夏にぴったりだね、といって二人で買った青とオレンジのグラスはいつも水切り台に伏せられている。使用頻度が高いから、食器棚にしまわれる事は殆どないのだ。カカシは青、あたしはオレンジを使って、水だったり麦茶だったり冷酒だったりビールだったり、気取らず何でもそれを使って飲んでいた。飲み物にあわせた器なんていう気のきいた物は、この家にないのである。

今日も二つのグラスは水切り台に伏せられて、青い方だけが水滴をまとっている。オレンジの方はもうすっかり乾いているのに、片付けられる気配は無い。あたしが最後にこのグラスを使ったのはもう何日前になるのだろう。目の前にある、透き通ったオレンジ色を見つめるけれど、そこにあたしが映りこむことはない。それどころかあたしは、そのグラスを手に持つことも、水を入れることも、口づけることさえもできない。なぜならあたしは今、オレンジのグラスと対を成している青い方の、ただのガラスで出来たコップとして、この部屋に存在しているのだ。






どうしてこんな事になってしまったのだろう。数日前の出来事に思いを馳せようとしていると、ガチャリと部屋のドアが開く音がした。あたしの部屋の合鍵を持っていて、我が物顔で上がり込む事ができる人物は一人しか居ない。グラスになってしまったあたしに、どういう理屈で視覚が存在しているのかはわからないけれど、玄関からカカシが入ってきたのが見えた。もう日が暮れるというのに電気のついていないあたしの部屋をみて、…あたしが帰ってきた形跡が無い事を良くきく鼻で確かめたのか、カカシは落胆した様子で、溜息をつき、乱暴に靴を脱いだ。

ドタドタと彼らしからぬ、苛立った足音をたてながらこっちへ来ると、あたしの体をひょいと掴んでひっくり返した。ジャ――っと水道水がシンクを叩く音がして、あたしの空っぽの体の中に勢いよく水が注ぎ込まれる。昼間は真夏のように暑かったんだろうか。部屋の中に居たあたしには知るよしも無いが、何だか、水は温かった。覆面を外したカカシの顔が近づいてきて、唇があたしに触れた。ごくごくとあたしから水を飲む音がする。足りなかったのか、また水道水を注がれた。

あたしを右手にもったまま、カカシはあたしの部屋の奥へと入っていく。キッチンと部屋の間仕切りは開かれたままで、奥の部屋に誰も居ないことは、この家に入ったらすぐわかるはずだった。けれど、カカシは確かめるように部屋をぐるりと見回した。朝この部屋を出たときと、何か少しでも変化が無いか、確かめているのだと思う。けれど、あたしが帰ってきた気配は当然無い。正確には、あたしは青いグラスとしてこの部屋に帰ってきているのだけれど。それをカカシに伝える方法は無かった。声を出すことはできなかったし、あたしはここにいるよ、と念じてみたりもしたのだけれど、何度試してみても全く伝わる気配が無い。そもそも、あたし自身、自分が一体どうしてグラスなんかになっちゃっているのかがわからないんだ。

カカシはあたしをそっと、茶色のローテーブルの上に置いた。はぁ、とまた深い溜息をついて、頭を抱えている。カカシが暗い目をしているのが見えて、…あんな風に喧嘩をして部屋を飛び出したあたしの事を、それでも心配してくれているのかな、と思ったら、なんだか申し訳なくなった。でも、半分くらいは…ちょっとだけ、気分が良かった。あたしって性格が悪いのかもしれない。普段のカカシは飄々としていて、言葉がたりないほうで…あたしの事をほんとに好きなのかな?って思ってばっかりだったんだ。だから、いざ、あたしが行方不明になってみて、こうして落ち込んでいるらしいカカシの姿を見ていると、ちょっとだけ胸のすく思いがした。

あたしはいつも思ったことは何でも口にしてしまうタイプで、カカシに言わせれば馬鹿正直って事なんだろうけれど、カカシの事が、大好きだから、いつも全力で気持ちを伝えてきた。でも、カカシのほうは、あんまり感情を表に出すのが苦手なタイプだったみたいだ。カカシから「好きだ」って言葉を言われたのは、思い返してみても、付き合うときに言われたくらいだったと思う。「愛してる」って言われたことは当然無い。

