ファットボーイ&ファットガール_06
「伊織!」
「……あ、どうもどうも」
「放課後ヒマだろぃ?」
「……うん、まあ」
ファットボーイ&ファットガール
6.
ちょうど戻ってきた千夏が教室のかたわらで笑ってるのが見えた。
この状況に笑っているんだろう。ほらね、見てみなさいと言わんばかりの勝ち誇った笑顔。
彼女はこないだも人差し指を天に掲げるようにして言っていた。
「わたしはヨゲン者なのです。トモダチー」
……ったく、馬鹿馬鹿しい。
「んじゃあとで!」
「うん、あとでね……」
約一週間前の突然の告白。
わたしは、呼び捨ての承諾をうっかりしてしまった。
彼の後ろに顔を引き攣らせた真田が見えて、だから早くそれに気付かせたかったきらいもある。
「すっかりカレカノじゃん?ふぅふーぅ!」
「……あんた随分面白がってるね」
「いいじゃん!でもあの態度はないな。いつも思うけど、伊織、ちょっと丸井くんに冷たいよ。別に嫌なわけじゃないんでしょ?もうブン太って呼んだりしてるくせにぃ」
「それは……!」
わたしを突きながら不快に語尾を延ばした千夏に抵抗しようとしたけれど、すぐに諦めた。
ブン太と呼んでいるのは事実なわけで、それにあれこれと理由をつけても惚気にしかならない。
いや、わたしに惚気るつもりは全くないのだけど、そこにわたしに気持ちは関係ないだろう。
「……ねえ千夏、真面目な話、わたしどうしたらいい?」
「どうって……ブン太が好きって言ってあげれば万事おっけーだよ。一事が万事!バンジージャンプ!」
「…………」
「真面目に、だったね。失礼。とにかく伊織は嫌じゃない、と。今はそれだけ?」
「跡部くんの時にあったようなドキドキはない」
「んー、まあそれは難しいだろうね」
あの日は丸井が……ブン太が、真田に引き摺られながら叫んだおかげで「うん」と言わざるを得なかった。
それだけのことなのだ。
―伊織!!俺と付き合って!
―っ!
―貴様たるんどる!!スクワット100回だ!!
―お願い!好きにさせてみせるからっ!
―ばっ!恥ずかしい!!叫ぶな!!
―お前がうんって言うまで叫んでやるっ!
―スクワット300回!!
―伊織、好きだからっ!!付き合って!!
―たるんどる!!スクワット500回!!
―わかったからもう叫ぶなーー!!
最後の方は真田の声とわたしの声が重なってなにがなんだかだった。
ていうかスクワット500回とか拷問でしょ……。
それもあったし、恥ずかしいし、周りには少数の生徒しかいなかったけどガン見されてたし!
その翌日からというもの、ブン太からはメールと電話攻撃を受けている。
更には今週の頭からテスト週間に入ったおかげで部活もない彼は、毎日のようにふたりのお勉強タイムをせがんでくるという始末。
毎度のことだが展開が早すぎてわたしには全くついていけない。
「伊織は全然、丸井くんのこと好きとか思わない?」
「……混乱してる。今までのあいつと違いすぎて」
「もう、そればっかり。答えになってないってば」
「わかんないんだもん!」
すっごい冷たかったのに、びっくりするくらいわたしにべったりで、優しくなって。
本当はずっとこうしたかったなんて言われたら、今までのあんたのイメージどうすりゃいんだよと嘆きたくなった。
だから答えになってなかったとしてもわたしの気持ちはそうなのだ。
一番適切な答えなのだ。それが混乱だ!!
