散々苦しんだテスト期間が終わり、あっという間に二月が来た。二月といえばやっぱりバレンタイン。テレビのCMも、街のお店も、すっかりチョコレート一色である。
バレンタインか……。去年は部活の皆にチョコレートクッキーを焼いて配ったっけ。
『ついでにあげる。義理だけど』
おもいっきり嘘をつきながら、プラス、おもいっきり顔を背けながら、オビトにも渡した。……顔は赤くなってしまっていただろうし、手だって緊張して震えてしまったのに。オビトは義理チョコだということを全く疑う事無く、嬉しそうにその包みを受け取った。
『ありがとーな!』
そういって笑ってくれたのが嬉しくて、……それで、それだけで満足した。そういうことにして、あたしは家に帰ったんだ。
今年も二月がやってきた。
今年こそは、ちゃんとしたチョコを作って、オビトに渡してみようか。例え『義理だよ』なんて、素直じゃないこの口が言ってしまったとしても、これは本命だってわかるような、ちゃんとしたやつを。
はっきり決心がつかないまま、買ったばかりの新しい手帳を開く。一月始まりの手帳には、まだ少ししか予定を書き込んでいない。オレンジ色のペンで書いた予定を目で追っていて、……2月14日にたどり着く前に、あたしは小さく声をあげた。
どうしてこんな大切な日を忘れていたんだろう。
「鍋パーティ?」
「うん。10日って、リンはひま?」
放課後、内心ドキドキしながらリンに聞いてみた。月に数度しか無い、写真部の短いミーティングを終えた帰り道だ。リンは寒さでかじかんだ指を折り、曜日をたしかめてから、「うん、大丈夫。暇だよ!」と返事をくれた。
「やった!あのねその日……」
「あ、2月10日って……」
「そう!オビトの誕生日だよ。で、良かったら、皆で鍋パーティしない?」
「いいね!楽しそう!」
リンの様子を見て、ほっと息をつく。
あたしがオビトに特別な気持ちを抱いていることを、リンには話していなかった。多分、バレてもいないと思う。リンは何でも話せる親友だけど、どうしても、それだけは言い出せずにいた。
「今年はオビトに何をあげようか迷ってたんだけど……。そっか、鍋パーティっていうのも楽しそうだね」
「リンって、毎年オビトとプレゼント交換してるの?」
「うん。小さい頃からの習慣だから……でも、この年になって、やっぱりちょっと変かなあ」
リンは苦笑いしながら頭をかいた。
「変じゃないよ。……何だかちょっと羨ましいけど」
「え?そう?」
「あたしには幼馴染いないからさ、なんかいいなって思うよ」
あたしは目線を、長く伸びた自分の影に落とした。足元からにょっきり生えた黒い影が、自分をあざ笑うように揺れているような気がした。
リンとオビトはただの幼馴染じゃない。実は、二人の家は隣同士なのだ。
はじめて知ったときは驚いた。そして、同時に納得もした。……時々、兄妹のように見えるリンとオビト。二人の自然な仲の良さには、そういう理由があったんだ。
だけど、二人はもちろん兄妹じゃない。
それに、リンがオビトの事をどう思っているかはわからないけど、オビトは……リンの事を女の子としてみている。はっきり聞いたわけじゃないけれど……オビトをずっと見てきたあたしには、痛いほど、それがわかってしまうんだ。
「リンは……」
「ん?」
リンはオビトの事、どう思ってるの?
何度心の中で問いかけただろう。
けれど、実際にこの質問をリンにしてみる勇気は、一度も出なかった。
もしもリンが、オビトを好きだと答えたら……。そう思うと、怖くて聞けなかったんだ。
まあ、もし、リンがオビトの事を好きじゃなかったとして、事態は何にも変わらないのだけれど。
だって、オビトの気持ちが変わるわけじゃない。だから聞いても、聞かなくても、結局のところ……。
「……」
「……晴ちゃん?」
押し黙ったまま、気付けば立ち止まってしまっていた。はっとしてリンの顔をみると、彼女は心配そうにあたしの事を見ていた。明るい茶色の瞳に、長い睫毛が影を落としている。
「……あー、あのさ、リンは何鍋が食べたい?」
無理やり話題を戻した。絶対、今のは不自然だったのに、リンは一瞬不思議そうにしたあと、すぐに微笑んで。
「カレー鍋かなあ。トマト鍋でもいいよ?」
そう言って、何も聞かないでいてくれた。
リンの優しさが嬉しくて、同時に、何も話せない自分の弱さが苦しかった。
心の内側で、どうしようもなく暗い何かが、じりじり音を立てている。
春には満開になる桜並木も、真冬の夕方は寒々しく、黒い枝を風に揺らしている。話しているうちに、もう分かれ道まで来てしまった。
続きは夜に電話で決めることにして、笑顔で手をふるリンと別れた。寒さで白い息を吐きながら、マフラーをぎゅっと巻き直した。自分から誘った鍋パーティーの予定は、すごく楽しみなのに。親友に何も話せずにいる事が、心を重くした。
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