暖かく落ち着いた雰囲気の店内は沢山の人がいるけれど、テーブル同士の間隔が充分とられているから、ゆったりとくつろげる雰囲気だった。
店名のかかれた紙ナプキンとにらめっこをする。
『ama・gri・ama』って何語だろう?
「南口にこんなカフェがあるの知らなかった。カカシは良く来るの?」
「良くって訳じゃないけど、時々来るよ。知り合いがやってる店だから」
「へぇ、そうなんだ」
そういえばさっき、「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた女の人が、カカシと目が合った時、営業用スマイルから親しみのこもった笑顔にかわったように感じた。会釈するカカシを見て、知り合いなのかな?とは思ったけれど、やっぱりそうだったんだ。
「お待たせしました。お先にお飲み物、ホットミルクティーとブレンドコーヒーです」
先ほどの女の人が、ポットとカップ、ミルク壺をあたしの前に並べてくれた。
長くて綺麗な紅い髪を、頭の後ろでひとつにまとめている。優しそうな翡翠色の瞳と目が合って、にこりと微笑まれた。どきっとしてしまうほどの美人だ。白いシャツに、黒いエプロンがとても似合っている。
カカシの前にブレンドコーヒーのカップを置くと、女の人はすぐには立ち去らず、ニヤニヤした表情でカカシに話しかけた。
「かわいい彼女さんね。カカシくんが女の子を連れてくるなんて、初めてだってばね!!」
話の内容にも、綺麗な顔からは想像できないちょっと変わった語尾にも驚いて、あたしは持ち上げていたポットを取り落としそうになった。
「ち、ちがいます!!あたしはカカシの彼女じゃなくて……」
「あら、そうなの?」
「この子はクラスが一緒の友達で、リンやオビト達とも友達なんです」
カカシが冷静に言う。店員さんは、「そうなの…てっきり…」と唇を尖らせて、何だかがっかりしている。どういうお知り合いなんだろう?
「この人はクシナさん。この店の店主がオレの知り合いで、その人の奥さんなんだ」
「あ、あたしは睦月晴って言います。……夫婦でお店をされてるんですね!素敵だなぁ。お店の雰囲気も、とっても素敵です!」
「ふふ、ありがとう。晴ちゃん、ゆっくりしていってね」
柔らかく笑うクシナさんは本当に綺麗な人で、温かい雰囲気がした。カウンターの奥へ帰っていく後ろ姿を見ながら、あたしもあんな風に綺麗で、優しそうな女の人になりたいな〜、なんて、叶わないことを想った。
「そういえばカカシ、今日はマスクしてないね」
「ん。休みの日だしいいかと思って。親父に見つかると色々うるさいんだけどね」
カカシのお父さん、元気かなぁ…と思っていると、
「お待たせしました」と男性の柔らかい美声が聞こえた。
「和栗のモンブランと、チーズケーキです」
運ばれてきたケーキにみとれたあと、持ってきてくれたその人をちらりと見上げて、……あたしは言葉をなくした。
白いコックコートを着たその人は、さらさら揺れる金髪に、青い眼、白い肌をしていて、どこか中性的な顔立ちがこわいくらい整っていた。爽やかな笑顔を浮かべていて、比喩じゃなく、キラキラしている。
「王子様……?」
思わず呟いたあたしに、「ん?」と優しく返してくれた。
本当に、おとぎ話の王子様そのままの美青年だ。
こんなかっこいい人、現実でみたことない。フォトショップも使わずにこんな綺麗な肌……ありえるの?
「カカシがチーズケーキ、お嬢さんはモンブランであってる?」
お嬢さん……お嬢さんだって!!
尋ねられても口をパクパクさせるだけのあたしに変わって、カカシが「そうです」と短く答える。
その声が何故だか不機嫌で、はっとしてカカシの方をみると、本当にぶすっとした顔をしていた。何を怒っているのだろう。でも、そんな表情のカカシもやっぱり綺麗な顔をしている。……今日は美形に囲まれる日なんだろうか。
「カカシが顔を出してくれるのも久しぶりだね。正月に会って以来か」
「しばらくテストやなんやで忙しくて、なかなか来れなかったんです。……今日は久しぶりに近くにきたので」
「カカシくんがかわいい彼女を連れてきたーってクシナが騒ぎにきたよ。本当に可愛い子だね。はじめまして、波風ミナトと申します」
「は、はじめまして!睦月晴と申します」
またもやカカシの彼女と勘違いされている……という事以上に、可愛い子だね、と社交辞令でも王子様に言われてしまったことに、あたしは舞い上がっていた。
「ミナト先生は数年前まで小学校の先生をしていて、オレが小学生の頃の担任だったんだ」
小学校の先生だったんだ。……こんな先生だったら、あたし毎日学校に行くのが楽しみになっちゃうよ。
「カカシとオビトとリンは、昔から本当に賢い子達でね。今でも仲が良いんだろう?」
「まぁ……。今年は全員同じクラスです。最近晴と四人でオビトの誕生日を祝いましたよ」
「あ、オビトとリンも、ミナトさんの生徒だったんですね!!」
ミナトさんは頷いて「飲み物が冷めてしまうからどうぞ、ケーキも食べてみて」と優しく勧めてくれた。隣のあいた席からイスを一脚ひきよせて、テーブルの長辺に向かって腰掛けた。