あたしたちは幼馴染みとして側に居た期間が長すぎたのかも知れない。兄妹みたいに、親友みたいに、昔から冗談言い合ってずっと側に居たから…付き合うまでにも、まぁ色々と紆余曲折あったのだ。あたしの方はずっと、子供の頃から、こっそりカカシに片思いをこじらせていた。けれどカカシの方は、多分ずっと、あたしの事を女としては見てこなかったのだと思う。長い間ずっと、友達として一緒に居たのに、いつもみたいに二人で部屋で飲んだ夜、どういうわけか過ちが起きてしまった。

カカシがあたしを抱いてしまった時、…あたしはカカシに謝られるのが怖くて、無かったことにされるのが怖くて。明け方、カカシが寝ている内に部屋を出て行こうとした。そんなあたしを、カカシは後ろから抱き締めたんだ。

そうだ、あの時はじめて「好きだ」って言われたんだっけ。今思えば最初で最後だったけど。

それで、カカシとあたしは多分、付き合うようになったんだけれど。あたし達は付き合ってからも友達みたいな感じがなかなか抜けなくて。よく、くだらないことでも口喧嘩をした。

まぁ、一応付き合っているんだなと思えたのは、今までしてこなかった、色々な事をするようになったからなんだけれど。ベッドの中ですら、カカシは愛の言葉を口にするタイプでは無かった。それでも、カカシの側に居られるなら、それだけで良かったのに。





カカシはテーブルに肘をついて頬を支え、何をするでもなくぼんやりとあたしに…青いグラスに視線を落としている。その表情は、酷く落ち込んでいて……。さっき、一瞬でも胸がすくなんて思ったことを後悔した。

カカシにこんな寂しそうな顔をさせているなんて、自分が許せない。




あたしが行方不明という扱いになっているらしい事は、何日か前にこの部屋にきた、紅とアスマの会話からわかっていた。単独任務に出たきり、帰還予定日を過ぎても里へ戻らないあたしを探すべく、当然捜索部隊が出されたらしいのだけれど、誰もあたしを見つけることは出来なかった。

カカシも、紅もアスマも、何日もあたしを探してくれたらしかった。けれど、痕跡すらも見つからない。あたしは死んだのでは、と何人もの同僚が思い始めていたけれど、遺体も見つからなかった。もしや碧は里抜けしたのでは、という疑惑も持ち上がりはじめていたらしい。カカシは声を荒げて「あいつが里を捨てるはずがない」と言い切った。

紅も「碧が里抜けするような性格じゃ無いって事はわかってるわよ」と言ってくれたし、アスマにいたっては「馬鹿正直でアホみたいに明るいあいつが里抜けする理由がないもんな」と、信じて貰えて嬉しいような馬鹿にされてむかつくような複雑な気持ちになる事を言ってくれた。

「カカシは何か心当たりないの」

赤い両目に深刻な色を浮かべた紅が、カカシに問う。

「……碧が任務に出る前日に、喧嘩した」

苦しげな声でカカシが言った。その目は後悔に揺れていた。

「喧嘩っつっても、お前らいつも喧嘩ばっかりしてたじゃねーか」

アスマに言われてあたしは罰が悪い気持ちになった。

そう、あたしとカカシはしょっちゅう、くだらない事で言い合いをしていた。紅に言わせれば、主にあたしが子供っぽいのが悪いらしいのだけれど、カカシもあたしに対してだけは、普段より大分子供っぽくなるのだそうだ。よくわからないけれど。

「いつも通りの喧嘩だったけど、あいつが家を飛び出してくとき、売り言葉に買い言葉で、…ひどい事を言った」

暗い声でそういうカカシを、アスマと紅が気遣わしげに見つめる。

あたしもさすがに、自分の態度を反省した。確かにあの日のあたし達の別れ方は最悪だった。


「カカシなんか大っ嫌い!もう顔も見たくない!」
「あっそ。オレだってお前の顔なんかもう見たくないよ」


うん、どう考えても最低だ。最後にカカシとした会話があんなんじゃ、このまま死んだら浮かばれないよ。大体、あたしは元に戻れるんだろうか。今だって生きてるんだか、死んでるんだか、よくわからないけれど。

