ファットボーイ&ファットガール_09
「それで、その男子生徒が、これを落として行ったんです」
「…………これは、RSAか」
「!……さ、さすが……ですね」
「落とした生徒の特徴、覚えてるか?」
ファットボーイ&ファットガール
9.
翌日。
近所では超有名な跡部ッキンガムに、ブン太とふたりで訪れた。
あの後、ブン太はしばらく表情を和ませることなくわたしにべったりしていたけど、最終的には、「俺も行くから」という条件付きで(最初から勿論そのつもりだった)今日のことを許してくれた。
だけど、跡部くんが出てきた途端、わたしからも、跡部くんからも目を逸らすようにソッポを向いてる。
「えっと……背は、多分、180はあったと思います。大きいなあって思ったから。あ、跡部さん、くらい……」
「ほう……それから?」
「……ごめんなさい、ちょっと、よく見えなくて……」
「そうか。いや、構わない」
「ねえ、ブン太は何か覚えてない?」
全然こっちの話に入ってこようとしないブン太に、わたしは視線を流して話しかける。
ブン太はゆっくりとわたしを見て、跡部くんを見て、不機嫌そうに答えた。
「いかにも成金ホスト高校の生徒って顔だったけど?」
「ブン太……!」
「ククッ……そうか、まあいい。これは預かる。助かった」
「い、いえ……」
久々に見た跡部くんは、なんだか前に会った時よりも一段と大きくなっている気がした。
男として、というか……包容力、というか……彼女を守りたいという気持ちが、そうさせている気がした。
それを目の当たりにするのは、ほんの少しだけ妬けたけど……今はわたしにも、守ってくれる人がいる。
だから、すごく冷静に話をすることが出来たと、自分でも感じた。
そろそろ帰るということを告げて席を立った時、ブン太は軽く溜息を吐いて、跡部くんに見せ付けるようにわたしの手を取った。
恥ずかしかったけど、黙って従ってないと後でまた面倒なことになりかねないと判断して、ただ俯く。
そんなわたしとブン太を見て、跡部くんは苦笑するように言った。
「丸井、付き合ってねえんじゃなかったのか?」
「ウルセーよ跡部。見たらわかんだろぃ」
「まあ、状況はいろいろと移り変わるもんだからな」
「言っておくけど、こいつはもう、お前に気ぃねえから」
「ブン太……!!」
余計なことを言ったブン太の腕を叩くと、跡部くんは堪え切れないように笑い出した。
練習試合連絡の時に、跡部くんにやんわりとファンだというような発言をしたことを思い出す。
そんなこと彼が覚えてるはずもないのに、ブン太は物凄く喧嘩腰。
……バカ!!
「ああ、そうだな」
だけどブン太をからかうように笑っていた跡部くんは、一通り笑い終えた後に口元を緩めたようにそう言った。
その言葉が少し意外で、わたしもブン太も跡部くんをきょとんと見る。
覚えてた……?わたしのこと……?
「丸井」
「なんだよ」
跡部くんは一瞬わたしを見た。ドキリとする。ときめきじゃなくて、見透かされてしまった予感。
だけど、ブン太に話しかけた後にわたしを見るのは、なんだかすごく挑発的で。
面白がっているんだろうけど、これ以上ブン太の神経を逆撫でして欲しくなくて、思わずブン太の手を強く握ってしまう。
その様子に気付いたかのように、跡部くんはまた、実に面白そうに微笑んだ。
「彼女は貴様にベタ惚れのようだ。嫉妬もいいが、そこら辺もわかってやれよ」
「え!」
まさかそんなこと言われると思っていなかったわたしは目を見開いて跡部くんを見る。
やばい、首が熱くなってきた。
確かに、現に、跡部くんのこと好きだった自分が、嘘みたいだなって、思うけど……!
「お前達はお似合いだ。羨ましいぜ。じゃあな」
「ちょっ……」
ブン太の言葉を遮るようにそのまま閉じられてしまった玄関。
それをただただぼんやりと眺めて、わたしとブン太は、しばらく動かなかった。
なに、あいつ。
カッコつけやがって。
伊織が俺に惚れてることなんか、百も承知だっつーの!!お前に言われなくても!!
ウゼー!!マジ、ウゼー!!
