love._08


「昔のことだって言われても……見たらわかる。まだ想ってるって。あんな顔、見たこと無い」

「……っ」

「勝手に期待したわたしがいけないんだけど……でも……っ」

「…………」

「忘れられない人がいる人と、一緒にいなきゃいけないなんて辛すぎる……辞めれるなら、辞めたい!」





















love.




















8.








――ところでアレ、誰だったんだろう。


練習試合から一週間以上が経っていた。

跡部の初恋の相手の麗しさやら美しさやらに圧倒されて嫉妬に狂ったわたしは、二人が仲睦まじく話しているところを見ているのが嫌で、背中を向けた。

跡部は背中を向けたわたしに遅れて気付いて、大きな声で離れていくわたしを呼んだ。

その時、彼はわたしを「おい佐久間!」と呼んだのだ。

……彼女の前では、佐久間と呼ぶ。それが何よりの証拠だと思った。そして同時に、癪で仕方なかった。


無垢な表情で、帰るのか?と聞いてきた跡部に、わたしは言った。

出来るだけ笑って、小学生が両想いのふたりをからかうように。


―忍足から聞いちゃった。お邪魔しちゃいけないかなって思ってサ!

―ああ?……ふん、そんな昔の話……あのメガネ……くだらねえことを。


その時の跡部の顔は少し照れくさそうに目を泳がせていたように思う。

あの時のわたしはその表情で更に嫉妬に狂って、一刻も早くあの場から立ち去りたかった。

じゃあねと声をかけて乱暴に歩き出したわたしの背中が最後に聞いたのは、跡部の、じゃあなといういつもの返事ではなく、彼があの人を呼ぶ声だった。


―千夏、まだ時間あるんだろ?


特別な時にしか聞けない、わたしへの「伊織」とも違う、優しい声だった。

何も気取ってない、昔からずっと一緒にいた人へ呼びかける声。

わたしが帰って行った瞬間に、跡部の心はもう千夏という人へ向いていたのだ。挨拶もなおざりになるほどに。

涙がいきなり溢れ出て、ぼうっと校門までの道のりを歩いた。

ぐずぐずと洟をすすっても、跡部は追いかけてきてはくれない。

換わりに、そんなわたしを追いかけてきたのは私服で来ていた跡部ファンだった。

(恐らくわざと)後ろからぶつかってきて、その衝撃で、わたしは景気良く前に突っ伏してしまったのだ。

あー、ごめーん!という声にガンガンしながら擦り剥いた足を撫でていたら、やっぱりどうしょうもなく辛くなってきて、そのままそこでしばらくぐじぐじと泣いてしまった。

やがてそこに通りかかった何者かもわからない人に助けられ、意味不明なことを口走ってしまったのだ。

辛すぎる!辞めれるなら辞めたい!なんて悲劇のヒロインぶっちゃって、涙を流した。

途端に恥ずかしくなって逃げるように立海を出て行ったから、お礼も言わず仕舞い。

あの人、誰なんだろう……もし今度会うことがあったら、謝りつくしたい。

……誰にも言わないでって。

忍足が居たら、そこか?って突っ込まれそうだけど、思い返せば返すほど、本当に恥ずかしい……。


「おい、聞いてるのか?」

「え」


隣の跡部から険しい声がかかった。

首を傾げるようにして、怪訝な顔でこちらを見ている。

何故か最近わたしを家まで送ることにし出した跡部家の車の中で、わたしは目をぱちぱちさせた。

まずい。全く聞いていなかった。


「ごー……ごめん、なんだっけ?」

「だから、今まで浮いた話のひとつもねえのかって聞いたんだよ」


「浮いた話……って、彼氏、とか?」

「ああ」


どうして突然そんなことを聞いてくるんだろうと目を見開くと、しらっと視線を交わされた。

もしかしてこないだの千夏という人のことがわたしにバレたから、お前にだってあるだろうが、みたいなノリか?


「なんでいきなり」


少し意地悪に聞いてみる。

すると跡部は、口をすぼめて少し考えるような仕草をした後、わたしを見据えて言った。


「別に……?ただ、気になるだけだ」

「き……?」


……気になる!?