それから、少しだけカカシ達の小学校時代のエピソードを聞かせてくれた。主にオビトがカカシにくってかかり、カカシがそれを冷静にながし、リンが宥めていたという話で、あたしはそれを楽しく聞き、カカシは少しふてくされたり時々笑ったりしながら、懐かしそうに相づちを打っていた。
ミナトさんは数年前に教師を辞めて、パティシエを目指して勉強し、いくつかの店で修行を積んだ後、去年ようやくこの店を開いたのだという。
モンブランがとても美味しくて、一口食べてみて驚いた。
「学校の先生からパティシエって、大転換ですよね」
「そうだね。……学校の先生も、本当にやりたかった事だったから、せっかく叶った夢なのに辞めていいのかって、随分悩んだんだけど。でも、こういう店を持つことが、小さい頃からのもう一つの夢だったんだ。……一度しかない人生だから、後悔したくないなと思ってね」
「小さい頃から、お菓子づくりが好きだったんですか?」
「うん。作るのも食べるのも大好きだった。でも一番は、いつも近くにいた子が、美味しい美味しいって食べてくれたから……彼女の喜ぶ顔が嬉しくて、あれこれ作るようになったんだよね」
ミナトさんはそう言って、幸せそうに笑った。……さっきカカシは、クシナさんの事を店主の奥さんだと言っていた。すると、ミナトさんのいう『彼女』はクシナさんの事なのだろう。……はああ、素敵すぎる。絵に描いたような美男美女の夫婦だなぁ、とにやけてしまう。
「とーちゃーん!!かーちゃんが、いそがしーからてつだってって、よんでるってばよー!」
店の奥から小さな、金髪の男の子がかけてきたかと思うと、座っているミナトさんの膝にとびついた。
振り向いた男の子は青い目をしていて、ミナトさんにそっくりだった。男の子はカカシに気づくと「あー!!かぁしだー!!」と舌っ足らずに叫んで、今度はカカシの方にきて、足の上によじ登った。
「ナルト、久しぶり」
3才か4才ぐらいだろうか。カカシがナルトと呼んだ男の子は、カカシの膝の上に座って、小さな足をぱたぱたさせて喜んでいる。……かわいい。
ミナトさんが「ナルト!人の上に乗らないの」と叱るけれど、ナルトくんは「やだってば!」と顔をそむけた。
カカシが笑いながら、「大丈夫ですよ。それより先生、クシナさんの方へ行ってあげてください」と言う。
「すまないねカカシ…」
ミナトさんは立ち上がって、あたしに向かって、「晴ちゃん、カカシを宜しくね」と頭を下げた。
……あ。カカシの彼女だという誤解をとき忘れてしまった。
「うずまきなるとだってばよ!!」
カカシの膝に乗ったまま、元気に自己紹介してくれたナルトくんは、ニカーッと太陽みたいに笑った。
さらさらの金髪に、大きな丸い眼は青空をそのままうつしたみたいな色。小さな鼻と唇がとても愛らしい。うずまき模様のオレンジの長袖シャツとハーフパンツという元気いっぱいの服装が似合っている。
「あたしは睦月晴だよ」
「晴!」
「そう、晴!」
ナルトくんは覚えたての名前をなんども繰り返す。もう、めちゃめちゃ可愛い。
「ナルトくん、いくつかな?」
「なるはね、えっとね、こうだってばよ!!」
小さなおててが、二本指をたてる。
「えっ、2さい!?」
「うん!!にさいだってば!!」
「ナルト、お前たしか3才だぞ」
カカシが突っ込むと、ナルトくんは、
「あー、まちがえたってばよ!!……いち、にい、さん…。なる、さんさいだったってば!!」
と言いながら、ちいさな指を折って数えた。天使なの……?まだ3さいなのに、こんなにしっかり話せるものなんだなぁ。
「ナルト、チーズケーキ食べる?」
「たべる!!ちーずけーきだいすき!!」
カカシは残っていたチーズケーキをフォークで突き刺すと、ナルトくんの口につっこんだ。
自分の口よりおおきなそれを押し込まれたナルトくんは、小動物みたいにもぐもぐ口を動かしている。
ああ、ほんと可愛い……癒される。
ごくんとケーキを飲み込んだナルトくんは、きゅうっとカカシに抱きついた。
「かぁし、だいすきだってばー!!」
う、羨ましい……!!
カカシは無表情を装っているけど、明らかにデレデレしている。
そして、心なしかドヤ顔であたしをみている。……あたしだってナルトくんに抱きつかれたい!
「ナルトくん〜?お姉ちゃんのモンブランも食べる〜?」
「もんぶらんくれるってば!?」
ナルトくんはぴょんとカカシの膝から降りると、こちらにとてとてやってきた。
カカシがちょっと不服そうにしていて笑える。
大きめに切ったモンブランをナルトくんの口に運ぶと、ぱくっとフォークに食いついた。
みるみる幸せそうな顔になるのが、もうかわいくてしょうがない。
「晴ちゃん、だいすきだってば」
そんな事を言われてぎゅうっと抱きつかれたらもう、あたし、何かに目覚めそうでやばい。
カカシが不機嫌そうにこちらをみている。あたしはドヤ顔をしかえしてやった。
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