Poker face_02



2.


俺は、かなり融通の利くほうやと思う。
そら、絶対にゆずれん、とかいうこともある。たとえばテニスの試合で熱くなったときとか。納豆は口にせん、とか。強い1年は関西やなくて関東や、とか。それでもほかのことには、そんなにうるさくないほうや。
恋愛になるとさらに顕著で、去るものは追わず来るものは拒まず……昔から読んだり見たりしとるラブロマンスにあるような恋愛やなんて、俺には縁のない世界なんかもなあ、と、ずっと思っとる。せやから街中の幸せそうなカップルを見るのが好きやねん……あれはもう、憧れでしかない。ま、それはええとして。
これには意見したなった。あかんで、こんなん。悪ふざけがすぎるやろ。

「跡部なあ……この、ここまでの4問、なんやねん」

氷帝学園テニス部は、今年度からマネージャーを募集することになった。200人以上はおるテニス部やから、ほぼ、レギュラーメンバーの世話係になる。
せやけど、跡部が部長のテニス部や。応募が殺到するのは当然で、仕方ないから試験と面接で決めることにしたんやけど、試験問題の最後の1問はお前が考えろと言われて、これまでの問題を見た感想が、これや。

「アホなんか……?」
「言っておくが、俺はごく真面目に1問目の設定をしたぞ」
「ほなこの2、3、4問はなに? めっちゃどうでもええやん」
「あいつらがうるさかったんだ、俺のせいじゃねえ」
「いやいや、お前な、部長なんやから、止めろや」

聞けば、2問目は岳人、3問目は鳳、4問目は樺地が考えたらしい。

「しかし反対意見はお前だけだぞ、忍足」
「うそやん……」ああ、あいつらみんなアホやからなあ。
「入ってくる女が2人とも俺ばかりをかまうと予想し、それが気に入らねえと言っていた」
「せやから、こんなの答えれる子がええってこと? 誰がそんなこと言うたん」
「ほぼ全員だ」

――これに答えれるって、もうオレのこと好きって思ってよくねえ!?
――宍戸さん、オレ、興奮してきました……! これなら、タイプがわかるかもしれないですし!
――向日も長太郎も落ち着けよ、2人しか入ってこねえんだぞ?
――すっげー楽しみだC。かわいいかなあ。
――本当に頭のなかがお花畑ですねアンタたちは。もう少し冷静になれないんですか?
――カッコつけてんじゃねーよ日吉! お前、童貞だろ!
――勝手に決めつけ……!
――ウス。
――なっ! なぜいまウスと言ったんだよ樺地!?

なるほど、日吉は童貞なんか……かわええやっちゃな。いやいや、そんなんどうでもええねん。
あいつらホンマ呆れるわ……自分のこと知ってもろとったら嬉しいとか、タイプやったら嬉しいとか、そういうアレか? しょうもなさがすごいで。どんだけ女に飢えとんねん。

「それでな忍足。お前には少し、条件がある」
「ええ……もう、なに?」めっちゃ嫌な予感がする。
「ここまで正解するヤツらも、そこそこいるだろう。だが総勢350人近くのなかから2人を選ぶのは、さすがに面倒だ。試験でなるべく落としたい」
「はあ……まあ、そやな」面接、張り切っとったくせに、急に面倒になったんやろか。
「最終で、5人前後に絞れるような問題を設定してくれ」
「え……え、いや、ちょお待て。そんなテニスの問題、あるわけないやろっ」
「テニスじゃなくてもかまわねえ。見たらわかんだろ? じゃあな、頼んだぞ」

跡部はそう言い残して、去っていった。
テニスじゃなくてもええって、マジで言うてんのかあいつ。テニス部のマネージャー募集する試験やのに、まったく関係ない問題をだせいうんか。ほな俺に頼むなや!
ああ、全責任を俺になすりつけようっちゅうわけやな、なるほどな、ようわかったわ。
仕方なし、必死で考えた。ホンマにテニスには露ほども関係ない問題になったんやけど、これで5人には絞れる自信もあったし、2ミリくらいは俺に関わることやし、ええか……と、どうでもよくなったのもある。
かくして月曜から実施された試験は、金曜の最終面接を迎えとった。





指定された教室のなかに入った瞬間、人数の多さに驚いた。
氷帝の教室は、ただでさえ広い。だというのに、70人以上の座席のほとんどが埋まっている。これを5日間も実施した、ということなのだろうか。

「みんな、あきらめなかったみたいだね」心の声を、そのまま千夏に告げた。
「そうみたいね……ま、やるだけやろ」

がっくりと肩を落としつつ、指定の場所に着席した。プリントが裏返しになったまま、机に置かれている。これがテスト用紙というわけだ。
ずるして裏返したい衝動を堪えつつ、ぐるりと顔をひねった。みんな、テニス教本のようなものを読んでいる。開始まであと3分を切っているのに、ホントに入試みたい。こんな思いするのも3年ぶり。おかげで緊張感に、あっさり煽られた。
16時。
扉が開けられたと思ったら、跡部先輩が教室に入ってきた。「ひゃっ」という悲鳴が一瞬だけあがったが、試験だということを思いだしたのか、すぐにおさまっていく。
跡部先輩は教壇に立った。見た目が大人っぽいせいか、違和感のなさがすごい。

「それではただいまより、筆記試験を行う。問題は全部で5問。全問正解者だけが、面接への切符を手にすることになる。制限時間は20分だ!」

え。
ま、待ってよちょっと! 5問しかないの!? しかも、全問正解者だけが面接!?
そんなこと、忍足先輩、言ってなかった! 合格ラインが全問正解なんて聞いたことないよ!
愕然としてしまう。あんぐりして、このまま口が閉じないかと思ったほどだ。しかし周りの人たちは違うのか、跡部先輩の合図で一斉に紙をめくった。激しく、わずかな憤りも感じるほどの音だった。あまりの迫力に、体が大げさに反応する。ここまで来てしまったからには仕方がないんだけど……正直、すでに受かる気がしない。
だっていったい、5問で面接までの決着をつけるなんて試験、どんな問題が出るというのだ。
1週間、懸命にテニスルールの勉強はしてきたけども……あの膨大な情報が、この脳みそに入っているとは思えない。
この3年、わたしも千夏も、テニス部メンバーの話題しかしてこなかったんだ……くう、こんな形で後悔することになるとは思ってもみなかった。
とはいえ、意を決してプリントをめくった。
筆記試験の第1問は、以下のとおりだった。


