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七夕


「あれ?榎本先輩まだ来てないんですか?」

キョロキョロとあたりをみわたした日向が不思議そうに声をあげる
その声に数名が同じように探すも彼女はどこにもいない

「七夕がどうとか騒いで人を巻き込んだのにサボりとか・・・」

隣にいる山口以外に聞こえないほど小さな声で不満の声を漏らす月島
昨日の昼休み本人は気づいていなかったが「月島だけ不参かね」と告げた時悲しそうな顔をしていたのだ
普段何を言ってもある程度のことは言い返したり流したりと気にする様子を見せない榎本という先輩の表情に罪悪感を感じていた
そして帰宅後に小さな文字で短冊を書いて長身を活かして高い目立たないところにつるしていたのだ
それを山口は知っている
彼女は今日はいつも以上にはりきって部活に励むと思っていたためこの状況は予想外でフォローができないための山口は苦笑いしかできない

「あー・・・榎本な、今日なんか用事があるらしいんだ」

眉を下げて日向にそういったのは本人から用事があると言われた澤村

「やたら慌ててたよなぁ。言うことだけ言ったらダッシュで教室から出てったし」

その時のことを思い出しながら同じクラスで澤村とともに走り去る背中を見送った菅原がそういうと
え!?榎本さん走ったの!?と別の意味での驚きの声をあげた東峰に視線が集中する

「あ、えっと・・・榎本さんどれだけ急いでても競歩ってくらい歩くのはやくても走る事ってないんだ。少し気管が弱いらしくて」
「あーそういや1年の時持久走やって倒れかけたから2年から免除になったって言ってたな」
「今年走ってなかったのってそういうことだったのか!?」
「てかなんで旭知ってんの?」
「体育とかも見学してるの多いって言ってたからなんでか聞いたことあって・・・」

東峰の言葉に2年生から同じクラスの菅原が言えば知らなかったらしい澤村が目を向き驚く
菅原がむしろなんで関りが少ないであろう東峰が知っているのか問えば本人から聞いたという
同じクラスである澤村さえ知らなかったその情報を当然知らない1、2生はさらに驚く
そして全員が思い浮かべる榎本という先輩が走っているところを見たことが1度でもあったかどうか・・・答えは全員NOだ
そんな彼女が用事とは言え走ったなど大丈夫だろうかという空気になった時

「お前らさっさと練習始めやがれ!!」

コーチからの怒号が飛んだのだった


***


「んーなんとか順調!」

調理室で黙々と作業して今は焼けたクッキーの粗熱が取れたので冷蔵庫で急速冷蔵しているところだ
そしてクッキーを焼いている間に作ったゼリーをボウルにいれてマッシャーを使って砕いているところでもある
桃のジュースをほんの少し味がするかなくらいの量を混ぜた透明なゼリー
潰しすぎず、形が残りすぎずな塩梅を見極めなければいけないので結構難しい
まんべんなく同じような大きさになるように潰すのはプロではないので無理だ
そこは妥協してもらおう

「こんなもん?」

ある程度固形部分が減ったゼリーをみて手を止めてみる
スプーンでかき混ぜたりしてみてもひっかるところはなかったので大体うまくできたっぽい
コツをつかんだのでこちらより少量の黄色いゼリーを同じように潰していく
こちらはパイナップルジュースを混ぜて作ったものだ
夏の果物だし相性は悪くない・・・はず
少なくとも私は嫌いではない

砕いた2種類のゼリーができたところで手を止め一息
そして作業前に袋にしまった人数分の透明なカップを隣のテーブルに並べる
まずはもものゼリーを全員分入れる、その上にパイン味のゼリーを重ね、その上にもものゼリーをのせる
綺麗に3層に別れたクラッシュゼリーの色合いに満足して休憩と椅子に座る

教室からダッシュした後休むことなくずっと立ちっぱなしだったから正直しんどかった
でもそれ以上に少しでも喜んでもらえたらいいなという気持ちが強かった。完全に自己満足だけど

「さて、片付けしなきゃ」

ほんとに一息くらいの休息の後時計を気にしつつ後片付けを少しだけでもやらねばとまた動き出す
ゼリーは簡単に汚れが落ちるけどクッキーのボウルはそうはいかない
お湯が出ないのがほんとうに不便だ
使った鍋でお湯を沸かして数回に分けて少しずつ洗うしかなかった
その間にどんどん時間は過ぎていく
ちょっとイライラする
でもそれで手を止めたらさらに時間がかかるので落ち着け私!と言いながら片づけを終わらせた

