ダイヤモンド・エモーション_02


2.


「20分しかありませんが、大丈夫でしょうか」
「問題ない」
「では20分後に、またお声がけします」

問題ない、と言った。はっきりと。
それなのに彼は20分が経った頃、わたしが声をかけると「あと10分」と言い、そこから15分も過ぎたというのに、苛立った様子で「あと2分!」と声を荒らげた。
なぜわたしが、こんな目に遭わなければいけないのか。二次会が始まってからはずっとそんな気分だった。
あげく、赤ワインを見ず知らずの女性にぶちまけられ、醜態をさらし、苛立っていたあの男に不本意ながらフォローしてもらうハメになった。

「あんた、名前は?」
「え」
「名前」
「……佐久間伊織です」

相変わらずのぶっきらぼうな態度で、彼はわたしを見据えてきた。こんなに強い目を見たのは、はじめてのことだった。わたしはその目の圧倒的な力に言いくるめられたようなものだ。ああだこうだと御託を並べていたけれど、このドレスに着替えろ、という彼の言いなりになったのは、信念のようなものを魅せつけられたからだ。
名前を聞くと、彼は急に優しい表情になって「ニオウマサハル」と簡潔に答えた。

「ニオウさん……そういえばアンジェラさんが、そうおっしゃってましたね」
「顔を洗ったらこの化粧水と乳液をつけて、ここに座って」

わたしの返答を無視して、大きなボトルを手渡してきた。少しだけしっとりとした化粧水と乳液の香りが顔全体を包んでいく。
なんていい香りなんだろう。

「先輩なのか?」
「え?」
「いま、おっしゃってたって言うたから。アンジェラさんとは先輩と後輩の仲なんかなと思ってな」

話はすでに終わったと思っていたのに、まだつづいていたらしい。さすが美容師だ。
見るからに、これからわたしのメイクをどうしようか、髪をどうしようかとそのことに集中しているくせに、会話は途切れさせないようにしている。
脳科学的に一度にふたつのことは、女性は出来ても男性は出来ないと聞くけれど、この業界の男性が女性っぽい雰囲気を持っているのは、こういう部分に現れるのではないかと思った。
現に、このニオウという人も、どこから見ても男性だけど女性のようなしなやかさを持っている。指先の流れや細かい配慮。ときどき鏡越しに目を合わせて、微笑んで、ちゃんと話を聞いているよ、という合図を送ってくる。わたしは客でもなんでもないのに。おそらくこれは、職業病だ。

「姉の代理なんです」ドライヤーの音が始まるのと同時に、自然と答えていた。
「なんて?」
「姉の! 代理! なんです!」
「ほう……意味がわからん」
「要するに、アンジェラさんは姉の同級生なんです。ですが今日、姉が高熱を出しまして」

もう何度目かの説明に、辟易しながらもつづけた。
姉は外面がいい。高熱を出したと言われて、不満を口にする人はひとりもいなかった。
本当にうまく世の中をわたってきていると思う。いや、両親や義兄に対する身内面もなかなかのものだから、あれは面の皮が厚いとかそういうことになるのかもしれない。

「……だからわたしはきっちりやろうと、ニオウさんを急かしたというわけです」

ドライヤーを止めて、彼はふっと笑った。わたしの予想を遥かに越えた、優しい笑みが鏡越しで見え隠れする。

「頼まれたから急かしたわけじゃなくて、あれはあんたの性格じゃろ」
「時間にルーズなのはニオウさんの性格というわけですね」

言い返すと、今度は呆れたように笑った。
まるで、あんた本当は鈍臭いくせに、と言われている気分になる。
そこまで彼がわかっているはずはないと思うのに、なぜかすべてを見透かされている不思議な感覚。初対面の人に感じる妙な屈辱は、はじめてに近かった。やっぱり姉のわがままなど、聞くべきではなかったと心から後悔した。
こういう、わたしとは一生関わりないような人と接する時間をつくってしまうことになるし、赤ワインはひっかけられるわ、勝手にメイクされはじめるわ……すべて判断ミスだ。あの姉に振り回されている限り、わたしの平穏はきっと、一生訪れない……そんな気すらしてくる。

「俺とは真逆だな。じゃ、唇を開いてくれるか」
「えっ」

いつのまにか進んでいるメイクも仕上げ間近だったらしい。ニオウという人が至近距離で、わたしの顎に手を添えて唇を見つめている。
自然とのけぞりそうになる体の動きを、必死でこらえた。

「口紅、塗りたいんじゃけど……」
「結構です。口紅は嫌いです」それと少し、離れてほしい。
「髪の毛がくっついたり、自分の顔には派手すぎたりするからか?」
「そうです……どうしてわかるんですか?」

口紅が嫌いなのは本当だった。でもその理由まで言い当てられるとは、思ってもみなかった。
彼はわたしの顔を見つめて少し満足そうな表情を浮かべたあと、相変わらずの距離のままで口端を上げた。

「髪はアップにするから問題ない。あと、顔のパーツがでかい人にはでかい人なりに似合うメイクがあるから安心しんさい。はい、口開けて」

わずかに唇を開けると、顎を支えていた彼の親指がわたしの下唇をさらに下にさげた。
わたしと同じように口を開けた彼の視線は、紅筆でなぞられる動きと一緒に流れていく。
ところで……さっきから思っていたけど、この人、どこの出身なんだろう。





義兄はわたしを見て目を丸くした。

「伊織ちゃんどうしたのそのドレス。髪型と化粧、変わってない? でも、ドレスはアレだけど、かわいいよ」
「お世辞は結構です。そして説明はあとです。帰りましょうお義兄さん」

義兄は「堅いなあ……」と言って、ところどころ赤ワインに塗れたわたしと一緒に電車に乗ってくれた。
義兄のそんな優しさに、わたしはいつも胸を痛める。こういう人じゃなければ、今日、姉が結婚式に欠席することだってモメただろう。ましてやわたしを配偶者だと誤解されている可能性もあるわけで、よく平気でいられるなとも思う。一瞬はわたしを見て、すぐに目を逸らす乗客たちの好奇の目を、義兄は一切、気にしていない。
この格好だけでなく、義兄と一緒に並んでいる姿は実に滑稽だ。義兄は整った顔立ちに長身の、ハイクラスな男性。それに比べてわたしは、赤ワインに塗れたドレスを着て若干の異臭を放っている無愛想な女。
……肌に触れる赤ワインのシミがまだ少しだけ冷たい。でも、電車の窓ガラスに映るわたしの顔は、義兄が褒めたのもあながち嘘じゃないくらい、悪くない気がした。

「ただいまー」
「ただいま帰りました」

姉と義兄が住む一軒家に戻ると、姉は満面の笑みで奥のリビングから迎え出てきた。

「おかえり二人とも……え、伊織、そのドレスなに……しかもその頭とメイクどうしたの?」
「びっくりするだろ? 俺もなにがなんだか……説明はあと、だったよね伊織ちゃん」

義兄の疑問を無視して、わたしは姉を見据えた。

「姉さん」
「はい」
「もう二度とあんな嘘はつかせないでください」
「だから……それは朝からずっと謝ってるじゃんー。今日もね、伊織の大好きな落雁、買ってきておいたよ!」

媚を売ってくる姉の横を通り過ぎリビングに入ってテーブルを見ると、ノートパソコンの横に赤ワインのボトルが置かれていた。飲みかけのグラスに入った赤ワインもセットだ。

「仕事しながらお酒ですか」
「家で仕事してるんだから好きにさせてよ。さすがに会社じゃ飲めないんだからさ」
「恥ずかしくないんですか」
「恥ずかしいってなにが?」
「お世話になったアンジェラさんに招待された結婚式を仕事のために欠席して、しかもそうとは言えないからという非常にわがままかつ自分勝手な理由で高熱が出たとわたしやお義兄さんに嘘までつかせて、姉さんはここでお酒を飲みながら大好きなお仕事に熱中。そういう行為を、恥ずかしくないのかと聞いています」
「まあ相変わらず弁が立つこと……誰に似たのかしら」

