※八割方悲恋というか、救いが見えないもやもやする終わり方をします。 ※イタチ夢のつもりで書いたのですが、夢とはいえないくらい暗く、幸せではありません。おまけまで読むと幸せになれるかも。 ※カカシから多分想われていますが、カカシにとっては悲恋です。 ※何でも許せる方だけどうぞ。 -------------------- 次に目を覚ました時、わたしは青空を見上げていた。頭の後ろに柔らかい温もりがあり、それが人肌によるものだと気づいた時にはもう、懐かしさに泣き出してしまいそうだった。投げ出した手足には草原の手触りがある。秋の香りが鼻腔を冷たく抜けていく。 「起きたのか」 低く落ち着いた声が頭上からする。わたしを膝枕している人物が上から顔を覗き込んでくる。切なさに歪んだ顔をみられたくなくて、顔を背けようとして、けれど、不思議そうにしているその人の深い黒色の瞳から目が離せず、暫く声も出せなかった。 何度でも息が止まりそうな程、愛しいと想う。 何度巡り会っても。 「どうしたんだ?」 「……何でも無いの」 イタチは目を細めて、わたしの髪を撫でた。絡まった髪を指が優しく梳き解していく。 「怖い夢でも見たんだろう」 断定する声は優しくて無知だった。けれど的外れというわけでもない。わたしはもうずっと、この恐ろしい夢の中から抜け出せずにいる。 ――――今度こそ変えてみせる。 わたしは起き上がると、……まだ、木ノ葉にいた頃の服を着ているイタチと向き直った。懐かしさに鼻の奥がつんと痛くなる。首元を隠す長い襟は、彼にとても似合っていた。 「イタチ、話があるの」 「何だ、改まって」 「わたしは、あなたの事が……」 わたし達は十年来の幼馴染みだった。イタチと最後に会ったあの日まで、わたし達の関係は変わらなかった。長年の片想いを告げる事無く、わたしは二度とイタチに会えなくなってしまった。 この想いを告げたところで、何かが変わるわけではないかもしれない。望みはきっと薄いだろう。けれど、試せることはもう何だって試してきた。 この時代に、イタチと一緒に過ごしていたこの頃に戻れたのだから、試してみる価値はあると思った。――いや、わたしは、ずっと後悔していたのだとおもう。 あの時、イタチに好きだと告げていれば良かったと。 「あなたの事が……」 「まて、晴」 「……」 「すまないが、また今度にしてくれるか」 「どうして……」 イタチは苦しそうに笑った。何故、そんな表情をするのだろう。 「これから一族の会合がある。……話はまた明日にでも聞かせてくれ」 嘘だ。明日にはもうあなたには会えない。約束の場所にあなたは来なかった。 いま、この場で言わなければ。 「すきなの」 「……」 「イタチお願い、行かないで。どこにも」 イタチは何かを言いかけて、……それから、目を伏せて言った。 「何を勘違いしているのか知らないが、オレは何処にもいくつもりはない」 そして、目を細めて、下手なつくり笑顔をした。 「それと。……お前の気持ちには応えられない」 そう言われることはわかっていたつもりでも、実際に言われてしまうと、刺すような痛みを感じた。 「……ごめんな」 イタチの手がわたしの頭を撫でる。女性のように細くて柔らかい指。けれど真似できない速さで、いくつもの印を結ぶ事の出来る手。 どうせふるなら、もっと酷くふってよ。 そう思うけど、言えなかった。この優しい幼馴染みはきっと、困るだけだろうから。 やっぱりわたしじゃ、イタチを止められないのかな。 ――そんなはずないと、思いたかった。絶望したら最後、わたしは気が狂ってしまうに違いなかったから。 イタチを救い出すまでは、この時の円環からは抜け出せない。どこかに必ず、彼を救い出せる分岐があるはずなんだ。その為にわたしは、何度もこの世界を繰り返している。 「わたしの気持ちに応えてくれないなら、今すぐここで死ぬ」 取り出したクナイを自分の首にあてた。手がちっとも震えないのは、本当に死んでも良いと思っているからだ。 「馬鹿な事を言うな。……一体どうしたんだ?」 「とぼけないで。あなたが明日何をするつもりなのか、どういう任務を受けているのか、わたし知っているんだから」 イタチの目が見開かれる。わたしの真意を探ろうと、その両目が赤く色づく。あの眼を見てはダメだ。咄嗟に自分の手元を見る。 「三代目やダンゾウに何を言われたか、わたしは知ってる」 「……!?」 「そんなはずはないって思ってる?でもね、わたしだって暗部に所属しているんだから、知り得る方法はいくらでもあったんだよ」 「……お前、誰に命令されて……」 わたしが監視を命令されているとでも思ったのだろうか。イタチの声が驚きに震えている。 「誰の命令でも無いよ」 知り得る方法はいくらでもあったはずなのに、あの時のわたしはなにも知らなかった。 全てが終わって、取り返しのつかないことになるまで。 あなたのことを、何も知ることが出来なかった。 「馬鹿な事はやめて。