そして冷やしていたクッキーを取り出し、ゼリーの上に1つずつのせていく
ゼリーの上にのせるのは小さな小さな星型のクッキー
そしてクッキーをのせたカップから透明のふたを被せる
七夕スイーツとして作って差し入れしようと前々から計画していたもの
だから今日の部活は顔を出せないと潔子、たけちゃん、コーチに話はつけてある
でも澤村にほんとのことは言えなかったので用事があると言って逃げたのだ
・・・完全に自己満だしマネージャーがサボりって怒るかな

ちょっと暗い気持ちになっていたところでスマホから通知音が聞こえる
慌てて手に取るとそれは潔子からで「もうすぐ終わりそう。手伝う?」と表示されていた
「ごめん運ぶの考えてなかった!手伝ってー!!」と連絡すると「わかった」とすぐ返事が来た
1人で大丈夫とか言ったのに結局潔子巻き込んでごめん

「大丈夫?」

連絡から少しして潔子がやってきた
そして箱に詰めている私を見て驚いたような顔をする

「潔子!ごめん!助かった〜!」

それに気づきながら時間が迫っているため口には出さず大きめの箱に半分ずつゼリーを入れる
1つを潔子に持ってもらい自分も同じ様に形が崩れないように抱えながら体育館に急いだ



*****

「武田先生」

潔子が体育館の扉の前でたけちゃんを呼ぶ
振り返ったたけちゃんは潔子の抱える箱と私と同じく抱える箱を見るとにこりと笑う

「みんなちょっと集まってくれますか?」

そして体育館にいるであろうバレー部のみんなに声をかける
靴音がバタバタとしてこちらに集まってきているのがわかる
怒られないかなぁ・・・という不安はぶっちゃけまだかなりあるもののここまで来たらやり通すしかないのだ

「先生?どうしたんですか?」
「入って」

澤村の不思議そうな声には何も言わずたけちゃんは私たちの方を向いて体育館に入るように促す
潔子は普通に入っていくけど私は少し足踏みしてしまう
そんな私を見かねたのか

「おめぇもだよ、榎本」

コーチにも促され私も体育館に入る
と、突き刺さる視線視線、視線で穴が開きそうだよそんなに見なくてもいいじゃないか

「皆さん今日も部活動お疲れさまでした」
「今日榎本が部活に顔を出さなかったことに関しては先生や俺から許可してっからそんなに見てやるな」

にこにこと笑うたけちゃんと私のフォローをしてくれるコーチ
その声に不思議そうな顔をする面々が次に視線を向けたのは私と潔子の抱える箱だ

「さて、今日は七夕ですね。そこで榎本さんから皆さんに差し入れだそうです」

さ、榎本さんと言われとりあえず澤村、スガ、東峰を呼ぶ
3人はお互いの顔を見合わせながらも私の前にきてくれた

「あの・・・自己満なのはわかってるんだけど。暑くなってきたし冷たいものでもと思って・・・」

箱を開けて中のゼリーをみせる
目を見開いて驚く3人にはやくとってと急かして箱の中から1つずつゼリーをとってもらう
プラスチックのスプーンと一緒に

「あの、榎本?」
「榎本さ、今日教室からダッシュで出ていったのってさ」
「コレ買いに行くためだったの?」

驚いた!恐る恐る聞いてみた。的な感じのリアクションをする3人に潔子が冷静に「違う」という
え?じゃあこれは?と言いたげな視線がむけられて居心地が悪い
ていうか今更なんだけど顔に熱が集まるのがわかって顔をあげられない

「榎本さんのお手製七夕ゼリーだそうですよ」

何も言えなくなった私の代わりにそういうたけちゃんの言葉から少し間を開けた後結構な声量の叫び声が聞こえた
間近はきついんですけど・・・

「榎本の手作り!?」
「お前らも見てみろクオリティやばいぞ」

1、2年にも見えるように後ろを振り向いてやばくね?とそれしか言わなくなった3年男子
あんたらの語彙力もやばくなってますよと思ってるとなんかめちゃくちゃ視線を感じる

「榎本(さん/先輩)!」
「俺らのもあるんすか!?」

田中、日向、西谷が目を輝かせて聞いてきたから頷くとまたも叫び声
そして私に群がる1年と潔子の方に行く2年は順々に1つずつゼリーを手にする
喜ぶ人、写真にとる人、驚く人、カップを見つめる人、何とも言い難い顔をしている月島と嬉しそうだけど幼馴染に苦笑する山口
最初に受け取ったはずの3人はいまだにふたを開けてすらいなくてこんなの初めてじゃないか!なんて言って…え?泣いてる?
そのうち写真を研磨に送る〜という日向に田中も便乗して俺は虎に送るぜ!とか言い出してちょっとしたお祭り騒ぎ状態
怒られるかもなんて思ってたのが申し訳ないくらいだ

