誕生日には絶対任務をいれないでね、と言ったのは彼女の方だった。 だから夕飯を食べ終えた後、碧が申し訳なさそうに手を合わせ、 「ごめんカカシ…実は15日に急遽任務が入っちゃって」 と言ってきた時には、正直なところ少しだけ、いや、大分むっとしてしまったと思う。 「……任務じゃーしょうがないね」 全然しょうがないと思っていないような声色が出てしまった。 碧はびくりと肩を震わせて、「本当にごめん……」とか細い声を出す。そんな様子に溜息が出て、自分でも大人げないな、と思った。誕生日だからといって、殊更ありがたがるような年齢でも無いのだから。 それで今夜の夕食は、オレの好物ばかりが並んでいたのか。 秋刀魚が若干こんがり焼けすぎていたのは、どう切り出そうかと悩みながら料理していた為だったのだろう。 泣き出しそうな顔で怯えている碧は、正直言って物凄く可愛かった。 わざと、もっとふてくされてみて、彼女がもっと困る顔が見たい……などという、昏い欲望が頭をもたげるくらいには。 いや、よそう。あまり苛めすぎると却って後が怖い。 間違っても碧を失いたくはないし、何事も、ほどほどが肝要だ。 けれど、つい先日の記念日にも、碧は任務を入れてしまったのだ。 同僚に頼まれて、断り切れずに引き受けてしまったのだという。 昔から碧は、頼まれたら断れない根っからお人好しな性格だった。 そういう所が、彼女の良いところでもあるのだけれど。時には、はっきりと断ってもいいんじゃないの、と思う。 とはいえ、今回の任務は碧が指名されているらしい。 誰かに代わって貰うわけにもいかないようだった。 任務の概要を聞くと、たしかに碧の得意分野が生かされるような内容で、危険度はそう高く無さそうだったので、ひとまずほっとした。 オレと碧は先日、恋人同士から、婚約者同士に昇格をしたばかりだった。左の薬指にはめるものだと思い込んでいた指輪は、婚約中は右の薬指にはめるものだそうで。大きめのダイヤがついた指輪が、碧の右手で光をはなっているのを見る度に、なんともいえない幸せな気持ちになる。はやく式を挙げたいところだが、準備にはまだまだ時間がかかりそうだ。碧が希望することならば、何でもかなえてやりたいと思うので、最近では休日の度に式場見学に忙しいのだが、嬉しそうにしている碧を見ているのはオレも嬉しい。……などと、あまり口には出せないものの、いつも思ってはいる。 そういうわけで、オレ達は婚約者同士という間柄なのだけれど。通常は、上忍たるものお互いの任務の内容には深く首をつっこまない、というのが暗黙のルールとされている。 ただし、碧には前科がある。 ……思い出したくも無いあの出来事……彼女が表向き、行方不明になっていたあの事件以降。 碧は、里外の任務に出る際は、話せる範囲で任務の概要と大体の場所を、オレに報告してくれるようになった。 任務の内容を把握したがる彼氏なんて、独占欲が強いと敬遠されてもしかたがないのだが、 なんといっても、あんな事があったのだ。 過敏になってしまうのは仕方の無い事で……オレの心配性は碧も重々承知してくれているようだった。 最近では、任務に限らずあれこれと、日常の細かな事を話してくれる。 もちろん、昔から碧はおしゃべりな方ではあったけれど。……どんなに疲れていても、とりとめない碧の言葉の雨に打たれていると不思議と癒やされて、居心地が良かった。まぁ、おしゃべりがすぎるときにはその唇を塞いでしまったが。 「カカシ、ほんとにごめんね。今回もね、その、夕方には終わるから…夜は外食しよう?」 「ん……それでいいんじゃない」 上目遣いで見上げてくる碧が可愛くて、わざと素っ気ない返事をしてしまう。碧はますます困った顔をした。 笑ってしまわないように気をつけながら、「疲れたから横になる」と言うと、碧は目に見えて慌てふためいている。すたすたベッドに向かうと、小走りでついてくる足音がした。あぁ、可愛い……。そう思うのに、素直じゃ無いオレは何も言わず布団にもぐりこむ。 「か、カカシ……」 「んー……」 「眠たいの?」 「うん」 「……怒ってる?」 「……べつに」 「嘘だ。怒ってるよー」 「……」 頭までかぶった布団の中、にやけてしまいながら……そろそろ「おいで」と言ってあげないと碧が泣き出すかも知れない、と思って、「おい……」と言いかけた言葉は、ふいに襲われた衝撃で喉の奥に飲み込まれた。 「カカシー……許してよ」 布団越しに、碧の体温を感じる。どうやら思いっきりダイブされたらしい。舌噛みそうになったでしょうよ。 「ねぇ、カカシ……」 「……」 「黙ってると……襲っちゃうよ?」 一体どんな風に襲ってくれるんだか、と期待していると、碧が布団の上からぎゅうっと苦しいくらいに抱き締めてきた。 こんなんじゃ襲ううちに入らないっての。 突然布団をまくりあげて起き上がると、オレの上でバランスを崩した碧は「わっ」と色気の無い声をあげてベッドから落ちかかった。抱き寄せて、ぐるりと体を反転させて、ベッドに碧を縫い止める。いつも通りのながめに、オレはにんまり笑った。 「オレを襲おうなんて百年早いよ」 見下ろした碧は真っ赤な顔をしていて、やっぱり思った通り、瞳に涙を溜めていた。 ちょっと苛めすぎたかな。 「カカシ……怒ってる?」 「うん。……でも」 誕生日プレゼントを前借りさせて貰えたら、機嫌直るかも。 オレが耳元で呟くと、碧は小さく吹き出した。 わかったら、黙ってオレに襲われてなよ。 小さな唇にキスをする。それからまぶたや頬や、のどやお腹に唇をおしあてる度、碧が甘やかな声をあげたので、その晩のうちにオレの機嫌はすっかりなおってしまった。我ながら単純だなぁと思うのだが、結局いつも彼女には勝てないのだ。 彗星しか愛せない end. |