「ブン太、この漫画借りてもいい?」
「ん?ああ、いいよ」
「いまちょっと読んでもいい?」
「好きにしろぃ」
どういうわけか三週間も前の出来事を思い出して腹を立ててる俺。
なにが、「お似合いだ」だよ。わかってるっつーの!お前に言われるまでもないっつーの!
つか別にお前に認めてもらえなくていいし!
軽く、あの日のことが俺のトラウマになってる。
もうだいぶ吹っ切れたけど、跡部の家に行く途中、何度も吐き気がした。
伊織が跡部見て、一気に気持ちもってかれたらどうしようとか、やっぱりブン太とは付き合えない、とか言われたら俺どうすりゃいんだとか。いろいろ考えて。
だけど、伊織に「信じて」って言われたことが、俺を強くさせたから……ネガティブを全部祓って、決心した。
結果は、なんてことなかった。
最後の跡部の捨てゼリフみてーなのには大分むかついたけど(今でも思い出すほどにな)、あの後、伊織に公園でキスしたら、なんかいろいろ、落ち着いた。
不安で、「俺のこと好き?」って何度も聞く俺に、「好きだよ」って、嫌な顔ひとつせず何度も答えてくれた伊織。
いつもならきっと、「しつこい!」って言われんだろうけど、あの日だけは、俺を安心させてくれた。
「伊織」
「ん〜?」
最近は一緒にいることが当たり前で、だから傍にいるだけで良くて、俺がこうしてテレビ見ながら菓子ばっか食ってても、伊織が俺のベッドの上に寝転んで漫画読んでても、なーんにも気にせず一緒にいられる。かまって!とかそういう面倒くせーやり取りもない。
お互いが、信頼しきってるし、そこにいるだけで安心してるからだって思える。
こんな関係初めてだ。
「仁王と吉井のこと、なんだけどさ」
「……うん」
なのにここまできて跡部のこと考えてる自分が嫌んなってくんのは当然。
俺は自分の頭の中もすっきりさせたくて、伊織に振り返っていつもの話題を向けた。
伊織は漫画を置いて、ゆっくりと身を起こして俺を見る。
ここんとこ……いや、よく考えてみりゃ最初からなのかもしんねーけど。
俺と伊織の話題は、専らこのふたりに集中してる。やっぱり変なんだ。俺も伊織もそう感じてきてる。
4人で居ても、仁王も吉井もいつも通り仲が良いのに、違和感を覚えずにいられない。
よくわかんねーけど、あのふたりの間には、絶対、何か起こってる。
「あいつらやっぱり、なんかまだ引き摺ってるよな」
「うん……やっぱり何かあると思う。練習試合からだよね。もう一ヶ月も経つのに。そういう意味では、引き摺ってるって感じだよね、確かに」
何度もしてきたやり取りだけど、何度だってお互いの中で確認せずにはいられない。
どうしてふたりが俺らに何も話してくれないのかもわからなくて。
俺も仁王に対して少なからずそうだけど、伊織は吉井の親友だから余計にだと思う……なにも相談をしてこない吉井に、ショックを受けてるはずだ。
「……つかさ、吉井ってドタキャン何度もするような奴?」
「千夏があ?しないよ。されたことないし」
「だろぃ?俺も吉井の性格上、それはないと思うんだよな」
「それがどうかしたの?」
ん、と喋りだす前に、俺はアーモンドチョコを口の中に放り込んでから、ベッドの上に座る伊織の隣に腰掛けた。
こんな時にナンだけど、ふたりでベッドの上っつーのは、座ってる状態でも、意識しちまう。
あー、俺の脳みそマジ万年思春期か!
「随分前に仁王に道端で会ったことがあってさ。その日、吉井と約束してるって部活の時言ってたんだよ。けど隣に吉井はいねーし、一番急いで帰った割りにのんびりしてっから聞いてみたら、吉井の急用だって。まあそれは別にいんだけど、先週も放課後、学校の外で会ったとき、デートの予定だったはずなのに……」
「千夏の急用だって?」
「んー、なんか最近、家が忙しいらしいとか、仁王にしては、歯切れが悪りいっつーか」
まだ元カノとのことが関係してるのかな……?
