目を覚ますと、わたしは青空を見上げていた。頭の後ろに柔らかい温もりがあり、それが人肌によるものだと気づいた時、強い既視感に目眩がした。投げ出した手足には草原の手触りがある。秋の香りが鼻腔を冷たく抜けていく。 「起きたのか」 低く落ち着いた声が頭上からする。わたしを膝枕している人物が上から顔を覗き込んでくる。 「イタチ……」 信じられない思いで名前を呼ぶ。イタチは深い黒色の瞳を優しく細めて「どうした?」と微笑んでいる。 泣きたくなるほど、愛しいと想った。 随分と長い間、イタチに会えずにいたような気がした。 忘れてしまったけれど、わたしは悪い夢でも見ていたのだろうか。 「怖い夢でもみたのか」 「……わからないけど、もうこわくないよ。イタチがここにいてくれるから」 イタチは目尻を下げて、しばらく黙ってわたしの髪を撫でていた。絡まった髪を指が優しく梳き解していく。 「どこにもいかないよ」 イタチははっきりとそう言った。わたしはもう、これが夢なんかではないことに気づいていた。 ――――成功したんだ。 なぜそう思ったのかはわからない。わたしは、何かを成し遂げたような気持ちになっていた。けれど、それがなんなのかは、はっきりと思い出せないのだった。 起き上がってイタチと向き合う。うちは一族が好んで着ている、首元を隠す長い襟が、彼にとても似合っていた。 「イタチ、話があるの」 「何だ、改まって」 「わたし、あなたの事が……」 わたし達は十年来の幼馴染みだった。長年の片想いを、わたしはずっと胸の中にしまいこんでいた。 どうしていま、急に勇気が出たのかはわからない。 けれどいま、わたしはイタチに告げなければならないような気がした。 「あなたの事が……」 「まて、晴」 「……」 「その先は、オレに言わせてくれないか」 「え……」 イタチはほころぶように笑った。時々彼は、わたしなんかよりよほど柔らかく、美しい表情をした。 「好きだ、晴。ずっと前から」 「……本当に?」 「本当だ」 「信じられない」 イタチはちょっと不機嫌そうに眉を寄せた。……それから、もう一度ハッキリと言った。 「なぜ信じて貰えないのかわからないが、オレはお前を諦めるつもりはない」 そして、目を細めて、わたしの額にキスをした。 「……お前の気持ちを聞かせてくれるか?」 ふいに、胸が刺すようにいたくなった。 私はこの瞬間をずっと待ち望んでいた。 それなのに、諦めるつもりはないといったイタチの顔が、誰かの悲しそうな笑顔とかさなってみえたのだ。 それが誰なのか、わたしは思い出せない。 「……好きだよ、イタチ」 イタチの手がわたしの頭を撫でる。女性のように細くて柔らかい指。けれど真似できない速さで、いくつもの印を結ぶ事の出来る手。 イタチに抱き締められながら、心はこんなにも幸せに震えているのに、頭の隅で、あの人の声がした、気がした。 (さよなら、) |