問題 1.
テニスの基本ストロークの6種類、すべてを答えてみな。


口調が……。
跡部先輩だよね? なにゆえ、問題まで命令口調なんだろうか、この人は。
だけど、これならわかる! 基本ストロークの6種類は、テニスルールブックに、何度も出てきた言葉だ。
よかった……なんとか1問くらいは解ける。これなら千夏も楽勝のはず。
解答欄に「@フォアハンドストロークAバックハンドストロークBフォアハンドボレーCバックハンドボレーDスマッシュEサーブ」と書く。
しっかりと覚えていた自分に満足し、視線をすべらせ、第2問を見た。


問題 2.
AからFまでのヤツの誕生日、答えてみそ。 

A.跡部 B.忍足 C.向日 D.宍戸 E.樺地 F.日吉


ん……? ちょっと変化球だ。しかもこの口調はたぶん……向日先輩?
なんでこのテニス部の人たちは、問題を口語にするんだろう。まあ、いっか。
それに、これはお手のものだ。この3年をナメないでほしい。なにかと理由をつけて忍足先輩と跡部先輩に近づこうとしていたわたしと千夏は、まったく興味のない……(は、ちょっと言いすぎですが)ほかのレギュラーメンバーのお誕生日プレゼントもきちんと用意して、わざわざコートに持っていくという、回りくどいことをしていた。だって、忍足先輩と跡部先輩のお誕生日なんて、もみくちゃにされて近づけもしないから。
それでも、忍足先輩を近くで見れたのは2回……でも、いいの。見れたから。ふん。
だけど……必要なのかな、この問題。たった5問しかないのに、これ入れるって……マネージャーにお誕生日のお祝い幹事とかやらせようとか、そういうアレかな。
そこまで考えて、はっとする。
……樺地先輩のお誕生日って、答えられる人、どれくらいいるんだろう。わたしたちは興味がな……ほかのレギュラーメンバーのも用意してたから、とっても簡単だけど……。もしや、落とし穴なんじゃ……!
解答欄に「A.10月4日 B.10月15日 C.9月12日 D.9月29日 E.1月3日 F.12月5日」と書く。
こちらもしっかりと覚えていた自分に満足し、視線をすべらせ、第3問を見た。


問題 3.
準レギュラーも含めたレギュラーメンバー全員の名前を、漢字・フルネームで書いてください! そして、おまけで誰がいちばんタイプかを記入し……あ、それは、書かなくていいそうです。コンプライアンス的に懸念があるそうです……すみません。


消せよ。
書いてください! で、消せばいいじゃん。ねえ、鳳先輩。そうでしょ? 鳳先輩だよね?
はあ……なんなんだろう、このテニス部。でも、素敵な問題だ!
全員のフルネームなんかお手のものすぎる! この問題も、マネージャーになってから覚えればいいし、そんなにいま必要なことだとは思えないけど、貴重な1問をこれに費やしていることに感謝しなきゃいけない……!
解答欄に「跡部景吾 忍足侑士 向日岳人 宍戸亮 芥川慈郎 樺地崇弘 鳳長太郎 日吉若2年、アグレッシブ・ベースライナー。性格は冷静沈着で他人に流されない。少し神経質な面もあるが常に前向きで、虎視眈々と正レギュラーを狙っていたようだ。誕生日は12月5日、血液型はAB型、好きな言葉は、『下克上』だ! 滝萩之介」と書く。
おおおおおっと! 書いて気づいたけど、超余計なこと書いてる! 危ない……ひっかけ問題だった。2年、から『下剋上』だ! までは消さないと……。
十分すぎるほど覚えていた自分に満足し、視線をすべらせ、第4問を見た。


問題 4.
AからCまでの……選手の……シューズの名称を……詳細に……記載して……ください。

A.宍戸 B.向日 C.樺地


ここで出てきたか、樺地先輩……いやだから、「……」消そうよ。もうツッコむのも疲れる。
だけど……どうしよう、わかっちゃう。お誕生日プレゼント候補には、いつもシューズがあったからだ。まったく予算には合わないので、結局は一度も購入してないけど、それでも千夏と調べまくっていた3年で、頭に叩きこまれている。
わたしたちのためにあるの? あげく、こちらもやっぱり、マネージャーに必要な知識だとは思えない&奇跡……! 樺地先輩、ありがとうございます!
ああ、どこからか「ウス」って聞こえてきた気すらする。きっと幻聴だけど。
とにかくわかる! わたしだけじゃない、千夏にだって、きっとわかる!
解答欄に「A.YONEX[パワークッション199(SHT−199)] B.K.SWISS(PREVENTER 2000) C.HEAD(C.Tech 1000)」と書く。
詳細まで覚えていた自分に満足し、視線をすべらせ、いよいよ最終問題である、第5問を見た。


問題 5.
どうも、忍足侑士です。俺の好物のサゴシキズシ、漢字で書いてもらえるか? ただし、サゴシは「鰆」って書いたら不正解や。サゴシの由来名の漢字でのみ、正解やで?