伊織は不安そうに俺に顔を向けた。
ホントは俺だって伊織だって、直接聞いてみたくてしょうがねえんだけど……でも、伊織は自分から傷を深くするようなことはしたくないからって、吉井が話してくれるのを待ってる状態。
俺も仁王に対して、そういう部分が同じだ。
聞いたって、いま誤魔化されるってことは、結局話してくれねえってことだから。
「…………思うんだけどさ」
「ん?」
「俺らがここでこうやって話してても、どうにもなんねーよな」
「……まあ、確かに」
あー!と喚いて寝転がった俺に、伊織はクスクス笑って腹を突いてくる。
一気に雰囲気が変わったその流れに、仁王と吉井のことはめちゃくちゃ気になんだけど、ここんとこの俺はそろそろアッチの限界を迎えてきてることを思い出した。
実はさっきもちょっと思い出してたんだけど……。
くそ……限界を……越えてぇ……!
赤也か。
「なあ伊織」
「ん?――ッ!」
おかげで今みたいに、途端に愛しくなることだってしょっちゅう。
前の彼女達とは違う愛しさ。体だけじゃなくて、心も抱きたいって思う愛しさ。
……どストレートに俺の中に入り込んでくるし、俺も、どストレートにそれを伝えたいと思う。
いいだろ、伊織……もう俺、我慢出来ない。
「愛してる」
「ッ……ブン、……っ」
いきなり腕を引き寄せてキスしてくる俺に、伊織はびくっと体を強張らせた。
俺も伊織も、この頃すげー意識してる……いつ、そうなるのか。
今でもいいって、今まで何回も思ってきたけど、なんか、怖くて手が出せない、情けねー俺。
こうやって伊織が俺のベッドの上に無防備にいることは多分、いつでもOKな合図なんだけど、もしかしたらそんな計算は伊織の中には全くなくて、俺の勘違いだったらとか、余計なことばっか考えて……
「とりあえず、仁王と吉井は様子見ってことで……」
「え、あ、でも……」
「まだ、漫画読む?」
「ブ、ブン太こそ、テレビは?」
「…………」
「あ……っ」
テレビは?って言われて、俺はテレビのリモコンでその電源を切った。
この状態……完全に俺が押し倒してる状態……今でもいい。……いや、今しかねえ。
そうなんだ。
すげームカつくけど、あの跡部の言葉を何度も思い出すってことは、やっぱり、何か感じたからだ。
伊織が俺にベタ惚れなんて、思いもしなかったけど……何度もあの言葉を思い出すってことは、もっともっと、伊織のこと知りたいから。
本当に、俺にベタ惚れなのか……そうなら、もっと惚れさせたいって、思うから……。
もう、悩んでる場合じゃねえよな……俺だって、もう、我慢ならねえくらい、伊織が欲しいんだし。
「ちょっと待ってブン太、わたし……」
「待てない。好き、伊織……超好き……」
「ややややや、ちょっと待ってごめん!」
「!」
もうすっかり欲情しきった俺に、伊織は大声上げて、俺のキスを阻もうと両手で自分の顔を覆いやがった。
なんで!?って声にならなくて伊織を非難の目で見下ろしたら、伊織はごめん、ごめんと小声で訴える。
「いま……アレ中」
「アル中?」
「違う!生理中!!」
「え!!」
顔を真っ赤にして訴える伊織にはすげー興奮すんだけど。
それ聞いて一気に奈落の底に突き落とされた俺は、あからさまにがっくりした。
……なにこの、ムードのない展開。ありそうでないじゃん、これ。今あったけどさ。
「ごめん……ブン太……」
「いや……伊織が悪いんじゃねえから」
伊織が悪いんじゃないってわかってんのに、なんでこのタイミングで……と、伊織の体を恨まずにはいられないサイテーな俺。
自分のことしか考えてねえな、マジで。あー俺サイテー。
だけど、今日はダメでも、次はOKってことがわかっただけで、俺はちょっと嬉しかった。
「じゃあ、キスしていい?」
「うん」
そっと手を下ろして少し微笑む伊織に、ゆっくり唇を寄せる。
角度を変えて、何度もしながら、どさくさに紛れて少しだけ舌を突き出した。
「ん、――っ、ブン太……」
「いいじゃん……予行練習……」
ヤバイ……伊織とのキス、超きもちー。
ああ、めちゃめちゃ身体が、熱くなっていく――――。
「殴ることないだろぃ!!」
「最低過ぎる」
濃い〜キスでエスカレートしたブン太は、わたしの胸を触り始めて、「ダメ、ブン太……」と小さな抵抗を見せたわたしに余計に興奮してTシャツを捲し上げた挙句、露になりかけたわたしの胸に顔を埋める寸前で「ねえ、手か口でしてくんない?」と言ってきやがった。
それを聞いて平手をお見舞いしたのだが、ブン太は「冗談通じねーな!!」と怒っているのだ。
冗談!?
ああ、確かに冗談めいてましたけども。
でもあわよくばって思ってたじゃん、絶対!!わたし初めてなのに!!最ッ低!!
「だから、あれは冗談だって!わかってんだろぃ!」
「わたし冗談通じないですから。申し訳ないけど」
げんなりしたわたしはすっくと立ち上がってブン太の家を出てやった。
あんなとこにいるからこんなことになったんだ。確かにわたしも無防備すぎた。
いや、もうブン太とそうなることは覚悟しておいたんだけど、今日はその気にさせないようにしとくべきだった。
わかってたのに、いつもだらだらしてたせいで、つい、だらだら癖が……!
ブン太は慌てて追いかけてきたけど、わたしに非難轟々のようだ。
でもそのお怒りのおかげで、興奮しきったアレも収まったことでしょう。それはそれで良し。
「なあ伊織、ごめんって。機嫌直して?」
「…………」
「もう二度とあんなこと言わねーから。冗談でも言わない!約束する!」
「…………」
「……ッ、なあ、俺別に、ヤリたいだけとかじゃねえよ?」
「あのさあ」
ブン太の謝罪は別にどうでも良かったわたしがとあるお店の前で立ち止まって声をあげると、ブン太は自分のことを責められるのかと驚いた様子で、「な、なに……」と声を震わせながらびくびくとわたしを見ていた。
いや、そうじゃなくて……ていうか、これはいい提案かもしれない……。
「服欲しいなあ、わたし」
「は?」
「半額だったらものすごく嬉しいなあ、服」
「……え?」
「その半分をブン太が出してくれたら、わたし、機嫌直るかもしれないなあ〜」
「あ〜〜〜〜〜!?」
いいじゃん!と珍しくわたしからブン太の手を取ってお店の中に入ろうとする。
ブン太はそれを嫌がるように、「調子良すぎんだろぃ!」と喚きはじめた。
「伊織お前、実はあんまり怒ってねえってことじゃんかそれ!」
「機嫌直して欲しいんでしょ!じゃあ服買ってよ!」
「バカか!俺だってこないだ服買って金がねえっつーの!」
「こういうデート連れてってもらったことないな!わたし!」
「そういうこと今言うの卑怯じゃね!?将来金持ちになったら買ってやっか……――!?」
「……ブン太?」
言い合いをしながらも途中笑い出していたわたし達が、結局店の中に入ろうとしたときだった。
ブン太が少しだけ余所を向いて、途端、表情が強張って、わたしの手を引っ張ってきたのだ。
どうしたんだろうと首を傾げてブン太を見上げたら、そっと道路の向かいを指差して、「アレ……」と呟く。
視線を送ると、そこには長身イケメンの姿があった。
……仁王だ。
「仁王……え、隣の人、誰……?」
「…………」
仁王の隣にいるのは、絶対に千夏じゃなくちゃいけないのに。
彼と笑いながら歩く女性の姿に、わたしは全然見覚えもなければ、嫌な直感をぶつけられた気になっていた。
ブン太が息を呑んだように黙りこくる。
わたしは不安になって、ブン太にもう一度聞いた。
お姉さん?それにしてはちょっと若い……?従姉妹とか?違う、なんか違う雰囲気がする。
「ねえ、ブン太……」
「……元カノだ、仁王の……」
「えっ……」
「一回学校に来てんの、見たことある……間違いねえよ……仁王の、元カノだ……」
休みの日はいつも、雅治とふたりで会ってるって、千夏が言ってた……。
なのに、どうして休みの日に、仁王は千夏じゃなくて、元カノといるの?
「俺らが感じてた違和感って、あれが原因なのかよ……」
「……仁王は結局、まだ元カノと、繋がってるってこと……?」
不安定な怒りで少しだけ震えだしたわたしの手を、ブン太が、強く握り返してきた――――。
to be continue...
next>>
10recommend>>
love._09
[book top]
[levelac]