その言葉に敏感に反応してしまいそうなのを堪える。

跡部が、わたしの男関係が気になると言っている。

どうしてそんな、期待させるようなことを平気で言うんだこの人は。

ぶっちゃけもう完璧に期待してしまった。千夏という人の存在を忘れているわけでもないのに。

そうだ、跡部は、あの人のことが好きなんだ。だからこれ以上、恋しちゃいけない。

わかっているのに、気になるなんて言い出すから!……跡部が悪い!


「どうなんだよ?」

「……っ……」


錯覚を起こしてしまいかけていた。

跡部がこちらに送ってくる視線は、嫉妬して拗ねた少年のようだ。これが跡部景吾?

なんなんだこの甘ったるい顔は。会話が甘ったるいせいだろうか。

わたしの過剰意識かもしれないが、これじゃ付き合い始めの恋人同士のようじゃないか。

このまま錯覚に身を任せてしまおうか。この誘惑に打ち勝てる気がしない。

え、誘惑ってなんだ?跡部はわたしを誘惑してるのか?いけない、パニックだ。


一方の跡部は飼い主に「待て」をかけられた犬のようにじっとわたしを見据えている。

そんなに見つめないで欲しい。今、今、言いますから……っ。


「ふ、二人、くら――」

「いつ?」


間髪入れずに聞いてくる。やっぱり誘惑してる!?


「い?い、えっと、中一の時に、三ヶ月……あ、相手の人がね、引っ越しちゃって」


聞かれてもいないのに別れた理由を説明する。


「ふうん。もう一人は?」


聞いてきた割に一人目の話はすぐに終わった。

もう一人が気になる?気になるの跡部?なんで?ねえ、なんで?


「もう一人は……高一の終わりから高二にかけて……半年、くらいかな」

「ふうん」


……ふ、ふうん?

え、それで終わり?

今度は意図して別れた理由を言わなかったんだけど、そこは気にならないの?

ねえ、なんで?


「ねえ、なんで?」


たまらず口に出していた。

こんなとこじゃムードないけど、このまま告白って可能性もあるんじゃないかと、わたしのバカな期待で頭の中は充満していたからだ。

だけど……


「着いたぞ」

「え?」


見上げれば、車はわたしの自宅前に到着していた。











いいとこで……!と思ったのは、その日の夕方までだった。

冷静に考えてみれば、ただの会話つなぎだったのかもしれないと思ったからだ。

だけどあの日から今日まで、更に一週間が過ぎている。

跡部の様子は確実に変わってきていた。

相変わらずわたしの心の中には千夏という人の存在がしこりのような異物感として残っているけれど、ここ最近の跡部の様子を見ていては、それを差し引いたとしても浮き足を立てずにはいられなかった。


「佐久間、最近ご機嫌やね」

「え?」


しっかりと両頬を上げた顔の形のまま忍足に向くと、彼は不機嫌そうに目を細めて「はは」と笑う。


「なんや、その顔」


ええいうるさい。携帯のメールを見た瞬間に話しかけるからこんなだらしない顔を見ることになるのだ。

わたしの手の中の液晶画面には、「場所、いつものとこな」と簡単な文面が綴られている。

ニヤけずにいられない。わたしと跡部の待ち合わせメールだ。


「いや、友達からのメールが面白くって」すぐにパチンと携帯を閉じた。覗かれてはいけない。

しかし忍足は覗くような素振りも見せずに、

「ええな、楽しそうで」と、どこか黄昏てらっしゃる。

うーん、この男の傍にいると運気が逃げていきそうだ。なんて人生に疲れた顔をしているんだ。


どうしたの忍足?何かあったの?