こここここここここれこ……忍足先輩っ! 息が、詰まりそうだよっ。
ここまで来て、やっと忍足先輩に会えるなんて……! ああ、なんて難しい問題なの。そんなとこが素敵すぎる。テニスにまったく関係ないとか、どうでもいい!
わたしは過去、このサゴシキズシについて、嫌というほど調べあげたことがある。だって、書いてあるけど、サゴシキズシは先輩の大好物なんだもん。嫌がる千夏を大阪まで連れて行って、食べたことがあるくらいだ。
だから……千夏もわかるよね? わかってるよね!? さんざん、本場のサゴシキズシ食べたって二人で優越に浸って、セルフィー撮りまくったんだから。
あのとき千夏に、こう書くんだよって教えて、そこの大将が、「おー、お嬢ちゃん若いのによう知っとるやんけ!」とか話しかけられて、褒められたじゃん! お願い千夏……頑張って!
千夏に念を送りまくりながら、解答欄に「狭腰生寿司」と書いた。
これで、全問終了……最初に感じていた懸念はどこへやら、絶対に受かったと確信できる。とりあえず、最初の試験は合格のはず!
それでも、不安は不安だった。もしなにか書き間違えていたら一巻の終わりだ。
解答用紙を何度も見直した。日吉先輩のくだりは、とくに丁寧に消す必要があった。よかった、テンションぶちあがって変なこと書いたことに気づいて……。
そして、20分はあっという間に過ぎていった。

「よし! 全員ペンを置け! そのまま自分の教室で待っていろ。16時50分になったら、放送で全問正解者の名前を発表する。呼ばれた者は17時、3階の生徒会会議室に来い。わかったな?」
「はい!」

跡部先輩に、全員が声を揃えて返事をした。
わらわらと人がはけていくなか、廊下にいる千夏を見つけ、彼女に駆けよった。

「千夏っ!」
「伊織っ!」

10年も会っていなかった友だちのように、お互いがハグをした。会いたかった……たった20分だったけど、こんなに高揚した20分はなかなか経験できない。
体を離して千夏を見ると、彼女の目はぎらぎらと闘争心をまとっていた。おかげで、また確信を得る。

「全問、わかったんだね!?」
千夏は大きく頷いた。「最後の問題にはやられた……でも、伊織が友だちでよかったよ! 覚えてた……サゴシキズシ!」

二人して力強く、ガッツポーズをしてしまう。

「よかった! これで……きっとわたしたち、試験は合格だよ!」
「だよね……それにしても、なんなの、あの問題文……どうかしてない?」千夏が、眉間にシワをよせて腕組をする。同意だ。
「どうかしてるよ。ま、忍足先輩はすっごく素敵だったけど!」そう、忍足先輩は素敵だった!
「それ言ったら跡部先輩のほうが素敵だったし!」
「ちょっと! 忍足先輩に失礼でしょ! あの問題は最高だし!」
「どう考えても、跡部先輩のほうが常識的でしたー。にしても、テニスに関係ない問題ばっかりだったね。最後のなんていい例じゃん! あんなの書けなくたって、なんの問題もないでしょうよ」
「……それは、まあ、たしかに」サゴシキズシは、マジで書けなくてもいいとは、思う。
「でも、とにかく放送を待つしかないね!」

跡部先輩に言われたとおり教室まで移動し、お行儀よく放送がかかるのを待っていた。
16時50分……ついに、放送ベルが学園中に鳴り響く。緊張の一瞬だった。

『1年C組、338番、佐久間伊織。1年H組、325番、吉井千夏。生徒会会議室まで来てくれ』

跡部先輩の声に、わたしと千夏は、まったく同じタイミングで立ちあがった。

「千夏!」
「伊織!」
「やったよっ!」
「ねえ、放送でわたしたちしか呼ばれてないってことは!」
「定員2名、決まりじゃない!?」
「信じられないよ! やった! やったすぎる!」

手を合わせて跳ねまくり、全速力で走って、生徒会会議室前に到着した。
顔を見合わせて、汗をハンカチで拭き取りながら、鏡をチェック。ひととおりの準備を終えたあと、ゆっくり息を整えて、扉をノックした。





跡部は正面の生徒会長のテーブルに。俺らは右側に椅子を用意して、着席しとった。面接の子たちは左側の椅子に座るようになっとる。
コン、コンと控えめなノックの音がした。お、来たな。と思う。跡部が即座に頭をあげて、声をかけた。

「どうぞ」
「……じゃい! はい!」
「し、失礼します!」

そこにおったのは、前に声をかけた仲よし二人組の1年生やった。あのときはめっちゃ気安く声をかけただけやったんやけど、この二人やったんか。やりよったんやな……。
ちゅうかめっちゃタメ口やった強烈な女の子のほう……緊張しすぎて「はい」を「じゃい」って言うたよないま? すぐ「はい!」って言うたけど、ごまかしきれてへんで?
ああ、笑けてまう。おもろい子達やなあ。
もうひとりの女の子のほうは、縦長のテーブルにレギュラー陣がずらっと囲むようにして並んどるのを見て、えっらい緊張しとるみたいやった。ん、なんやかわいい。こういう初々しい姿って、どこかきゅん、とするな。
二人の行動を見とったら、先に来とったブラウンの髪をしたハーフの女の子がすっと席を立った。

「ゴキゲンようデス、おフタリトゥモロウ」
「常石!」
「ジャクリーヌ!」

1年コンビは双子なんかちゅうくらい、言葉を切って、ハーフの子の名前を呼ぶ。
それはえんやけどな、ジャクリーヌ……お二人トゥモロウって、ボケたん? 違う? ツッコまんでええとこ? ルー大柴的なやつとはちゃうんやんな? 誰にも聞けへんやん。
しかし、三人とも知り合いかいな……まあみんな1年やし、そういうこともあるか。
ジャクリーヌはさっきからの目線を見とっても、どう考えても跡部が好きや。
ほなら……あの1年コンビとはライバルっちゅうことやろう。二人とも跡部が好き、みたいなこと言うとったしな。
ほな、バチバチやんか。結局、わけのわからん試験で残ったのは跡部推しの三人やで。ほかのレギュラーメンバー、めっちゃけったいな顔しとる。
せやけど、お前らがアホやねんで? 自分に好意あるヤツが来ると思っとったんか、まったく……。
この氷帝学園は、すっかり跡部王国やろ。

「そっか……常石さんは、月曜審査だったんだよね」
「ていうか、ジャクリーヌ、サゴシキズシ書けたんだ?」

無口な女の子のほうが普通に声をかけたのとは反対に、勝ち気な女の子が、腕組みをしながらジャクリーヌに鋭い視線を送っとる。おいおい、もうはじまっとるやないか。ここは面接会場やっちゅうねん。リングちゃうど。

