夏にぴったりだね、といって二人で買った青いグラスはあの日を境に消えてしまった。残されたオレンジのグラスと、代わりに買った緑のグラスを食器棚に戻しながら、小さな溜息をつく。ふとした拍子に碧が居なくなってしまった日々を思い出しては、消えない不安が胸をよぎった。特にこんな休日の、碧がいない朝には。 『一生一緒にいてほしい』 プロポーズの言葉はありきたりなもので、それでも、その言葉を口にするのには大分勇気がいった。目の前で碧が頷いてくれたときは心底嬉しくて……もう二度と離しはしないと、きつく彼女を抱き締めた。 碧の部屋より少しだけ広かったので、ひとまず、彼女がオレの部屋に転がり込んでくる形で、同棲生活が始まった。なぜ、今まで一緒に暮らさずにいられたのだろうと思うくらい、碧との暮らしは幸せだった。約束をしないでも、ほぼ毎日顔が見られる事の嬉しさ。朝起きて、隣に眠る碧の寝顔をいつまでも眺めていられる幸せ。入籍はまだしていないが、彼女と一緒にいられる日々は、信じられないほど幸せだった。 碧と初めて会ったのは、もう覚えていないぐらい昔の事だ。彼女は近所に住んでいるちょっとおしゃべりな女の子で、オレと同じく忍を目指していた。明るくて人懐っこい碧は、真反対の性格のオレにも臆せず話しかけてきてくれた。その頃のオレは、同じくらいの年齢の子供からは嫌味なヤツだと煙たがられる事もあったのに、彼女は全く気にしていないようだった。 碧は思ったことは何でも口にしてしまうタイプで、悪く言えば馬鹿正直、よく言えば素直な性格で、男女問わず人気があった。オレも例に漏れず、彼女の事をきっと、自覚もしない幼い頃から好きだったのだと思う。忍には向かなそうな明るすぎる性格だったが、努力家な碧はめきめきと、忍としての実力をつけていった。 オレ達は長い間、ただの幼馴染みであり、腐れ縁のような関係だった。碧に対する気持ちが恋愛のそれだと自覚するまでには随分時間がかかったが、想いを自覚してからも、臆病なオレは彼女に気持ちを伝えることが出来なかった。碧は気を遣わずに何でも話せる存在で、兄妹のようでもあり、親友のようでもあった。くだらない冗談や、口げんかも沢山した。些細なことでからかうと顔を真っ赤にして怒るのが可愛くて、言い過ぎて泣かせてしまった事もある。アスマからは『好きな子を苛めて楽しいなんてのは、十代のはじめぐらいには卒業しとくもんだ』と呆れられ、紅には『アンタもアンタだけど、碧も本当に鈍感よね』と溜息をつかれていた。 いつもみたいに二人で部屋で飲んだ夜、酔っ払った碧がオレにもたれかかってきたとき、ふわりと薫る甘い匂いに頭がクラクラした。潤んだ唇に目が行き、やわらかそうな胸の膨らみが手を伸ばせば触れられそうな程近くにあることに、突然心臓がどくどくと音を立てた。ずっと近くで見てきたはずなのに、急に随分と大人びて綺麗になってしまった彼女に気づいて、ごくりと唾を飲み込んだ。 碧はもう、そのまま眠ってしまいそうなほどぼんやりとしていたのに。 気づいた時には、その唇を塞いでしまっていた。 そのまま、碧の事を抱いてしまった。 知らなかった切なくて甘い声や、なめらかな肌の白さ、どこもかしこも柔らかい体を、夢中になって貪った。 ちゃんと告白もせずに抱いてしまったという事に気づいたのは、情けないことに、明け方碧が部屋を出て行こうとした時だった。慌てて碧を引き留めて、後ろから抱き締めた。「好きだ」と言うのが精一杯だったオレに、碧は「言うのが遅いよ」といいながら振り向いてくれた。涙に濡れた笑顔が、とても綺麗で愛しかった。 テーブルには一人分の朝食が用意されていた。冷めてはいるものの、きちんとラップがかかっている。温めた味噌汁と共にそれらを咀嚼しながら、任務に出ている碧の事を思った。夕方には終わると言っていたが、一緒に組む忍はまだ経験の浅い中忍ばかりのようだった。……大丈夫だろうか。 自分と同じ上忍である碧が、結婚したからといって忍を辞めるとは思わなかった。本音を言えば、あんな事があったのに、彼女がまた任務に復帰をしてしまったのは胸がざわつかないでも無かったが。オレのわがままで、彼女から仕事をとりあげるわけにもいかず……。単独任務に出なくなっただけでも良しとしようと思ったし、碧はあれから任務のことを詳しく教えてくれるようになったので、……少しだけ安心できるように、なったはずだ。 