「晴」

……。

「晴って!」
「……ん」
「ほんとお前って良く寝るよな」
「……」
「そろそろお前当たるぞ」
「……うそ、あぶなっ、ありがとオビト!」

教科書を慌ててめくるあたしに、オビトが47ページ、と小声で教えてくれる。


何の因果か、今年もオビトと同じクラス、同じ教室、隣同士の席だ。ちらりとオビトのほうを見ると、オビトのほうも眠いのかあくびをしている。ちょっとあどけない表情が、かわいいな……って思ってしまう。

この想いを自覚したのは、正確にはいつだったのだろう。やっぱり、あの時だったんだろうか。

夢の中で見た、懐かしい光景。茜色の教室。
オビトの笑う顔、触れられた指の熱さ。

きっと、こんなに鮮明に覚えているのはあたしだけだ。オビトは覚えてすらいないだろう、あの夕方の些細な記憶。

あたしにとっては、夢に見るほど大切な記憶だった。


その恋がはじまった時。
あたしはまだ、何も知らなかった。


人を想う事の苦しさも、想われない切なさも。
オビトが昔も今も、たった一人のことを想っている事も。

それが、自分の親友であることも……。


あの頃は、何にも知らなかった。




前の方の席で授業を真面目に受けている、リンの背中が視界に入る。
ピンと伸びた、綺麗な背筋。女のあたしも憧れる、色素の薄いやわらかそうな髪。あたしにはないおっとりした優しい雰囲気。抱き締めたくなるような華奢な肩。

……真っ黒な何かに、飲み込まれそうになる。


ふと、三つ前の席で眠る、銀髪頭が視界にはいった。……また寝てる。

あたしもあんまり人の事は言えないけれど、昏昏と寝入ってる様子がおかしくて、口元が緩んだ。

「じゃー次。そこ訳して」

カカシの前の席の男子が、しどろもどろに答えている。
このままいくと、この次はカカシの番なんじゃ……。心配していると、隣の席の女子がカカシを優しく揺すって起こすのが見えた。もっとバイオレンスに起こせばいいのに。

目を覚ましたカカシは、隣の女の子にお礼か何かを言っている。その女の子が赤面しているのが、遠目にもはっきり見えた。……おおかた、カカシに優しく微笑まれでもしたんだろう。

すぐにカカシの番がまわってきた。

「……その国の誰もが、生活の質を高めるために何かを一生懸命やろうとしている。若い頃から経済学を学んでいた彼は、その国で……」

すらすらすらすら、どこかに解答があるんじゃないかってくらい淀みなく、カカシは英文を訳した。……容姿に恵まれているだけではなく、頭も良いなんて。あたしが男だったら、カカシに嫉妬していただろう。しかも、声もなかなかカッコイイので、なんとなく悔しくなる。

教師は少し不服そうに「よろしい」と言って、カカシを席に着かせた。カカシがさっきまで爆睡していた事に気づいていたのだと思う。『カカシくんカッコイイ……』という、女子達の隠しきれない黄色い悲鳴が、小さくあがった。

「ほんとにさっきまで寝てたのかな……」
あたしが呟くと、
「カカシは昔からああだからな……」
とオビトがつまらなそうに言った。またカカシの方に視線を戻すと……もう机につっぷして眠っている。

「寝るの早!!……でも、カカシってすごいよね。呆れるくらい」
「ああ……認めたくねーけど、天才だよな。努力してんのが馬鹿らしくなる。……つーか、晴」
「ん?」
「お前ってカカシと仲良かったっけ?名前で呼んでるの初めて聞いた」
「……」

何と答えたらいいやら、一瞬躊躇した。
まさか、オビトの事でよく話すようになった、なんて。当の本人に言えるはずが無い。

「ん……最近ちょっと、話すようになったんだよね」
「へー……」
「……あ、そうそうオビト」
「ん?」
「10日の放課後って空いてる?……やっぱり、夜は家でパーティーとかすんの?」
「10日?……って、オレの誕生日か。なに?祝ってくれんの?」

オビトが嬉しそうに笑ったから、心の中でほっと息をついた。

10日の夜はきっと楽しい夜になる。本当はサプライズにしたかったけれど、当日断られたら元も子も無いし……。

一体どんなパーティーにしよう。企画することすら楽しくて、今からわくわくして、顔が綻んだ。


prev next
back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -