸井が、わたしみたいな女を相手にして照れるはずがない。ていうかどういうこと?照れるって。


「千夏さあ、何か激しく勘違いしてない?丸井がわたしのこと気にしてるとか思ってる?」

「だってあれが気にしてないって言えるぅ?」

「あいつはただ単にわたしをストレスの捌け口にしてるだけだよ」


そうかなあ〜と、まだニヤニヤしている。

わたしはすっくと席を立って、「帰るわ」と告げて教室を出た。

まったく、人のことはいいから自分の心配してろっつの!それこそ、バカ女!











「うまくいかんもんじゃのう、ブン太」

「ああー!?」


ランニング中、後ろから追ってきた仁王が俺をからかうようにそう言ってきた。

すでに結構走ってるおかげで、イライラMAXだ。


「八つ当たりはやめんしゃい」

「つかお前はどうなんだよ!吉井とはうまくいってんのかよ」


「んー、まあ……多分、じゃけど」

「多分って何だよ」


仁王はそれには答えなかった。

その変わり、俺にいきなり、


「告白したらええじゃろ」


とか言ってきて。


「は?」

「佐久間のこと、好きなんじゃろ?」


「す、ば、俺が今そんなことして、あいつがうんって言うわけねーだろぃ!」

「ほーう。ブン太はそういうタイプか。意外じゃ」


「そういうって、何だよ」

「慎重派っちゅうこと。当たると思わんと勝負に出ん。臆病じゃのう」


ククク、と笑って俺を抜かして行った。

勝負に出ねえって……ったりめーだろ!てかお前だってそういうタイプだろ!

今そんなこと言って、振られて、したら俺は明日からどんな顔して佐久間に会えばいんだよ!

気まずいし、友達にも戻れねえままで……それで終わっちまったりしたら……ああ!


「丸井センパーイ」

「なんだよ!!」


むしゃくしゃしてたら今度は後ろから赤也が話しかけてきて、俺は容赦なく八つ当たりした。

赤也は俺のイラつきに引き気味だ。


「いっ……なんでキレてんスか……あの、伝言ッスけど、先輩の元カノが……」

「え?」


俺の元カノが、よく二人で待ち合わせしてた場所で待ってると赤也に伝言を頼んだらしい。

……あー、これは、もう一回やりなおしたいってやつだ。絶対そうだ。

行くべきか?行きたくねえ。

俺の元カノはぶっちゃけ超可愛い。

で超可愛い元カノ見て、また落ち込むんだよ……佐久間が好きだって思い知らされて。

でも、赤也には伝えた責任があるし……行かないわけにもいかねえよな。


「わかった。サンキュ」

「うぃーす」


真田に担任から呼び出されたと嘘を付いて、俺はその場所に向かった――――。




























――――キスしてる。


それが、そっと中を覗いた時の感想だった。

下りていった階段のすぐ傍にある教室が少しだけ開いていたのだ。

丸井が、黄色味が強いブラウンの髪の色をした女子とキスをしていた。

女子は必死に丸井にしがみついてるみたいに見える。

ちょっとだけ身を引いたような丸井が唇を離した時、彼女を見つめて何か言いかけた。

その時、どういうわけか丸井が視線を逸らして、少しだけ開いていた隙間に視線を送った丸井と、わたしの視線が重なって。


「!」

「佐久間!」


わたしは驚いて、見ちゃいけないものを見てしまった気がして、走って逃げるように階段を下りた。

なんなんだろ、この感じ。

すごい胸騒ぎがする。

すぐに頭に浮かんだ言葉……なんで?丸井は顔だけはイイ男だし、相手の人もすごく可愛かったのに。


――気持ち悪い。


絵づらは絶対に綺麗だった。見てて、嫌味なくらいだった。なのに。


「佐久間、待って!」

「!?」


よくわからない感情に支配されて、とりあえず走ったものの。

すぐに走りつかれて途中から足を緩めていたら、上の方から声がした。見上げたら丸井がいる。

頭の中はまたしてもよくわからないこの状況に、こんがらがってしまっていた。

いや、なんであんたわたしのこと追いかけてきてんの?彼女は?あれ?もしかして誰にも言わないで、とか?