「なるほどねえ……まあ、これからでしょ」
にしし、と楽しそうに笑った千夏はわたしの肩をやたらと叩いた。
この頃の彼女は常に元気いっぱいで、笑顔を絶やさない。
実はそれこそが、彼女が本当に苦しい時のサインだということをわたしは知っている。
侮らないで欲しい。どれだけ親友やってると思ってるんだ。
「……ていうか千夏はさ」
「あ、ストップ。わたしの話はいいよ?」
「気になるんだよ。仁王と元カノ会わせていいの?」
「いいの。わたしが決めたんだから」
いつもおどけた様な彼女の隠れた強さを目の当たりにして、わたしは何も言えなかった。
こっちがこんな状況もあるせいで、彼女曰く、「一応ご報告」という話を聞いてからずっと気になっている。
仁王と千夏は以前より少し淡々としている感が否めないが、昼休みも相変わらずな様子だ。
きっとわたしとブン太に気を遣わせたくないということだとわたしは解釈している。
だけど現実はどうだ。
仁王は元カノと話し合うらしい。それも練習試合の日に。いまだ仁王を愛しているという、元カノと。
仁王もそれを、はっきりとではないが認めたような、そんな口振りだと聞いている。
つまり、元カノに対する未練にも似た、心のしこり。
……わたしは、浮かれている場合じゃないんじゃないか。
それがずっと根底に潜んでる。
ブン太のことでわたしがああだこうだと悩んだのは、ほんの数日のことだった。
あとは彼女と仁王のことでずっとやきもきしている。
そしてブン太に会うと思い出したようにブン太のことを考える。今みたいに。
だから釈然としない態度になってしまうのだ。
彼には申し訳ないけど、気にならないのか?と問いかけたくなることもある。
毎日のように伊織伊織とわたしを呼び、浮き足でいて……仁王だって苦しいはずなのに、友達じゃないのかと。
そのせいか、ブン太が悪くないということはわかりきっているのに、不謹慎なんじゃないのかという微弱な怒りが彼を見るたびに存在してしまうのだ。
「ねえ伊織、わたしね、そっちの障害になりたくないんだ、絶対」
考え込んでいたら千夏に突然そう切り出されて、はっとして彼女を見上げた。
「だから、わたしのことを気にして伊織に遠慮して欲しくないの。幸せ逃して欲しくないわけ」
「そんな……」
鋭い。
すべてを見透かしているようなその言葉に、わたしは顔を俯かせるしかなかった。
「伊織と丸井くんはかなりお似合いだと思ってるんだ。だからすごく嬉しい。もしもわたしと雅治がどうなっても、ふたりはふたりで居て欲しい。4人の関係続けたって全然いんだし。わたしがどうだろうが、伊織には恋愛を満喫して欲しい」
「…………でもさ、千夏」
「それにある意味」
無駄無駄、というようにわたしの抵抗を手で掲げて遮って、千夏は嬉しそうな顔で言った。
「わたしだって恋愛の醍醐味、満喫中だよ」
片頬を上げて笑った彼女を見て、痩せたと思った。
いつも昼休みに使う教室で、俺と伊織は教科書広げて勉強してた。
勉強を口実にしてるだけで、別に中間テストとかどっちだっていーんだけど。
少しでも伊織と居れるなら、居たいって思う……つかいつも思うけど、この状況すげー。
伊織は俺の彼女、でいいんだよな?
毎日自分に確認すんのがもう日課になってる。
だってこの関係、全然それらしくねえから。
「……ちょッ……と!!」
「だめ?」
「嫌がることはしないって約束じゃん!」
「嫌なの?」
「……っ……その、気分じゃない!」
「…………」
教科書なんか見もせずに伊織の横顔眺めてたら、伊織が俺の視線に気付いて。
ちょっといいムードとか思ってキスしようとしたら、このざま。
もう一週間以上経つってのに……進歩したのはつい昨日、ようやく手を繋ぐことを許してもらったぐらい。
でも伊織は、絶対に嫌って言わない。
ちょっとムカつくけど、今みたいに気分じゃないとか、そういう風に逃げてくれる優しさが、やっぱ好き。
「ねえ」
「ん?」
「勉強しなよ。その為にわざわざ……」
「伊織について勉強してっから心配すんな」
懲りずにずっと眺めてる俺に教科書を差し出してきたけど、すぐに溜息をついて俯いた。
どさくさに紛れて笑ったついでに頭を撫でてみたけど、なんの反応もなし。
俺と居るのとか、付き合ってるこの状況とか、伊織が嫌がってないのはわかんだ。
あのとき鳥肌が立つほどに感じた脈アリな刺激も、多分だけど、間違ってない。
でも……こいつはなんだか煮え切らない。特に今週明けてからずっと。
まだ告白したあの日の方がいい顔してた。赤い顔して俺を見て、唇震わせて。
週末でいろいろ考えてたら、嫌んなってきたってこと?
