リカバリー_01





気取ってないのにクール、シュール、そんな言葉が似合う人。

のらりくらりとしてるけど、時々ひどく熱くなる。

そんな彼は、テニスの時しか見れないと思っていたんだけど――――。













リカバリー













1.





「もしもし?うん、今終わった…え?駅のとこ?うんわかった。じゃそっちに向かう…え?来てくれるの?あ、うん、すごく助かる。じゃ近くの…あ、うん。そこにいる。じゃ後でね」


美容院から出て、すぐに雅治に電話をした。

午後から始まる成人式。

同級生の私と雅治は、高校卒業をしてから大学で出逢い、付き合い始めて一年半になる恋人同士。

同じ地域に住んでいるのをいいことに、二人で成人式に行こうと約束していた。


雅治に電話してから10分ほどすると、反対側の道路に雅治が見えた。

入学当初に長かった後ろ髪は今や少し短くなっている。

濃いグレーのスーツを着こなしている雅治は、遠目から見てもカッコ良かった。

横断歩道を挟んでじっと見つめる私に気付いて、ふっと微笑む姿が愛しい。


「すまんの伊織。待ったじゃろ」

「ううん。大丈夫」


「ナンパされんかったか?」

「や、その心配はないです。残念ですが」


「えらいべっぴんさんじゃからの。俺も心配だ」

「よく言うよ…。雅治のほうが心配だっての」


「ん…実はの、された」

「ええ!!」


ナンパなど、ここんとこしばらくされていない。

しかも振袖を着ている女をナンパする男なんてそうそういないだろうと思う。

そんな思いも混ぜながら ないない と手をひらつかせ、ついでにそれはこっちのセリフだと言わんばかりに返すと、実は…、とぽそっと耳元で囁かれた。

ちょっとした私の嫉妬心と驚きの声が一瞬で雅治を見上げる。


「いや、もしかしたら宗教の勧誘かもしれんがの」

「違うよ絶対!!ナンパだよそれ…!!」


雅治を取られたくないという嫉妬が、彼の腕に自分の腕を絡ませる。

無意識にそうなってしまったけど、雅治は私の手を握ってくれた。

どうしたんじゃ… と言いながら、笑って私を見下ろしていた。


「それがナンパじゃったからって、別にほいほい付いていくわけじゃないじゃろうが。お前さんは何をそんなにスネちょる」

「だって…………その人が雅治取ろうとするから…」


「くくっ…安心しんしゃい、取ろうとした輩がおったところで、俺は取られたりせん。今までもずっとそうじゃったぜよ?違うか?」

「そ…うん、そうなんだけど…ごめんね嫉妬深くて…」


私が少し俯くと、雅治は「大歓迎よ」と言って、私の頬を指の背中で撫でてくれた。

そのスキンシップが心地良くて、私の顔も自然と笑みがこぼれた。

彼は同級生なのに、すごく大人で、私は逆に、子供っぽくて。

成人式を迎えるというのに、たかだか彼がナンパされたということで腹を立てる。

腹を立てる相手は、私の中の想像の女性。

彼に近付く人には、女友達でも軽い嫉妬をしてしまうくらいに。

そういうのはもう子供っぽいから今日で卒業しなくては、と思う。

雅治は、私のことで嫉妬なんかしない…その私との対極さが、彼を余計引き立て、そして私と彼は見合っているんだろうかという不安にも置き換えられる。




**




「おお、すでにすごい人ごみじゃのぅ…」

「わー…すごい…今年はバカなのいないよね…」


成人式を終えて会場前に出ると、すでにすごい人だかりだった。

“バカなの”とはつまり、ここ近年成人式があると必ずニュースに出てくる信じられない成人だ。

会場前で急性アルコール中毒になったり、暴力沙汰を起こして逮捕者が出たこともある。

この会場でも去年、非常識なバカ成人が多かったらしい。

私からすれば、振袖を着てタバコを吸っている女を見るだけでも非常識に思えるけど。


「おったら幸村に言って一掃してもらいたいもんじゃの」

「ちょ…どんだけ怖いの幸村くんて…」


そんなバカ達を幸村くんに一掃してほしいという雅治は真面目な顔をしていた。

幸村くんの噂は、幾度と無く雅治に聞いてきたけど、多数の人間を一掃できるほどの怖さがあるんだろうか…。

そんなことをぶつぶつと二人で言いながら辺りを見渡していると、後ろから雅治の名前が呼ばれた。


