Trip of Kiss_01
「ごめん。なんかやっぱ俺ら……相性良くないと思うんだ」
「……それ……最初からわかってたじゃん」
「ん……でも伊織のこと、好きだったし……でも伊織の愛、受け止めきれないや……」
「そんな遠回しに言わなくても、別れよって言ってくれたら済むのに……」
「え……」
「他に好きな人が出来たことくらい、知ってるよ……」
Trip of Kiss
1.
そうしてわたしの恋は終わった。
なんだったんだろう、この9ヶ月。
人の愛なんてたった9ヶ月で受け止めきれるわけないだろう。
想いというのは宇宙よりも大きく、時に儚いのだ。
そんな想いを「受け止めきれない」なんて簡単な言葉で流すな。
むしろ受け止めきれると思っているほうがおかしい。
人間と人間は愛し合って、時に気持ちをぶつけ合って、喧嘩して、壁にぶち当たって、そういった困難を繰り返しながら愛を深めて、また与えて、そして初めて受け止めることが出来るのだ。
受け止めることが出来た時に、初めて人は人を愛する喜びを心から理解し、涙するのだ。
それが、なにが受け止めきれないだ。
他に好きな女が出来たことは、わたしの愛が受け止めきれなかったからじゃない。
他に好きな女が出来たから、わたしへの愛を受け止めようとすることさえ放棄したくなっただけじゃないか。
むしろ最初から受け止める覚悟がないから、他の女なんか好きになったりするんだ!!
「ブタ野郎……わたしが与えた愛を返せ」
空に向かって投げかけた言葉は空しく、どこで響くこともなく消えていく。
いい加減この季節、寒くなってきた風が結構な勢いでわたしを吹き飛ばそうとするのだけれど、わたしは負けるものかとコートを握り締めながら青空を眺めていた。
今日は、12月1日。
振られたのは昨日のことで、あろうことか今日はわたしの誕生日だ。
わたしの元カレは、ひょっとして誕生日を祝うのが嫌で昨日言ってきたんじゃないかと思ってしまう。
それにしたって、誕生日前日にあれは無い。あまりにも酷い。
「……寒いなあ」
「寒いのう」
「!!」
「よ。サボりか?佐久間」
振り返ると、わたしと同じようにコートを羽織った銀髪が登場した。
とりあえず、さっきの独り言が聞かれていなかったことに安心する。
聞かれていたとしたら、きっとこの男ならすぐに何か言ってきていたはずだ。
「下品じゃのう〜」とか、なんか、そのあたりのこと。
だけど見た感じ、今、ここに来たみたいだし……。
「うん、サボり……仁王も?」
「ん。ちゅうかお前さん、欠席扱いになっちょるけど?」
「そうだよ。今日は休むって連絡入れたもん」
「なんでここにおるんじゃ?家で休んじょきゃええじゃろ」
「一日中、ここに居てみたかったんだよ」
「…………このクソ寒い中?」
「ん。寒いの嫌いじゃないからさ。先生に見つかったら、無理して来たフリすればいいじゃん?」
「ほう……まあ、人にはいろんな趣味があるしの」
そう言って仁王は、コートのポケットから何やら取り出した。
今日は月曜日だから、当然、学校がある。
だけどわたしは今朝、学校に休むと連絡を入れた。
そんなわたしが何故か学校に居るのは、高いところで丸一日、空を見て過ごしたかったからだ。
「……仁王にもいろんな趣味があるんだね」
「ま、これは表向きじゃけどの」
つまり黄昏るというのがわたしの今日のテーマだったりしたんだけど、隣に来た仁王を見て一気に萎える。
仁王は首から赤いプラスチックの小さな入れ物を提げて、ぷくぷくとシャボン玉を作っていた。
ずーっと思っていたことだけど、やっぱり仁王って、変なのね……と妙に自分を納得させたりして。
彼とは同じクラスだから適当に喋ることもしばしば。
ただ、会話が弾むことはあまりない気がする。
彼が飄々としているせいか、わたしがいつも呆れて話を流してしまうからだ。
「仁王さ、授業、出ないの?」
「んー……とりあえず一限はサボる気満々じゃ」
「いや、そりゃこの時間にここにいるからわかるんだけどさ」
「二限はー……そうじゃのう、お前さん次第」
「……それ、わたしとの話が面白かったら居るって感じ?」
「そういう感じ」
