「カカシはさ、一目惚れってしたことある?」 「え……!?」 驚いて晴を見ると、顔を赤くしていた。 「……一目惚れってわけじゃないんだけど、なんか…知りたいんだ。彼の事が」 先日、第七班の部下達をからかう為……もとい、特別任務の一環として、教え子達の成長を見守るべく変装をして、仮名まで名乗って遊……修行をしたのだが。 その帰り道、呉服屋の軒先で、降り出した雨に困り果てている同僚に出会った。 ついいつもの調子で、「傘忘れたの?」と聞くと、晴はやや困惑した様子で「はい。見ての通りです……」と返した。 何故に敬語、と思ってから、自分が変装をしたままだという事に気づいた。 全く気づいてない様子の晴が可笑しくて、ついつい悪戯心がわいてしまい、『スケア』という架空の人間として、彼女を家まで送り届けたのである。 気が置けない同僚として見ていた。共に任務に就くことも少なくなく、着実に冷静に任務を熟す姿は仲間として信頼ができたし、背中を預ける事もできた。ただ、任務外ではたまに、抜けているというか、危なっかしい面もあって。そういうところが憎めないやつだ、とは思っていたけれど。この時まで、オレは自分の気持ちに全く気づいていなかった。 「それは…すごく複雑なんだけど」 「え…?」 オレの言葉に、不思議そうな顔をする晴を見つめる。『スケア』はオレが悪戯で作り出した架空の存在で…その『スケア』に対して、晴が好意を持ってくれたのだとしたら…あれはオレ自身ではあるものの、オレではないわけで。 大体、気になる男がいるって事を、素直にオレに話してくれちゃってると言うことは、この子の中でオレの存在は、1ミリも意識されていないんだろうな、と思うと、なぜか、ものすごく複雑な気持ちになってしまったのだ。はっきり言って、面白くは無い。 「ちなみに彼の、どんなところが好きなの?」 「好きっていうか……」 ますます照れた様子で、言葉を詰まらせる彼女の、そんな表情を見るのは初めてだった。 当たり前だ、ただの同僚としてしか、今まで側にいなかったのだから。 晴の知らなかった一面に、オレはなぜ、こんなにも動揺しているのだろう。 そしてなぜ、僅かに苛立ってしまうんだろう。 「ああごめん。聞き方が悪かった…。どういうところが気になるの?……もしかして、顔が好み、だったり?」 聞きながら、何を言っているんだろうと恥ずかしくなる。変装はしたが変化はしていないので、『スケア』はほとんどオレ自身の素顔だというのに。何を確かめたいんだオレは。 「顔も、かなりかっこよかった…」 「そ、そう……」 「でも何か、初めて会った気がしなくて。短い間だったんだけど、一緒にいるとすごく落ち着くというか」 「……」 晴の言葉の一つ一つがボディブローのように効いてくる。 いや、冷静になれオレ。この子が今話してるのはオレの事じゃ無くて、『スケア』の事なんだって。 でも、スケアはオレ自身なんだけど。 なんなんだこの複雑な状況は。自分で招いた状況なのに、オレは一体何をやってるんだと頭を抱えたくなる。 「あの、でも、紹介してほしいとかそういうわけじゃないんだけど…!」 何と言ったらいいのか解らず黙っているオレに、晴は「ごめんごめん!忘れて…!」と泣きそうな顔でさらにいってきた。 その必死な感じが……可愛いなぁ、と思いつつ、どうしたもんか、と困惑もしていた。 「オレの事は…?」 「え?」 「オレの事はどう思ってるの?」 意を決してそんなことを言ってみると、案の定晴はぽかんとした顔になる。 「なんで急にそうなるの?」 「そうなりますよね……」 はぁ、と溜息をつく。何て説明したら良いんだろうか。『スケア』はオレです、とはっきり言えば良いのだが、多分……怒るよなぁ。下手したら嫌われるかも。それは嫌だ。せっかくオレに興味を持ってくれているのに。あ、オレにじゃないんだった。 オレの言ったことの意味を考えているのか、晴は黙り込んだ。 