「あー!?仁王じゃん!」

「ん…?おお、吉井か」

「すっごい久しぶり〜!!あ、こんにちは〜」

「あ、どうも…こんにちは」


多分、高校の時の同級生なんだと思う。

溌溂とした彼女は、たたたっとこちらに駆け寄ってきて雅治を見上げた。

隣にいる私を無視することなく、頭を下げてくれる。

この人は非常識なバカには該当しないことだろうな、と思った。


「彼女?ねぇ彼女?」

「なんじゃお前さん、いやらしい顔をしちょるのぅ」


ニヤニヤとしながら私達二人を見る彼女は、確かに雅治が言うようにいやらしい顔かもしれないけれど、それは全く不愉快にはならない表情で、私は彼女に好感が持てた。


「失礼な人だな相変わらずー!!」

「くくっ…お前さん一人か?」


「あ、私も彼氏と来たんだけど…なんかさ、いろんな人らに合うからはぐれるよ」

「ああ、まぁそうかもしれんの」


それでもなんだか二人の輪に入っていけないという疎外感はどうしても付き纏う。

だからと言って、雅治と彼女の仲を否定的に見ているわけではない。

それでも、なんとなく、居辛くなるのは私の心が狭いからなのか…。

私は二人を気にしないように、また二人が私を気にしないように、声をかけた。


「雅治、私もちょっと、友達に会ってくる。後で携帯に電話ちょうだい」

「お?おお…」

「それじゃ、失礼します」

「あ、こちらこそ!また!」


雅治の女友達に軽く会釈をして、私はその場を離れた。

いつもより少し、大人になれただろうか。

吉井、と呼ばれた彼女の目に、私は、「仁王に相応しい彼女が出来た」と思ってもらえただろうか。






あちこちと一人で歩いていると、さすがにいろんな人に合う。

中学の時の同級生、高校の時の同級生、今の同級生。

そんな彼女や彼らと話しているうちに、時間はあっという間に過ぎていた。

雅治と別行動になってから、一時間ほど過ぎた時、携帯に電話が入った。


「もしもしー?」

≪どこにおる?そろそろ帰りたいんだが…人に疲れた…≫


「そうだよね、えっとねー…時計台の下らへん」

≪…おお、あれか。今そっちに行く≫


「はーいじゃーねー」

≪おう≫


電話を切った後、実は少し離れていた時計台に行った。

わかり易い場所なだけに、人ごみ度がエスカレートしているような気がして、しまった、と思った。余計見つけにくいかもしれない。

どうしよう、と思いながら『やっぱり時計台やめた方がいいかも。出口の近くの花壇にしよ』とメールを打って送信したとこで、後ろから声をかけられた。


「伊織?」

「え…?」


そこにいたのは、雅治の前に付き合っていた、私の元彼だった。

私が振り向くと、心底安心した顔を向けて微笑んでいる。

その目に、謝罪の色を見た私は少し切なくなった。

心の中で、あなたのせいじゃないから安心して、と投げかける。


「やっぱり伊織だ。元気してる?」

「うわ〜〜〜久しぶりだね…なんか見違えちゃった!」


「お前もだろ〜?振袖良く似合ってるじゃん」

「ほんと?良かった〜!」


嫌いで別れた人じゃなかった。

受験のこともあって、彼は医大を目指していたから本当に大変で。


『恋愛が邪魔になったわけじゃない。だけど、付き合っているという肩書きがあるとお前に会いたくなる。だから受験戦争が終わったら、また付き合おう。』


そう言われたきり、終わった関係…。

彼が一浪してしまったことで、何も切り出せなくなった私。

何も切り出せなくなった彼の気持ちも、わかっていた。

それ以来、会っていなかった。


久々に会った彼は、あの頃より随分と大人びていて、少し緊張した。

彼もその想いは、同じかもしれない。


「今度さ、飲み行こうよ。俺らも晴れて成人だしさ!」

「いいね!行こう行こう!」


この社交辞令を今日、どれだけ繰り返しただろう。

でも彼とは、社交辞令にはなりたくない、と一瞬でも思ってしまった自分に戸惑う。

でも、誰にとっても嫌いでなく別れてしまった人とは、こういう存在なんじゃないか。


私が自分に言い訳しているその頃、雅治が、いつまで経っても来ない私を探して時計台にいたことには、気付かなかった。