「あんナの、ジョシキですわ、吉井スワンヌ」

ちょ、ジャクリーヌ……。
「ジョシキ」はまだええわ。日本語下手なんやなあ、で許したる。
「スワンヌ」はやめて。なんで「ヌ」つけるん。めっちゃ発音ええやん。いや「スワン」だけでも嫌やけどさ。「サン」って言えるやろ。英語にもあるやん「SON」って。
ようみんな、真顔でおれるな。俺、無理なんやけど……もう笑いそう。あかん、真面目な場ほど笑いそうになるんや、こういうの。

「さすがのようね……漢字もスラスラなんだ?」ほんでお前もよう笑わんと返せるな、吉井さん……。
「トゼンですヨ。逆ニィ、ワタクシほどのチシキがあるコト、おホメします、吉井スワンヌ」

「スワンヌ」やめろって……!
はあ……ジャクリーヌなあ。お前の存在自体がツッコミどこ、満載やないかい。
にしても、やっぱりあの問題は難しかったか……? 三人しか残らんなんて、思わへんかったわ……結構、自分でもたまげとる。
ほんでサゴシキズシ、俺も問題にするまで書けへんかったし。偉いで、自分ら。
とか思っとったら、自分の取り合いを見てられへんかったんか、跡部が止めに入るように声をかけた。

「もういいから、お前たち、席につけ」
「あ、はい!」吉井さんが即座に反応する。
「That's right!」OKでええやろ! いちいち発音ええな!
「失礼します……」この子は、いちばん普通そうや。

跡部が促して、ようやく三人は席についた。
それにしてもホンマにようやったわ、あの子たち。かわいい顔した二人組みやなって思っとったけど、通知書にがっくりしとったで、何気なしに声をかけたんや。
それを、まんまとやってのけたっちゅうだけで、俺的には好感度抜群。少年漫画みたいな展開やん。ワクワクするわ。ちゅうことで、もうこの二人でようない?
ジャクリーヌも嫌いやないけど、あの子がおったらツッコミしまくって練習にならん気するし……。

「自分ら、よう頑張ったな。まさかホンマに面接会場まで来るやなんて、思ってなかったで」

二人に聞こえるように、そう言うた。跡部にこのサインが伝わるとええんやけど。俺はこの二人でええで、跡部。
吉井さんは俺に軽く会釈すると、すぐに跡部のほうへ向いた。……うん、そういう正直な感じも、嫌いやないわ。
一方、無口な子のほうは「い、いえ」と、顔を思いっきり背けた。え、と思う。ひょっとして俺……嫌われてんやろか? なんや、悪いことしたかいな。

「では、面接をはじめる。ここにいるレギュラーメンバー全員が、ひとりずつお前らに質問をしていく。それに答えて面接は終わりだ。結果はすぐに知らせる。まずは自己紹介からしてもらおうか。それじゃ、お前から頼む」と、跡部が吉井さんを指さした。
「はいっ」吉井さんは即座に席を立った。「1年H組の吉井千夏です。中1のころから、テニス部をずっと応援してきました。マネージャーになったら、とにかく練習に励むみなさんの手足になれるよう、痒いところに手が届くような、そんなマネージャーとして頑張るつもりです。よろしくお願いします!」

ほうほう、ええアピールやね。結構まともなこと言うやん。フルネームは吉井千夏、か。あ、あかん、吉井スワンヌを思いだしてもうた。もう吉井スワンヌって名前にしたらええのに、とか余計なこと考えて、笑ろてしまいそうになる。我慢やで、俺……。

「次、お前だ」

と、跡部がジャクリーヌに顔を向けた。
ジャクリーヌは黙って席を立ち、すうっと一度、大きく息を吸った。

「1ヌェンAクルァス、常石ジャクリーヌ、デス、ヨ!」

あかんあかん、もうやめてジャクリーヌ! 声でかいっ!
もうあかん、俺もう、笑いこらえられへんようになる! 「ヌェン」もあかんし「クルァス」もあかんし「ヨ!」もあかん。なんで「ヨ!」つけた? つけんでええやろ! なんで強調したんやっ。「あーいとぅいまてーん」って言うなや!? 絶対に言うなや!?(わからん人はググってくれ)

「テニス、チョー好きネ。アーン、とくに、やーパリ、跡部スワンパイが、ともて、ラヴ」

スワンパイあかーん! あと、「とても」が「ともて」んなっとる! ティモテみたいんなっとる! もうやめてくれ、もうそこまでにしたって!

「そうか、ありがとよ」

ええっ!? なんで跡部、普通に応えれるん!? お前の笑いのツボどこ? めっちゃ強靭やん……。あれ、俺がおかしいん? 関西と関東って、こういうときあるよな。関西人だけがめっちゃ笑って、関東の人、まったく笑ってないやつ。一緒に新喜劇とか見とったらホンマにある。せやけど、ほかの連中も笑いかけとるし、お前だけやで、笑ろてないの。
ジャクリーヌは簡潔な自己紹介で頭を下げた。終わったらしい。はあ……この子、インパクトありすぎや……常石ジャクリーヌ……いや、どないやねんその名前。

「では最後、よろしく頼む」と、つづけて跡部が無口な子に顔を向ける。
「はい、よろしくお願いします」

彼女は丁寧に頭を下げた。
わあ、もうめっちゃ好感度あがる。この子、いちばんまともそうやし、なんか雰囲気もええなあ。

「1年C組、佐久間伊織です。性格は胆大心小で他人を巻きこみます。すこし楽観的な面もあるけど常にドライで、行雲流水とはいえマネージャーの座を狙っていました。虫占いはタランチュラ、薬占いは麻薬、好きな言葉は、『月桂冠』です!」