いや、本当は。結婚式を終えて入籍をすませたら、すぐにでも彼女を孕ませてしまおうと思っている。というか、最近はもう、碧が拒まないのを良いことにやりたい放題やってしまっている。婚約者という間柄になって、大分調子に乗っているオレに対し碧は「お腹の大きい結婚式なんてイヤ」と言う。碧の為にも自重をしなくては、と思うのだが、……ついつい今朝もやり過ぎてしまった。 「……」 今朝の碧を思い出すとムラムラしてしまい、温くなったコーヒーを飲んで気を紛らわした。一人でいるときにこんな気分になる事ほど虚しい事も無い。はやく帰ってこないだろうか。 遅い朝食の後は、部屋を片付けたり、忍具の整備をしたりしてだらだらと過ごした。今日は何度目かの誕生日なわけだが、碧に言われて任務を入れなかっただけで、特別自分で自分を祝おうなんていう気持ちにはならず、いつも通りの休日を過ごすしか無かった。付き合う前から何だかんだ、碧にはいつも祝って貰えていたよなと思いかえす。はじめて彼女に貰ったのは手作りのクッキーだった。きらきらした笑顔でわたしてくる碧に、甘い物が苦手だとはどうしても言い出せなかった。翌年からはオレの嗜好を知ってくれていて、甘くはないものをくれるようになり……付き合う前の数年は、雷の性質の術が書かれた巻物だとか、クナイのホルスターだとか、ある意味で甘くない物ばかりがチョイスされていた。オレも同じようなのを碧の誕生日にあげていたのだが。 付き合うことができてからは財布や時計を贈りあったりしていたが、付き合いが長くなるにつれて、お互いにネタ切れ気味になってきた。……結局の所、誕生日に一緒に過ごせればそれでいいのだと気づいた。 青いグラスの事件があってからは、なおさらそう思った。なんでもない毎日を、碧と一緒に過ごせる事それ自体がプレゼントだった。碧のいない世界に何も価値は無いのだから。 ……というような、自分でもひくほどの、重い愛情を碧に対して抱いている。 しかし、相変わらずオレは口下手なままで、碧からの溢れんばかりの愛情表現を受け取るだけ受け取って、自分からは、ほとんど返せずにいた。 碧の笑顔を見ていると、溶けそうなほど甘い言葉がおもいつく事もあったが……口に出す前に、やはり恥ずかしくて言えるわけが無いと、飲み込んでしまっていた。かわりに態度で示そうとした結果……『カカシって付き合って何年もたつのにガツガツしてるよね。そんなにあたしの体が好きなの?』などと言われてしまっている。 『体だけって……そんなわけ無いでしょ……』 『うん。わかってるけどね』 『……』 最近ではすっかり負けっぱなしなのが悔しい。せめてベッドの上では彼女より優位に立ちたい。なんて、オレは随分小さな男だろうか。 床に広げていた忍具を片付けて、何か本でも読もうかと寝室に入ると、ベッドの上に碧のパジャマが残されていた。淡い色のパジャマを手に取り、つい鼻を近づけてしまう。碧の甘い体の匂いが残っていて、余計に恋しくなった。 「あー…会いたい」 数時間しか離れていないのにこのざまだ。オレは病気なんだろうか。好きすぎて辛い……だなんて、アスマあたりに溢したらのろけんなアホ、とか言って殴られそうだ。ガイなら暑苦しく真剣に相談にのってくれるかもしれない。解決方法は見つからずいつもの勝負に持ち込まれるだけだろうけれど。碧には……もちろん言えない。 碧のパジャマを抱き締めながらうとうとしてしまったらしい。惰眠から目覚めると、既に15時をまわっていた。碧のいう夕方が何時に相当するのかはわからないが、まだ帰ってきてはいないだろう。順調にいけば、もう帰路についている頃か。ひとつ伸びをして、一日中家の中にいたと言えば、『誕生日なのに一人にしてごめん…』と碧が暗くなるかもしれないので、本屋にでも出かけることにした。 休日でも忍服に着替えてしまうのはもはや習慣というもので、いつもどおりの覆面と額あてをしていて良かったと思ったのは、オレの素顔を見たがっている可愛い教え子達にばったり道で出くわしたからだ。彼らから予想外に誕生日プレゼントを渡されたときは、素直に嬉しかった。 「えー……?お前らオレの誕生日なんて知ってたの?」 ニヤけてしまいながら包みを開くと、(青い袋にいれられたピンクの小包に黄色のリボンが結ばれていた)中から写真立てが出てくる。