「安心して、誰にも言わないから!」

「そうじゃねえからちょっとそこで待ってろぃ!」


怒ったように言った丸井は、どたばたと階段を下りてきた。

誰にも言わないでとかじゃないってことは、なんなんだろう。ていうかなんでわたし、怒られてるんだろう。

……とりあえず待ってみる。

やがて10秒もしないうちに、丸井はわたしの目の前まで来た。


「あの、つか、さっきのは違くて……」

「?」


何の言い訳なのかさっぱりわからない。

少しだけ息を切らした丸井を見ると、ちょっと泣きそうな顔になっていて、それがやたら意味深で。

なんなんだ?わたしに何を言いたいんだ。

おかげでイライラする。早く。言いたいことあるなら言ってよ。さっきから気分が悪いんだってば。

早く家に帰って寝たいよ。


「その…………」

「え、ねえ、何?」

「いや、だからさ……」

「――佐久間!」


と、今度はわたしと丸井が話している廊下の奥から声がした。

丸井にだけ集中していたから、その声には必要以上に驚いて。だってなんだか展開が早い。

わたしがぱっとその方向を見ると、前年度海原祭の模擬店で一緒だった男子が居た。

わたしの顔を見て、にっこりとしながら小走りに近付いてくる。どうしたんだろう。話すのは久しぶりだ。


「どうしたの?久しぶり」

「ひさ。あのさ、机の中の手紙、見てくれた?」


丸井は彼を見て、一応、黙ってくれていた。

だけどそんな丸井をも無視して自己主張してきた彼の言葉に、わたしは、え、と言葉を失った。

机の中の手紙。

そんなの入ってた?ていうか全然知らない。ていうか手紙って……。


「ど、え、何?どうしたの?」

「いや、放課後、屋上で待ってるって書いてたんだけど、佐久間、一向に来ないしさ」


照れ隠しのように視線をきょろきょろさせてそう言った。

「屋上」「放課後」「待ってる」…………告白、だ、普通に考えて。

久しく告白なんてされたことのないわたしには、びっくりするようなイベントだったりする。

だけどわたしは、目の前にいる彼に対して気持ちが無い……あ……あわわ……どうしよう。


「や、別に屋上じゃなくてもいいから、ちょっと二人になれない?」


どうしようと思っていたら、丸井にちらりと視線を送って、彼はそう言った。

そ、そうだよね。そんなの、丸井の前なんかで言いたいわけない。でも、断るよ、わたし。

本当ならここで、用事があるからって言って帰ったほうが優しい気もする。

ああ、どうしよう。えっと、えっと、


「だめ」

「え」


あたふたぐるぐるぐるぐる考えていたら、わたしの真横で低い声が響いた。

思わず見上げると、丸井が真剣な顔をして、目の前の彼を睨みつけてる。

……え?ちょ、え、なんで丸井が「だめ」とか言う……


「あ、えっと、じゃ丸井との用事が終わった後で」

「終わんねー。無理」


彼は優しい人だ。

ちょっとむかっとしていると思うけれど、気を使ったようにわたしにそう言った。

けれど丸井は乱暴に即答して、わたしと彼の間を阻むようにずい、と体を割り込ませてきた。


「……つか丸井さ、部活中だろ?佐久間とここで何して――」

「だめっつってんだろぃ!」

「ちょ、丸井、なんなのあんた」

「お前は黙ってろ!俺とこいつの問題だ」


ちょっと待ってください、待って待って。

彼が話をしたいのはわたしで、完全にわたしと彼の問題だと思うんですけど!?

てか何この状況!?さっきまでキスしてた彼女はどこに行ったんだ!この男を連れて帰ってください!!


「なあ丸井、悪いけど俺は佐久間に……」


そう、わたしに用事があるのだ。尤もなご意見。


「用事ってどうせ告るんだろ?」

「!」

「ちょ、ね、丸井……」

「お前は黙ってろって!」


わたしを敵の視界から追いやるように後ろに押して、180cm近くある彼を、丸井はまだまだ睨んでいた。

そしてわたしは、耳を疑う。


「こいつは俺の女だから、二人になるなんてぜってー許さねえ」


は――――?










野郎は諦めたのか、がっくり肩を落として帰っていった。ざまー!