百面相のように表情が変わるのが面白い。 やがて、はっと気づいた表情になったかと思うと、オレの事を穴が開くほど真剣に見つめた。 「……あれ?」 「……」 やばい、ばれちゃった? 「あのカカカカカカシ私もう帰るね」 「えっ!?」 「よよよよ用事思い出しちゃったごめん!」 明らかに挙動がおかしくなって、晴は雨の中、傘をオレに持たせたまま飛び出していった。 驚いている間に瞬身を使って逃げられてしまう。いなくなる直前、顔を真っ赤にして、泣きそうな顔をしていた。 傷つけてしまった事は明白だった。ちょっとした悪戯心のせいで、好きな女を泣かせるなんて最低だ。 ……好きな女。 自然と自分の中に沸いてきた言葉に、ほんの一瞬思考が止まり、そしてすぐに、その言葉がすんなりと腹に落ちた。改めて、オレは一体何をやっているんだろうと深い溜息をつく。こうしちゃいられない。恐らくは自宅に帰ったと思われる、あいつの部屋にいってまずは謝らなければ。幸いにも、晴の自宅の場所は、先日『スケア』として知ったばかりである。 急いで走ったので、使って良いよと言われた折りたたみ傘は綺麗に畳んでしまった。おかげで全身ずぶ濡れである。大分頭も冷えた。謝って、それから。許されることならば自覚したばかりの想いを告げてみよう。彼女が『スケア』に感じてくれた気持ちを、『カカシ』にも少しは感じてくれていることを願いながら。 ノックをしても返事は帰ってこないけれど、ドアの向こうに晴の気配を感じていた。 「ごめん…悪戯がすぎたよ」 開けてくれ、頼むよ……と懇願するオレの声だけが情けなく廊下に響く。嫌われても仕方の無い事をした。同僚を悪戯で騙すなんて。 開けてくれないかも知れないな、と思いながらも諦めきれず待っていると、カチャリと鍵の開く音がする。はっとしてドアを見つめると、ゆっくりと扉が開けられた。 相変わらず顔が赤いまま、ずぶ濡れの晴が顔を出した。オレの様子を見て、「すごいずぶ濡れ…大丈夫?」と目を見開いている。その言葉をそっくりそのまま返したい。 「本当にごめん」 「……いいよ、上忍なのに全然気づかなかった私が間抜けなんだし」 顔を赤くして俯く彼女をみて、改めて罪悪感がわくけれど、許して貰って終わりでは無い。 自覚したばかりではあるけれど、今、この想いを告げたいと思った。 「カカシ……そんなに濡れちゃって、イチャパラ資料集大丈夫なの?」 「……あ」 ポーチの中を慌てて確認する。中までは濡れていないようだった。 「無事みたい……」 「そっか……」 オレの焦り方が可笑しかったらしく、晴は吹き出した。告白しようと思ったのに、かっこ悪すぎる。でも、笑っている彼女をみると心がほっと和んだ。 「あのさ、一緒にいると落ち着くって…スケアに対して言ってくれてたけど」 「う、うん……」 「オレも、晴といるとなーんか落ち着くなっていうのは、前から思ってて」 「……」 「うまくいえないけどさ、晴が笑ってると、なんか和むんだよね……」 「そう……なんだ」 「で、……それってつまり。……さっき気づいたばっかなんだけど」 「うん……」 緊張した様子で息を飲む、小さな体が震えている。オレの方も年甲斐も無く、喉がからからになっちゃっているのだけれど。 「……オレ、お前のこと好きみたい」 「……!」 顔を真っ赤にしている彼女と、大差ないぐらい、オレも赤くなってしまっているだろう。 「ちなみに素顔はこんなんです…」 さっき、かっこいいと言って貰えたのは嬉しかったけれど、あれが素顔ってわけでもないし、今更だけれど覆面を外して額あても外す。 「おぉ……」 「おぉって何よ……」 「うん。……かっこいいね!」 「それはどうも」 ニコッと笑う彼女の返事が良いモノだって、期待しても良いんだろうか。 「えっと私も、……さっき気づいたんだけどね」 晴の声に真剣に耳を傾けながら、自分の心音が高鳴るのを感じていた。 end. ※しばらく拍手に置いていました。 |