この一週間、ずっとそんなことばっか考えてる。
頭の中は伊織で埋め尽くされて、弟とじゃれてる時だってぼーっとしちまう。
会いたい、会いたいって思いと、少しの不安。
連絡はいつも俺からで、伊織はそれに付き合ってやってるって感じで。
それは毎日思う。脈アリだと思うのに、全然そっから前に進めねえこの感じ。
正直、ホントのとこ、俺のことどう思ってんのかわかんなくて。
今週も何度か告白で呼び出し受けたけど、伊織は相変わらず。
少しは俺のこと気になんねえの?って聞きたくなる。
……好きにさせてみせるっつったの俺だから文句は言わねえけど、付き合ってるつーことは、多少なりとも好きだってことなんじゃねーの?
問い詰めたい衝動はいまんとこ抑えてる。
我慢できない性質の俺がいつまで持つかわかんねえし。
だっていつまで経ってもこの状況じゃ、いつまで経ってもキス出来ねえじゃん。
伊織にキスしたい。触れたい。
髪を掬って、抱きしめて、あの顔を胸に押し付けて……
「ううううああああああ」
「いっ……なんだよ。どうしたんだよ」
いきなり唸りだした伊織にぎょっとして、追い討ちを掛けるように不安が過ぎった。
俺に見られてたのが気色悪いとかそういう意味合いだったらマジでへこむ。
いやまさかキスの仕方を想像してた俺を見透かしたわけじゃねえよな?
「ブン太さあ」
「ん?」
この瞬間、平然な顔して返事してみても、毎度毎度、どきっとする。
俺が名前で呼んでってせがんだら、呼んでくれるようになって。
その甘い響きが、耳の奥ですげえくすぐったい。何度だって聴きたい。その声で。
「仁王から何も聞いてない?」
「は?」
「千夏とのこと……」
「……いや……なんで?」
何を言ってくれんのかと思ったら、「仁王」と「千夏」の名前が飛び出した。
だからさ、お前、俺とのことは頭にないわけ?
「千夏さあ、最近痩せた気がする」
「そうか?」
「そうだよ……あれかなり神経衰弱してるよ」
「夜な夜な?」
「はあ!?」
「じょ、冗談だって!」
トランプの真似事して見せたら、伊織はきっと俺を睨んだ。
伊織の言いたいことはわかんだけど、でも俺らに何が出来るわけでもねえし。
ふたりの恋愛事情に横から首突っ込むのはあんま良くない気がする。
だから俺は完全に無視してる。
仁王と吉井が今どういう状況なのかは知らない。
どことなく、違ってきたって感じはわかるけど。
でもそういうのって、ふたりで乗り越えなきゃ意味ねえじゃん、とか思う。丸井ブン太的理論。
「見てらんないよ」
「そっか……」
「なにか出来ることあるんじゃないかって思うんだけど」
聞いてるうちに、妙な感覚が俺を捉えた。
もしかして、伊織の煮え切らない態度の原因はこれか?
仁王と吉井……つーか、吉井?
俺が黙ってたら、伊織は吉井から聞いた話を俺にし出した。
吉井が、仁王がまだ元カノに未練があると疑ってること。
その上で、仁王と元カノの話し合いをお互いに勧めたこと。
話し合いには、二人とも応じるという結果になったこと。
で、それが来週末の練習試合終了後になったこと。
けどそれを聞いてても俺は、成るように成るとしか思えなかった。
俺らに出来ることなんて何もない。
今、仁王や吉井にあれこれ言っても気休めにしかなんねえじゃん。
「吉井はそれで悩みまくってんの?」だから伊織も悩んでんの?そんな意味合いで聞いた。
「違うんだよ。千夏は悩んでる素振りなんか全然見せない。だから余計に心配なんだよ」
吉井のことになると今までずっと黙ってたのが嘘みたいに熱心に喋りだして、俺にだって見せたことないような顔で必死になってて。
俺は、心の中の不満が確実にくすぶってんのを感じた。
伊織の気持ちはわかるけど、でもさ。
「ふーん。でも俺らが気にしてもどうにもなんねえじゃん。ふたりの問題だろぃ?」
「……え、ねえ、ちょっと待って。それってなんかすごい冷たい」
聞くうちに、伊織がこんだけ俺に頭回んねえのは絶対に吉井のことが原因だってはっきりしてきたから。
別にそれで吉井が邪魔だとか思ってるわけじゃねえけど、ちょっと面白くない。
あいつらのことは確かに心配だけど、お前はもう少し俺についても考えてくれてもいいだろって。
俺と居てもいつもどこか上の空なのは、お前にとって俺の位置が吉井よりも低くて、仁王よりも低くて。
もしかしたら結局、跡部よりも低いんじゃねえかって考え出したら……。
言葉に棘が入っていくのを、自分自身、止めることが出来なかった。
「そんな言い方ないじゃん。ふたりの問題だけど、友達だからこそ出来ることってあるんじゃない?」
「その問題によくわかってねえ俺らが入っていったとこで、余計に状況悪化する可能性は考えないわけ?」
それに、冷たいってなんだよ。
お前がこの一週間ちょい、俺に取ってきた態度は冷たくなかったのかよ。
俺はずっとお前のことばっか考えてたのに、お前は全然考えてなかったんだろ!?
「どうして良くしようとして悪化すんの、おかしいよ」
「そういう可能性もあるっつの。だいたいお前みたいにお節介が度を過ぎるとそういうことになったりすんだよ。つかなんでお前がそこまであいつらの心配しなきゃなんないわけ?そっちのほうがおかしいだろぃ」
「なにが!?友達だからじゃん!!」
「その友達って定義が良くわかんねーっつってんの!友達だったら見守ってやれよ!」
目の前にあった教科書を投げるようにしてそう言ったら、眉間に皺を寄せた伊織が席を立ち上がった。
このままじゃマズイってわかるのに、俺は自分を止めることが出来なかった。
ここ数日のどことなく切ない想いが爆発して、わかってもらえねえのが悔しくて。
「アンタ全然わかってない!千夏の気持ち考えてよ!好きな人奪われちゃうかもしれないのに!」
「お前が練習試合に来てまた跡部のこと好きんなっちまうかもしれねえようにな!?ああ、大変だな!」
「はあ!?話を摩り替えないでくれる?」
「一週間前から付き合ってる相手が跡部でも、お前はそうやって心配したのかよ!?ずっと吉井のこと考えて過ごしてたかよ!?ちげーよな!?もしそうなら今頃跡部のことで頭いっぱいなんじゃねえの!?俺とは違ってよ!!」
口を衝いて出てきた言葉に、自分でも驚いた。
まだ跡部のことが好きなんじゃねえかって不安が全然消えてないことに、俺自身が気付いたから。
だけど俺のそんな醜い言葉に絶句した伊織を見て、余計に嫉妬する悪循環。
「……もしそうでも心配してるよ……当たり前じゃん、そんなの。ブン太は自分が良ければそれでいいの?」
「はあ?……意味わかんねー」
「ブン太は自分が幸せなら周りが辛い思いしてても関係ないのかって言ってんの!この頃のブン太はそんな感じだよ!わたしが親友の心配して何が悪いの!?それこそ跡部くんなら、今のわたしの気持ち、絶対わかってくれるよ!!」
伊織が出て行く前にそうして俺に投げかけた言葉は、かなり痛くて。
大きな音を立てて閉められた教室のドアのガラスが小刻みに震えるのと同時に、俺はどこにもぶつけられない悔しさを、拳に込めて震えていた。
……言い過ぎたかな、という思いは当然のようにあった。
週の初めに、「週末も会える?」と聞いてきたブン太からは何の連絡もないまま、明日にはもう学校だ。
ほんの一週間だったけど、ブン太から連絡が来ない日なんかなかったから、少し拍子抜けしている。
喧嘩した金曜日、土曜日、そして今日。
ああ、きっとこのまま終わっちゃうんだろうなと漠然と考える。
不思議だけど、千夏と仁王のことを考える時間は少しだけ減っていた。
ブン太との喧嘩の後味が悪かったのは確かだ。だから考えてしまうんだろう。
跡部くんの名前を出された時はどうしてかカッとなってしまって。
許せない、という気持ちがあった自分に今更ながら気付いていた。
どういう意味の「許せない」なのか、考えれば考えるほど戸惑ってしまう。
どれだけ考えても、心外だ、という気持ちに近いという答えに行き着いてしまうからだ。
ていうことはつまり、わたしのこと信じてないの?というニュアンスがそこに含まれていたってことで。
「あーあ」
少しの後悔が襲うのは確かだけど、あんな言い方することないじゃないかと思ってしまう自分もいるわけで。
この週末、何度も携帯をチェックする自分が滑稽で仕方なかった。
だからと言って自分から連絡する気になるかと言えば、それはならなくて。
ならないというよりも、出来ないという気持ちの方が強い。
まだ怒っていたらどうしようという恐怖。
あんなに優しかったブン太が嘘みたいに冷たかったら、きっと落ち込んでしまうという甘え。
自分を最低な女だと罵っても、何も解決されない。
ブン太が言っていた状況悪化とは、こういうことも入っていたのかもしれない。
もしかしたらブン太はブン太なりに考えた上で、見守るという選択をしていたかもしれないのに。
落ち着いて考えてみればわかることが、どうしてあの時にわからなかったのか。
大人になれないわたしは自分の未熟さにうんざりしながら枕に頭を押し付けた。
とその時、携帯が鳴った。
「!」
急いで起き上がって液晶画面を見る。
丸井ブン太の文字に少しだけ心躍る自分に、やっぱり戸惑う。
焦燥感に苛まれつつも、わたしは受話ボタンを押した。
「もしもしっ」
≪…………明日からテストだし、会えないだろうから今言っとく≫
「……うん」
ぶっきらぼうで不機嫌なブン太の声は、怖かった。
その不機嫌さに素直に反応して、別れよう、という言葉を覚悟する。
胸いっぱいに息を吸って、厭わしい緊張を解した。
≪練習試合、絶対来て≫
「……え」
≪俺、多分ダブルスで、もしかしたらシングルスもやっかもしんねえけど、どっちも絶対勝つから≫
「ちょ、ちょっと待ってブン太……怒って……ないの?」
恐る恐る聞いてみる。
ブン太の声からしたらどう考えても怒ってるんだけど、その言葉には期待してしまう。
期待してしまう自分に、ブン太のことちょっと好きじゃん?ともう一人の自分がからかっている。
ええい、黙れ。それは後で考えるから!
≪バカ!怒ってんに決まってんだろ!≫
「う……そう、だよね。ごめん……」
≪謝んねえよ?俺まだ相当ムカついてるし、気持ちの整理もつかねえし≫
「ああ、はい」
実にブン太らしい。
≪けど……俺……お前のこと、絶対離したくない≫
耳元で囁かれているようなその声に、少しだけ弱くなった勢いに、ぐらっと心臓が揺れる。
ブン太の言葉は真っ直ぐ過ぎて、苦しいくらいに胸が締め付けられる。
「ブン太……」
≪だから……試合、どっちとも勝ったら……≫
「うん?」
≪キスさせろぃ≫
「は……」
わたしにとってはあまりに突拍子もなかった意見だけに、腑抜けたような声を出してしまった。
わたしは天性のロマンチストである。
どっちとも勝ったらもう一度告白させてくれとか、そんな言葉を予測してしまった自分が非常に馬鹿馬鹿しくなった。
そうか、それも有り得ないか。気付いてはいたけれどわたしも大概だな。
「頭の中そんなことばっかりなの?」だけど負け惜しみのように言い放ったら、
≪悪い?≫と本当に悪びれもしない返事が戻ってきた。
「スケベ」
≪もっとスケベなこと考えてっけど、それはもう少し後でいいや≫
「ば、バカじゃないの!?」
≪仕方ねえだろぃ。好きなんだから≫
電話でよかったと思った。
こんな顔見られたら、調子に乗るに決まってる。
自分の気持ちに少なからず気付いてしまったわたしとしては、この先ずっとこんな攻撃を受けるのかと思うと変に顔が熱くなってきた。
≪言わせてみせっから≫
「へ?」
≪いつか絶対、好きって言わせてみせるから。覚悟してろぃ≫
挑戦状を叩き付けるように一方的に切れた電話に、わたしは目を丸くした。
千夏の言っていたとおりだ。
やっぱり彼女はヨゲン者か。
ブン太が好きだとわたしが言えば、一事が万事、バンジージャンプなのかもしれない。
週末は、いよいよ目前に迫ってきていた――――。
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