人肌渇望症 | ナノ


 ミルフィーユ

今日から一週間、一週間……

「轟さん、……」
「っあ!ごめんね、昨日最後押し付けちゃって」

声をかけてこちらに近付く緑谷くんから一歩間合いを置く。そして向き直って、昨日のことを詫びて頭を下げた。……距離の取り方、不自然だったかもしれない。難しいな。小・中学校と、近付いてくる人なんてほとんどいなかったから今まで意識したことなかった。

「先生何か言ってた……?」
「あ、……ううん。大丈夫だったよ」

顔を上げると微妙な表情をした緑谷くんと目が合う。何か言いたげな顔をしている気がして待っているとチャイムが鳴った。

「おはよう。席につけ」
「……昨日の失言は聞かなかったことにして」

すれ違い際に囁くと、緑谷くんが僅かに肩を揺らしたのが分かった。同時に、焦凍の監視するような、すぅっと薄められた目が視界の端に映る。見られているんだと思うとそれだけで少し身体が熱をもつ。胸の奥で何かわからない感情がざわざわと騒ぐのを感じた。



* * *



「静かだね?爆豪くん」
「あ"?大声出したほうがええんか」

要救護者の人質役で縛られていて今のところやることがないから当然ではある。けれど、眉間にシワも寄せずにじっと私たちを見ているのが少し落ち着かなくて声を掛けると、いつもの言動が返ってきて安心した。

「いや、大人しく捕まってくれてる方が有り難いけどね」
「協力的な人質だな」

私と同じく敵役の常闇くんも声を掛けた。今回の演習は、制限時間まで人質を奪われずヒーロー役に捕まらなければ私達の勝ち。今は薄暗い建物に潜伏している。

「来たな」

階下の通路に張り巡らせた分厚い氷が砕ける音が聞こえる。
常闇くんとヒーロー役との相性が悪いから集中しないと。

「爆豪くんを」
「ああ。……無茶はするなよ」
「うーん、善処はする」

機動力に優れた常闇くんに人質を託すと、窓から静かに飛び出して下の階へと移っていった。彼にはそのまま地下に立て篭もって最終防衛ラインを張ってもらう手筈。

「雪緋……」
「お疲れ様、焦凍、緑谷くん。人質は今、地下にいるよ」

階下から上がってきた2人へ、ブラフとも取れる言葉を投げた。
今いるフロアは最上階のひとつ下。もう1階上にフロアがある。どちらかが上に行って時間稼ぎが出来れば嬉しい。そしてできれば闇を掻き消してしまう焦凍は、常闇くんのところには行かせたくない。
冷気を放って決断を急かせる。

「轟くん、地下の方、見てくれるかな」
「……ああ」

上手くいかないか……冷静だ。
自分と対称な紅白の髪が翻る。頑張って妨害しても焦凍相手では簡単に攻略されてしまうので抵抗はせず後ろ姿を見送った。ごめん常闇くん、なんとか頼んだ……

最上階への通路を一応ダミーで氷漬けにして閉ざし、床を凍りつかせて足場を奪う。
2人が来る前から加熱と冷却を繰り返していた建物のコンクリートと鉄筋はそろそろ耐久性に限界を迎える。きっと個性による衝撃が支柱に加わればすぐにでも。

案の定、壁や天井を利用した攻撃を展開する緑谷くん。けれど……今日はなんだか変な感じだ。攻撃の軌道に迷いがある……?今だって、一瞬かち合った目は揺れているような気がした。

弱らせた支柱へ誘導して、突っ込んできた直線攻撃をすれすれで回避すると、衝撃に耐え切れなかった柱は大きくヒビが入って狙い通り最上階が崩落した。

自分のほうへ落下する瓦礫を防ごうと氷で防壁を張ると、足元にも亀裂が入っていることに気付く。これは……崩れちゃうな。訓練用の建物って思ったよりも脆い造りだ……

このまま建物が崩落しきってしまえば常闇くんと爆豪くんが生き埋めになってしまう。最悪、焦凍がなんとかしてくれると思うけど……!
1つ下の階に落ちていきながら最大出力で氷を放って建物の構造を支える。


……恐ろしく、寒い


半身の力がガクッと抜ける。
と、緑谷くんが瓦礫を破壊しながらこちらに突っ込んでくるのが見えた。空中で衝撃を受け、緑色のスーツに引き寄せられる。突如身を包んだ温もりは、私の目をいっぱいに見開くのに十分すぎるものだった。

そして私たちはそのまま、下のフロアの天井と床が崩れていない隅へと転げ込んでいった。

prev / next

[ 表紙に戻る ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -