love._03
「ねえあの、忍足……」
「ん?おー。なんやあ佐久間?」
「あの、あのさ、あの、跡部……見なかった?」
「跡部やったら……さっき会うたばっかやで、まだその辺おるんと違う?」
love.
3.
その辺てどこだ。
その、その辺という詳しい情報を教えて欲しかったというのに、まったく忍足の奴、頼りにならない。
「なんや?あれか?例の話で跡部に用でもあんの?」
「相変わらず面白がってるね忍足。殴りたい」
「いややわあ、心配してるんやないの。せやけどお前、こないだより元気んなっとるで、安心やな」
「そりゃ金銭的に潤えば元気にもなりますよ」
現金やなあ、と忍足はにっこりと笑って手をひらひらとさせながらどこかへ消えた。
えーと、これから掃除時間なんだけどあやつはどこへ消えるつもりだろう。まあいいか。
今日は週明け……とは言え、わたしが跡部にあの恥ずかしい思いをさせてからまだ一日しか経っていない。
月曜の学校は休みボケもしていて多少は疲れるのだけど、休日に疲れを取っていないとこんなにぐったりするものだということは、今日初めて知った。
そのくらい、わたしは昨日の食事会にはどっと疲れていたのだ。
あの後、涙をしっかりと拭いて頭を下げながら食事会に戻った。
数人はもう帰った後だったけれど、どうやら跡部のご両親がうまく取り繕ってくれていたようだった。
気にしないようにと宥めてくれた跡部のご両親は、金持ちに似つかわしくない、素敵過ぎる人たち。
わたしがその後、ますます申し訳ない気持ちになってしまったのは言うまでもないだろう。
そしてしつこいくらいに跡部に謝り終えたわたしは、家に帰って早速跡部が貸してくれたハンカチを洗った。
洗って、すぐに乾かして、そして今朝は早起きまでしてアイロンをかけ、こじゃれた小さな手提げ袋に彼のハンカチを忍ばせてきた。
然し朝から肝心の跡部が見つからず……時間は刻々と過ぎてゆき、やがて放課後を迎えようとしていた。
だから最後の手段だと思って忍足に聞いたというのに、全く持ってアテにならず。
「跡部ー」
「!」
心の中で忍足に舌打ちを繰り返していたその時だった。
わたしの斜め前あたりから、女子生徒が跡部を呼ぶ声。
「冷やかしなら帰れ」
するとすかさず、その女子生徒の近くで跡部の声がする。
近づいて確認すると、やっぱり間違いなく跡部だった。
その際、わたしは朝から彼をずっと探していたというのに、何故か咄嗟に壁に隠れた。
どういうわけか、男と女という環境にびびってなのか、いま声をかけてはいけない気がしたのだ。
「…………手厳しいことを」
「本当のことだからしょうがねえな?」
何を話しているのかはよく聞こえなくて、断片的に聞こえていた次の言葉がこれだった。
隣にいる女子生徒をよく見てみると、忍足とすごく仲の良い人だったような気がした。
名前は思い出せないけど……確か、長いこと忍足の親友として君臨している女子に違いない。
なんだか盗み聞きをしているような自分に嫌〜な気持ちになるのだけど、跡部の表情が柔らかくて、つい見てしまう。
「お前いいのか?あのメガネ――……――なんとか言ってやがったじゃねえか」
「ああー……跡部にも話してるんだ。うん、ね、――……いいね」
少し声のトーンを落とした二人の会話は余計に聞こえ辛くなったのだけど、わたしがそれよりも気になったのは、その時の跡部の笑顔だった…………。
* *
あの後、突如振り返った(多分)忍足の親友ちゃんと目がばっちり合ってしまったもんだから、わたしは驚いて完全に身を隠すため、姿を消した。
全く、たかがハンカチを返すのにこの苦労は一体全体どういうことだ。
別にあの場で「跡部ー、これありがと」と返せば済む話だったというのに、何故出来なかった?
と、自分を責めたところで答えは出ないし、なんだ、跡部って結構あんな笑顔振り撒くんじゃん、という少しだけ拗ねた感情もあまり考えないようにした。
「佐久間」
「!」
その時、背中から声が掛かった。
放課後、結局うちの掃除班が全員さぼった化学研究室Aの雑巾がけを、誰もいない教室で黙々とやっている時だった。
跡部だとわかったから、振り向きもせずに「ん」とだけ返事をした。ああ、可愛くない。
「お前一人で掃除してるのか?」
「見たとおりですねー」
「他の連中は?」
「見たとおりですねー」
同じように繰り返すと、跡部から溜息が漏れた。
うちの学校だけじゃないのかもしれないけど、うちの学校は特に、掃除をさぼる連中が多い。
多分、それは根っからのお嬢様とかおぼっちゃんが多いからじゃないかと思う。
掃除ということ自体に慣れてないんだろう。わたしだって掃除は好きじゃないけど、腐っても元副生徒会長。
根は真面目なので、こういうことを一緒になってさぼる性質ではない……と自負している。
よって溜息をつきたいのはこっちの方だと思いながらも、黙って雑巾がけを続けた。
「ところで佐久間」
「なに?」
「明日の放課後、空いてるよな?」
「……空いてますけど、なに――ッ!」
背中を向けたままのわたしに話しかけてくる跡部のその言葉に、そういやこないだもさも予定が空いていることを見透かしたように聞かれたと思って腹が立ち、わたしが風を切る勢いで振り返ると、なんと跡部が雑巾を持ってわたしと同じように腕まくりをしている。
「――ってえ!?ちょっと跡部何してんの!?」
「あーん?見てのとおりだ」
「いやいやいやいや、あなた違うクラスだし、これわたしの仕事だし」
「てめえだけの仕事じゃねえだろうが」
「だだ、だからって跡部にやってもらうわけには……!」
「一人より二人の方が効率がいいだろうが。それよりもお前はいつもこんなこと一人でやらされて黙ってんのか?」
跡部はわたしを睨むように見た。
「だ……だって、言ったって……さ」
「そっちの方が問題だ。後でさぼった連中の名前を全員俺にメールしておけ」
雑巾がけをする跡部様は誰が見てもきっとレアで、そういえばこの人は何気に綺麗好きだったということを思い出した。
生徒会室の掃除の時に掃除の手順をプリントしていた気がする。
まず上のほこりを下に落としてから……とかなんとか。
本当にぼっちゃん?――てか、お母さんかよ。
「で?」
「え?」
多分、言ってもきかないだろうと判断して、わたしは遠慮なく跡部にそのまま手伝ってもらうことにした。
すると今度はいきなり疑問を投げかけられる。
何に対しての疑問なのかと不思議に思いこちらも首を傾げると、跡部は何食わぬ顔で続けた。
「さっき俺を盗み見てたのは何の用があったからだ?」
「ええ!!ちょ、え、あれ、気付いてたの!?」
「あんだけ見られてりゃな」
「そっ……別にそんなに見てないし!!」
なんだか腑に落ちないその言われ方!!
わたしは顔を真っ赤にして反抗したけれど、跡部は笑うでもなく、涼しい顔をして雑巾がけをしている。
そこで今がいいタイミングだと判断したわたしは、「ちょっと待ってて」と怒ったように教室から一往復した。
戻って来た時も、跡部は何食わぬ顔……ああ、なんか腹立つ!