……わたしは本気だよ」 ぐ、とクナイの切っ先を喉元に押しつける。 「馬鹿な事をしているのはお前だ。……お前が死んだところで……オレには何も……」 そう言いながらも、イタチの声は強張っていた。 幼馴染みとして、わたしの事を大切に思ってくれていた事はわかっていた。 イタチは優しいから、困惑しているはずだ。 今どんな顔をしているのか、見てみたいけれど、少しでも彼の両目を見てしまえば、すぐに動きを止められてしまうだろう。 「……わかった、そんなに言うなら」 「……!」 「お前のいう通りにする。どこにも行かないから……」 「ほんとう?」 「……ああ」 クナイを持っている手を、下ろしてしまいそうになる。 けれど、まだ信じられない。 「こっちへ来てくれ」 「……でも」 「両目を瞑れば信用してくれるか?」 「……」 「オレの事を信じてくれ、晴」 恐る恐る、顔を上げる。 イタチは言葉通りに、眼を閉じていた。 まだクナイを自分に向けたまま、一歩、二歩、イタチの方へ近づく。 不意に腕が伸びてきて、あっという間にわたしは彼に抱き締められていた。 「……イタチ」 イタチがわたしの手首を掴み、指を一本ずつ外させる。クナイが地面に落ちる音がした。 永遠にも思える長い抱擁の後、イタチは小さな声で囁いた。 「許せ、晴。……お前は連れて行けない」 はっとして身構えるけれど、遅かった。 赤い両目にじっと見つめられる。 「なにもかも忘れてくれ。……お前の事を、愛していた」 回転する紋様を見つめながら、信じられない思いでいた。 立っていられない目眩がして、地面にくずれ落ちる。 閉じようとする瞼を必死に開いていようと抗うけれど、強制的に遮断されていく視界はどうしても、広がってくれなかった。 最後に、イタチが優しく微笑むのが見えた。悲しそうな眼をしていた。 「……あ」 わたしは何故ここにいるのか、今がいつなのか。 何も思い出せないことに気づき、 わたしはまた、自分が失敗したことを悟った。 地面についた自分の手が、青白く透けていく。 何もなすことが出来ぬまま、この世界でも、タイムリミットが来たのだと思う。 与えられる時間はまちまちだった。 けれど、決定的な失敗をすると、すぐに世界はわたしという異物を弾いた。 弾いて飛ばされる先は、また別の世界で。 もう、元いた世界の記憶が夢のように曖昧になってきているけれど、 わたしは、自分で決めたことを成し遂げるまでは、永遠にこのループから抜け出せないのだと思う。 そういう風に決めて、自分自身でかけた術だ。 何百回の失敗を重ねて。何度巡り会っても、まだ救えない。 ダンゾウを殺そうとして、殺された事もあった。 イタチを追って暁に潜入した事もあった。 彼の弟を殺してしまえば、あんな馬鹿な選択をする事が無いのではと思い、実行しようとした事もあった。 これまでの全ての世界で、わたしの結末は、死か時間切れかの二つに一つだった。 そして、どちらの結末を迎えようともわたしは、凝りもせず、何度でもこの時空の狭間に生まれ、ばらばらな時系列の中を、不規則に流され続けている。 次こそは、絶対に救い出してみせる。 全身が透きとおり、また強い目眩がした。 そうして次に目覚めたのは、あの満月の夜だった。 人気の無い深夜の里を歩きながら、今日がいつなのか、確かめずともわかった。 この月の色も形も、見間違えるはずがない。 イタチがうちは一族を虐殺する、あの晩だった。 弟一人を残して、全ての同胞を殺したあの夜だ。 わたしの気分は高揚していた。 これまでの数え切れ無いほどの、時間移動の中で、何度かまったく同じ時間に飛ぶことはあったけれど、 なぜかこの晩にだけは、今まで来ることができなかった。 初めて、この日、この場所に跳んでくる事が出来た。 失敗は絶対に許されない。 今度こそ、イタチを止める。 そして、彼が死ぬ未来は――弟の為だけに全ての汚名を引き受けて死ぬ、あの未来は、絶対に繰り返させない。 うちは一族の居住地へ向けて、屋根伝いに走っていると、高い電柱の上に人影を見つけた。 「こんな夜更けに殺気だって、どーしたの」 「……!」 足を止めて見上げると、月を背景に、銀髪の忍が佇んでいる。 赤い左目が、わたしを見透かすように妖しく光っている。 「カカシ先輩」 「……任務って訳でもなさそうだね。どーも」 カカシ先輩はひらりと屋根の上に着地した。わたしの前に立ち、探るような目つきで全身を見られる。 「そんなに急いで、何処行くの?」 微笑みながらも、納得のいく答えが得られなければここを通さないというような、有無を言わさぬ意志が感じられた。 暗部の先輩である彼は、昔から鋭かった。隠し事をしていてもすぐに見透かされてしまう。 わたしはこの先輩の事を尊敬していたし、信頼もしていた。それは今でもかわらない。 けれど、今カカシ先輩に何を言うべきなのか。 どうするのが 正解 なのか、判別がつかなかった。 「先輩はこんな時間に、どうしてここに……」 「……質問に答えないで質問か。