シャリは人肌

確認の終わった書類を束にして、角をそろえていると、「もう14時だよ。お昼食べといで」と同僚に言われた。年度末である事と何らか関係があるのか、ここのところ任務の依頼が凄まじくたてこんでいて、受付所は目が回るような忙しさだった。同僚たち皆でわいわいランチを楽しんでいる余裕も無くて、私達はそれぞれ順番に昼休憩をとるようにしていた。

「皆もう行ったの?」
「うん。あとはハルだけ」
「じゃ、行ってこようかな」

お腹すいたぁ、と大きく伸びをしながら立ち上がる。

「何食べてきたの?」
「アタシ?うなぎー!」
「えっ……一人でうなぎ!?」
「たまには贅沢でもしないとやってられないよー」

同僚は席につくと、確認を待つ書類の大きな山を見て、ふうと息をついた。
確かに最近はお昼を食べている時ぐらいしか、心の安まる時間がない。

「うなぎかぁ。……私も何か美味しい物食べたいなあ」
「そういえば、回転寿司屋が雪の日サービスやってたよ」
「雪の日サービス?」



雪というよりみぞれのような雨が降っている。がたがたと震えながら傘を閉じ、同僚の言っていた店に入った。お昼には少し遅い時間帯のせいか店内はわりと空いている。こんな寒い日に寿司を食べようと思う人が少ないせいかもしれないけれど。

一人で回転寿司屋に入るのは初めての事で、何だかちょっとドキドキしてしまう。「お好きなお席にどうぞ」と言われて、何となく奥の方まで歩いて行き、コーナーの椅子に座った。ちらちらまわりを伺うと、一人で食事をしている若い忍の男性が数名いる他、職場の同僚同士だろうか、男女3人で談笑しながら食べている人達がいた。

湯呑みとおしぼりが運ばれてきて、店員のおばちゃんが「今日は雪の日サービスであら汁が無料です!すぐお持ちしていいかしら?」と聞いてくれた。「無料……!おねがいします」感激しながら頷くと、おばちゃんは「はーい!寒い中ありがとうねー」と愛想の良い笑みを浮かべる。

平日の昼間にお寿司って、何とも良い感じだ。さっそく流れてきたサーモンの皿を掬いあげ、自分の前においた。箸でつまんで、醤油をつけて口にいれる。お寿司を食べようと思い立った時から、待ちわびていたこの瞬間。(思い立ったのはつい15分ほど前だけれど)舌の上で蕩ける美味しさにうっとりする。刺身と酢飯、最高の組み合わせだ。美味しい物は脂肪と糖で出来ている。

おばちゃんが運んできてくれたあら汁を飲んで、体がほどよく温まってきた。それにしても寿司屋って野菜要素が一切無い。かっぱ巻を頼んでも大した野菜摂取量にはならないし、エビアボカドロールなどという亜種は論外だ。今日はカロリーとか気にするの止めよ。肉じゃないし魚だし、きっと大丈夫。魚の脂はなんか体に良かったはず。そして酢飯も良かったはずだ。多分。

回転寿司って、自分の心から好きなネタだけを食べられるところが最高だと思う。お母さんがたまに買ってくる出来合いの寿司折には、大して好きではないネタも入っていたりするけれど、腹を満たすために仕方なく食べるような所がある。それに引き替え回転寿司は、大好きなネタだけを連続して食べ続けたっていいわけで、その上、パックのお寿司よりもはるかに美味しい。自由度と満足度が高すぎる。

ひとり脳内で孤独のグルメを繰り広げていると、炙りサーモン握りがゆっくりと流れてくるのが見えた。「いらっしゃいませー」と先ほどの愛想の良いおばちゃんの声がする。「お好きなお席にどうぞ」その声を聞くともなしに聞きながら、目の前に流れてきた炙りサーモンのお皿を掬い上げた。足音が私の後ろを通り過ぎ、右隣に誰かが座る気配がした。けっこう席空いてるのにな、まあいいけど、と一瞬思う。私と同じく、店の奥の角っこを好む性質なのかも知れない、そんな事を思いながら、ちらりと横をみて、……あやうく声を漏らしそうになった。


(……はたけカカシさん!)