早く跡部に会いに行きたい気持ちを抑えて、わたしは忍足に首を傾げて見せた。

忍足は少し「んー……」と唸ってから、ぽつりと呟いた。


「あんなに俺のこと好きやって言うとったくせに……他に本気の人がおったんやって……」

「…………え」








*  *








例えばどんだけ浮気されとっても、それが一番辛いっちゅうことに、初めて気付いたわ……。


忍足の声はわたしの頭の中でふわふわと連呼されていた。

きっと振られてしまったんだろう。あれだけうまくいっていると公言していた割には、呆気ない終わり方だ。

このところ元気がなかった忍足の秘密を聞いて、あれこれ色々と考えてみたものの、やがてその思考は、結局、跡部に移された。


本気で好きな人が別にいる……それが一番辛い……か。

この一週間でわたしがいくら浮き足立っているとはいえ、やはり千夏という人の存在は気に掛かるのだ。

跡部は今でも、やっぱり千夏という人のことが好きなんじゃないかと、わたしは思っている。

それは、ずっと好きだったというより、好きだという気持ちをぶり返させられてしまったというニュアンスに近い。

今日までも、一緒にいる時に、何度か跡部の携帯に、彼女からの連絡があった。

跡部は液晶を見た途端、すぐに携帯を取る。その仕草で、わたしも彼女からだとわかる。

他の人のときは、あんな表情を見せない。少し気だるそうに電話に出るくらいなのだから。

要は、彼女のからの連絡に喜びを感じている気持ちが隠しきれてないのだ。あの、跡部が。

情けないことにわたしは、その度に嫉妬してしまう。

電話に向かって跡部が呼びかける「千夏」という声には、何よりも信頼という重みが垣間見える。

何気なく跡部に千夏という人のことを聞いたことがある。

跡部は何食わぬ顔を作って話してくれたけど、どこか懐かしそうだった。

どうやら千夏という人はこないだまで大阪に居て、つい最近東京へ越してきたらしい。

だから練習試合の日、跡部に会いに来たんだと合点がいった。

そして東京へ越してきて、すぐに跡部と頻繁に連絡を取るようになったんだと自分の頭の中で整理した時は、胸の奥が抉られる思いだった。

それだけお互いが必要としているなら、付き合えばいいのに。

でもそこにズレが生じていることも、わたしにはわかるんだ。

跡部の片想いなんだ。完全に。

千夏という人を見た時から、それはなんとなく感じていた。

あの人には余裕がある。高嶺の花という言葉がぴったりなほど、清々しい美しさがある。

僅かな年の差だろうに、跡部のことを弟のように可愛がっている、年上らしい様子がひしひしと伝わる。

時々、跡部の携帯から漏れてくる「景吾」という声が、それを感じさせるのだ。


「よう、待たせたか?」

「あ……ううん。はい、これ」


いつもの教室に、跡部が来た。

このところ、跡部の顔を見ると嬉しさと非難が混ざった複雑な気持ちになる。

会えるのは嬉しいし、暖かいメールにもニヤけてしまうんだけど……やっぱり、どこか切ないんだ。


「いつも悪いな」

「ううん、大丈夫」


胸の奥が抉られるのは、そのせい。

前までは、学校内で用事がなければわたしと頻繁に会ったりなどしなかったのに。

今週の頭から、突然、弁当を作って来いなどと言い出した。

初日の月曜日は、先々週の練習試合の跡部なりのお詫びなのかと思ったのだけど、「明日もな」と言われて翌日も作り、また「明日もな」と言われて翌日も作り、ついに今日になってしまった。

それで、一緒に昼休憩を取るようになったのだ。

火曜日あたりは嬉しくて心が浮き立ったけど、こう毎日ともなると何か疑わずにはいられない。

そこには千夏という人が関係しているんじゃないかと、しつこくもわたしは思う。

跡部は何かに必死だ。あの練習試合で千夏という人と会ってから。

その必死さが、結果、わたしを求めているように思うんだ。


「卵焼きの中に、今日はチーズを入れてみた!」

「ほう?どれ……ん……うん、美味しい」

「良かった」


すっかり本当のカレカノのようになっているこの雰囲気。

何度だって思う……嬉しくて、切ない。

跡部は久々に千夏という人に会ったことで、彼女を精一杯忘れようとして必死なんじゃないか。

だからわたしにこんな提案をしてきたんじゃないか。

だからこないだの車の中でだって、いきなり元カレの話を聞いてきたんじゃないかと思う。

わたしに興味を持つように自分に指令を出して、彼女を無理やり絶とうとしている気がしてならない。

……ただ、それが切なくても、この役を他の人には絶対にやらせたくなかった。

跡部がわたしを選んでくれたのは、たまたま婚約者のフリをしている相手だからということもあるかもしれない。

けれどそこには、少しだけ、わたしならいいと思ってくれているところがあると期待している。

そこに、いつか本当の恋になってくれたら嬉しいなんて、図々しい期待まで上乗せしている。

全く、跡部も性質の悪い女を選んだもんだ。


「ところで」

「ん?」


でもその期待は、ここんとこちょっと優しげな跡部の視線のせいでもあるのだ。

今だって、わたしが作った弁当を頬張りながら、柔らかい目でわたしを見る。

声色だって、どういうわけか前よりもすっごく優しくなっていて……こんなの、誰だってその気にさせるじゃん。


「こういうことすんの、初めてなのか?」

「え……お、お弁当の話?」

「ああ」


ほら、またこんな話。

なんで?って聞いたら、きっとまた、気になるからって言い出すんだ。

知りたいと思うことが恋のはじまりだと、わたしは思う。跡部もきっとそれは同じ。

でもこの質問が、本当に跡部が気になって聞いてきてるのか、自分に無理に言い聞かせるように、脳に指令を出して気にしているのかわからない。

前者であると期待しても、いいの……?

ねえ跡部……、後悔しない?


「そういえば……跡部が初めて、かも」

「……ふうん、そうか」


高鳴る胸の音に気付かれないように、視線を天井へと泳がして、いかにも、よく考えてみたらそうでした、という風に告げると、跡部はわたしを見てにっこりと笑った。

その笑顔に高鳴る胸の音が余計に大きくなる。……勘弁してください。



つい、赤くなってしまった顔を、可愛くない口調で誤魔化した。「なに、笑って……」

「ん?……いや、前の男は弁当すら作ってもらってなかったんだと思ってな」


少し挑戦的な声になって、勝ち誇ったように言う。

わたしの元カレをライバル視しているような態度に、ますますバカな期待をしてしまう。

それが悔しくて、わたしは口を尖らせるようにして答えた。


「だ、でも、だってわたし、別に率先して作ったりしないもん」

「ほう?俺には率先して弁当作ってやるって言ってくれたじゃねえの」


「あ……あの時は、冗談で……」

「の割りに、作ってきてくれたよな?朝早くから起きて、俺のために頑張ってくれたんだろ?」


跡部の意地悪な視線がわたしの困惑した視線と絡まった時、ふっと優しく微笑んだ跡部は、それに相応しい絶妙な間を開けて、そっと囁いた。


「……嬉しかったぜ、マジで」


こんなのずる過ぎる。

いきなり、千夏って人が現れた途端、あからさまにわたしに優しくするなんて。

でも、それは完全に嘘じゃないってわかるから、性質が悪い。

きっと跡部は、素直になってるだけで。嬉しいって気持ちも、本当なんだ。

だけどそんなこと言われたら、益々好きになっちゃうし、益々期待しちゃうじゃん。


「き、きっしょくわる、跡部の口からそんなこと」

どこまでも天邪鬼。

「言ってくれるじゃねえの。貴様が俺の言いなりに弁当作ってくることも十分気色悪いがな」

「はあ!?じゃ明日から作ってきませんよ!」

「まあそう言うな。結構気に入ってんだぜ?この卵焼き」

「……っ」


黙って俯くしか出来なかった。ずるいずるいずるい、嬉しいことばっかり。

わたしを見て微笑んだ跡部は、こっちの気持ちなんて露知らず、また弁当を頬張り始める。

前々から思っていたけど、本当に口に合うんだろうか、わたしみたいなのが作った弁当で。

……明日はねぎ入りの卵焼きにしよう。

まんざらでもない気持ちで献立を考えていたら、跡部の携帯が鳴った。

片手で携帯を開いて見ている。メールのようだった。


「ああ、すっかり忘れてたな」

「うん?」


メールの文面を見て、ぽつりとぼやく跡部に首を傾げる。

跡部はお茶を飲み干してから、いや……と、大したことじゃないとでも言いたげに溜息をついた。


「こないだ落し物が届けられてな。立海から」

「立海から?なんで?」


「練習試合でうちの生徒が落とした物らしい。ぶつかった拍子に落ちて、落とした本人はそれに気付かず走り去ったようだ。拾った人間がテニス部のヤツでな。生徒会長でもある俺に届ければ本人が見つかると思ったんだろ」

「へえ。何落としたの?」


いかにも面倒臭いし、どうでもいいと言わんばかりに跡部は続ける。

正義感溢れている跡部だが、落し物には興味がないらしい。


「ああ、なんだかな、小さなカードのようなものに液晶画面が付いていて、6桁の数字が1分ごとに変わる。さすがの俺にもよくわからねえ代物だ」

「はあ?なにそれ」


「さあな。とりあえず、今は生徒会室の俺の机の引き出しに入れてる。明日の朝にでも放送をかけて持ち主を探そうと思っている。名称がわからないからどう放送するか考えていたんだが、すっかり忘れてたな。今日にでも俺の自宅に持ち帰って使用人にアレがなんなのか、調べさせてみるか」


独り言のように、だけど誰かに聞かせるようにつぶやく跡部に、わたしはなんとなく相槌を打った。


「調べたらわかるようなものなの?」

「うちの使用人はいろいろと博識な人間が多いんでな。恐らくコンピュータ関連だろう。名称がわかれば話は早い」

「ふーん……でも、そうだね。何かわかれば、ナニナニが落ちてました〜って放送出来るもんね。小さなカードで、数字が〜とか、いちいち放送してらんないもんね」


まあな。

わたしは笑っていたけれど、跡部はぴくりとも笑わずにその話を打ち切った。

その表情に、わたしは自分でもよくわからない不安を覚えていた。









*








―悪いが今日は生徒会の関係で遅くなりそうだ。気をつけて帰れよ。


そんなメールが届いたのは、ちょうど帰り支度を済ました頃だった。

その直後、『三年の跡部景吾くん、大至急、職員室まで来てください』の放送が流れる。

生徒会だけではなく、相変わらず大忙しな跡部に苦笑しながらも、少しだけ落胆した気持ちと、跡部に会わずに済むという複雑な気持ちが入り混じった。

わたしが不安で仕方ないのは、跡部がどこまで本気であんなことを言ってくるのかがわからないからだ。

お弁当だって、毎日作ってるけど、結局は肩書きだけの婚約者。

今、独占しすぎて、跡部の優しさに触れすぎて、はい終わりとなった時……わたしは強くいられるだろうか。

好きですと、気持ちを打ち明ければスッキリするだろうか。……無理だ。そんな度胸ない。


いつまで経っても答えの出ない問題にあれこれと悩みながら、生徒会室を通り過ぎようとした時だった。

生徒会室のドアが珍しく少しだけ開けられ、隙間が出来ている。

跡部は神経質なところがあるから、こういう真似は絶対にしない。

中学の時だって、わたしがドアを閉めないといつも怒られていた。

そういえば今、跡部はもうひとつ下の階の職員室にいるはずだ。大至急、とか言われてたから。

ということは、跡部じゃない誰かが生徒会室の鍵を開けて入った?現役の副長だろうか。

わたしのようなずぼらな人間がいるんだなと思うと、その隙間から少し覗いてみたくなった。

視線が少しだけでもその人と重なったら、目で会釈をして帰ろう。

それが跡部だったらいいんだけどな。今日はバイバイもしてないから――

無邪気なことを考えていたわたしの目に映ったのは、もちろん、跡部の姿ではなかった。

が、その背格好には見覚えがあって、わたしは目を見開いた。

大きな背中は、今でも忘れない……大好きだった。

ところがその大好きだった人は、どういうわけか生徒会室にある会長机の引き出しを漁っている。


そのとき。

職員室にいるはずの、跡部の声が聞こえてきた。


「貴様の探し物は、これか?」

「!」


奥の部屋から跡部が出てきて、はっとしたわたしの元カレはその場で動きを固めた。

突然の出来事に、頭が追いついてくれない。これは一体、どういうこと……?


「すごいね景吾。予想通り」

「俺様に死角はないんでな」


奥の部屋から出てきたのは跡部だけじゃなく、千夏という人も一緒だった――。





to be continued...

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