「あ、たけちゃんのもコーチのも潔子のもあるんで」

少しだけ冷静になってやっと発した言葉に反応して潔子とたけちゃんは嬉しそうでコーチはびっくりしてる
いや、全員分作るでしょう。なんでコーチのはないと思ってたのか謎である
あ、もしかして

「甘いものが苦手でしたか!!?」

慌ててコーチに詰め寄るとさらに驚いたような顔をする
これはもしかしなくても…と思って謝ろうとするととめられた。選手の分だけだと思っていたから驚いたとぽつりぽつりと話してくれた

「なにいってるんですか?烏野バレー部への差し入れなんですからたけちゃんやコーチの分も作りますよ」

失礼な!と少し頬を膨らませて抗議していると

「榎本ー!ありがとな!」

呼ばれた直後背中・・・いや体全体になにか(というか声的にスガ)が覆いかぶさって倒れそうになるのをぎりぎり耐える
ちょっと!こっちは疲れてんの!
ていうか自分よりでかくて体重があるやつ支えられるわけないでしょ誰か助けて

「ちょっ!スガ!榎本つぶれる!!」

気づいた澤村が引きはがしてくれたけど既に体力的に限界を超えていた私は座り込んでしまった
そんな私の隣に座ったのは・・・

「月島?」

意外な人物で驚いてるのもあるんだけど昨日のこともあってちょっと気まずい
そのため何も言えずにいると

「気管が弱いのにダッシュして調理室までいって一人でこんな手の込んだ物人数分用意するとか何考えてるんですか」

その言葉にムッとして言い返そうとすると「今の榎本先輩、少し顔色悪い」とため息をつかれた
意外過ぎる言葉にびっくりしていると「立てなくなるくらい無理してなんでも一人でなんとかしようとしないでください」と私を見た
その目は心配の色をうつしていてそれにもびっくりで何も言えなくなっていると

「うまー!!!」

日向の言葉が体育館に響く
それを聞いた全員がゼリーを食べ始め美味い!とかこれが手作りとかすごいとか絶賛の声がいろんなところから聞こえてきて
隣に座る月島も一口食べて美味しいと小さくつぶやいた声は騒ぎの中でも近い距離だからしっかり聞こえていて
榎本すげぇじゃんと月島の逆隣に座ったスガに頭をわしゃわしゃと撫でまわされるし
女子からの手作り!!と感涙してる田中や西谷の姿も見える
何とも言えない気持ちになってまたも顔に熱が集中するのを感じて俯いていると

「本当に美味しいです!榎本さんはきっといい奥さんになれますね」

たけちゃんの一言がとどめになり私の顔はゆでだこ以上に赤くなって絶対に顔をあげるものかと決めた
視線を向けるな!特に両隣!!!
ていうかもうみんなしてこれ以上私を見るなぁ!!!


***

Side 音駒

「メール?」

宮城にいる翔陽から写真付きのメールが届いた
内容はマネージャーが七夕だから特性のゼリーを手作りで作ってくれたというもので味もかなり美味しい。等が画面いっぱいに表示されてる
マネージャ―って烏野2人いたよねどっちのこといってるのか榎本先輩って言われてもわからない
でも写真のゼリーはお店で売ってるものみたいに綺麗でおいしそう
おれも甘いもの食べたくなってきたなと思いながら着替えを再開すると

「羨ましいいいいいいいいいいい!!!!!!!!」

虎の絶叫が部室内に響いた
うるさいんだけど

「うるせぇ!山本そんな叫ぶような何かあったのか?」

クロが注意しつつ呆れ半分にそれなりに声を出すからクロも十分うるさいよ。と思いながら俺は関係ないと着替えていると

「烏野から…女子マネの差し入れ…手作りだって…メールが…」

今度は泣きそうな声でクロに話している虎の言葉にさっきのメールを思い出す
え?待って、それって・・・

「へー烏野のマネちゃんってどっちのだよ?」
「榎本先輩…だって。おれにも翔陽からメール来た」

へなへなと座り込んで床に向かってブツブツ呟きだした虎に代わってそういうとクロと夜久くんがおれに視線をうつす

「へぇ、チビちゃんから?写真とかなかったわけ?」
「えーと?榎本ってたしかスガ君と仲がいい小柄の方…だよな?」
「(小柄の方…あの人か)写真付きできた。画像はこれ」

めんどくさくて翔陽のメールを開いて画像を表示したままクロに渡すとその直後に「「すっげぇ!!」」と声が聞こえた
今日はほんとに部室がうるさい。
まぁ、烏野はもっとうるさいんだろうなぁと騒ぎの中心になっているであろう榎本さんにお疲れ様と心の中で呟いた

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