+ +





「伊織」

「えっ…?あ…!雅治…」

「あ、じゃあ俺行くわ。またな」

「あ、うん!またね!」


後ろにはいつの間にか雅治が立っていて、私に声をかける。

元彼と話が盛り上がってそこから動かなかった自分に後悔した。

それはほんの10分程度のことだったかもしれなくても、すっぽかしも同然だ。


元彼はすぐにその場を去った。

私はまたね、とお馴染みの挨拶をしてから、ごめん〜!と謝る。


「場所換えを指定したのはお前さんじゃろうが」

「ごめっ…ちょっと久々に会った友達と盛り上がっちゃったから」


さり気なく友達ということを伝えても、雅治は気にもしてないだろう。

それなのに弁解をしているような自分の言葉に苦笑した。

たかが元彼と話していただけじゃないか。


「まぁいい。帰るぞ」

「うん、帰ろ帰ろ!」


そんな私の心情を知ってか知らぬか、雅治は打ち切るようにそう言った。

帰る、というのは私が借りているアパートにだ。

雅治も一人暮らしだけど、ここからなら私の自宅の方が近い。

今日は成人式が終わったら、うちに来るという暗黙の了解があった。


「雅治、帰って早速なんだけど、私、シャワー浴びていい?」

「くくっ…しんどいんじゃろう?その格好が」


「当たり〜…ねぇねぇ、髪についてるピン、取って」

「ええよ、こっちに来んしゃい…どれ…」


部屋に入ってすぐ、私はへたれ込んだ。

やっぱり着慣れない物というのはキツイ…。

帰ろう、と雅治と手を繋いで歩き始めてから、帰ったらすぐに浴室に走ろうと思っていた。

雅治が頭に何本刺さっているかわからないピンを取っている間に、私は胸を締め付けている帯やら紐やらをほどいた。


「よーけあるのぅ…女の子は大変じゃ…」

「ほんと大変…」


「ああ…だが綺麗じゃったよ、伊織…」

「!…ほんと?」


ピンを外しながら、耳元でそう囁いて、こめかみに優しいキスをくれた。

トクン、と心の中から温まる。


「ああ…嘘はつかん」

「ペテン師なのに〜?」


「伊織には…の?わかるじゃろう?」

「わかる…ありがとう♪」


嬉しくて、雅治の頬にかわいくキスをした。

雅治の唇に触れられた肌は、生まれ変わったように綺麗になるだろう。

恋には、そういう媚薬がある。

私の唇が触れた雅治の頬にも、そんな変化があるだろうか。

それをこれからシャワーで流すのは、なんだか勿体ないような気もする。


「よし、取れたぜよ」

「ありがと!じゃちょっといってくる〜…うー…頭いたー…」

「長いこと引っ張っとったからのう」


そうなんだよね〜と言いながら、私は狭いユニットバスに入った。

長時間、後ろ側に引っ張られていた髪の毛のおかげで頭皮が悲鳴をあげている。

シャンプーでのマッサージをじっくり繰り返してからドライヤーの時間も含めて、私は一時間弱で浴室から出た。

出ると、雅治はスーツの上着を脱いでベッドを背もたれにテレビを見ている。


「伊織」

「ん?」


「鳴っちょったぜよ」

「あ、ほんと?誰だろ…」


私に視線を少し向けてから携帯を指差して、雅治はすぐにテレビに向いた。

見ると確かに携帯が光っている。

受信メールを開くと、さっき成人式で会った中学の同級生からだった。

久々に会った途端に音信不通だった同級生からのメール。

人の交友関係による思考回路は単純だと思うと、それが可笑しかった。

だけどそれを全く違う意味で捉えている人がいた。雅治だ。


「伊織」

「ん〜?」


「ちとこっち向きんさい」

「ちょっと待って今メール返してるから」


いつもならなんの変哲もないこの会話。

だけど彼にとっては、いつもとは違う会話だったのだ。

雅治は突然、メールを打ち返している途中の携帯を取り上げて、無理矢理に手首を掴んで自分の方へ向かせ、私は目を丸くした。


「ちょ…な…どうしたの?」

「誰からのメールを、そんなに楽しそうに返しとるんじゃ?」


「誰って友達…!」

「それはさっきの男か?」


こんな雅治の目を、私は見たことがなかった。

冷たい視線で、でもその瞳の奥に強い光を見る。

信じられない…この人が、あの雅治が、嫉妬しているんだろうか…?