「これ……ありがと。渡そうと思って、タイミング計ってただけ。だけどなんか楽しそうで、お邪魔しちゃアレかなーと思ったから様子見てただけだし!」
「楽しそう?」
「そうだよ、なんか、跡部笑ってたじゃん」
「……貴様は俺が笑わないとでも思ってやがんのか」
「あ、思ってましたー、ついさっきまで」
「くたばれ」
冷静にそう言った跡部に「きー!」となって手提げ袋ごと投げつけると、跡部はふっと笑ってこちらを見た。
一瞬、ドキリとする。
そうなんだよ、跡部ってわたしの前であんまり笑わないから、だからさっきもびっくりしちゃったんだ。
一方の跡部は、その魔性の微笑みに少しだけ目を見開いたわたしを気にもせず、投げつけられた手提げ袋からハンカチを取り出し、何故かわたしの目の前に持ってきた。
「え?」
「今年18にもなろうかって娘がハンカチのひとつも持ち歩いてねえんじゃ、親が泣くぜ?」
「べ……っ!別に、持ってないわけじゃないもん!」
「持ち歩いてねえことが問題だ。それに、お前が持ってるハンカチは安モンだろ。そんな女が俺様の婚約者じゃ困るんでな。使っとけ」
「いらないよ!!」と突き返そうとしたけど、跡部はそのままテニスバックを持って行ってしまった。
なんだよ、中途半端に手伝いやがって……と思ったのも束の間。
わたしが教室から一往復している間に、床全体は綺麗に磨き上げられていた。
ああいう所が憎たらしいんだよね。
と、昨日のことを思い出しながらわたしはなんだか微妙な感情に戸惑っていた。
確認のために携帯の受信メールを開く。
昨日の夜9時頃、珍しく跡部からメールが届いていたのだ。
――さぼった連中の名前がまだ送られきてねえぞ。早くしろ。それから、明日の放課後、なるべく人目につかないように裏口から出て来い。放課後すぐなら、恐らく下校中の生徒は少ないはずだ。慎重にな。
おやすみ――
……おやすみって、なんか悔しい。
そんな悔しさを抱える自分にわけがわからんと思いながら、放課後すぐに裏口から出る為にわたしは走った。
何の用か全くわからないけど、人目につかないようにってことは、一緒に行動するってことだ。
跡部との婚約は学校にバレないようにしているから、わたしもそこだけは、跡部に言われずとも慎重になる。
「あ、佐久間さーん!」
「!!!!!!!」
慎重に!!と思っていたのに、走っている途中で後ろから大きな声をかけられた。
振り返ると、どこかで見たことあるけどなんだったか名前が思い出せない(そればっかり)男子生徒。
心臓が破裂しそうなほどびくびくしてる。良かった、幸い、跡部と合流する前だ。
「あ、ごめん、なんか急ぎだった?」
「いやいや。ど、どうかした?」
「ああ、いやね、跡部探してて。知らない?」
「な、なんでわたしが知ってるの。知ってるわけないし」
「いや、中学の時は佐久間さんに聞いたら跡部がどこにいるかすぐわかったからさあ!」
「あの時は副会長だったからで、今は全く……知らないし!」
「そっか、ごめんね!じゃあまた!」
「うん、ばいばい」
跡部の位置を確認しておくのは副会長(ていうかほとんど奴隷秘書)の役目だったのは確かだけど。
今跡部のことを聞かれるとおどおどしてしまう。
目が泳いでなかっただろうか。不安に不安を重ねながらも、遅れてはいけないともう一度駆け出した。
* *
「遅かったじゃねえか」
「急いだんですこれでも!」
裏口に出ると、黒服の人に連れられて、少し歩くとびっくりするぐらい高そうな車が停められていた。
中に入ると、跡部はもうそこに居て。開口一番にそう言われたのだ。
「誰にも見られなかっただろうな」
「裏口出てからはね。出る前はなんだったか、生徒に話しかけられたけど……あ、そういや跡……景吾のこと探してたよ」
危ないとこだった。
ここには運転している使用人さんもいる。迂闊な真似は出来ない。
「俺を探してる連中は多い。気にするな」
「うんわかった。気にしない。ていうかわたしに聞くのおかしくない!?」
「中学の名残だろ。あの後の副会長は俺の位置を確認してるような奴はいなかったからな」
「だからわたしがストーカーだとかなんとか、変な噂が立ったんだ……」
副会長の任期を終えて、わたしが清々していた頃、副会長は跡部のストーカーだったという噂が立った。
全く冗談じゃないと怒り狂ったものだ。
新聞部が面白おかしく取り上げてくれたおかげで、しばらく嫌な思いをした。ああ、思い出しても腹が立つ。
「まあいいや。ところでさ、今日は何?」と気分を取り直して聞いたわたしに、跡部は平然な顔をして、
「ああ、婚約指輪を買いに行く」と言ってのけた。
「へ……」
「本来は秘密で選んで渡すもんなのかもしれねえが、一緒に選んだ方が、伊織が喜ぶと思ってな?」
爽やかな笑顔をわたしに向けて、おまけに首まで傾げてきた。
いきなりの跡部の恋人モードに、あろうことかわたしは演技だということも忘れて顔を赤くしてしまった。
しょうがないじゃないか、超イケメンなんだから、悔しいけどカッコイイんだ。
自分に言い聞かせて、わたしは生唾を飲み込んで深呼吸。
「景吾、ありがと……すごく嬉しい」
「ん……」
引き攣った顔で(演技は慣れない)そう言うと、
跡部はにっこりと笑いながら、わたしの頬にかかる髪を少しだけ掬った。
心臓がまたまた破裂しそうになる。いやいや、これはびっくりしているドキドキだ。
その拍子に、運転席とわたし達が座る後部座席との間に黒い仕切りが出てきた。
多分、このラブラブな様子を見て、運転する使用人さんが気を使ってくれたのだ。
これで会話もわたし達の姿も運転席からは確認することが出来なくなったはず。
「はあ、疲れる」と跡部。
「……やらなきゃいいじゃん」
いきなりのその脱力した跡部の様子にむかついて、わたしはむっつりと答えた。
「やらなきゃ仕切りが出てこねえだろうが。赤くなってたくせして何言いやがる」
「あ!?赤くなってなんかません!」
……嘘だ。嘘だし、日本語がおかしい。
「どうでもいいが……」
「どうでもいいね」
「今頃キスしてるとでも思われてんだろうな」
「え!!あ、あ、跡部ってそんな、車の中とかでそういうことしちゃうようなそんな、そんな付き合い方を今まで……!!」
「したことねえよバカが!」
「汚なっ!!唾散ったし!!」
「あーん!?光栄に思え!!」
「はあ!?」
この調子で果たして本当に最後の最後まで演じきれるのか、不安は募っていく一方だ。
だけどもそうこうしているうちに、目的の場所についたらしく、わたし達はこっそりと車を降りた。
顔を上げると、なんとデカデカと掲げられるティファニーの文字。
いやいやちょっと待て。
こんなとこに制服を着た二人が入っていくのはどう考えてもおかしい。
「ねえ、制服ってまずくない?」
「普通はな」
小声で跡部に話しかけると、跡部も小声で返してきた。
ひそひそ話しているわたし達の様子を疑うような視線はなく、寧ろ、周りのみんなはにこにこしている。
きっといちゃついてると思われているのだろう。
「週末にすれば良かったじゃん?もっとマシな服着れたよ……」
「じいさんが早く渡せってうるせえんでな。てめえのこと気に入ってる」
「うそっ!!あんな失態したのに……」
「逆にそれが良かったんじゃねえのか?」
そう言った直後、跡部はわたしの手を握ってきた。
もういい加減慣れなきゃと思うのに、ことごとくわたしの体は素直にびっくりな反応をする。
そうだ、ここは高校生のカップルらしくしなきゃならん。
でも手を繋ぐより……わたしが腕組んだ方がまだいいような……だだだって、ききき緊張する……!!
汗かいたら恥ずかしい!!どうしよう……中学生かわたしは!!
