あたしとオビトは、一年の時から同じクラスだった。



英文を朗読する声と、さらさらとペンを走らせる音、暖かい午後の日差し。

これで眠くならない方がどうかしている、五限の授業中。壁に掛かった時計の針は、さっきから止まってしまったんじゃないかってくらい、動くのが遅い。

授業が終わるまであと20分……。あと、半分以下……。心の中で唱えてみるものの、眠気が容赦無くおそいかかり、瞼が重くて開けているのがしんどい。頬杖をついていたあたしは、頭がかくりと傾く度に、半分意識を覚醒させる、……そんな危うい状態にあった。


とんとん、肩を軽く叩かれて、はっと意識を取り戻す。隣を見ると、オビトが真剣な目でこちらを見ていた。

……何?

目で聞くと、オビトは真顔のまま、すーーっと自分のノートを顔の横にたてる。

んん……?

シャーペンでうっすら描かれたそれを、目を細めて見つめたあたしは……。



「ぎゃははははははははッ!」

「こら!睦月!!」
「ひいっ!は、ハイ!」

いきなり先生に名前を呼ばれて、顔を正面に向ける。
クラス中から注がれる視線。
し、しまった……!

「何だお前。寝ぼけてたのか?」
「い、いや、その……」
「まあいい。ちょっとこの英文訳してみろ」

ひいいい…そんな…!全然聞いて無かったんですけど……!

「え、えーと……アン、イノセントパーソン、フーハズビーン……」
「いや、朗読しろと言ってるんじゃなくて。訳せといってるんだ」

どうしようどうしよう……。

パニックで涙目になっていると、「晴」とオビトの小声が聞こえてきた。そのまま、先生には聞こえないぐらいの絶妙なボリュームで、オビトが言った言葉をあたしは繰り返した。

「え……と、処刑された無実の人は、決して生き返ることはない」
「ふん、よろしい」

はあー、危なかったああ。おもいっきり脱力して、握りしめていた教科書を机に置いた。
先生がまた黒板に向かうのを確認してから、オビトの方を見た。

「さんきゅ、助かった」
「ん。……晴が急に笑い出すから、オレも笑いそーでやばかったわ」
「……そうだった。元はと言えばオビトのせいじゃん!」

小声で会話をしながら、オビトのノートを指さすと、ヤツはまたもや、あの絵をあたしに見せてきた。

くっ……何度見ても笑える……。

「いやー、上手くかけたからさ?晴にも見てもらおうと思って」
「ぷぷ……確かに上手いけど」

そこにあったのはゴリラみたいな似顔絵。……たった今授業している、英語教師の顔だとすぐにわかった。

「オビトって微妙に画力あるよね」
「だろ?美術の道にでもすすもっかなー」
「調子のんなっての……あんたはまだヘタウマレベルだから」
「いや、晴よりはマシだろ……お前の絵はホントに傑作だよなー」

この間の美術の授業で、あたしの描いた人物画を、オビトに散々爆笑されたのを思い出した。むかつくんだけど反論は出来ない。あたしの絵は自他共に認める下手っぷりなのだった。



オビトは、高校で初めて出来た男友達だった。

あたしは中学の頃まで、男子ってやつがどうも苦手だった。やつらは凶暴でうるさくて、何を考えてるのかわかんなくて、全く別の生き物のように思っていたんだ。

そんなあたしにとって、オビトは新しいタイプの男子だった。

オビトは人懐っこくて、隣の席になった途端、気さくにあたしに話しかけてきた。明るいヤツで、わりと単純で、思っていることがわかりやすいから安心して話せるし、ノリも良い。ひょんな事から同じバンドが好きだと言うことがわかってからは、もっと仲良くなった。『あのジャンルが好きなら、絶対晴もこの曲好きだと思う』とオビトが勧めてくれた曲は、本当に大好きになったし、音楽だけで無く、漫画の貸し借りも頻繁にした。男子で、こんなに話が合うなんて、はじめてだった。

オビトとあたしの席は、教室の一番後ろのベランダ側にある。授業中におしゃべりをするにはもってこいの席だったから、あたし達はしょっちゅうくだらない事を話していた。おかげで、二人揃ってテストで悪い点をとったときは、さすがに焦ったけれど……。


授業が終わって10分休みになった。六限もこの教室なので、特に人の出入りは無い。がやがや騒がしくなる教室で、あたしはオビトのノートをひったくると、傑作な似顔絵をあらためて、まじまじと見た。

