ファットボーイ&ファットガール_10
「ねえ千夏」
「あ、おはよ伊織!どうかした?」
「おはよ……あのさ、一昨日の土曜日って何してたの?」
「土曜日は……雅治と会ってたけど?」
ファットボーイ&ファットガール
10.
「あ、そうだったんだ。昨日だったっけ?美容院」
「そだよ。なんで?」
「いや、昨日美容院に居るってメールしてきたじゃん?なんとなくスルーしちゃったんだけど、土曜日に千夏の行きつけの美容院からさ、千夏に超そっくりな人が出てきたからさ〜!あれ〜?一昨日も行ってなかったっけ〜?と思って。それ、今日聞こうと思ってたんだ。確かね〜、昼前」
「え〜、わたしじゃないよ〜。昼前ならほら、もう部活も終わって、伊織だって丸井くんと居たでしょ?」
「そうそう。千夏、いつもなら仁王と会ってる時間なのに、今日は美容院にいる〜って思ったんだ」
「人違いだね〜。わたし、雅治と居たからね」
どうして千夏がそんな嘘をつくのか、全くわからなかった。
わたしだって嘘をついて千夏のことを探っているんだから、責められることじゃないけど。
でも仁王と居たというなら、元カノと歩いていた仁王の存在はどうなるんだ。
会っていることにしている……何に遠慮して……?仁王に?元カノに……?
ふたりの間に何が起きているのか、全然わからない。わたしに相談しないことも、腹立たしい。
ブン太と一昨日見た現場は、わたし達に尾行までさせた。
それくらい、ショックだったし、隠されているという現実を目の当たりにした気がしたからだ。
「千夏、仁王と会ってたって言ってるよ」
「そんなわけねえだろぃ」
「そうだけど、そう言ってる……やっぱり、仁王に直接聞くのが一番だと思う。千夏がどうしてそう言ってるのかわかんないけど、知らないわけないと思うんだ。元カノとのこと。仁王がなんらかの理由をつけて約束断ったとして、千夏はなんとなくそれに気付いてるけど、気付かないふりして、会ったことにしてるのかも。もしかしたら、わたしへのプライドの問題で。仁王に断られた、とか言いたくないのかもしれないし、本当に、わからないけど……」
「……じゃあ吉井の中では、仁王と元カノの件は何にも終わってねえってことか」
「千夏の中だけじゃなくて、事実あの人達は会ってたんだから、全然終わってないんじゃないかな」
「くそっ……なんだよそれ……確かに仁王は元カノにかなり惚れてたけどさ……」
むしゃくしゃするんだろう、ブン太は顔を思い切り歪めて口を尖らせた。
こういう話をしているせいで、せっかくのふたりきりのランチもなんだか気分が沈んでしまう。
わたしは、今まで男子と付き合ったことがないわけじゃないけど、物凄く深い関係になったことはないから、正直、仁王の気持ちも元カノの気持ちもよくわからない。
そんなに昔の恋人って、引き摺ってしまうものなんだろうか。
「……ねえ、ブン太」
「ん?」
「あれなのかな……なんていうか、前に付き合ってた人とかって、今も気になったりするの?」
「は……」
仁王と千夏のことを話してたっていうのに、わたしは不謹慎にも、前に見たブン太と元カノのキスシーンを思い出していた。
一瞬、すごく気持ち悪かったのを今でも覚えてる……あの時はどうしてかわからなかったけど、今ならわかる……ブン太が、自分じゃない人に優しくしてる気がしたからだ。
思い出しただけで、胸を掻き毟りたくなるほど鮮明に記憶に残ってしまっている……うー。
「気にならねえよ。なんだよ、いきなり」
「ホント……?」
「……っな、バッカ!気になってたらお前のこと好きになってねえだろぃ?」
「だけど……だって……」
元カノとキス、してたじゃん……無理矢理だとか、あの時言ってたけど……さ。
言葉には出来ないもどかしい気持ち……ブン太が読み取ってくれたら嬉しいのにと思うけど……そんなエスパーみたいな真似、出来るわけないよね……幸村じゃあるまいし。
「伊織?」
「え」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、ブン太がわたしの顔を覗きこむようにしてきて、どきりとする。
だけどブン太の顔は少し、困惑気味だ……あー、これって、面倒臭いとか思われてる。絶対。
「なんか言いたいことあんなら、はっきり言ってくんねーと、俺、わかんねーから。マジで」
「……ないよ、別に……ごめん」
そんな、怒ったみたいに言わなくてもいいのに……ブン太に面倒臭いと思われている気がして、しゅんとした直後だった。
俯いたのと同時に、ふんわりと優しい影がわたしの顔を覆って。
え、と気付いて顔を上げかけた瞬間に、ちゅ、と唇に柔らかい感触が落ちてきた。
「……っ、ブン……太?」
「なんでそんな不安そうな顔すんの?」
「そ……」
「俺、ちゃんと伊織のこと好きだよ?めちゃくちゃ……」
「ン、――ブン太……」
「わかんねえの?俺がめちゃくちゃお前のこと好きなの」
何も言わせないつもりのくせに、疑問系で言葉を投げてくる。
何度も何度も繰り返されるキスに、いつの間にか目を閉じて首に手を回したら、ブン太は嬉しそうに笑って、わたしを強く抱きしめてきた――。
もしかして、伊織、いきなり不安になって、俺の前の女連中にヤキモチ――?