あれ……?
まともやと思ってた子が、なんやちょっと違う感じに見えてきた。なるほどな、この子は佐久間伊織っていうんやな。なんか、この自己紹介、どっかで聞いたことあるような気がするんやけど、なんやったかな……。
ほんで、虫占いってなんや。「タランチュラ」ってなんか怖ない? 次いで薬占いが「麻薬」って、さらに怖ない? で最後、座右の銘なにそれ? 酒の名前やん。本来の意味なんやったっけ……? あとで調べなわからへん。
なにをアピールしたかったんか、ようわからん佐久間さんの自己紹介が終わったときやった。いつものいびきが聞こえてきよる。まったく、ここでもかいな……。

「ぐがー」
「ったく、またか。おいジロー。起きろ!」

おいおい……ジロー。ホンマにどうしようもないなあ、こいつは。

「んがー」
「あかんな、完全に寝とる。樺地、起こしたって」
「ウス」

いつもの返事をした樺地が、ジローの席に移動しようと腰をあげたときやった。
ガタン! と、大きな音をたてて、吉井さんが立ちあがった。その反動で、椅子が倒れる。
え、どないしたん? と思ったときには、彼女は自分がはいていた校内用シューズを手に、ジローに向かっていった。
ちょちょちょちょ、待って待って、なにさらす気やねん……っ! ま、まさか!

「起きなさいよ芥川慈郎!」

案の定、バズんっと、ごっつい鈍くて痛そうな音が部屋中に鳴り響く。その場は、シーンと静まり返った。全員が息をのんどった、たぶん。
俺だけちゃう、周りも唖然として、吉井さんの姿を見つめた。
いや……マジか。それ、勝ち気とかそういう問題やないで……めちゃくちゃ暴力やからな!

「ウワオ!」ジャクリーヌが声をあげた。そんなとこまで発音がええ。お前がしゃべるだけでもう俺、笑いそうや。
「ちょっと、千夏! なにやって……!」佐久間さんも驚いて、吉井さんを咎めるような声をあげた。
「だって跡部先輩が話しかけてるのに、寝てるとはなにごとよ! いつも不愉快だった! 機会があればやってやろうと思ってたのよ!」

佐久間さんの言葉に反応したかのように、吉井さんは叫んだ。
いや、いま絶対、その機会ちゃうと思うけど……。
寝とったジローは、頭を分厚いシューズでしばかれたことにびっくりしたんか、いつもすぐには目を覚まさんのに、パチッと目を開けて、口も大きく開けたまま、そのしばいた張本人を見あげとる。

「いま……オレ、なぐられたC?」
「ええ! 殴りましたC!」順応性が高いな吉井さん! いや、そんなん言うてる場合ちゃうか。
「いいですか芥川先輩!? 跡部先輩が話しかけてるんです。あの方は学園の生徒会長であって、氷帝テニス部の部長ですよ!? つまりあなたより偉い人なんです! ちょっと偉いだけじゃない、跡部景吾だからこそトップオブトップ! これが会社だったらどうなります!? 跡部先輩は社長であって、あなたは役員のなかのひとり! いいえ、なんなら平社員かもしれない! 要するに! 跡部景吾の言うことは部活動の行事のあいだはいつだって耳を傾け聞くのが当然の行為なんですよいくら同学年でもね! それを、試合中であろうが、いつもいつもいびきかいて寝てるってどういうことですか! やる気あんの!? ちょっとテニスがうまいからって調子にのらないで! いくらね、いくら跡部先輩が優しいからってあたしは許しません! 跡部先輩! あたしがマネージャーになったら、この男、絶対に寝かせませんから!」

ほぼ、息継ぎもなく、吉井さんはビシィ! っと人差し指をジローのこめかみに突き立てた。
やばすぎへんかこの子……引くくらい、物怖じせんやん。あと、別に跡部は、偉くないで? みんな平等やろ、どう考えても。そんで、こめかみやめたげて? ジローの片目がグニュッとゆがんどる。めっちゃブサイクんなってんで、ジロー……。

「おい……大丈夫かジロー?」

一応、声をかけてみる。
が、ジローはこっちを見向きもせんと、吉井さんを見あげたままやった……ああ、あかん、相手は2年下の後輩や……これはいくらジローでも、キレてまうかも。

「す……すっげえ……」
「はあ?」
「……マジ、すっげえ! その起こしかた!」

意外にも、ジローは超ご機嫌で、ぴょん、と体を起こして目をらんらんとさせた。
待って待って……え、そこ? お前、この子、後輩やで? 起こしかたすごかったらそれでええの? 俺やったら倍返しでしばき倒したくなるんやけど……。

「はははははははっ!」

あげく今度は跡部が、急に爆笑しはじめた。
ま、待てやお前……さっきまでジャクリーヌの言葉でピクリとも笑わんかったやんけっ。
どんな勢いで笑いだしてんねん! 頭、大丈夫か!? なにがおもろいんや!?

「ああ、吉井、お前は最高だな」
「え……」
「なにより演説内容が最高だった」

そ、褒めちぎられたから? それもどうなん。
言われた本人も驚いてはるで。そら、あんな急に大声で笑われたら、驚くわ。ちゅうか引くわな。

「吉井、お前はマネージャー決定だ」
「え……ええっ!?」

佐久間さんとジャクリーヌだけちゃう。
そこにおった跡部と樺地以外の全員が、驚愕の声をあげた。
当然やろ。まったく、意味がわからへん。ええけどさ、お前の好きにしたら。せやけどさ、なんでなん? 自己肯定感あげまくってくれたのはわかるけどさ。

「ふっ……お前たち、甘いな。こんなふうにジローを起こせる女なんか、こいつくらいしかいねえだろ」

ジローをしばいた吉井さんも、びっくりして跡部を見つめとる。
やがて跡部の表情が、だんだんと穏やかなものに変わっていった。なんや、嫌な予感するの、俺だけか? 跡部のあんな優しい顔、はじめて見たんやけど……。
なあ跡部……ちょっと心に訴えかけてええ? お前、まさか吉井さんに……その強烈すぎるキャラと勝ち気さに……恋、しはじめたんとちゃうやろな?

「本当に……いいんですか跡部先輩っ」
「アーン? 最終決定権は部長の俺にある。俺がいいといったら、いいんだよ」

跡部はゆっくりと吉井さんに近づくと、校内用シューズを彼女の手から抜き取って、なんと、足もとにひざまずきよった。
どわっ……嘘やろ。跡部はたしかに女の子にはジェントルやけど、お前、なにをしてんねん急に。

「跡部先輩っ……!」
「ほら、はけよ」
「は、はいっ……」

ジャクリーヌが鬼の形相でふたりの様子を見とった。そらそうや、なんやプリンセスみたいになってるやん。よう人前でそんな大胆なことするわ!

「頼んだぜ?」

心に訴えかけるまでもなく、すっかり……惚れとんちゃうやろか。
シューズをはかせたあと、跡部はすっと立ちあがって、吉井さんに顔を近づけた。

「わかったなら、返事をしろ」
「う、あ……は、はい!」

あー、あの顔を近づけられたら、そらもう、もともと跡部が好きやったらもう、死ねるやろなあ。吉井さん、すっかり固まっとるやんけ。
真横に跡部の顔あるもんなあ、めっちゃ見てるやん。なんやずーっと目え見つめてはるやん。
心なしか……震えとるようにも見える。感動しすぎちゃう? ちゅうか、いつまで見つめあってんねん。離れろや、うっとうしい。

「よし。吉井は席に戻って面接の様子を見ていろ」

跡部がようやく吉井さんから離れて、もとの場所に戻っていく。
ドタバタすごすぎひん? もう疲れた……帰りたい。せやけどここからが本番やな。あとひとり、選出せなあかん。いや、せやからもう佐久間さんでええねんけど。跡部、さっきの合図に全然、気づかんかったんやな。
そこから、レギュラーメンバーからどんどん質問がくりだされることになった。
しかしそれがまた、しょうもない……。

「では残った二人に、まずは俺から質問だ。テニスの経験はあるか?」
「ありません」気を取り直したように、佐久間さんが答える。
「ノウ」ん……海外ではそうなんやろうけど、ちょっと冷たいでジャクリーヌ。
「次、向日」
「おう! そうだな……俺の印象ってどんなだった?」お前、まだ期待しとったんか。
「え、えと……」困っとるんやろう。佐久間さんはしばらく考えこんだ。
「佐久間、早く答えろ」跡部が急かす。ええやん、待っといたりいや。
「あ、すみません! えっと、赤ヘルメットの先輩!」これは……焦ったんやな。でも的確や。ほとんど悪口やけど。
「カエル」ジャクリーヌ……なんで? 飛ぶから?
「……」岳人はショックやったんか、口をつぐんだ。
「次、鳳」
「はい! どんな男性がタイプですか!」お前もか、鳳。
「え? えーと……いま、好きな人が、タイプです」跡部やな。はいはい。
「跡部スワンパイに決マテマス!」ジャクリーヌ、天丼やめて!
「……」鳳ががっくりと肩を落とす。
「次、宍戸」
「うーん……テニス以外のスポーツ、やってたことは?」宍戸らしい、真面目な質問や。
「あります! バレーボールを、ほんのちょっとだけ」うんうん、ありがち。
「ノウ」いや、せやから……冷たいって。
「次、日吉」
「はあ……どうでもいいんですよね、こういうの」反抗期の真っ盛りやな、お前は。
「つか、日吉……」

と、そこまでテンポよく流れとったのに、宍戸がなにかに気づいた。

「お前、激ダサだぜ。なんだよそれ」

どうでもよさそうやから、吉井さんがまだ仏像みたいに固まっとるのを、俺はぼうっと見とった。
なんやあの子……大丈夫なんやろか……。
ときおり、ふるふると首を振って、佐久間さんに視線を送っとる気がする。
いきなりマネージャー決定して、あまりのことに驚きが隠せんのか、それとも佐久間さんの答えに、「それあかんで」の合図やろか。まあ、たしかに「赤ヘルメットの先輩」は岳人を傷つけたよな。やっぱりあの子、普通やないよな……おもろかったけど。

「は? ……ああ、これは、ランチのときに」
「それが激ダサだっつってんだよ」

一方、となりにおった日吉は、さらにそのとなりにおる宍戸に、食べこぼしについて「激ダサだぜ」と言われとる。まだつづいとったん、その会話。
そんなことよりも、その口癖が激ダサやと思うのは、俺だけなんやろうか。

「宍戸さん……今度、下剋上を果たしますよ」

日吉はその宍戸の指摘が気に入らんらしい。
恥ずかしさをごまかしたいんか、わけのわからん挑発をしよった。

「チッ……話にならねえな。日吉はもう飛ばす。次、忍足」

跡部が呆れたように、俺の名前を呼んだ。んん……俺もう佐久間さんでええから、質問とかないねんけど。

「そやねえ……」

ちゅうか、食べこぼしごとき指摘されたからって「下剋上だ」ってほざいとんのは、それこそが「激ダサだぜ」やないか。「『下剋上だ』が『激ダサだぜ』!」って言うたろか……ん?
下剋上だ、激ダサだぜ……? 下剋上だ激ダサだぜ……?

「下剋上だ激ダサだぜ……」
「おい忍足、次はお前だと言っている」
「ちょお、待って跡部」
「アーン?」
「下剋上だ激ダサだぜ。下剋上だ激ダサだぜ……」

違和感が気になって、ふたつのワードの速度を早めながら、ひたすらくり返す。あれ、言いにくないこれ?