生きているとしてグラスのまま一生を終えるなんて絶対に嫌だ。カカシはさっきから、溜息をつくかぼーっとするかしかしていない。思い出したようにあたしを持ち上げて、唇をつけて水をのむ。こんなのは、キスとは言わないけれど、カカシの薄くて形の良い唇があたしに触れるのは、どんな姿をしていたって嬉しいし、胸が――胸なんてもう無いけれど――切なくなった。


「何処行ったんだよ、碧…」

カカシの絞り出すようなつぶやきに、『あたしはここにいるんだよ』といつものように念じてみるけれど、やっぱり、どう頑張っても届かないみたいだった。





















どれくらいの月日が経ったのか、すっかりグラスの体になじんでしまったあたしは、途中から日にちを数えることを放棄した。この体ではカレンダーを見に行くことも出来ないし、カカシはあたしの部屋のカレンダーを、あの時からずっとめくっていないみたいだ。時が止まったように、ずっとこの部屋の中にいるけれど、なんとなく、気温が下がってきているのは感じていた。あたし不在のまま、今年の夏は終わろうとしているのかもしれない。


カカシは毎日、あたしの部屋にいる。朝だったり昼だったり夜だったり、最初のうち、カカシがこの部屋に顔を出す時間は決まっていなかった。けれど、一日として間をあけることは無かった。付き合っていた頃から、カカシは毎日任務に忙しかったけれど、今は、里に居る大半の時間を、あたしの家で過ごしているみたいだった。あたしが人間だった頃は……もう随分遠い昔のように思えるけれど、カカシと手を繋いだり、抱き締め合ったり、キスをしたり出来ていたあの頃は、あたしがカカシの部屋にいくこともあったのだけれど。


カカシはいつも、あたしの部屋に入ってくると辺りを見回して、あたしが帰ってきた痕跡がないか、目をこらし、鼻をこらしで、必死に気配を探っていた。

けれどいつも、変わりなく、あたしが帰ってきた様子が無い事を確かめては、落胆していた。

やっぱり、青いグラスになってしまったあたしには、気配もチャクラも無いんだろうか。もしあったなら、カカシはあたしに気づいてくれていたのだろうけれど。


オレンジのグラスは、使われもしないのに、ずっと水切り台の上にある。伏せられたグラスの底に、埃が積もっていてもおかしくはない。

青のグラスの方は―あたしの方は―相変わらず頻繁にカカシに使われていた。あたしの中はいつも、水や、お茶や、お酒で満たされていた。最近は、お酒が多い。


そもそも最近、カカシが外出する事も滅多に無くなった。カカシはもはや朝から晩まで、あたしの部屋に居続けているのである。

朝になってもなかなか起きてこないし、昼過ぎにやっと起きてきたと思ったら、あたしで水かお酒をのんで、またすぐに寝てしまう。髭だって何日も剃ってない。お風呂もたまにしか入っていないと思う。とにかく、何をするにも億劫そうで、ご飯も全然食べていないみたいだった。カカシはすっかり痩せてしまって、ぶつぶつ独り言をはなしていることさえあった。たまに「碧…」とあたしの名前を呼んで、ベッドや、ソファや、キッチンをぼんやりみている事があった。そんなところに、あたしはいないのに。あたしはここにいるのに。


あたしからお酒をのんでは、カカシは、げほげほと咳き込んだ。もう何杯、あたしでお酒を飲んだんだろう。いくらなんでも、飲み過ぎだと思う。カカシは昔から、酔うとすぐ顔が赤くなるほうだけれど、今は、赤いどころか青ざめている。心配だ。カカシに水を持ってきてあげたいけれど、あたしにはそれができない。カカシを抱き締めて、たった一言『ごめんなさい』って謝りたいのに、ただのグラスのあたしには、それができない。泣きたくたって目がないんだから、涙も出ない。叫びたくたって口が無い。
『カカシ、あたしはここだよ!もう顔も見たくないなんて言ったあたしが馬鹿だったよ。あたしに気づいてよ』
どんなに念じても、カカシに声は届かない。カカシはまた、あたしの体を掴んで、咳き込みながらお酒を飲んだ。