なんだそりゃ、と呟いて笑うと、仁王は何食わぬ顔をしてまたシャボン玉を飛ばしていた。
でも穏やかじゃない風のせいか、すぐに弾けて消えていく。
……ああ、まるで今回のわたしの恋みたいだ。すぐ消えちゃうんだ。
……なんだかんだ、どうにでも黄昏ることが出来るな、今日のわたし。
「……で?」
「え?」
「どうかしたんか?学校休んでまで屋上に来て空眺めたいじゃなんじゃ、普通じゃないじゃろう?」
「いやいやいやいや、全然普通じゃないあなたに言われたくはないけれどもね」
でもやっぱり黄昏は仁王に邪魔されるわけで。
ここにこの男が居る限りそれは絶対に続くだろうと思った。
まあ、黄昏たまま戻って来れなくなって間違って飛び降りたりはしたくないし、適度に現実に戻してくれる人がいるというのは、いいことなのかもしれないけど。
「さっきから死にそうな顔しちょるけど?暇つぶしに喋ってみん?」
「わたしは別に暇じゃないんだけどな……」
「お前さんの暇つぶしじゃのうて、俺の暇つぶし」
「ワー、最低。最低な男がここにいるー」
ぷくぷくとわたしの目の前を横切る泡玉をパンチしながらそう言うと、仁王はカラカラと笑った。
死にそうな顔をしていると言われて咄嗟に明るく振舞ってみても、そう変わりはしないだろう。
内面じゃ自分を強く気取ってみたって、ショックはショックだ。昨日の今日なんだから。
「シャボン玉、好きなの?」
「んー……まあ、子供に戻れるっちゅう感じ」
「いつも子供みたいなのにね、仁王って」
「そうか?初めて言われたのう。いつも年相応には見られんき」
「ああ、見た目はね。でも仁王っていつまでも少年!って感じがするけどなー。イタズラ好きな感じもするし。だからペテンもやり続けるわけでしょ?」
「ははっ。まあ、それは当たっちょるかもしれん」
時折、ふわっと吹く風が、仁王の飛ばすシャボン玉の行方を遮る。
そのせいで、大きなシャボン玉がひとつ、仁王の頭に近づいた。
「……仁王さー」
「んー?」
「本気で人のこと、好きになったことある?」
「……さあのう……本気じゃったら、別れに至っちょらんじゃろう」
「本気同士ならね……わたしの場合、一方的に本気で好きだなって思ってたんだよ」
「……?」
「あ、前カレのことなんだけど……昨日振られちゃってね」
「ほう」
仁王はシャボン玉遊びをやめることなく、でも、耳を傾けてくれていた。
その適当な姿勢が、余計にわたしを饒舌にしたのかもしれない。
「手繋いだりさー、キスしたりさー。ドキドキして、一緒にいるのが楽しくて……だからね、この時間を壊したくないって思ってたから一生懸命だったんだけどね、他に好きな人出来たみたいで。でもね、今日わたしの誕生日なんだよ。酷いと思わない?」
「……まあ、そういうこともあるじゃろ。じゃけど誕生日前日は酷じゃの……おめでとさん」
「ありがと……でもさあ、ある?わかんないんだよわたし……昨日からずっと考えてるんだ。心の中で相手を罵って、最低男だ、ゲス野郎って散々暴言吐いて、でもやっぱり考えるの。わたしの何がいけなかったからって、年下の女に負けちゃったのか」
「後輩に取られたんか?」
「そうだよ……ほんとムカつくよ」
「…………」
泣きそうになってきて、仁王の顔を見ないままずっと正面を向いていた。
屋上に吹く風は冷たいから、さっさとこの目の中にまで風を吹かせて、涙を乾かして欲しいと思ったりして。
やがて、二人して黙り込んでいた空気が少し変わったと思ったら、仁王がすぐ隣に来ていた。
そしてわたしの目の前に、首から提げていたシャボン液。
「……へ?」
「吹いてみんしゃい。気持ちええぞ」
「……嘘でしょ?」
「いやいや、まあ騙されたと思ってやってみんしゃい」
「えーだってこれ、仁王、口付けてんじゃんか!」
「そんなに嫌がらんでもええじゃろう?ほれ、拭いちゃるから」
別に全然嫌じゃなかったのだけれど、涙を誤魔化すのにわざとそう言うと、仁王は心外みたいな顔をしながらハンカチを取り出してそれを拭き取った。
ん、ともう一度差し出されたおもちゃに目をやって、おずおずと受け取ってみる。
