「なーに怖い顔してんの」
「わっ」
自販機の前でジュースを選んでいると、いつのまにか横に立っていたカカシに声をかけられた。今はお昼休みである。リンを教室に残してジュースを買いに来たあたしは、一人になった途端、ぼーっとしてしまっていたらしい。
「びっくりした。いつから立ってたの?」
「いつからってさっきからだけど。お前、自販機見つめたまま、こーんな顔して固まってたよ?」
カカシが眉間に皺をいっぱい寄せて、あたしを覗き込む。
「そ、そんな顔してない!」
「いやいや、してたって。……まさかさ、これ買うお金が無いとか?」
「はっ?そんなわけ……」
「100円の缶ジュースを買うお金も無いなんて……晴ってかわいそーな奴だね」
カカシはわざとらしく、哀れみを含んだ声でそう言った。……激しくむかつく。
「だから!お金が無いなんて一言もっ――カカシ?何してんの?」
「ジュース買ってんの。見ればわかるでしょ」
カカシは100円玉を自販機に入れると、丁度あたしの目の前に有ったボタンを押した。ミックスフルーツヨーグルトテイスト。ここのところの、あたしのお気に入りである。がちゃん、と音がして缶が落ち、カカシがそれを取り出した。ピンクとオレンジの水玉模様。あまり、男子高校生には似合わない缶だ。
「それすっごい甘いよー?カカシって甘いの好きだっけ?」
「あー……。押し間違えた」
「へ?」
「これ飲む?」
カカシが缶をもった右手を、いきなりあたしの前に近づけた。わ、と言って避けたのに、水玉模様の缶はそのまま迫ってきて、あたしの目の前でぴたりと止まる。
「いらないならいーけど」
「え、いる、いります!!」
ひょいっと引っ込められそうになった缶を、慌てて掴んだ。慌てすぎて、ひったくるみたいな勢いになってしまった。恥ずかしくなって下を向くと、頭上でクスクス笑う声がする。
「必死すぎでしょ」
「……」
何か、良いオモチャにされてるような気がする。でも……。
「……ありがと」
目をそらしたまま、お礼を言った。
カカシがボタンを押し間違えるわけ無い事ぐらい、わかっていたからだ。
ぼーっとしていたから、心配してくれたのかな。
カカシの優しさが嬉しくて、照れくさかった。
冷えた缶ジュースと裏腹に、心の中がじんわり、あたたかくなる。
あたしは財布から小銭をとりだして、自販機にひとつ投入した。
「へ?……まだ飲むの?」
呆気にとられているカカシの声を無視して、目当てのボタンを押した。
「もしかして晴が飲みたかったのって別のやつだった?」
ちょっと焦ったような声。やっぱりあたしの為に買ってくれたんだ。つい、にやけそうになる口元を抑えつつ、しゃがんで、がちゃんと出てきたその缶を取り出した。
「はい。あげる」
「……え?」
「押し間違えたの!」
カカシは黙って、あたしが差し出した缶を受け取った。無糖のストレートティーだ。確かこの間、カカシがそれを飲んでいたのを見た。
「……何だ。お金あったんだ」
「買うお金が無いなんて、一言も言って無いし」
「ふーん。……お前ってさあ」
「……何?」
「……ま、いいけど」
カカシは缶を手の中で転がして、それからふっと微笑んだ。
カカシの言いたいことはわかるよ。
ジュースを買って貰ったなら、黙って受け取っとくのが、可愛い女の子のやることだよね。……でも、だって、嬉しかったんだ。
あたしも笑ってカカシを見ると、気持ちが伝わったようで、カカシは何だか機嫌が良さそうな声で「じゃ、もらっとくよ」と言った。
カカシにストレートティーをわたしたところで、結局のところプラスマイナスゼロなんだけど。それでも、少しでも、伝わってくれたなら嬉しい。
何も言わなくても、落ち込んでいる事を見抜いてくれたこと。
何も聞かないで、優しくしてくれたこと。
それが、どんなに嬉しかったか。
「眉間の皺消えたね」
カカシに指をさされる。
「そー?」
声が明るくなるのを隠しもせずにそう答えると、あたしは教室のほうへ歩き出す。
足取りも、なんだか軽い。
後ろからついてくるカカシが「へんなヤツ」って言って小さく笑った。
こら、聞こえてるから!
「そういえばカカシ、2月10日って暇?」
「2月10日?」
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