「ふっ……もう……見れば見るほどヤバすぎだよこれ」
「だろー?……つーか何か喉渇いたな。売店いってくるわ」
「あ、じゃあついでにあたしにも買ってきてー」
「何でオレがお前にパシられなきゃいけねーんだよ……」
「いいじゃんいいじゃん、お金わたすからさ!」

しょうがねーなあ、と右手を差し出すオビトに小銭を預けた。

「えっとねー、紙パックの……」
「ストロベリーティーだろ?」
「えっ何でわかったの?」
「お前そればっか飲んでんじゃん。……晴ってハマると同じのばっか買いつづけるよなー」

そう言い当てられて、ちょっと赤面する。昔からの癖なんだよね。一個のものにハマると、そればっかり飽きるまで買っちゃうの……。

「いやーさすがオビト。あたしのこと良く見てるねー。愛の力?」
「なに寝ぼけてんだ。……じゃー行ってくるわ」
「ういうい。よろしくー」

オビトを見送って、あたしはうーんと伸びをした。

オビトとは、あんな冗談も言えちゃうような気のおけない仲だ。何とも思っていないからこそ『愛の力』とかも言えちゃうわけで。

それにしても、中学の時は男子が苦手だったのに、こんなに自然に話せる男友達ができるなんて。人間、どうなるかわからないもんだなあ。オビトの明るい人柄のおかげなんだろうけど。






「晴」

ん……?

「いーかげん起きろって」
「……うわあっ……!」

がばりと顔をあげると、茜色が眩しいばかりに飛び込んできた。人のいない教室が夕日に満たされている。目の前の席にはオビトがいて、こっちを振り向きながら、呆れた目であたしを見ていた。

「寝ちゃった、……」
「お前、ほんとに良く眠れるよなー。六限から爆睡してたぞ」
「……うわー、もうこんな時間なの?」

壁にかかった時計を見て悲鳴をあげる。

「もーオビト、何で起こしてくんなかったのさ……」
「何度も揺すったんだけどな……大口開けてイビキかいてる誰かさんを……」
「い、イビキ!?嘘だ!」
「嘘じゃねーよ」

オビトはくすくす笑いながら、あたしの机の上に乗ってた紙パックを持ち上げた。そのままストロベリーティーに口をつける。

「……オビトもそれ好き?」
「うん。美味いよな」

寝起きの喉は渇ききっていた。オビトから紙パックを取りかえすと、思ったよりも軽い。

「結構飲んだでしょ」
「何だよケチ」
「だって……このストロベリーティー美味しいんだもん」

ストローを口にくわえて、残りわずかなストロベリーティーを飲みほした。甘いけれどスッキリした飲み心地。ふー、幸せ……。

「晴っていつも楽しそうだよな」
「え?そう?」
「小さな事に幸せ感じて生きてそーなタイプっつーか」
「なにそれ……もしかしなくても馬鹿にされてる?」
「別に、馬鹿になんかしてねーよ」

オビトが屈託無く笑う。夕日が彼の黒髪を照らしている。

……ドキリ、心臓が音を立てた。

あれ……?

自分の心音をいぶかしんでいる内に、オビトの手が急に、こちら側へ伸びてきた。

な、なに……?

とつぜん左腕をつかまれて、腕の内側を、ぎゅっと親指で押される。

「え!!?何っ……?」
「いや、押したらさ、染みてくるかなーと思って」
「はあ……?」
「お前、紅茶飲みすぎじゃん。苺の匂いがしそー」
「……ば、馬っ鹿じゃないの!?」

慌ててオビトの手をふりはらうと「冗談だよ。何でそんなに怒ってんだ?」なんて、きょとんとした顔をしている。

悪気の無い様子に、一気に体の力が抜けた。
あたしのドキドキを返せ……!


ん?ドキドキ……?

え……あたし、こんな奴にドキドキしているの……!?
ただ、腕を触られたくらいで……。

「晴?」

頭を抱えて机に沈みこむ。

「まさかまた寝る気か?オレもう帰るからな……」

オビトが呆れた声でそう言った。

「……もしかして、あたしが起きるまで待っててくれたの?」
「まぁ、待ってたっつーか……ほっといたらお前、夜まで寝てそうだったし。んで、今日は部活も無かったしな」

顔をあげると、少しだけ照れ臭そうに頬をかくオビト。……いいとこあるじゃん。

「あー……何か腹減ったな」
「マックでも寄る?」
「晴が奢ってくれんの?」
「は?何言ってんの?」

笑いながら、二人並んで教室を出た。
茜色のとろりとした光が、机や椅子を染めていた。

そうだ、きっと、あの時にはもう……。


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