何が気持ちいいんだろうかと思いながらとりあえず吹くと、仁王がさっきまで作っていたのとは違う、ジェットのようなシャボン玉が勢い良く空に流れていった。
「わ」
「の?ここで、切り換え出来るんじゃ。こっちが気持ちええ方」
「え、じゃあこっちは?」
「こっちはー……んー、そうじゃの。癒される方かの?」
「うっそー、適当じゃん」
「まあ、気持ちええっちゅうのも今付けたばっかりじゃし?」
シャボンを吹くおもちゃは昔のようなペラペラストローみたいな物ではなくて、しっかりしたプラスチックの、結構大きめのおもちゃで、なんと切換式だった。
つまり、ジェット系は気持ち良くて、ゆっくり大きく作るのは癒されるってことになるのだけど。
癒し系はともかく、ジェット系は量も多くて綺麗で、流れが速くて確かに気持ちいい。
仁王の言う通り、そのシャボン玉に一瞬、わたしは寂しさを忘れることが出来た。
でもすぐに、やっぱり恋に似ていると、わたしは凝りもせずことごとく黄昏る。
「……儚いねえ」
「ん?」
「バーッて、いっぱい気持ち溢れ出してさー、そんでパチパチパチってすぐ消えちゃうの。さっきも思ったんだけど、シャボン玉ってすぐ消えちゃうじゃない?だからわたしの恋みたいだなって」
「乙女チックなことを言うのう佐久間……そういう恋じゃったんか?」
「そうだってさっき言ったじゃん」
「そうか?聞いた感じじゃ、お前さんが選ぶ男が悪かっただけじゃろ?」
うぐっと言葉に詰まるようなことを言われて、わたしは仁王を軽くぴしっと叩いた。
仁王が悪いわけじゃないんだけれど、なんだか悔しくて。
「……作り方によっちゃあ、なかなか壊れんシャボン玉も出来るんぜよ?」
「え、そうなの?」
「おう。こないだでんじろう先生がテレビで作っちょった」
「へえ〜」
「ちゅうことは」
「ん?」
「恋愛もうまい具合に混ざり合えるような相手じゃったら、長持ちすると思わんか?」
「!」
思わず仁王をまともに見ると、仁王はニッと悪戯っぽく笑い返してきた。
もしかして、今のはわたしのことを励ましてくれたのか。
だとしたら、ちょっと優しいじゃん……仁王。
「あー……」
「……?どうしたんじゃ佐久間。壊れたんか」
「あーいや……ありがと、仁王。嬉しいこと言ってくれて」
「……どういたしまして」
ふっと笑った仁王は、また正面を向いて。
わたしの手からおもちゃを取って、ハンカチで拭きもせずにまたシャボン玉を飛ばした。
眺めながら、今なら何でも話せてしまいそうだと、わたしはまた、しつこくも黄昏た。
「……わたしさ、人のこと好きになると嫌な女になるんだよね」
「ほう?」
「嫌いな自分がいっぱい見えてきて……それが相手にも丸見えだから、嫌われちゃうのかな……」
「……お前さん、自分のこと責めんと気が済まんのか?相手が悪かったんじゃって、さっき言うたじゃろ?」
「うん、でも……それじゃ……ダメなんだよ」
「……?」
「……相手が悪かったで片付けちゃったら、相手は最初から、わたしのことそうでもなかったみたいじゃん。わたしはね、自分をこれでもかというくらいに責めてね、苦しめてね、別れの原因を見つけようとするんだ。いつもなの。いつも、必ずわたしに何か原因があるって、思い込む。じゃなきゃ、彼がわたしに見せてくれた笑顔とかが、全部嘘になっちゃうでしょ?好きだよとか、愛してるよとか、昔にくれたその言葉が軽い気持ちだったなんて、信じたくないじゃん。だからきっと、わたしが何か、悪かったんだって……事実がどうであれ、そうじゃなくちゃわたし、報われない。相手が悪いってのは、相手は大してわたしのこと好きじゃなかったってことだから……そんなの、最初から愛されてなかったなんて、寂しいじゃん。だからさ、どうしてなのか教えて欲しかったよ……嘘でもいいから、せめて、お前のここが嫌だったって……そう、言ってくれたら……少し楽になれたのにって……馬鹿みたいだよねえ……ほんとさ。本当は……本当のことわかってるのに……相手が、悪かったってのが……一番の答えだって」
そう……本当はわかってる。最初から、大して愛されてなかったこと。
グダグダな弁論の後、「もうどうしたいのかわかんないんや……」と呟いたわたしを、仁王がどんな目で見ていたのかなんて考えてなかった。