「伊織、これなんかどうだ?」
「景吾あの……」
「どうした?」
「う、腕がいい……」
「は?」
「だから……っ」
緊張すればするほど、わたしは案の定、手に汗をかきはじめていた。
さすがにこれは、好きな人じゃなくても恥ずかしいし、いや、好きな人としかこんなこと本当はしないんだけど。
咄嗟に手を離して、ぎゅっと跡部の腕に手を回した。
一瞬、きょとんとしていた跡部だったけど、すぐににこっと笑って、わたしの頭をぽんっと軽く弾いた。
≪かわいいとこあんじゃねえか≫
「!」
けけけっと笑うように耳元でそう呟いた跡部に反抗しようにも、ぐっと跡部を見上げることしか出来ず。
手に汗が跡部にバレてしまったと、恥ずかしい気持ちでいっぱいになりながら……わたしは桁外れの指輪を、呆然と眺めることしか出来なかった。
* *
「お買い上げ、ありがとうございました」
跡部が買ってくれた指輪は信じられないくらいピッカピカしていて、わたしは今、卒倒しかけていた。
「しし、信じられない……こんなの……、怖くてつけれないよ!」
「別につける必要はねえ。家の中にでも飾っておけ」
すでに仕切りは閉められている。
「バカ!つけたいじゃんか!」
「じゃあつけりゃいいだろ……」
呆れた顔をしている跡部は、面倒臭そうにそう答えた。
いくら演技とは言え、こんなものまでいただけると思っていなかったわたしが目を爛々と輝かせているもんだから、跡部もうんざりしているのかもしれない。
「でもこれさ、婚約解消したら返すべきものでしょ?」
「返すもんなのか?貰っときゃいいだろ」
「えー!貰えないよ!……いいの?」
「貰う気満々じゃねえかよ……好きにしろ。どうせじいさんの金だ……金持ちが高級品を買ったところで、どうってことねえだろ?」
なんだか寂しそうに、そしてぶっきらぼうに言う跡部に、まあ、そりゃそうかと納得してしまう。
跡部に言わせれば、じいさんは金が有り余っててどこにどう使っていいのかよくわからないらしい。
最近は寄付をしているばかりだったので、孫の婚約話が嬉しくてしょうがないとか。
うーん、それが本当なら……やっぱり良心が痛んでしまう。
そしてじいさんの金だから好きにしたらいいと言ってのける跡部は、なんだか可哀想に見えてしまう。
というか跡部曰く、金持ちに高級なものを買ってもらったところで、この先現れるであろう跡部の本当の婚約者は、心から素直に喜ぶんだろうか。
わたしだったら複雑だ。嬉しいは嬉しい。それに変わりはないけど……。
だって、金持ちなんだから、高級なものが買えるのは当然だと思ってしまいそうで。
跡部はそれがなんとなくわかってるから、近い未来を考えて、なんだか寂しそうな表情をしているんだろうか。
「ねえ跡部さ」
「あーん?」
「……跡部が、本当に結婚する時は自分の働いたお金で買ってあげたらいんだよ!」
「てめえに言われるまでもねえな」
「いや、だって……なんか、じいさんの金だしとか、言うから……」
「……苦労を知らねえ金持ちは、孤独だっつー話だ」
「……うん」
「贅沢すぎる悩みだけどな」
そう言ったきり、跡部は何も喋らなかった。
わたしは少しだけ、跡部の寂しさを感じ取ったような、そんな気がしていた。
そして、その翌日の放課後。
下校のために向かった靴箱の中にあるはずのわたしの靴が、どういうわけか無くなっていた。
すぐ傍にあるゴミ箱の中を見ると、そこにわたしの靴が捨てられていて、「死ね」と書かれたプリントがセロハンテープでがっちがっちに巻かれていた。
ああ、最近ちょこちょこ跡部と話しているからか。またか……という思い。
これは副会長の時に経験済みのイジメだったので、傷付くには傷付くのだけど、初めてじゃない分、少し冷静に対処出来ることではあった。
前と同じようにゴミ箱に近づき、靴を取り上げる。
ふー……と溜息を付きながら、懸命にセロハンテープを剥がしていると、ふと視線を逸らした先に、ゴミ箱の中でくしゃくしゃになったチラシが顔を覗かせていた。
そして、わたしは硬直した。
急いでチラシを取り上げてそれを開く。
目を見開いて、上履きのまま校庭に出た。
恐らく屋上から降って来ているそれは、号外と書かれた新聞部発行による記事。
――跡部景吾、婚約!!
わたしが跡部の腕に手を回して、跡部がわたしの頭に手を置いて微笑んでいる写真が、全面に出ている。
跡部とわたしの婚約が、昨日のティファニーデートが、写真付きで氷帝学園中に報じられていた。
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