「下剋上だ激ダサだぜ、下剋上だ激ダサだぜ、下剋上だ激ダサだぜっ、げこきこくじょだげきだすざずぜ……んなっ!」
「おい……忍足」なにやってんだてめえは、とぼやいとる。せやけど……。
「跡部、俺、言われへん……」
「なにやってんだよ! 侑士!」
「なにってがっくん。言われへんねん、言うてみ? 『下剋上だ激ダサだぜ』ってつづけて10回、言えるか?」
「えっ……おう、やってやらあ。下剋上だ激ダサだぜ、下剋上だ激ダサだぜ、げこくきそじょう、げきだぜずさだぜっ、な……くそくそっ! 言えねえ!」
「そんなはずねえよ! 俺が言ってやる。げきこっ……うっ」

宍戸は1回目から詰まっとる。お前がいちばん激ダサやないか。
そのうち、岳人や宍戸だけやなく、跡部と樺地を除く全員のレギュラーメンバーが、呪文のように唱えだした。

「下剋上だ激ダサだぜ、下剋上だ激ダサだぜ、下剋上だ激ダサだぜ、げきげ、げこっ……くっ! くそくそくそ!」
「案外、難しいですね」言い慣れているはずなのに、と、日吉は眉間にシワを寄せる。
「言えないC……げこくじょうだげきだぐー……」お前もう寝とけ。
「オレは絶対に言えるようにします! 下剋上だ激ダサだぜ下剋上だ激ダサだぜ……げごきくっ! うう……宍戸さん!」
「あきらめるな長太郎!」

あ、あかん……スイッチいれてもた。ちょっとしたお遊びやったのに、めっちゃみんなムキんなっとる。せやけど言えへんやろ? ちょおこれ、発見ちゃう?

「ワタクシがイーマース!」

みんなの言えへん姿に、いよいよ笑いそうになったときやった。
突然、ジャクリーヌが高々と手を挙げた。あまりの唐突さにぎょっとする。となりの佐久間さんも、めっちゃぎょっとした顔でジャクリーヌを見とった。

「言えタラー、Managerにしてくれマスカァ?」

おいおい、マネージャーのとこだけ発音よすぎやジャクリーヌ。わかっとったけど、お前、やっぱあかん。めっちゃツボる。どつきまわしたい。俺、絶対に練習にならん。
見てみい、ほかのみんなも笑わんように努力しとって、顔がむちゃくちゃ歪んどるやないか。
せやけどやっぱり、跡部は笑ってへんかった。お前、ホンマに尊敬するわ。

「よし、いいだろう。やってみろ、常石」
「ウス」

ちょ……あかんって! 腹よじれるって! なんでそこで樺地やねんジャクリーヌ!
樺地が自分のセリフ取られて、めちゃめちゃ動揺しとるやないか……!
しかもこの状況で……なんで跡部は笑えへんねん! あいつどうなっとるん!
ほんで、言うの? 言うのジャクリーヌ? あかん、この面接試験……もう……。
自然と、ポケットのなかに手が入っていく。こんな瞬間、逃してたまるか。
そっと見つからんようにスマホを掲げて、動画を撮る準備をはじめた直後やった。

「ゲコクジョーダゲキダサダゼ! ゲコクジョーダゲキダサダゼ! ゲコクジョーダゲキダサダゼ! ゲコクジョーダゲキダサダゼ! ゲコクジョーダゲキダサダゼ! ゲコクジョーダゲキダサダゼ!」

わああああああああ! 誰か止めたって!
もう我慢できへんて! なんで日本語あんな下手なのに、お前は言えるんやジャクリーヌ!
もう岳人なんか声でそうになって笑とるやないか!
ああ、貴重なもんが撮影できとる。これ絶対、すぐにでも謙也に送らな気がすまん!

「ゲコクジョーダゲキダサダゼ! ゲコクジョーダゲキダサダゼ! ゲコクジョーダゲキダ……グッオ!」

うわっ、詰まりよった……! と、思った瞬間、バタン、と大きな音を立てて、ジャクリーヌはぶっ倒れた。

「えっ!?」
「おい常石! 大丈夫か!?」

笑い死にしそうになっとった全員が、一気に顔を曇らせる。ジャクリーヌが倒れたことに驚いて、次々に席を立った。

「イ……イ……イイイイ」
「常石さん!」

となりにおった佐久間さんが、声を荒らげてジャクリーヌに駆けよる。
おいおい、なにがどうなっとるんや!? なんでぶっ倒れたん!?

「大丈夫っ!? ちょっとごめんね!」佐久間さんは、うずくまっとるジャクリーヌを、仰向けにした。
「ウ……イ……」

え、フランス語? お前、絶対に英語圏やろ! と、ツッコむことは、この状況ではさすがにできん。
佐久間さんは、ジャクリーヌが手で押さえとる胃の辺りに、そっと触れた。

「ここだね? 胃が痛いんだよね!?」
「イイイエス……ノウ!」

どっちや! 小田和正か! あいや、いまの「ノウ」は、痛いっちゅう意味か!?

「忍足先輩!」
「えっ! はい!」

すると今度はまた突然、佐久間さんにものすごい剣幕で名前を叫ばれて、縮みあがりそうになる。ここ数年、したことのないようなキリッとした返事をしてもうたくらいや。
え、え? なんか俺、めっちゃ怒鳴られたんいま? ちゅうか佐久間さん、さっきと全然、キャラがちゃう……。

「先輩、医者の息子でしょう!? ぼけっと突っ立ってないで、そのスマホで救急車を呼んでください! 極度の緊張で胃痙攣を起こしてる可能性があります!」
「あ……ああ、す、すまん! すぐ呼ぶわっ!」

すぐさま救急車を呼んだ。ジャクリーヌは、そのまま病院に運ばれていった。
しばらく騒然としとったけど、救急隊員が、ただの緊張からくる胃痙攣やと教えてくれたで、全員が、安堵のため息をつく。

「ああ、よかった……」佐久間さんの額に、ほんの少し汗がにじんどる。
「安心したぜ……俺、人が倒れるの、テニス意外ではじめて見た」宍戸は、なんもしてなかったくせに、汗がにじんどる。テニスで見るのもおかしいんやけどな?
「宍戸先輩がどうでもいいことを、いちいち激ダサとか言うからですよ」日吉がチクりと物申した。
「は!? お前だって下剋上だとか言っただろ!」

不毛な争いを、しらっと無視した。やってたぶん、俺のせいやでな……。
ともあれ、やっとみんなが胸をなでおろしたところやった。跡部が、佐久間さんに向かっていく。

「おい、佐久間よ……」
「え、あ、はい」大好きな跡部が近づいとるっちゅうのに、この子、わりと冷静やな。
「お前は、どうしてそんなに医学に詳しい?」
「いや、詳しくはないです! ですが母が、看護師なもので……あの、前にこういうことが、いとこ会の集まりであって」