ただ、わたしはわたしの思いを、こうして吐き出して、それを誰かに聞いて欲しかったんだろう。
そこに運良く仁王が現れたことは、必然だったのかもしれない。
仁王はわたしの話を、こんなつまらない女の愚痴を、黙って聞いてくれていた。
「…………佐久間」
「え……?」
その時、仁王が肩が触れ合うほど近くまで来ているなんて思ってなくて。
わたしは呼ばれたことでなんの構えもせずに真横を向いた。
驚いたのは、その刹那。
「………………」
「………………」
仁王の唇が、わたしの唇に重なって、ほんの数秒で離れた。
わたしは、その信じられない事態に目をぱちくりとさせ、ゆっくり、ゆっくりと仁王を見上げた。
仁王はただ、わたしの目を見つめている。
しばらく声が出なかったのは、無理もないだろう。
でもその声を絞り出すように、わたしは、喉を奥を鳴らすようにして聞いた。
「……え、何、してるの?」
「いや……泣いちょったから」
「あ……ああ、ほんとだ」
「じゃろ?」
あまりに意表をついた答えに驚く間もなく、言われて頬を撫でてみると、確かに、わたしは失恋の痛みをようやく感じたかのように泣いていた。
ぽろ、と、別れの涙にしては少ないけれど、それは頬を伝っている。
でも……いや、そうじゃなくて。
「いや、あの……で、何してるの?」
「いや……泣いちょったから」
同じ調子で返してくる仁王に何度も瞬きをするわたしは、頭の中でこの状態を理解しようと必死だった。
でもそんな簡単に、仁王雅治の答えを理解することが出来るわけがない。
だってこの男は、生粋の変人じゃないか。
「あ……あんた、泣いてる女見たらキスするの?」
「いや……それはちと違うぜよ。じゃけど、キスしたい女にはする。今は佐久間が泣いちょるの見て、キスしとうなったからしたんじゃけど……嫌じゃったか?」
「……いや……嫌かって言われると……嫌じゃなかったけど……」
「おう、なら良かった」
えーと………………良いのか?
そりゃ、仁王みたいなイケメンとキスして嫌かなんて、嫌じゃないし、だから、ダメでもないけど。
いやいやちょっと待て、相手のペースに乗せられてないか?ダメだろう。普通に考えて。
……でも……でもなんだろう、この、わたしの胸から湧き上がるようなこの、興奮。
素直に口にしてみたら、どんなミラクルが起こるだろう?
「あのー……」
「ん?」
仁王は何事も無かったかのように、またぷくぷくとシャボン玉を作っていた。
謎の多い男だけに、確かに、魅力的ではある。文句なしで、カッコイイし。
だからキスもちょっぴり、お得感……うん、ここまでは理解出来る。わたしも所詮動物ってことだ。
でも、でもそれだけじゃない……あれれれれれれ……どうしちゃったんだろう、わたし。
「あのその……もし、良かったらさ」
「ん?」
「わたし、今日、誕生日だから……」
「おう、さっき聞いたぜよ。おめでとさん」
成り行きに任せて素直に口にしてみたら、しつこいようだけど、どんなミラクルが……。
もう頭の中はミラクルでいっぱいだった。
そして、自分が何を言おうとしているのか口を開く直前で気付いた時、心臓が、ドクン、と波打った。
「……も、もう一回、いい?」
「…………喜んで」
馬鹿にされるか、はたまたからかわれると思っていたのに。
仁王は少しだけ目を見開いた後、穏やかに微笑んでそう言って。
今度はわたしごと引き寄せて、強く抱きしめてキスをしてきた。
重なる度に漏れるキスの音と、何度も首を傾げて変わる角度。
両手で頬を固定されて、少しだけ下唇を舐められて。
わたしはその嘘みたいに上手なキスに、完全に酔っていた。
「……ッ……仁王……」
「ん?もうええんか?」
どのくらいキスをしていたんだろう。どうやっても一分は絶対に過ぎている。
そろそろ頭がおかしくなるとどこか冷静に判断したわたしは、すっかり赤くなって顔を俯かせた。
すると、余裕ですと言わんばかりに、仁王はわたしを覗き込んできて。
「こ、これ、誕生日プレゼント?」
今見つめられるときっと溶けてしまうと思ったわたしは必死に下を見て目を逸らして、変な事を口走った。
多分笑わせようと思ったんだと思う。冗談めかして、はい、お仕舞い。それが理想だった。
だけどそんなわたしの気持ちとは裏腹に、体は正直だ。
耳まで真っ赤だと思う。本当に身体中が熱い。
「プレゼントっちゅうくらい、良かったかの?」
「!」
立っているのがやっとなくらいにキスに魅了されてしまったわたしがしつこく俯いていると、そのわたしの顎を、仁王がくいっと持ち上げた。
まともに仁王と見つめ合って、一瞬、またキスをされると思ったわたしは馬鹿みたいにドキドキした。
「キスに関しては、お前さんとは相性がええみたいじゃの?」
「え……いや、仁王が上手いだけなんじゃ……」
「そうかのう……?俺も初めてなんじゃけど……」
「は!?え!?何が!?」
まさかキスが!?と思って素直に驚くと、仁王はくくくっと堪えるように笑って、もう一度わたしを引き寄せた。
「……こんなにキスが気持ちええの……初めてじゃ」
「!!……え、あ……ン――――」
躊躇いも無く何度も重ねてくる仁王のキスを拒むことなんか出来なくて。
というか、わたしが仁王のキスにメロメロになっていることを仁王に見透かされてしまった。
しかも、自分もメロメロだと言わんばかり……これは……あああああ、いけないことしてる!わたし!
「ちょ、待って、仁王、やっぱり、これって良くな――――」
「――――良うはないけど、誕生日プレゼントじゃから」
「い、いや、でも、もう、もう十分です……」
「嘘付きんしゃい。顔が欲しがっちょる」
視線が思わず仁王の唇にいってしまうわたしを見て、仁王はわたしの鼻をつんと突いてきた。
あわー……だめだ、もう死にそう。なんだこのバーチャルダーリンは!
内心じたばたしているわたしを、「可愛いのう」と言いながらまた短いキスをしてくる。
そして更に赤くなったわたしを見て、思いついたような顔をして言ってきた。
「じゃあ佐久間、こうせんか」
「え、ど、どう?」
「俺、明々後日が誕生日なんじゃ」
「え!そうなの!?え、4日?」
いきなりの誕生日宣言に、わたしは素直に驚いた。
仁王とわたしが誕生日が近かったなんて、全く知らなかった。
「おう。じゃから、4日までキスせんか?」
「は?」
「セックスフレンドはさすがに嫌じゃろ?本気になっても困るしのう」
「セ、な!?セッ……!?」
「冗談冗談。まあキスがこんだけ相性ええんじゃから、セックスもええかもしれんが……」
「ばっ……馬鹿か!!」
なんちゅーことを言い出すのだと思い、怒ったようにそう言ったわたしに、仁王は焦る様子もなく、ただ黙らせるようにわたしにまた頭を落としてきて……。
「!!」
「……首筋のコロンがそそるぜよ、佐久間」
頬にキスした後、首筋に短くキスをして、くんくんと匂いを嗅いできた。
おまけに耳元で囁かれる声。
な……何者だ仁王雅治……高校生にしてこの色気は一体何なんだ……。
そしてわたしは、まんまと黙ってしまっているではないか。
「ま、ちゅうことで、4日までプレゼント交換じゃ。お互い、したい時にする。以上」
「ちょ、ちょっと待って!仁王、それ、一体どういうあの……な、何なの?」
「じゃから、プレゼント交換じゃって。お前さん、嫌なんか?」
「え……あいや……」
嫌……じゃない。そう言われると嫌じゃない……。
どうしよう、全然嫌じゃないから困るんだ。
仁王のキス、すごく上手いから……。だからむしろオイシイ。でででも、道徳的にそれってどう!?
と、頭の中でぐるぐると混乱していると、失恋の痛手もどこへやらなことに気が付いた。
そしてその拍子に、チャイムが鳴る……いつの間にか、一限目が終わったようだった。
「あ……」
「おお、ええタイミング」
「え?」
「契約成立の誓いのキスじゃ。いい具合にベルが鳴っちょるじゃろ?」
「え、いつの間に成立――――ッ……」
口ではそう言いいながらも、もう一度引き寄せられたわたしの体は、拒むどころか、仁王の首に手を回していたもんだから……もう、救いようが無かった。
to be continued...
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