呆れた様子の姉を見て、正論かつ攻めているのは確実にわたしなのに、劣等感を覚えていた。
姉は美しい。2歳しか離れていないこの姉に、わたしは小さな頃からずっと劣等感を持っている。
姉妹でどうしてこうも違うのか。姉には不思議と人を惹きつける色気がある。整った顔立ちはもちろん、頭も抜群に良い。そのくせスポーツもそつなくこなす。当然、男性にはモテる。
そんな姉に、わたしは一度だって勝った試しはない。姉は外資系コンサルティング会社勤務。わたしはただの公務員。両親も親戚も姉のことが大好きで笑顔を振りまくけど、わたしには苦笑いを向ける。そんな姉はわたしにとっては自由奔放すぎる性格で、いつも周りを困らせているように見える。だというのに、誰からも恨まれることなくうまく世の中をわたってきている。
わたしのほうが100倍は真面目で、100倍は一生懸命に人生を送っていると思うのに。

「真広お疲れさま。ごめんね今日は無理いって。二次会うまくいった?」
「二次会は伊織ちゃんがしっかり仕切ってくれたよ。なぜか、あんな姿だけど……」

反省の色もなく甘えた声で義兄の名前を呼ぶ姉が、やっぱり好きじゃない。義兄をはじめて紹介してきたときも、姉はこんなふうに義兄の名前を呼んではいなかった。
「どこぞの俳優と同じ名前なの。漢字は違うけど」なんて笑わせようとしていただけ。要するにいまは、わたしにも義兄にも媚びているんだ。

「伊織ありがとね。それでアンタ、どうしたのそれ。あたしの貸したドレスを赤ワイン色にしてくれちゃって。おまけに髪型もメイクもアンタらしくないし……ていうかそんなアクセサリー持ってたっけ?」

やけに絡んでくる姉にらしくないなと感じながらも、耳たぶに触れられてわたしは「あっ」と声をあげた。同時に、右手を首に走らせる。シャラ、と音がして、わたしはさらに「ああっ!」と声をあげた。

「なに急に叫んで!」
「まずい、忘れてた。これ、借り物です」
「借り物……?」
「トイレの前で喧嘩している男女がいて、わたしがそこに通りかかったときに、たまたま女性が赤ワインを男性にぶちまけて、それをわたしが浴びてしまって」
「え……男性と間違えられたってこと?」義兄がまた目を丸くした。
「いえそうではなくて、男性はとても反射神経が良いのか避けて、それでわたしに」
「そんなコントみたいなことがあるんだ」出席してない姉はのんきなものだ。
「そしたら二次会でアンジェラさんのヘアメイクをしてくれた方が来て、そんな格好でうろちょろするなと言ってドレスを貸してくれて。髪もメイクも、直していただきました。その方が全部セットしてくれたので忘れてた……これ、彼が持参してたアクセサリーです。着替え終えたのに、アクセサリーを返し忘れるなんて、不覚……!」

慌ててスマホを見たものの、連絡先を交換しているはずもないのだから意味はない。
わたしとしたことが……こんな失態をおかしてしまうなんて。

「伊織ちゃん、そんなに慌てる必要は……だってほら、アンジェラさんに連絡して、連絡先を聞いたりもできるし」
「いえ、そもそも替えのドレスがあることが不思議だと思って聞いたのですが、明日のショーのために用意したドレスだと言っていました。ということはこのアクセサリーも明日のショーのためのアクセサリーの可能性があるわけで……ああ、クリーニング代までわたしたのに、アクセサリーを返し忘れるなんてわたしは……!」

あれだけの醜態をさらして、彼に迷惑をかけたというだけでも恥なのに。

「困ったね。伊織ちゃん、その人と連絡先の交換してないんだよね? なあ、お前がアンジェラさんに連絡して、つないでもらったほうがいいんじゃないの?」

義兄が姉をせっついても、姉は微動だにしなかった。

「真広、大げさ過ぎる。それにあたし、今日アンジェラに電話なんか出来ないでしょ。高熱だしたって言ってるし、新婚初夜の邪魔なんかしたくないし」
「いやでも……早いほうがいいよ。伊織ちゃんだって誤解はされたくないだろうし。あ……だけどショーに出るほどのヘアメイクさんなら、ネットに情報があるかもしれないね」

スマホを持って操作していた義兄を目にして、彼の名前を思い出そうとしていたときに、わたしは自分の行動を思い出していた。

「あ……わたし、お礼したんだった」
「お礼?」姉が怪訝な顔をした。
「明日のショーで使うドレス、わたしが着てしまって、スピードクリーニングが必要と思ったので封筒にお礼を」
「アンタのやりそうなことね」
「足りないといけないから、その封筒に名刺をいれたんです」
「じゃあ、連絡あるんじゃない?」
「でも明日、日曜日だから……会社にはいないし」
「落ち着きなさいよ伊織。大丈夫、そういうショーに出るようなヘアメイクアーティストは、当日に使うアクセサリーはいくつも用意してるものよ。焦る必要なんかない」

めずらしく真顔になってそう言った姉の言葉を、わたしは鵜呑みに出来なかった。





自宅マンションに戻ってから、わたしはパソコンを立ち上げた。
彼の名前はたしか、「ニオウマサハル」だった。
好物の落雁を頬張りながらバッグの中をまさぐる。今日もらった引き出物は姉夫婦にわたしてきたが、その他のものはすべて持ち帰っていた。
披露宴の座席表を手に取り、開く。100名以上の名前を順に追っていき、やっと発見してわたしは妙に頷いた。
「仁王雅治」……へえ、こういう漢字だったんだ。
さっそくパソコンの検索にかけると、結構な量の検索結果が出てきた。
『イケメン美容師』『今最も注目されているヘアメイクアーティスト50人』など俗なものの中に、『FREEDOM』というサロンを経営していることがわかった。
あんなにルーズなくせに、オーナーなんだと思うと、とても意外な気がした。雑誌やネットにもときどき取り上げられているようだ。どの写真も軽くはにかんでいて、しかし近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。義兄が言っていたように、ショーに出るほどのヘアメイクアーティストは有名なのだろうか?
そういえばわたしに施してくれたヘアメイク……まるで別人のように仕上げてくれた。
電車に乗りながらあんなに自分の顔を眺めたのははじめてだ。まさか……わたしは仁王雅治の技術によって、自分に酔っていたんだろうか。だとしたら、本当に恥ずかしい。
パソコンの検索画面に「仁王雅治 FREEDOM」と打ち込むと、今度は一発でヒットした。
シンプルだけど操作性が凝っているウェブサイトにアクセスしてあれやこれやと見ながら、わたしはあるページで手を止めた。
『仁王雅治が6月12日(日)に行われるRoppongi HAIR&MAKE-UP Collectionに出場します』と書かれてあった。
彼が言っていた明日のショーというのは、このことだ。





「ダメですって!」
「あの、本当に出演者の知り合いなんですわたし! 怪しい者ではありません、いいですか。これを見て下さい。名刺です。怪しい者じゃないのはわかりますよね?」

警備員のおじさんは、なにを言っても納得してくれなかった。
六本木のおしゃれなホールの裏出入口で、休日に、わたしはいったい、なにをしているんだろう。

「ですから、この名刺と一緒に、仁王雅治さんという方に、これを渡してくれるだけでいいんです!」
「だから、ここはそういうの受け付けてないんだってば! 贈り物は、正面入口から入ってやってよ!」
「ですからわたしは、このショーを観に来たわけではないんです!」
「チケット手に入らなかったからって、こういうのよくないよお姉ちゃん!」
「何度言わせるんですか! わたしは、ショーを観に来たわけでは……!」