一度見たら忘れられないボリューミーかつ綺麗な銀髪と、ちょっと怪しい覆面姿の横顔。左目は額あてで隠されているので、こちら側からは表情を伺うことが出来ない。その出で立ちは、どこからどうみても、あの有名なはたけカカシ上忍だった。最近では上忍師として第七班の下忍達を指導されている。任務受付所で何度も顔を合わせているけれど、向こうは単なる受付事務の名前など覚えていない事だろう。お寿司を慌てて飲み込んだせいで噎せそうになる。粉茶を一口啜って心を落ち着けた。

「今日は雪の日サービスであら汁が無料なんですよ!すぐお持ちしますか?」
「ありがとう。……お願いします」

カカシさんがおばちゃんにお礼を言っている。声が低くてかっこいいなあ……!と全然関係ないことを思ってしまう。会話に聞き耳は立てても、声をかける勇気は当然ない。

カカシさん、お寿司のネタは何がお好きなんだろう……。それがわかれば、私はあとで職場に戻った時、『お昼食べてたらカカシさんが偶然隣に座ったの!』という自慢話にさらなるリアリティをもたせる事が出来るだろう。それでなくとも、憧れのカカシさんが何をお好きなのかとっても気になる。
ミーハー心が沸くけれど、箸が止まっていたら流石に怪しまれると思って、(いや、カカシさんは隣に座る赤の他人の挙動など気にしていないに違いないけれど)私は炙りサーモンをそっと摘まんだ。

「サーモン好きなの?」
「……!?」

突然話しかけられてサーモン握りが皿に落下する。どきどきしながら、横を向くと、カカシさんがにっこり笑ってこちらを見ている。

「あ、え、……さ、サーモンですか?」

緊張してどもってしまう。変なヤツだと思われたらどうしよう……。カカシさんは微笑んだまま、「サーモン二皿目みたいだから」と私の前を指さした。さっきの炙ってないサーモン握りが一つ残った皿と、先ほどゲットしたばかりの炙りサーモン握りの皿が、二つ並んでいる。

なんか……恥ずかしい……!

「……サーモンもすきですけど、まぐろもすきです」
「ふーん、そうなんだ」


カカシさんはふっと鼻で笑うと、レーンに視線を戻した。鼻で、笑われた……!

衝撃を受けていると、回転するレーンの内側に居る板前さんが「さぁ新鮮なヤリイカだよ!今が旬だよ!」と言いながら、五皿ばかりを寿司の列に追加した。
すぐに流れてきたその皿を、カカシさんが掬った。カカシさん、一皿目はイカを食べるんだ。可愛い……!と、よくわからない感動を覚えていると、「キミはイカ食べないの?」と聞かれる。
「イカですか?私は別に……」
嫌いでも好きでもないのでノーマークだった。イカの並びが私達の前をゆっくり通過していく。
「旬だってさ。美味しいんじゃない?」
「……じゃ、じゃあ」
通り過ぎていこうとした最後尾のイカの皿を慌てて掴んだ。テーブルに置いてから、ふと隣をみると、もうカカシさんの前にあったはずのイカが無くなっていた。あとには空になった皿が残されるばかりである。
「え……!?」
カカシさんの顔をみると、彼は覆面をしたまま、もぐもぐと口を動かしていた。この一瞬のうちに、二つとも食べたんだろうか。なんという速さだ。食事の時でも素顔を隠しているという噂は、どうやら本当だったらしい。
ちょっとだけがっかりしながら、自分のイカ握りを一つ食べた。

「……美味しい!」
「ね、美味いよね」

隣でカカシさんがにっこり笑う。
憧れのカカシさんと一緒にお昼を食べられるなんて。回転寿司万歳。

その後の私はまぐろ、イクラ、炙りまぐろを食べ、最後に茶碗蒸しまで食べた。食べ過ぎである。
カカシさんは、ちらちらのぞき見た結果によると、ぶり、まぐろ、かれい、こはだ、と色々食べている様だった。私の二倍は皿が積み重なっているのに、その覆面を引き下ろす瞬間は何故か一瞬ものぞき見る事ができなかった。実は覆面に切れ込みがあるんじゃないかと疑うレベルだ。

「はぁー、お腹いっぱい」
「それだけで足りるの?」
「え、結構食べましたよ……」

カカシさんが積み重なった私の皿の数を目で数えている。その顔が近づく。

(近い近い……!これ普通の距離感じゃ無い気がする!)

「ほんとだ、結構食べたね」
「……あはは」

どきどきしているのは私だけだ。当然だけど。
そうこうしているうちに、ふと時計を見るともう結構な時間がたっていた。

「はっ……!そろそろ戻らないと」
「そう。じゃ、またね、みやまさん」
「……はい!」

カカシさん、私の名前覚えていてくれたんだ……!しかも、またねって、またねってー!!

もちろん、仕事で顔を合わせるからそう言ったって事ぐらい、わかっているけれど。ひらひら手をふって微笑むカカシさんに、私は頭を下げて返した。




***


窓の外を粉雪が舞っている。

山の様な書類を片付けて、凝り固まった首まわりを解した。32歳で火影に就任してからもうすぐ半年が経とうとしている。優秀な補佐はいるものの、彼にはあちらこちらへ自分の代わりに飛び回って貰うことの方が多い。その為、事務作業は基本的に一人で、缶詰になって片付けていた。年度末が近づくこの時期は、来期のアカデミー入学生の保護者説明会だとか、上忍師が内定を出した下忍リストのチェックだとか、複雑怪奇な年末調整だとかにまつわる、あれやこれやで首も回らぬ忙しさだ。

綱手様は本当にこんな業務を一人で熟していたんだろうか。否、シズネが優秀だったのだろう。彼女は人の三倍は働くと聞く。シカマルが彼女と比べて優秀でないという訳では全く無いが、シズネは長年、豪胆な師匠の付き人を勤めてきた。先代にとっては得がたい財産だったに違いない。やはりオレも、書類仕事を専門に補佐してくれる有能な事務官を一人や二人、雇いたいところだ。

そろそろ昼飯にしようかなと思っていると、執務室のドアを叩く音がする。

「……どうぞ」

入室を促すと、顔を出したのはナルトとサスケの二人だった。

「カカシセンセー、たまには昼飯行こうってばよ!」
「……オレは寿司が良い」
「あ!?何言ってんだってばよサスケ、昼は一楽に決まってんだろ!」
「昨日も一楽だっただろうが!」

ナルトとサスケが仲睦まじく(?)言い争いをしている。
サスケは一昨日から里に戻ってきている。またすぐに出立してしまうと聞いていたから、短い滞在期間の間はナルトたち同期と過ごすのだろうと思っていたが、どうやらオレの事も思い出してくれたらしい。もしくはナルトが「カカシ先生にたかるってばよ」とでも言ったのかもしれないが。

言い争う二人を見ながら、こいつらももう18歳か、とふと思い、どうりでオレも年を取るわけだ、と思った。平和な光景にほのぼのとしつつ、「サクラはどーしたの」と聞いてみた。

「サクラちゃんはー、昼飯抜きで、なんかのウイルス調べるのに没頭してるってばよ」
「……あいつの集中力は凄まじいものがあるからな」

なるほど、声をかけたけど無視されたんだろうな。オレもたまに用があって医療忍者の研究棟に行くのだが、元教え子で今は優秀な医療忍者であるサクラも、そこに詰めている事があり、時々、声をかけるのもはばかられるような真剣さで、新薬の研究に熱中している姿を見かけていた。それにしても、ナルトはともかくサスケに声を掛けられても気づかないとは……先日依頼した新型ウイルスの解析結果は予想より早く上がってきそうだ。

「サクラちゃんは昔から思い込んだら一直線だってばよ」
「……」

色んな意味でナルトの言うとおりなんだろう。サスケは黙って頬を染めている。オレからしたら、お前ら三人とも、思い込んだら一直線のように見えるけれど。

「じゃ、寿司でも行きますか」
「えー、一楽じゃねーの?」
「雪の日サービスだから回転寿司ね」
「……回転寿司かよ。ケチだな火影」
「サスケなんか言ったかー?」


そんな会話をしながら男三人で入った回転寿司屋。昼時という事もあり、それなりに混み合っている。三人並んで座れるかな、と思ったが、奥の方には空席があったようで、すぐに通して貰えた。

「雪の日サービスでかに汁がつきますよ!すぐお持ちしていいかしら?」

今日はかに汁なんだなぁ、と思いながら、にこにこ顔のおばちゃんに聞かれてお願いしますと頷くと、「イケメンが三人も来てくれて嬉しいわ〜、寒い中ありがとうね〜」と笑われた。ははは、と頭を掻くオレの隣で、ナルトがえへへと素直に喜んでいる。その隣のサスケはツンとすまし顔だ。相変わらず愛想はあまりよろしくない。