「碧…帰ってきてくれよ。俺の事を許してくれ」



カカシはそう言って、泣き出した。ぼたぼたと涙が、あたしに降りかかる。嗚咽が部屋を満たす。ぶるぶると肩を震わせて、カカシが泣いている。声を掛けることも、抱き締めることさえできない。耳を塞ぐことも、目を閉じることも出来ない。どうしようもなく悲しくて、悔しくて、申し訳なくて。あたしが人間だったら、カカシと同じくらいに滅茶苦茶に泣いていたと思う。

カカシはひとしきり泣いて、ふらふらと立ち上がり、あたしを持ち上げた。お酒を捨てて、水を飲もうと思ったみたいだ。カカシの足取りはあぶなくて、あたしの体は大きく揺れて、残っていたお酒が床に散らばった。

カカシの手元が狂って、あっと思ったときには、あたしは宙に投げ出されていた。不思議なほどゆっくりと、地面が近づいてくる。このままだと割れてしまう。グラスのまま、死んでしまうのか、と絶望的な気持ちになった。

床に落ちる直前、あたしはカカシの掌に包まれていた。間一髪、カカシはあたしを受け止めたらしい。そのままカカシは両手であたしを包み込み、床にうずくまった。こぼれたお酒で、服が汚れるのも構わずに。

「碧…碧…」

カカシが何度も名前を呼んでくれたから、あたしは自分の名前を忘れないで居られた。あたしが人間だったことを、カカシの彼女だったことを、ずっと忘れずに居られた。このままずっと、カカシがこの部屋に居続ける限りは、あたしは、あたしがあたしである事を、忘れずにいられるだろう。
けれど、いつまでもカカシを縛り付けていて良いんだろうか。こんなに痩せて、無精髭も生やしたままで、このままじゃあたしが割れてしまうよりも先に、カカシがどうにかなっちゃうよ。








季節は巡って、すっかり涼しくなってきた。水切り台から見える窓に、日の光が差し込む時間も、大分短くなってきた。もう、冷たい飲み物を飲む季節じゃ無い事は確かだ。もうすぐ、あたしとオレンジのグラスは食器棚にしまわれてしまうだろう。こんなことなら、マグカップになるんだった。マグカップなら、季節を問わずカカシに使ってもらえるのに。

けれどあの時、『なにかひとつ物になるなら、何が良いですか?』と不思議な白い光に問われて、咄嗟に浮かんだのは、青いグラスだった。カカシと一緒に選んで買った、あの青いグラス。カカシは気に入って、あたしの部屋ではいつも、あれを使っていたから。

『ええ、ちょっとした手違いで。本当に申し訳ありません』

不思議な白い光はあの時、真っ暗な何も見えない空間の中で、あたしに語りかけた。語りかけたと言っても、その光に口があるのかどうかはわからないけれど。

『あなたは本来まだ、こちらに来るべき時ではなかったんですけれど。ええ、たまにあるんですよ。ちょっとした捻れが発生することが』

何を言っているのか、さっぱりわからないけれど、白い光は感情があるんだかないんだかわからない、不思議な抑揚をつけて話を続ける。

『なに、心配はいりません。少しだけ、手続きにお時間を頂くんですが……。必ず、元の体をお返ししますから。それで、大変申し訳ないのですが、準備が整うまで……。あ、生き物はいけないんですけれど。命のない容れ物でしたらなんでも、大丈夫ですよ。……何にしましょうか?』












カカシはすっかり寝たきりになって、たまにアスマや紅が様子を見に来てくれていた。
無理矢理カカシにご飯を食べさせたり、甲斐甲斐しく、世話を焼いてくれていた。

いつかアスマが
「お前もずっと碧の家にいないで、自分の家に帰った方が、体もよくなるんじゃないか」と言った。
ずっとぼんやりした様子だったカカシが、その時だけ鋭い目つきでアスマを睨んだ。
「あいつは絶対に帰ってくるよ。その時オレがこの部屋にいなかったら、碧が悲しむでしょうよ」

アスマは何も言わなかった。ただ、哀れむような目でカカシを見るだけだった。カカシが眠っているときに、アスマと紅が二人で話しているのを聞いたけれど、どうやらあたしは、もう死んだことになっているらしい。何人かで、葬式まで執り行われたようだ。カカシはもちろん、参列しなかったみたいだけれど。

今日は、アスマも紅も部屋に来ない。カカシは朝からずっと寝続けている。最近では、あたしに水を入れて飲むことも少なくなった。あたしの中には、何日か前に注がれた水が、半分だけのこったままだ。茶色いテーブルの上に放置されたまま、カカシの寝ているベッドを見つめるけれど、もぞりとも動かない。

秋の風が窓を揺らす音がする他は、静かだった。

そうしているうちに、多分夕方になったのだと思う。橙色の光が部屋を満たす頃、ようやくカカシはのっそりと体を起こした。あたしがもし帰ってきたら、すっかり痩せちゃって病人のように伏せっているカカシをみたら、驚くんじゃないかって、考えないのかな。

本当はカカシは……あたしが帰ってくる事なんて、もう無いのかも知れないと、わかっているのかもしれない。


暫く、焦点があわない目で虚空を見ていたカカシは、ふとあたしの事を見つめた。


そうだよカカシ。あたしに清潔な水を入れてよ。
それで、ちょっとは水分摂らないと。

カカシはあたしを綺麗にスポンジで洗ってくれた。久しぶりにお風呂にいれてもらえたみたいに、気分が良い。すっかり水に流されて、ピカピカになったあたしをみて、カカシは小さく微笑んだ。どうして微笑んだのかはわからない。あたしを買いに行った日のことを思い出したのかな。



あたしを買いに行った、だって。
すっかりグラスになりきっちゃっている自分が嫌になる。
あたしと買いに行った、が正しいのに。


カカシはじっとあたしを見ている。
カカシの両目に、青いグラスがうつっている。
そっと祈るように目を閉じて、かさかさになった唇が、あたしにキスを落とした。




















『随分お待たせしてしまいましたね。あの世での申請がようやく通りまして。お返ししますね』


いつかどこかで聞いた声が、頭の中に天啓のように響いた。

次の瞬間、あたしは白い煙に包まれた。

カカシの手を離れて落下し、割れる!と思った瞬間、鈍い音をたてて床に転がった。




「いった……」

おもいきり膝を打って、声が出る。



……膝。……それに、声…。



「戻った…!!!」

声を上げて目の前を見ると、驚いた顔のカカシがあたしを見下ろしている。

あたしは自分の体を見下ろした。何にも服をきてなくて、素っ裸なのが間抜けだけれど、肌色の、人間の体をとりもどしていた。胸だってちゃんとある。


「碧…!!」

カカシにがばりと抱き締められた。


「碧…碧…!」


カカシの声は震えていて、声だけでは無く、体もぶるぶると震えていた。
あたしはカカシを抱き締め返した。

「カカシ、ごめん……」
「帰ってきてくれた……もう、会えないかと思った」
「あたしも……もう抱き締められないかと思ったよ」

カカシは、あたしを抱き締めたまま、首に顔を埋めて震えていた。

きっと、泣き顔を見られるのが嫌なんだ。
まったく、どんな時も強がるんだから。

あたしはもう、カカシが泣いているとこ、散々見てきたのに。


「ねぇカカシ、キスしたい…」
「……」
「泣いてたって、笑わないから」

カカシは観念したように、あたしの首に埋めていた顔をそっと外して、涙に濡れた目であたしを見つめた。

あたしも、カカシに負けないぐらい、ぐしゃぐしゃの顔で泣いていたから、カカシはふっと吹き出した。



「カカシ、大好きだよ」


いつもみたいにあたしが言うと、カカシはあたしの口を塞いだ。それもいつものことだった。

けれど、いつもと違っていたのは、キスの後。


「オレは愛してるよ、碧」


カカシはあたしを閉じ込めるみたいに、きつく抱き締めた。


end.



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