「違っ…っ!!」


違うよ、と言おうとしたとこで、雅治が激しく唇を寄せてきた。

有無をも言わせないその姿勢に、彼は私がいない間に鳴った携帯に、メールの相手が誰だろうと、この嫉妬の捌け口を探していたんじゃないかと思った。

私が雅治と落ち合うはずの場所に現れずに、時計台の下で男と楽しそうに話していた姿を、彼はいつから見ていたんだろう。

元彼だと知らなくても、しばらく見てればその雰囲気に気付くのは容易いことかもしれない。

じっとりと湧き上がる嫉妬心が、私の携帯が鳴ったことで我慢できなくなったのだとしたら。


「んっ…雅治…っ…」


謝りたい。彼にそんな想いをさせてしまったことに。

必死で言葉を吐き出そうとしても、雅治が絡めてくる舌に身動きが取れない。


「ひゃっ…雅…っ」


その勢いのまま、押し倒された。

私の頭の真横に両腕を立てて、私を見下ろしている。

じっと静かに見つめる中、私が何か言うのを待っているのかもしれない。


「雅…っ」

「お前は、俺の女だ」


でもそれは私の言葉を待っているわけじゃなかった。

きっと、自分が言おうとしている言葉を躊躇っていたのだ。


「そんなの、あたりま…」

「誰にも渡す気はない。返す気もないぜよ」


そのセリフを聞いた時、私の表情が変わったはずだ。

返す気はない…雅治は気付いている。

押し倒されているのに、いつものそれとは違う胸の動悸が走る。


「あの男…誰じゃ」

「だから…友達…」

「……そんな弱気な声で、ペテンに嘘が通ると思いさんな」


この人に、隠し事は出来ない。

それがわかりきっていながら、私は友達だと言った。

それは責められることだろうか?

これには私なりの思いやりがあるのだ。

そんな胸の内が、みるみるうちに溢れ出した。


「…雅治だって…逆の立場ならそう言うよ…これって恋人としての…!」

「優しさか…なら最初からその優しさを通して欲しかったぜよ、伊織…」


一瞬にして。

怒りを帯びていた彼の目の色が、謝罪の色に変わった。

それは、時計台の下で会った元彼と同じ目だ。

言っていることは私を責めていても、彼は心の中で私に謝罪している。

それがわかって、私は酷く切なくなった。

最初からその優しさを通さず、すぐに雅治の待つ場所へ行かなかった私…。


「ごめん…雅治…」


私には嘘はつかないと言った雅治に、私は簡単に嘘をついた。

それが例え優しさだったとしても、中途半端なままでは、嘘だと相手に知られていては、むしろ残酷なものなんじゃないか。


「ごめんね…ホントに…」


雅治の首に手を回すと、彼はゆっくりと私に身を寄せて、落ちてきた。

そのまま抱きしめる腕に、力が入る。

首筋にひとつ、キスが落ちてきた。優しい、彼のキス。


「………すまん、俺もちと…」

「ごめんっ…」


今度はこっちが有無を言わさない番だった。

彼が嫉妬をしない大人だと決め付けていた自分を恥じる。

嫉妬しない人が、いるわけがない。

それを見せるか見せないか、それだけのことなのだ。


「…雅治のこと、大好きだよ。誰よりも。今までの、誰より。これらかも、ずっと」

「…ああ…俺もだ。好きだ、誰より…今までの誰より…これからも…ずっとだ」

「嬉しい…」


誓い合った愛の言葉に、歓喜の溜息が漏れる。

その溜息に応えるように、雅治はもう一度、ぎゅっと私を抱きしめる。


「つまらんことで…過去を気にして…らしくないのう…」


自分のことを責めるように、耳元でぶつぶつ言っている。

笑いが込み上げて、堪えるような声をあげると、「面白いか」とちょっとむっとして返してきた。今日の雅治はかわいい。


「過去は過去…もう私の中では…」

「ああ、わかっちょるよ…」


「うん…雅治しか、今の私にはないんだから」

「ああ…伊織の恋愛は、俺が塗り替えたからの…」


そう。

貴方に恋した瞬間、今までの恋愛を全て忘れてしまう程の衝撃。

私の今までの恋愛は、全て貴方に塗り替えられた。

空っぽにされて、全て雅治で埋め尽くされた。


「…ねぇ雅治…」

「なんだ…?」


「キスして?」

「ふっ…キスだけじゃ、済まんと思うがの」


微笑みあってどちらからともなく唇を寄せる。

私の頬を片手で包み込んで、愛しとるよと囁く息遣い。

そうして雅治は、もう一方の手でネクタイを外しながら言った。


「覚悟しんしゃい」


ふっと笑った彼の表情に、私はすぐに堕ちていった。





to be continued...

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