そのとき、警備員のおじさんがわたしの後ろ側に視線を向けて目を見開いた。
わたしもつられて後ろを振り返ると、仁王雅治がそこに立っていた。

「なにしちょるんじゃあんた……」
「あっ、仁王さん!」
「ちょっとお姉ちゃん、困るよ!」
「あーいや、警備員さん。本当にこの人、俺の知り合い」
「えっ」

警備員のおじさんはわたしの全身を舐めまわすように上から下までしっかりと見ていく。どうせ、モデル体型でもないし可愛くもないしオシャレでもなければ、スタッフカードも首からぶら下げてないのにって、そう思っているに違いない。
でも知り合いなのは嘘じゃない。昨日、知り合ったばかりだとしても。

「まさかあんたから来てくれるとはの」

仁王さんが、苦笑しながらわたしに近づいてくる。なんだかとても、恥ずかしい。

「あの、アクセサリー……」
「ん、そうだろな。俺も明日になったらもらった名刺に電話しようと思っとった。さすがに日曜はつながらんだろうし」
「いまさらですが申し訳ありません。アクセサリーもそうですが、いつでも連絡がとれる連絡先でなければ、意味がありませんよね。プライベートでお会いしたんですから」
「いやいや、そこまで言われると……あれ、俺ナンパされちょる?」
「はっ!?」
「ははっ、冗談冗談」

この人は多分、相当モテるに違いない。こういう人はやっぱり苦手だ。

「アクセサリーは替えがきくからよかったんよ。でもわざわざ来てくれて、あんたらしいっちゅうか、なんちゅうか」
「あんたはやめてください。わたしは……」
「おーそうじゃった。伊織さん、やったの」

すっと出てきた自分の名前になぜか怯んだ自分がいた。
昨日、たったあれだけの会話を交わしただけで、こうすんなり名前が出てくるのは、それこそ、あんたらしいというか、なんというか、だ。

「アクセサリー、やっぱり替えがきくんですね。姉もそう言っていたので、ここまでする必要はないかもと、少しは考えたのですが」
「ん? あー、アンジェラさんの同級生っちゅう、お姉さん?」
「そうです。アクセサリーを仁王さんに返し忘れたと言ったら、そういうショーに出るようなヘアメイクアーティストは、当日に使うアクセサリーはいくつも用意してるものだ、と」
「ほう……なかなかするどい。まあそうじゃない輩もおるが、俺は用意しとる。よく知ってるな、お姉さん」

感心した様子で、仁王さんはわたしの手からアクセサリーを受け取った。
近くで聞いていた警備員のおじさんが、怪訝そうな顔しながら声をあげた。

「仁王さんまだかって、連絡入ってきましたよー」
「あ、いま入ります」

警備員のおじさんに手をあげて、仁王さんは少し身を退くようにしてから、じっとわたしを見た。右に、左にと首を傾げつつ、「ちょっと失礼」とわたしの肩をつかんで半回転させる。

「な、なんですか?」

仁王さんに背中を向ける形で固定されたわたしは、この奇妙な時間に瞬きをくり返した。
なんだろう。なんだか落ち着かない。いったい、なにを見ているんだろう。
すると今度はわたしの両肩に、ガシッと力強く手が置かれて、左後ろ側から仁王さんが顔を覗かせてきた。

「な、なんですか! びっくりするじゃないですか!」

びっくりするのと同時に、漂ってきた香りが心地よくて、紛らわしい心理状態だ。そして、この体勢はなんだろう。

「のう、昨日の2万円、返す」
「はい?」
「昨日、封筒わたしてきただろ、俺に」
「やめてください、あれは弁償代のようなものです。大事なものをわたしが着てしまって」
「じゃからええって。ただ、弁償の代わりと言ってはなんだが、ひとつ頼みが」
「……なんですか?」
「伊織さん、ショーに出てくれんか?」
「は……?」

29年間生きてきて、こんなに意表をつかれたのは、たぶん、はじめてだった。





to be continued...

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