勢いで言っちまったけど、だってしょうがねえじゃん。佐久間が、取られるとこだったし。

こんな予定じゃなかったけど……誤解だって解きたいし。


「あのさ、佐久間――」

「――あんた病気?」


ちょっと怖かったけど、俺はゆっくり佐久間を振り返った。

ずい、と俺に近付いてきた佐久間は、俺の言葉を遮って、かなりの顰め面でそう吐き捨てる。

お前に惚れてるってことに関しては、確かに病気。普通の俺ならお前みたいなのに惚れねえ。


「こ、断ろうとしてたろぃ。助けてやったんじゃん!」

「ていうか何なの?彼女ほったらかしてわたしに何の用ですか?」


腕組をして俺を見上げる佐久間に、怒ってる顔も可愛いなんて、ホント病気だ……。


「いや……あ、あいや、あれは違うんだって!彼女じゃなくて、元カノで、いきなり、無理やり、いきなりキスされたんだよ!俺の意思じゃねえから!」


なんて必死になって弁解しても、


「……どうでもいいんだけど」と冷たく言い放つ佐久間。


……お前にとっちゃ俺がどこで誰とキスしてようが関係ねーかよ、そーかよ。

黙った俺に、はあ、と深い溜息をついて、ついでに、疲れる、とまで言ってのけた佐久間は背中を向けた。

待てよ、お前さあ、さっきの流れでナンとも思わないのか?お前こそ病気かよ!

跡部の前でしてたみたいな顔、俺にしてみろよ!真っ赤になってみろよ!


「佐久間、ちょっと待って」

「帰るんですけど」


「わかってるけど、ちょっと待てって」

「もう、なに!」


手首を掴んで揺れた佐久間を、抱きしめたい衝動に駆られる。

それを俺は我慢して、我慢しまくって、佐久間が振り返ったとこで自分自身に力を入れた。

我慢はしてるけど、もうこの気持ちに我慢は出来ない。俺、お前のことばっか考えて死にそうだし。


「さっきの、冗談じゃない」

「冗談じゃないよホントに。変な噂にでもなったらどうしてくれんの!?まああの人そういうこと言いふらすタイプじゃないけどさ」


ちゃんと俺の言葉の音まで聞けよ。冗談じゃない?って聞いたんじゃねえよ。

冗談じゃない、って断定してんだよ。マジいらつく。なのに、すげー可愛い。もうどうかしてるよ俺。


「そうじゃなくて、冗談じゃないよって言いたいんだけど」

「だから冗談じゃないって言って……ん?冗談じゃないよって言いたい?」


そう。

だめなんだ。結局俺は、我慢出来ないから。

佐久間に振られたら、もう友達に戻れないとか、いろいろごちゃごちゃ考えたけど。

でもやっぱり、伝えたくてしょうがない。

お前のことが、好き。


「…………!」


佐久間の口がOの字で固まって、あんまりデカくもねえ目を真ん丸にして。

いきなり恥ずかしくなった俺は、自分でもわかるくらいに真っ赤になって俯いた。

やばい、やばい、超カッコ悪りー。こんな顔見せたくない。佐久間の前ではカッコ良くいたいのに。


「……俺と噂になってみる気、ない?」

「……ちょ、だって、い、いま他の女とキスしてた男の言うことなんか、し、信用できるわけ……」


「どうでもいんだろ?そんなこと」

「バカ!今の状況考えたら、どうでもいいわけないじゃん!」


俯いてた頭をあげて、言葉がつっかえてる佐久間を見つめたら、佐久間は、意外にも真っ赤になってた。

あれ……さっきの奴よりは、効き目ある?


「気にしてくれてんの?俺のこと」

「き!?し、してない!そうじゃないけど、ほほ、他の女とキスした直後にそんなこと……」


「したくてしたわけじゃない。されたんだし、俺がキスしたいのは……」

「ちょちょちょちょちょ、ストップ、ストップー!」


今度は、狩野英孝ばりに叫んだ佐久間が俯いた。

あれ?うそ、マジ……?脈、あるんじゃねーの?俺……。


「佐久間、俺のこと見てよ」

「ちょちょ、ちょっと待って、わたし、あんたなんか全然好きじゃないし!」


「じゃあ、好きにさせてみせる」

「ばばばばばば、バカじゃないの!?無理、無理無理、あんたみたいなのと付き合えない!」


「伊織」

「!?」


鈍器で殴られたみたいな衝撃だったのか、そんな顔をして、俺を見上げる。

信じらんねーくらいヒドイ顔。でも、超可愛い。やっぱ好き。お前のこと、好き。


「伊織って、呼んでいい?」

「……っ……」


俺に手首を掴まれたままの佐久間からその返事を聞けたのは、真田が俺を見つけてビンタを食らわす、数秒前だった――――。





to be continue...

next>>06
recommend>>love._05



[book top]
[levelac]




×