「すっげー腹減ったってばよー!」
「ラーメンじゃなくなったけど良いのか?」
「オレってば寿司も好き!」

さっきまであんなに一楽を推していたのに、と思いながら、真剣に流れていく寿司の皿を見つめるナルトの横顔を見る。その向こうでサスケも、ポーカーフェイスを装ってはいるが、やはり真剣な様子でネタを吟味しているらしいのが何だか微笑ましかった。まだまだ18歳だもんなあ。何だか、休日に子供達を連れてきた父親にでもなった気分だ。いくつになっても教え子というのは可愛いものである。

「旬のブリだよ!絶品だよ!」

板前さんがかけ声と共に皿をレーンに並べた。すかさず三人同時に手が伸びて、三皿分の空きスペースが一気にできた。

「ブリうまいよねえ」
「何でも旬が一番美味い」
「みんなにつられてとっちまったけど、ブリってどんな味だっけ?」

ブリの味も知らないのか、とオレとサスケは思わずナルトの顔をみる。

「や、魚ってあんま食わねーからさ……」
「お前、家でも麺ばっか食ってんのか?」
「ハハ……カップ麺多めだってばよ」
「……忍の基本は体づくり、食は健康な体の基本中の基本だって前に教えたでしょうよ」

オレとサスケに睨まれて、ナルトが小さくなっている。……全く、火影に就任する前に料理くらいは教えてやらないとだな。
そうは思うけれど、そんな時間をとってやれそうもないくらい最近は忙しくてしょうがない。だからこうして、久しぶりに外へ連れ出してくれた教え子達には感謝している。

「ブリうめー!!!」
「叫ぶな」

教え子達の声にほのぼのしながら、オレは回ってきたエンガワに手を伸ばした。

「いらっしゃいませー、お一人様ですか?」

おばちゃんの声がする。かに汁を飲みながら温まっていると、足音が近づいてきた。

「あちらか、あちらのお席が空いてますので」
「はい」

聞き覚えのある声がして、はっと顔をあげる。
受付所事務のみやまハルだ。火影に就任してからは受付所に顔を出す事も少なくなり、随分と彼女の顔を見ていなかった。

「どうも」
「……火影様!お疲れ様です」

丁寧にお辞儀をするハルに、ナルトもサスケも挨拶をしている。オレの隣が空いていたので、勧めようとしたら一瞬遅く、ハルはサスケの隣の空席に腰を下ろした。

「……」
「カカシ先生変な顔してどうしたんだってばよ」
「お前ってたまに鋭いね……」

何となく面白くない。頬杖をついて項垂れていると、ナルト、サスケを挟んだその向こうに居るハルが「皆さんお揃いで、何だか懐かしいですね」と明るい声を出した。彼女は確か、年下のナルトやサスケには敬語を使っていなかったはずだから、今のセリフはオレに向かって言ったのだと思う。……オレの隣に座ったらいいのに。

「ハルちゃんは休憩か?」
ナルトの問いかけに、ハルはこくりと頷いた。
「うん。今の時期忙しいから、休憩時間かわりばんこなの」
「インフルエンザが流行って人手不足なんだって?」
サクラから聞いたのか、サスケが湯呑みを置きながら訊ねた。
「そうそう。今年は新型らしくって、医療忍者の皆さんが即効性のある薬を開発してくれてるらしいんだけどね……そういえばサクラちゃんは?」

ナルトとサスケはオレよりよほど自然にハルと会話しているな、と思いながら、目の前に流れてきた寿司を掬い上げた。何となく、会話に加わる糸口がみつからない。四人並んだ端と端じゃ、それなりに声を張り上げないと会話できないからだ。そんなに好きでも無いカッパ巻を取ってしまったことに気づいて、溜息を飲み込んだ。しかも一皿に六個も載っている。

「火影様……カッパ巻がお好きなんですか?」
「え……見てたの?」
「あ、はい……」

ハルが顔を赤くしている。何だろうその反応は。オレがにこりと微笑むと、ますます彼女の顔は赤くなった。……えー、可愛いんだけど。

「カカシ先生マジ変わってんな〜」
「そうだナルト、お前に半分やるよ」
「何でだよ!」
「ちょっとは野菜食べなさいって」
「ホントにちょっとじゃねーか!」

オレ達のやりとりを聞いて、ハルがくすくす笑っている気配がする。何だか悪い気はしない。

それから暫く、四人でもくもくと寿司を食べた。時々ハルの様子を伺うと、相変わらずサーモンとまぐろばかり食べていた。締めは今回も茶碗蒸しにするんだろうか。

「相変わらず食べるの速いですね…」
「そう?」

積み重なった皿を前に、少し食べ過ぎたなぁと思っていると、ハルにそんな事を言われた。

「どんだけ素顔見せたく無いんだよ……」

サスケに呆れたように言われる。

「えっ、サスケくんも見た事無いんだ?」
「オレも見た事ねーってばよ、もしかしてカカシ先生ってスゲー変な顔してんのか?」
「……どうだろうね」

適当にかわしながら素早く覆面をはいで粉茶を飲み、また元に戻した。

「はやすぎて全然みえねええええ!!」
「カカシ……写輪眼出すからもう一度飲め」
「そうしてあげてもいいけど、写輪眼でも見切れないから」

馬鹿みたいな会話をしているオレ達をみて、ハルはにこにこと笑っている。
忙しすぎて殺伐としていた今日この頃だったから、降って湧いた心癒やされる時間に、どうしたって顔が綻ぶ。改めて、ナルトとサスケに心の中で感謝した。

「私まで奢ってもらっちゃって、すみません、ごめんなさい!!」

何度も頭を下げるハルに「いいのいいの気にしないで。安いんだし」と言った。

「気にすんなってばよ。カカシ先生独身だし、すんげー収入あっても使い道ねーんだからさ!」
「ナルト、火影はお前が夢見てるほど高収入じゃないぞー」
「えっ!?そうなのかってばよ!?」
「ま……労働に見合ってるかって考えると、そうでもないよ」
「マジ!?」
「お前もじきに解るさ」

オレ達の会話を聞いて、ハルはまた優しく笑った。サスケも無表情に見えて、あれでも穏やかな表情をしている方だと思う。

ここにいる誰もが、次期火影がナルトである事を疑っていない。

まぁ、ナルトが十分な経験を積むまでは、オレがしっかり繋がないとな……。
午後の執務もがんばりますか、と大きく背伸びをする。

でも、書類仕事に限界を感じたら……やっぱり人を一人雇いたい。
できれば仕事が速くて、笑顔の可愛い子だとなお良い。

というか、ハルが良いな、と目をつけてはいるんだけれど……。

『事務の要として随分がんばってくれてるんですよ!本当に助かってます』

先日飲み屋でたまたま相席になったイルカ先生からも、彼女の評判を聞いたばかりだ。
人手不足だと漏らしていたし、今すぐ引き抜いたら……恨まれるだろうなあ。

まあ、おいおい……職権濫用のチャンスは訪れるだろう。

「皆で寿司行ったって知ったら、サクラちゃん怒るかな」
「声はかけたんだ、怒りはしないだろ」

仲良く話している教え子二人の背中を見ているとやはり癒やされる。
その後ろを歩くハルの背中に、声をかけてみる。

「ねえ、何でオレの隣に座らなかったの?」
「え……!?」

ハルはビックリした様子で振り向いた。

「……火影様より先にお皿をとるなんて……恐れ多くて」
「……ああ、なんだ。そういう事か」

寿司の流れてくる順番を考えた結果の、サスケの隣だったのか。
腹落ちした途端、何だか可笑しくなって、くすくすと笑ってしまった。

「火影様?」
「……その火影様っていうのはやめない?」
「え?……あ、失礼しました。カカシ様」
「カカシ様……それも悪くは無いけど……」

いつか、隣に彼女が座ってくれる日が来るだろうか。
そうしようと思えばいつでも、出来ない事も無いのだけれど。

ひとまずは、親友から託された夢を、しっかり熟していると言えるまでは。
彼女にカッコ悪いところを見られない程度になるまでは、一人で頑張るとしよう。
……何も、焦ることはないのだから。

のんびりとした気持ちで空を見上げた。
雪は止んで、雲間から細い光がさしている。

end.
20180225
(21/23)
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