って考えたら伊織がすげえ愛しくなって、気付いたら、昼休み中キスしてた。
すっげえ可愛いの。もうすっげえ可愛い。
でも、今日は一日中伊織といちゃついてるわけにもいかねえんだわ、これが。
どういうわけか吉井は伊織を偽ってまで仁王と一緒にいたとか主張しやがってるみてえだし、仁王は仁王で元カノと会ってる……あの二人あの後、一緒に食事までしてやがった。
今日は最初から、仁王に放課後聞くつもりでいた。だから敢えて、朝から何も聞かなかった。
とにかく、吉井は何も知らねえかもしれねえし、だけど伊織も言いたいことあるだろうから、仁王と俺と伊織の三人で話したかった。
だから放課後、伊織を迎えに行った後にすぐに教室に戻った……けど、アイツはいなくて。
「どこ行っちゃったんだろね?」
「部活ねえから吉井と帰るはずなのにな……だけど吉井も、そんな様子なかったよな」
「うん……もう帰っちゃったかな」
「さっきまで居たのによ……くそ、ホームルームん時に言っときゃ良かったぜ」
俺ってマジ詰めが甘い。
とりあえず廊下をウロウロして、伊織と方々を見回す。
したらいつもの教室の中で、人影が見えた。あ、いるかもって思うのと同時に、俺は教室を開けた。
案の定、そこに仁王は立っていて。
俺が教室を開けたのに気付いた瞬間、吉井と間違えたのか、はっとした顔の後、すぐに顔色を変えた。
「いた、やっと見つけたぜ」
「……お前らか」
「なんだよ、悪いかよ」
「どうしたんじゃ?俺のこと、探しちょった?」
「ああ、探してた……ちょっと、聞きたいことがあんだよ、お前に」
「ふうん……なんじゃ?ちと千夏と約束しちょるから、手短に頼むぜよ?」
のらりくらりしながら、こいつが女二人の間をふらふらしてんのかと思うとなんか無性に腹が立ってきて、俺の口調は最初からキレ気味だった。仁王はそれに気付いてるくせに、しらっとしてやがる。
「……千夏には、聞かせたくない」
「同感。手短に話す。その変わり、嘘で誤魔化すなよ、仁王」
教室に入る前に、伊織は俺の耳元で、ブン太、冷静にね、と声をかけてきた。
だけど、そんなこと言ってた伊織の声が、もうすでに震えてた。
本当は俺に言いたかったんじゃなくて、自分に言い聞かせてたのかもしんねえ。
そりゃそうだよな……親友の彼氏が、他の女と続いてるかもしんねえんだ。黙ってられるわけねえよ。
「なんじゃ、はよ言いんしゃい」
だけど本当に何のことかわかってねえのか、仁王は眉間に皺を寄せて俺らを見た。
こいつ、よく見たら、なんかさっきからそわそわしてねえ?
吉井が来るからか……?あーそうだ、とにかく、吉井が来るんだ。早く済ませなきゃなんねえな。
「単刀直入に聞くけどさ、お前さ、一昨日の土曜、元カノと会ってたよな?」
言った瞬間、仁王が怯んだ気がした。
なんだよ、やっぱお前、なんか疚しいのかよ?
