星降る夜に | ナノ


 もし夢主がカタギじゃなかったら

「だって還暦になっても、子供扱いされるの。見た目は6歳ぐらいだから仕方ないんだけれどね。就活は門前払い、料理をしたくても味醂すら買えない、運転免許も取れない。身分証明書を提示したって、偽証じゃないか、って言われてしまう。世間が、社会が私を認めてくれない。だんだん嫌気がさして日本を出たの。


それで、子供でも運転が許されて、働けるような国に移住することにしたの。治安も衛生もすごく悪かった。けれど生きていくのに必死だったから、それまで悩んでいたことなんて頭からすっかり消えていた。


そこで暮らして10年ぐらい経った頃、人拐いにあってしまったの。用心していたんだけれど……とにかく商品として調達されてしまった。売られた先は戦争地域だった。売春じゃなくてまだ良かったって思ったわ。それで少年兵として訓練を受けて、運用されて、いくつも死線をくぐった。当然、人も殺した。


少年兵の仲間は、私みたいな戦闘向きじゃない個性の子や無個性の子が多かった。銃を持たされていても、本隊の弾除けに使われたり、斥候に出たまま戻らなかったり、ザラだったわね。


最初はね、実年齢ではもう寿命や病気で亡くなっててもおかしくないんだから、って自分に言い聞かせていたけど、でも死ぬのは嫌だった。身体が飛び散って無惨な肉片になるのが怖かった。肉片すら残らない子もいたけれど。


小さくて柔らかい身体と、すばしっこさと少しの運で、からがらに生き延びてきた時期があったから、雄英の実技試験は結構余裕だったの。持ち込んだのはナイフと自作の閃光弾とグレネード……擲弾だけよ」


一通り話し終えたらしいなまえはにっこり笑って、黒霧の淹れたコーヒーを啜った。テレビの向こうでは雄英体育祭が盛り上がりを見せていた。

カウンターに並んで体育祭を見ながら、初めて聞いたなまえの過去。それは俺が小さい頃に抱いていたなまえへのイメージとかけ離れていた。

けど思い返せばなまえは戦術ゲームがやたら強かったし、俺の身体能力を必要以上に伸ばしてくれたのもなまえだった。


なんか安心した。
なまえがもともと"こっち側"に近い人間だったことに。


雄英1-Aのリストを作りながら、ふと気になったことを尋ねた。


「なんで日本に戻ってきたの」

「…………面白い日本人と、出会ったから」


若干の間を開けてなまえは俺の問いに答えた。

ふぅん、と相槌をうってなまえの方をちらりと見る。
実年齢が曖昧な、不思議な雰囲気の瞳は、ぼんやりテレビを眺めながら凄く遠い所を見ている気がした。


「今思えばあれが初恋だったのかもしれないわね……」

「は?」


あっぶねぇな、PC崩壊させるところだった。


「まさか今も、」

「やだ、もう彼はとうに逝ってるわ。何年前のことだと思ってるの。……けど、こんな話を転弧くんにする日が来るなんてね」


穏やかに笑うなまえに、溜め息をつく。

さっきの答えが"想い続けてるかどうか"の返事じゃないことには気付いた。
けどそんなのどうでもいい。今なまえが選んでくれてるのは俺って事実は揺るがないからだ。死人には興味ない。

興味、ないけど。


なまえの頭ん中を占めるのは俺だけでいい、と思った。


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