お前らにしてはまともなプレゼントじゃないの、とつい失言をしてしまったところ、案の定彼等からは散々ブーブー言われたが、 『碧さんと結婚するんですよね。結婚式の写真をとったら飾ってください』 『センセーみたいな変態と付き合ってくれる人なんてもう現れねーかもしれねーから大事にしろよな!』 『……フン。ちなみに選んだのはオレだ。こいつらは自分の好きなモノしか選ばなかったからな』 とするとサクラはあんみつ、ナルトはカップラーメンか?何だかんだ自分も教え子達のプロフィールが頭に入っていることに苦笑しながら、サスケが選んでくれたという銀色のフレームを見つめた。うん、シンプルでなかなかセンスがよろしい。 礼を言って三人と別れてから、本屋に行ったが買いたい本は特に見つからなかった。元々趣味は読書ぐらいしか無く、碧のいない休日は退屈だった。あてもなくふらふらと歩いて、ついいつもの習慣で待機所に足を踏み入れた。 「おうカカシか。今日は休み取って碧といちゃついてるんじゃなかったのか?」 「フラれちゃってね……暇してんの」 待機所には数名の忍が詰めていて、奥の席でアスマが煙草を吹かしていた。 隣に腰を下ろして、イチャパラを開くと「そういや誕生日だよな」とアスマに声をかけられる。「ん……」と返事をすると、「それでいつにもまして、碧に置いてかれて暗い顔してんのか」と笑われた。 「おめでとう」 「……ああ」 改めて言われて、なんとなく照れくさく思っていると、アスマは「でもこれからがスタートだって言うしな。がんばれよ」と笑った。そこではじめて、誕生日の事だけを言われたわけではないのだと気づく。そしてやはり、気恥ずかしくなって、オレは本に目を落とした。 「しかしお前ら……このまま行くと一生くっつかないんじゃねーかと思ってたが。何だかんだでまとまって……もう結婚だもんなあ。早いような遅いような」 「……人のこと心配してる暇あったら、おたくらもそろそろくっついた方がいいんじゃない」 アスマはごほごほと噎せながら、「お前……人の事なんてどうでもいいタイプかと思ってたが」と苦々しい顔をする。 「ま……あん時はマジで、碧はもう帰ってこないんじゃねーかと思ったが……ほんとに良かったよなあ」 「……」 その話題を出されて、苦い顔をするのは今度はオレの番だった。あの日々のことは思い出したくも無いし……アスマと紅には特に迷惑をかけた自覚がある。 伝令役の忍が息を切らして待機所に駆け込んできたとき、丁度オレは時計を見上げていた。そろそろ碧の言うところの夕方に相当する時刻なんじゃないだろうか、と脳天気に考えていたオレの耳に、その忍の声は切り裂くように飛び込んできた。 「カカシ上忍……!大変です、碧さんが……!!」 立ち上がったオレの横でアスマが何かを言っていたが、もはや何も耳に入らなかった。 「カカシ……大丈夫よ」 任務に出てしまったアスマの代わりに、病院の廊下でオレの隣に座っていてくれたのは紅だった。きつく握りしめた両手に、そっと手が重ねられる。紅の手は温かかったが、すぐにオレの体温のせいで冷え切ってしまった。 「ねぇ、顔が真っ白よ。何か温かい飲み物でも飲んだ方が良いわ」 「いらない……」 「カカシ。心配なのはわかるけど、……大丈夫よ。命に関わるような怪我じゃ無いんだから」 「……」 「怪我の程度はたいしたこと無いって聞いてるわ。幻術にかかって意識を失っただけで……綱手様の手にかかれば、すぐに解術してもらえるわよ」 「……紅、すまない」 自分が酷く、取り乱しすぎていることは承知していた。 碧だって上忍なのだ。任務に出れば怪我をすることも幻術にかけられる事も当然ある。これまでだって何度も、彼女は怪我をしてきたし、今回より酷い傷を負って入院することも何度もあった。それをこんな風に取り乱すなんて、自分はどうかしている。けれど……。 「カカシ、あの時とは違うわ」 「……」 「碧はちゃんと帰ってきてるじゃないの」 「……そう、だね」 紅が握ってくれている手に、ぎゅっと力がこめられる。同僚に連れ添ってもらっているという情けない状況にふっと我に返り、「ごめん……」と笑うと、紅はやっと安心したように笑い返してくれた。 ◇○△ こんなに幸せで良いのかな、と思うときがある。 「良いわよねぇ碧は……どんだけ飲んでも迎えに来てくれるダンナがいてさ」 泥酔しているアンコに絡まれながら「まだダンナじゃないし、たまたま近くで飲むっていうから今日は一緒に帰ろうかってなっただけだよ」と言うと、「いいわけしなくていいわよ!」と小突かれた。 約束の時間まであと15分。 「にしても……カカシって彼女にはどういう態度なの?まぁなんとなく想像はつくけど……独占欲強そうよね」 アンコがそう想像するような出来事が何かあったのかな、と聞いてみたくなりつつも、あたしは水に口をつけた。 少し酔いを覚ましておかないと、カカシにあれこれ小言を言われかねない。 「まぁ……確かに。カカシの愛が……ちょっぴり重たいときもある」 「っはあー、のろけてんじゃないわよー!」 「痛い痛い!」 ばんばん背中を叩かれて噎せていると、アンコは「でも興味あるわ。詳しく教えて」と坐った目で聞いてきた。 怖っ……と思いつつも、まあ酔っ払ってるからどうせ明日にはアンコの記憶から消えているんだろう、と思うと気楽な気持ちになって、あたしはここ最近のカカシの行動について話してみることにした。 まず、任務から帰宅すると本当にべったりでさ。あたしが料理してても漫画読んでても、ずーっと今日あった事とか細かく話してきて。むかしはわりかし無口だった気がするんだけど、一緒に暮らし始めてからかな?なんか結構、おしゃべりになってきたんだよね。まぁ、カカシの話を聞くのは楽しいからいいんだけどさ。でもちょっと、さすがに大好きなドラマを見ているときも話しかけられ続けるとちょっと、後にしてって思うかも。それに、お風呂場にもついてくるし。たまに一緒に入ってきたりするし……。休日だってさ、ちょっと洗濯物とりにベランダにでただけで、「どこにいるの?」って探されたりして、「洗濯物とりこんでるだけだよー」って言うと、まあ、手伝ってくれるからいいんだけど。でも手伝うほどの分量じゃ無いんだよね。なんていうか、ちょっと子どもみたいかも。独占欲は、強いのかなあ。はっきり言葉はいわない人だから、そのあたりはよくわかんないんだけどさ。ヤキモチ焼かせるような事はしてないと思うけど、もし妬いてたとしても、カカシは言わないんじゃないかな。でも、意地悪はされると思う。 「聞くんじゃなかった……」 げんなりした顔でアンコに吐き捨てられて、聞いてきたのはそっちでしょ……と思いつつ、顔が熱くなってまた水を飲んだ。 「めちゃくちゃ愛されてるじゃない。ずっとそばにいたいのね、何でも話したいのね……。姿が見えないだけで不安とか!どんだけなの!」 「……そうだね、愛されてるねあたし。ふひひ」 「くっそー、こうしてやるわ!」 アンコに両頬をつねられながら、けれど……とあたしは思う。 カカシに愛されているのはとても嬉しいけれど。やっぱりあの事件のことは、カカシにとってトラウマになってるんだろうか。 そうだとしたら、カカシはいまも不安な気持ちになることがあるのかもしれない。 もうカカシの事を置いていなくなったりしないよって、カカシに安心して貰いたいけれど……どうすれば、彼を安心させることができるんだろう。 そんな事を考えていたのはほんの数日前の事だったのに。 あたしはカカシを安心させるどころか、またやらかしてしまったらしい。 目が覚めるとそこは病院で、病室には真っ白な顔をしたカカシと、ほっとした様子の紅が並んでたってあたしを見下ろしていた。 「……あれ、あたし」 「……碧」 すぐにカカシに、布団ごと抱き締められてしまう。 ちょっと、紅いるよ……!?と思いながらも、カカシの体が震えている事に気づき、あたしはそっと彼の背中に手をまわした。 「良かったわ。私はもう帰るわね」 「紅ありがとう……」 病室を紅が出て行く音がして、「カカシ、起きたい」というと、カカシはやっと腕の力を緩めてくれた。まだ不安げな表情をしているカカシに胸が痛くなりながら、そっと体を起こす。腕に包帯が巻かれているくらいで、大きな傷は無いようだった。幻術をかけられて意識がぶっ飛んだという事を思い出して、自分の迂闊さに舌打ちをしたくなる。 「あたし…ヘマしたみたいだね」 「……目が覚めたら、帰ってもいいって綱手様は言ってたけど」 「うん。立てそうだし、帰るよ。……ごめんね、カカシ」 まだ強張った顔をしているカカシの手を、ぎゅっと握る。大きな手が冷え切っていて、本当に心配をかけてしまったんだな、と思って、もう一度謝った。 「あ……!今何時?」 「今?……21時だけど」 「カカシの誕生日が終わっちゃう!」 あわててベッドから降りると、ちょっとだけふらついたものの、体は全然元気だった。 「誕生日とか……もうどうでもいいよ」 「どうでもよくなんかないよ!ああ、お店予約してたのに……!高級ディナーがパーだよ!」 「予約してくれてたんだ……ありがとう。でも」 カカシにぎゅっと抱き締められる。 「オレはお前がいてくれたらそれでいいんだ。お願いだから、いなくならないで」 「……もういなくならないよ」 「オレより先に死なないでね」 「うん、わかった!」 「フッ……そんな簡単に返事しちゃっていいの?」 やっと笑ってくれたカカシにほっとしながら、体を離してカカシを見た。 さっきよりは血の気が戻ったカカシの顔をじっと見つめる。 「女の方が平均寿命も長いし……命の危険があるような任務は最近入れてないから大丈夫だよ!今回はちょっとヘマしたけどさ」 「そういう任務がお前にいかないようにオレが根回ししてるからね」 「えっ……」 あたしの知らないところでそんなことをやっていたのか……。悪びれもせずそんな事をいうカカシにびっくりして、次の言葉が一瞬でなくなる。 「……でも、万が一って事もあるし、やっぱり不安はつきないよ」 「一度グラスになったのにこうして人間に戻れたんだよ?あたしって超強運だと思わない?」 「グラスになっちゃう時点で運が悪いとは思わないんだ?」 「……」 言い返せずにむくれたあたしをみて、カカシがクスクスと笑っている。 「とにかく、カカシの事を一人になんてしないからね!一生一緒にいるからね!」 「うん……ありがとう」 カカシの手に頬を包まれて、優しい口づけを落とされた。 「……帰ろうか」 「うん。……ディナーもう無理かな……」 「何時から予約してくれてたの?」 「19時」 「あー……それは」 カカシと手を繋いで病室を出る。繋いだ手の力がいつもよりも強くて、やっぱりあたしは申し訳ない気持ちになっていた。 確かに反省はしていたけれど。 「こんなに何度も……怪我人にひどいよ……」 「何言ってんの。腕の傷、たいしたことないでしょうよ」 あんなに心配していたくせに! ベッドの上でもう動けない、と思いながら、あたしは余裕の態度で水を飲んでいるカカシを見上げていた。 いま何時なのか、時計を見ないとわからないけれど、たぶんもうカカシの誕生日は終わっていると思う。 帰ってきた途端すぐに寝室へ運ばれてしまい、今晩だけで何回カカシに抱かれたのか……あたしは途中から数えることを放棄した。 「……今朝もしたのに」 「あんなんじゃ全然足りないって言ったじゃない。誕生日なんだからいいでしょ」 「誕生日じゃ無くてもいつもしてるでしょ……それに、プレゼントわたしたかったのに」 「高級ディナー?」 「それもそうだけど。……まあいいや、明日の朝渡すね」 「何だろう、楽しみだな」 大した物では無いんだけれど、カカシ……喜ぶと良いなぁ。にやにや笑っていると、カカシが優しく頭を撫でてくれた。とても気持ちよくて、事後のつかれもあって、なんだかすごく眠たくなってきた。唇に、頬に、じゅんばんに落とされる優しい口づけにたまらなく幸せな気持ちになり、額に唇が触れる頃、あたしはついに眠気とあらがうことを諦めた。 その晩ふっと目が覚めて。 目を開いたらすぐ目の前に、カカシの顔があって、ふっと彼が瞼を開けたので驚いてしまった。 「……起きてたの?」 「……いや、さっきまで寝てたけど」 カカシの言葉は嘘では無かったようで、彼はだいぶ眠たげな声をしていた。 「碧が……あんまりしずかに寝てるから不安になって」 「不安って……?」 「息してなかったらどうしようって、たしかめてた」 カカシの言葉に胸がぎゅっと痛くなって、あたしは彼を抱き締めた。 「何言ってるの……ちゃんと息してるよ」 「うん……」 カカシの事を抱き締める。いつも彼が、そうしてくれるみたいに。 あたしの心臓の音とカカシの心臓の音が緩やかにとけあい、トクトクと耳に心地よく響いた。 こうしているとすごく安心する。カカシも同じだったのか、やがて彼の方が先に寝息をたてはじめた。 いつも心配ばかりかけてごめんね。 眠る彼のおでこにちゅっと唇を寄せて「愛してる……」と囁いてみる。 カカシの穏やかな呼吸の音を、いつまでも聞いていた。 こわくなるほど幸せな夜 end. 20170917 |