「…………真面目な顔してなんかと思えば、そんなことか」
「はあ?そんなことじゃねえだろぃ。いつも休日は吉井と居るじゃねえかよ」
「あの日はたまたま会わんかったからのう」
「元カノと会う予定は組めて、千夏と会う予定は組めなかったってこと?」
「いや、そうじゃない。向こうも用事があったから会わんかっただけじゃ」
「嘘だよ」
すかさずそう言った伊織に、仁王はピク、と眉根を寄せた。
嘘だ……俺も伊織から聞いたから、わかってんんだよ、仁王。
お前、何してんの?マジで……
「嘘じゃないって」
「なあ、吉井は、あの日はお前と会ったって言ってる……」
「…………昨日と勘違いしちょるんじゃないか?」
「昨日は、千夏は美容院行ってた。わたし、メールしたから覚えてる」
「…………」
「仁王……お前らの様子、前からすげー変だよ。俺も伊織も、ずっと気になってた。吉井はお前のこと庇うみたいに、毎週会ってるって言い張るけど、こないだお前は元カノと歩いてた」
「ちと待ちんしゃい、お前さん達ふたり揃って、俺に何言わせたいんじゃ?」
仁王はこの時、初めて笑った。
俺は知ってる。仁王があんな風に笑うときは、困ってるときだってこと。
嫌な予感が現実に変わっていく瞬間を、目の当たりにしてるみたいだった。
「元カノとまだ続いてるんじゃないの?」
「馬鹿言いなさんな」
「じゃなんで歩いてたの?」
「偶然会うただけじゃ」
「偶然会って喫茶店でランチかよ?」
「お前さん達、趣味が悪すぎんか?」
「千夏、そのこと知ってるんじゃないの?」
「……っ……」
間髪入れずたたみかけた言葉に、仁王が詰まった。
知っていながら誤魔化す吉井をわかっていて、お前はそんな平気な顔して元カノと会ってるってワケ?
信じられねえよ、マジで……好きな女を平気で傷付けて、何が楽しいんだよ?お前……
「……知ってるんだ、やっぱり……だけど、仁王のこと責めないで、我慢してるの?」
「…………そうじゃない」
「どう違うってんだよ仁王……だったら説明してくれよ」
「…………」
「おいなんとか言えよ!お前そんな最低な男だったのかよ!!」
「ブン太ッ!」
俺は頭にきて、俺達から顔を背けてた仁王の胸倉を掴んだ。
仁王がガクン、と俺の方に揺れる。
伊織の止める声がしてたけど、全然止まる気なんかなかった。
拳が震えてる。殴ってやりたかった。だけど……
「ちょっと待ってやめて!!」
「千夏……っ!」
「丸井くん、お願い、離して」
後ろから大きな吉井の声が聞こえて、俺は仁王から、手を離した。
どこから聞いてたんだろう。
それが、まずわたしが思ったことだった。千夏は多分、仁王と元カノが今でも会ってる関係を知ってる。
だけど、それを仁王が全面的に認めた事実を聞いていたら、酷くショックを受けているんじゃないかって、それが心配で……。
「……千夏」
ブン太が手を離した瞬間に仁王の傍に駆け寄った千夏に声をかけたら、千夏は真っ青な顔してわたしを見た。その姿に、変な緊張感がわたしの身体を駆け抜ける。
違う……この千夏の表情、何かに怯えてる……?恐れてる……?