なるほど。一度は経験したことがあったっちゅうことか。ああ、せやけど、ホンマにさっき、びっくりしたわ……。もうええ加減、オカンにですらどやされることもないなったからな。背筋がピーン! と伸びたわ。

「そうか。ならば二人目のマネージャーは、お前に決定だ」
「え! い、いいんですか!?」
「どちらにせよ、常石は敗者だ。勝者は、お前だ。そうだろう?」
「あ……こ、光栄です!」
「ま、せいぜいスポーツドクター的な役割ができるように、頑張るんだな」
「は、はい! 跡部先輩、ありがとうございます!」
「ふっ。礼は働きで返せよ……行くぞ樺地!」
「ウス」

めっちゃめちゃ嬉しそうな顔して、佐久間さんは会議室を出ていく跡部の背中に、深々と頭を下げとった。そのあと、すぐに吉井さんのところに行って、喜んで跳ねとる。
ああ、なーんや、かわい。
せやけど吉井さん、どうも苦笑いで、跡部の背中を目で追いながら、うわの空っちゅう感じ。さっきからあの子、ずっとあんな調子やったけど……まだ緊張しとんのかいな。
まあ、ええか、そんなん。とりあえず、佐久間さんにさっきのこと、謝っとかな。

「佐久間さん?」
「えっ! あ、は、はいっ!」

話しかけると、彼女は全身でビクッとして、まるで最初に会ったときみたいに、俺をゆっくり振り返った。
なんやろ……そんな怖いんかな。なんも怖いこと、したつもりないんやけど。ちゅうか、さっきの佐久間さんのほうが、よっぽど怖かったっちゅうねん。

「あー……さっきは、堪忍な。医者の息子やのに、スマホで動画撮ったまま……ちょお、不謹慎やったよね」
「い、いや! 違うんです、すみません! あの、わたしのほうこそ、失礼なことを言いました! 本当にすみません! あの、いいわけですけど、ちょっとその、びっくりしてしまって。常石さんになにかあったらと思うと、なんというか、凶暴性が、出てきて」

凶暴性、ちゅう言葉に、ぷっと吹きだしてまう。なんやこの子、やっぱりどっか変わっとるなあ。

「ははっ。胆大心小で他人を巻きこむし、タランチュラで麻薬、やもんな? 佐久間さん」
「お……忍足先輩、覚えてるんですか……」しょげっとしながら、目をそらす。もう、なんでえ? どうも、嫌われとる気がするわ。
「覚えとるよ、さっきのことやしな。せやけど、自分のことよう言い当てとるね。カッコよかったで。やから、気にせんで。俺も、気にしてないで。な?」怖がらせんように言うてみる。
「は、はい……すみません」

ええ言うてんのに、何度も謝る佐久間さんは、どんどんどんどん小さくなっていった。
ああ、なんかこの子……ホンマにかわいいな。妙に俺を避けるところも、いじわるな気持ちが出てきて、ちょお、抱きしめたくなる。そんで「俺のこと、嫌いなん?」って聞いたろか。はは、あかんあかん……なに考えとんやろ俺。そんなんしたらセクハラや。

「侑士、まだ?」

佐久間さんのかわいさに胸をほんわかさせとったときやった。うしろから聞きなれた女の声がして、ピクリと眉が動く。
わずかやけど、げんなりした……。約束しとったっけ? とは思いつつ、しゃあなし、振り返るしかないか。

「なんや……まだ待っとったんかいな」





忍足先輩が謝ってきたとき、その距離感と優しい声色に、体が硬直してしまった。
というか、常石さんが倒れたことがあまりに衝撃的で、あんな発言を忍足先輩にしてしまった自分を、深く反省もしていたから。ちょっと、言いかたってものがあったよね……ああ、失敗しちゃった、と思っていた矢先だった。
忍足先輩、優しいから。「気にせんで」と言ってくれていたけど……ほとんど初対面の、しかも後輩の女にあんなこと言われて、不愉快に決まってる。もう、せっかくマネージャーになれたのに、なにやってんだろう。
頭を抱えながらも、忍足先輩との距離が近すぎて、顔を見れずにうつむいていた、というわけだ。声が聞こえたのは、そのときだった。

「侑士、まだ?」
「なんや……まだ待っとったんかいな」

急いで顔をあげた。侑士、と、たしかに呼ぶ女の人の声。
忍足先輩はその人をパッと振り返って、ため息まじりにつぶやいた。

「先に帰っとってええって言うたやないか」
「だって侑士と帰りたかったんだもん」

嘘、でしょ……。
目の前が暗くなっていく。ずっと忍足先輩を追いかけてきたけど、この人のことは、知らなかった。
ていうか、嫌だった……中学のときも、何度か忍足先輩のプライベートは耳にしてたけど、こんなに目の前で、知りたくなかった。
バカみたいに、綺麗な人だ……。

「ほな俺、帰るわ、佐久間さん。吉井さんも、来週からまた、よろしくな」

忍足先輩が、女の人のところへと向かっていく。
せっかく挨拶してくれたっていうのに、なにも言えなかった。
ただ黙って大きな背中を見つめていると、近くで、先輩たちがぼやきはじめた。

「くそくそ! 侑士、俺と帰る約束してたくせに!」
「うらやましいですよね、忍足先輩……オレも、あんな彼女がほしいです!」
「長太郎、お前には早えよ」
「そういう宍戸さんだって、彼女いないじゃないですか!」
「うるせえよ!」

やっぱりあの人……彼女、なんだ。です、よね。どう考えても。

「あー! 伊織っ!?」
「え、おい! どうした佐久間!」
「佐久間さん!?」

あまりのショックに、へたりこんでいた。
最低の気分だ。せっかくマネージャーになれたのに……。
わたしの恋はその瞬間、終わったも同然だった。





to be continued...

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