礼儀正しいお前らしくないね」 「すみません」 「ま、いいけど。……何となく胸騒ぎがしてね。出てきたら案の定、お前が変な顔して急いでるのが見えたのさ」 「変な顔って……」 知らなかった。カカシ先輩がこの晩、外を出歩いていたなんて。 でも、数刻後にはわたしも先輩も、暗部として招集がかかり、初めてイタチが起こした事件を知る事になっている。 こうして悠長に話している場合ではない。今この時にも、イタチは……。 「すみません、訳あって先を急いでいます。話はまた今度……」 「だから、その訳ってのを聞いてるんでしょうよ」 「……話している時間がありません。邪魔をするなら、あなたを殺してでも行きます」 「殺す?……お前がオレを?」 カカシ先輩は馬鹿にしたように笑った。プライドの高さをそのまま表したかのような高い鼻をおさえて、くつくつと喉を鳴らしている。 そのくせ、先輩は急に真摯な眼差しに変わり、 「オレに手伝えることはないの?」と言ってわたしを真っ直ぐに見た。 ……この人に全てを話してしまおうか。 カカシ先輩に助けを求めれば、もしかしたら。 先輩を巻き込むことが吉と出るか凶と出るかわからない。 逡巡するわたしの心の揺れを見抜いたように、ふっと先輩が目を細める。 「なんてね、……手伝ってやりたいのはやまやまだけど」 先輩は声を低くして、左目をぎらりと光らせた。 「何をしても無駄だよ、晴。過去は変えられないんだ」 「……!!」 カカシ先輩が冷たく微笑む。 「これは何度目の世界だ?……いい加減に諦めろ。オレと一緒に元の世界に戻るんだ」 驚愕に、息が止まった。カカシ先輩は真剣な目でわたしを睨んでいる。 「先輩……何で……あなたはもしかして」 「ああ。オレはこの時代のオレじゃあない。……お前と同じ未来から来た」 信じられず、先輩の瞳を見つめたまま固まる。 嘘を言っているようには見えなかった。 「どうして……」 「お前を止める為に決まってるでしょうよ」 カカシ先輩がゆらりと一歩踏み出して、わたしに近づいてくる。 咄嗟に身を引いた。 「馬鹿な術を自分にかけたもんだね。時間移動を繰り返す度に、あっちのお前の身体はどんどん弱ってきている」 自分の身体が寝たきりになるだろう事はわかっていた。 わざと怪我をして、病院の一室をあてがわれた上で、この術を自分にかけたのだ。 「……わたしは死んだって、かまいませんから」 「狂ってるよ、お前」 「わかってます。……イタチを救うためなら、イタチの生きている未来を手に入れるためなら、わたしが狂おうが死のうがどうだっていい」 「そんな事、オレがさせない」 一歩ずつ近づいてくるカカシ先輩を警戒しながら、わたしもまた距離をとる。 屋根の端まで追い詰められた時、先輩がふいにわたしの手首を捻り上げた。 「いいか晴。過去は変えられないんだ」 「変えられる……!」 「強情っぱりだね」 「いまは、過去じゃありません。……はやく、イタチを止めないと」 「何度やっても、失敗するだけだ。お前だって本当はもうわかっているんだろう」 諭すような眼差しを向けられて、怒りで身体が震えた。 ……先輩になにがわかるというんだ。 カカシ先輩の言ってることが真実だとしても、わたしはもう止まれない。 「帰ろう。……元いた世界に」 「嫌です」 「嫌がっても連れて行くよ。このままじゃ本当にお前、目が覚めなくなる」 「……イタチのいない世界になんて、もう覚めなくてもいいです」 「どうしようもないな……」 先輩の言葉のひとつひとつに、心が抉られていた。 強気で反発しても、本当は、わたしだってわかっていた。 この世界に終わりなんてない。なぜなら、イタチを救う事のできる分岐なんて、きっと…… 考えると気が狂いそうになる。いや、もう狂っているのだと思う。 「離してっ!」 カカシ先輩の手を振り払い、わたしは跳躍してその場を逃れた。 先輩が追ってくる事は無かった。 どうせ失敗するとわかっている、とでも言いたげな態度だった。 苛立ちと焦燥と、胸をかきむしるような絶望に、足を縺れさせながら、わたしはイタチの元を目指した。 「もう諦めなさい」 あれから何度目の世界だろう。 もう数え切れないほど何度も、わたしはこの人とすれ違った。 「先輩の方こそ、諦めてください」 わたしがイタチを諦めることを、諦めてほしい。 もう、放っておいてほしい。 先輩だって何度も、時間移動を繰り返していたら身体が持たないはずだ。 「諦めないよ」 だけどカカシ先輩は、困ったように笑う。 「諦められないんだ。……お前と一緒だよ」 カカシ先輩がわたしの髪を撫でた。イタチとは違う、骨張った大きな手だ。 また救えなかったイタチの事を思って、涙が零れた。 「必ず、救い出してみせる……」 もう駄々をこねる子どものようでしか無いわたしの呟きを聞いて、カカシ先輩は怒るでもなく、またあの目でわたしを見るのだ。 慈愛に満ちた眼差しで。 円環する世界 20180108 |