「違う、ごめん、理由があるんだ……ごめん、雅治が、悪いんじゃないの」
「は?」
「千夏、大丈夫じゃから……」
仁王のシャツをぎゅっと握ってわたしに目を揺らせる千夏に、仁王は切なげな視線を向ける。
やっぱりなんか変だ。さっぱり訳がわからないけど、やっぱり仁王と千夏は愛し合ってる。
じゃあこの現状は何?わたしとブン太の知らないことが多すぎて、こんがらがってしまいそう。
「千夏……ねえ、ずっと何か、悩んでるよね?わたしに話せないくらい、なんか、悩んでるじゃん」
震えた声で千夏にそう言ったら、千夏はぶんぶんと首を振って、思い切ったように息を呑んだ。
「違う……わたしも雅治も、ふたりに、黙ってただけなんだ」
「…………黙ってたって、何をだよ」
胸が軋む音がした。
ブン太も同じだったと思う。やっとの思いで出したようなブン太の声に、わたしの鼓動が早くなった。
なんとなくその答えがわかった時、千夏がまさに、その答えを口にしていた。
「……わたしと雅治……練習試合の日に、別れてるんだ」
「――ッ」
「……ごめん……ふたりに、水差したくなくて……ずっと、黙ってて……」
「……それ、マジで言ってんの?」
「ごめん、本当に……」
仁王は横を向いて、溜息に似た深呼吸をしていた。
苦しそうな顔をしてわたしを見る千夏に、もう一度聞く。
「……千夏……それ、本当?……」
頷く。
「なんで……?」
「わたしが……気持ちの整理が、つかなくて……」
「それで、別れて、俺らの前で付き合ってるふりしてたってのかよ」
「…………気兼ねするじゃろ、俺らが別れたって知ったら……じゃから、ふたりで相談して決めたんじゃ」
やっと仁王が口を開いたかと思ったら、そんなことを言った。
なんとなくわかっていた答えが、明白になる……このふたりなら考えそうなことだと思った。
同時に、酷い倦怠感に襲われた。
その、しばらくの沈黙の後だった。こつりと、机を叩く音が聞こえる。
視線をそこに向けると、ブン太の拳が震えながら、机を軽く叩いていた。
「お前ら……何様のつもりだよ」
「……丸井く――」
「そんなの俺と伊織が喜ぶと思ったのかよ!!」
ブン太は近くにあったイスを蹴った。
同感だ……わたしとブン太のほとぼりが冷めたら言うつもりだったんだろう……でも、だからなんだ。
うんざりする……本当に、何様のつもりだ。
「お前らの様子がずっと変で、俺も伊織も、毎日みたいにお前らのこと心配して、俺ら馬鹿みてえだな。仁王と元カノの話し合いのこと、吉井がまだ引き摺ってんじゃねえかって、伊織なんてどれほど心配してたと思ってんだよ」
「ブン太、もういいよ」
「良くねえ!なのにお前らはとっくに別れてて、俺らのためだとか言って付き合ってるふりして、誰も頼んでねーのに!!俺らのこと騙して、気持ち良かったかよ!?なあ仁王!!」
「…………」仁王は答えない。眉間に皺を寄せたままだ。
「お前そんなんで俺らのためだとか言って、優しさのつもりなのか?マジでふざけんなよ。俺お前に相談したよな?伊織のこと、何度も何度も……お前と俺は仲間じゃねえのかよ。友達じゃねえのかよ。なあ、それなのによく平気な顔してそんな真似出来るよな?それ聞いて、俺と伊織がどうにかなると思ったのかよ。別れるとでも思ったのかよ。それって俺のことも、伊織のことも信じてねえってことなんじゃねえの?なあ……仁王!!」
答えろよ!!ともう一度ブン太が仁王の胸倉を掴むと、仁王はわずかに首を振った。
「俺はお前のことを信じちょらんわけじゃない」
「信じてねえんだって。つか、信頼されてねえってことだろぃ。お前がそんなんだから、吉井にも信用してもらえねえんじゃねえの?」
「……ちがっ――」
「――違わない……ブン太の、言う通りだ……」
千夏が反論しようとしたけど、わたしはその頃ようやく頭の整理がついて、その会話に割って入った。
信じられないくらい、今、心が冷めてる……こんなに馬鹿にされてるとは、さすがに思わなかった。
「……伊織」
「気持ちの整理がつかないとか言ってるけど、ふたりが別れた原因、そういうことなんじゃない?お互いがお互いを信じてないからなんじゃないの?千夏は仁王のこと信じられない。仁王は仁王で、そう言われた途端、千夏の気持ちが信じたくても信じられない。そうやって、好きな人すら遠ざけて、すぐに心が揺れちゃうからうまくいかないんだよ」
「……っ……」
「ブン太は信じてくれたよ。信頼関係がなきゃ、恋人なんて続くわけないじゃん。わたしだってブン太のこと信じてる。でも千夏も仁王もそれが出来ないんだ。ちょっとしたことでその気持ちがすぐ壊れちゃう。猜疑心でごちゃごちゃになる。だからわたしのことも、ブン太のことも信じられなかったんでしょ?だから、本当のこと言わずに、嘘つくなんてことが平気で出来るんだよ」
「伊織、ごめん、わたし、そんな――ッ!」
わたしは、千夏を引っ叩いた。
千夏と親友関係を築いてからの数年間……手をあげたのは、初めてだった。
「伊織」
「……」
吉井を引っ叩いた後、伊織は吉井に言いすぎってくらいのこと言って、教室を飛び出した。
でも最後に伊織が吉井に告げた言葉は、伊織なりのエールだった気がする……それがわかるから尚更、俺は伊織を追いかけた。
「……むっかつく!」
「ん……」
俺が呼んだらすぐに足を緩めた伊織を連れて、屋上に上った。
適当なとこに座った伊織は、開口一番そう言って、俺の肩に頭を寄せてきた。
案外ケロッとしてて、俺は安心する……散々、騙してただけだとか、馬鹿みたいだとか暴言吐いた後に、伊織は吉井に向かって言った。
「挽回したいなら、あんたなりにちゃんとケリ付けてきてよ!じゃないと、絶対許さないから!」
って……口じゃ強がってるけど、結局はそのセリフのためだけに、吉井のために、酷いこと言ったんだ。
伊織って、そういうヤツ……まあ、感情に任せて言った部分もあるんだろうけどさ。
「つかあいつら、バカだよな?」
「ホントだよ……ていうか意外……ブン太、本当はあんまり怒ってない?」
「いーや。マジむかつく……けど、仁王の本当の気持ちはそこにねえんじゃねえかと思ってさ。あんなこと言っといてアレなんだけど……あいつ案外、俺らに甘えてたのかもしんねえなって」
「……?」
ああ言った時は冷静になれずに、ただ言われた事実に反応してめちゃくちゃ頭にきてたんだけど、伊織が吉井に言った天邪鬼なエールを聞いてから頭冷やして考えてみたら、俺なりの答えが出てきた。
伊織はまだそれに気付いてないっぽくて、俺に首を傾げる。
……やべえな。超可愛い。益々カッコつけたくなってきたし。
「仁王はただ、なんだかんだ理由つけて吉井と一緒に居たかっただけなんじゃねえかなって……。それって、俺らを餌にして吉井を釣ったってことじゃん……だとしたらさ、仁王が俺に言わなかったとしても、アイツ、俺に甘えてたってことになんねえ?案外俺、信用されてんじゃねえかなって。もしバレても、あの場に仁王しか居なかったら、実はこうこうこうじゃったんじゃ〜、頼んだぜよブン太。これからも付き合っちょるふりさせてくれんか。……なんて、調子良すぎ?俺、超ポジティブだな」
「……ブン太」
「吉井にカッコつけて、水差したくねえって理由つけて、……なんかそれだったら、わかる気すんだよな。仁王だってさ、いつもすげえ飄々な態度でクールに決めてるみてえに見えるけど、好きな女の前では、やっぱカッコつけてたいんだよ。だから、そういうことにした。俺の中で、そういう事実」
そ。
つまりいくら仁王でも結局俺と一緒ってわけ。カッコつけて、好きな女惚れさせたい。今の俺みたいに。
俺は案外、この考えは当たってんじゃねえかと思う。
だったら、仁王のことも、それに頷いた吉井のこと、許せる気が――
「伊織……?」
思ってたら、伊織が、横から抱きついてきてた。
びっくりして、顔が熱くなる……あ、カッコつけた甲斐あったんじゃんって……やべえ、超可愛い。
「……見直した」
「え……」
「ブン太のこと……ってか、惚れ直した、が正しいかも」
「……伊織」
俺の腹に回されてる伊織の手を掴んで体を伊織に向けなおしたら、伊織がにっこりしてて、んで、俺、余計に体が熱くなってきて……マジすげえよこいつ……どんだけ俺のこと惚れさせたいわけ?
俺いま、仁王と吉井のこと、頭から吹っ飛んでるし。すげー単純。バカだな俺。
「なあ伊織」
「ん?」
ゆっくり抱きしめる。ゆっくり頭を下げたら、伊織が合図に気付いて目を閉じた。
唇を寄せる。長い時間、そうした。何度触れても、足りない、伊織の唇……。
いつになったら満足すんだろ……俺、一生満足出来ない気がする……死ぬまでキスしてたい。
「今週末、どっか、行かない……?」
「どっかって……?」
「……泊まりで、どっか……」
「……!」
「もう二度と、不安になんかさせないから。俺が伊織のこと、すっげえ愛してるって、伝えたいから」
「ブン太……っ、えっと……」
「お願い……」
赤くなって戸惑う伊織を絶対に頷かせたくて、俺はもう一度、長い長いキスをした――。
to be continue...
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