「先生！先生！海って広いね！」 「んー、そうだね」 「先生！何見てるの？」 「んー、空？」 「先生！」 「んー？」 「あたしたち、普通は逆じゃない？」 「そう？」 あたしは浮き輪に捕まって、というか、浮き輪をひっぱりながら、必死にオレンジ色のブイに向かって泳いでいる。カカシ先生はというと、その浮き輪の上に全身をのせて、のんびり空を見上げているのだった。 「お前がブイに触りたいって言うから、ついて行ってあげてるんでしょ」 「だって……やっぱり海に来たら一回はアレに触らないと」 遊泳可の水域を表す、オレンジ色のブイまであと少し。その向こうに、水平線が青く広がっている。どこまでも広い海は、太陽を反射してキラキラと輝いている。 「まなつ？疲れた？」 浮き輪に掴まったまま、遠くをながめて止まってしまったあたしに、ようやくカカシ先生がこっちを見てくれた。 「あ、いや、海だあ、と思って」 「ぶっ、何それ」 優しく笑う先生の顔を見て、あたしはすぐに頬が赤くなってしまって。顔の熱を冷まそうと、海の中にざぶんともぐった。 「……ぷはっ、しょっぱい！！」 「はは、水の中見えた？」 「目ぇ開けられ無かった……」 目をしぱしぱと瞬かせて、滲みるー、と騒いだら、カカシ先生が笑いながら「海の中にもぐる女の子は初めて見た」とか言い出したから、あたしはそこでようやく、まとめた髪やら何やらがびしょびしょのぐしゃぐしゃになってしまったことに気づいて、あー！と叫んだ。 「まだまだガキだね」 カカシ先生がくすくす笑う。 先生が今まで一緒に海に来た女の人たちは、海の中にもぐったりしない、お化粧ばっちりの人ばっかりだったのかな、と思ったら、化粧もほとんどしてないあたしは、自分がすっごく子供に思えて悔しくなった。顔も見たこと無い、カカシ先生の昔の彼女たちのことを考えると、かなりムカムカしてくる。 「どーせあたしはガキですよーだ！」 先生を乗せた浮き輪を思いっきり沖に向かって押したら、浮き輪がぐらぐら大きく揺れた。 カカシ先生が「うわっ」って、不意をつかれたみたいな声を出したから、あたしは愉快になってけらけら笑った。 ブイまであと少し。水温は高くて、沖のほうまで来てもちょうどよい冷たさで気持ちがいい。カカシ先生は足も腕も浮き輪の上に出してて暑くないのかなぁ。 太陽がギラギラと先生の肌を焼いているハズだけれど、相変わらず白いままだった。 カカシ先生の肌は変な話、そこらの女の人よりきれいだと思う。浮き輪を押してバタ足しながら、優雅に空を見ているカカシ先生をチラチラとみた。 水着を着た先生を初めてみたとき、あたしはドキドキしすぎて、先生の事を直視できなかった。 先生の素顔だって、この間初めて見たばかりでまだ慣れていないのに。 鍛え上げられた、だけど無駄な筋肉のついてない体は、すごくきれいで……あれは、誰が見たって赤面すると思う。けしてあたしが変態だとか、カカシ先生バカなせいではないはずだ。 実際浜辺で、先生を見ている女の人たちはすごく多かった。 わかりやすいくらいきゃあきゃあ騒いで、先生を指差してくる人がいたり、先生の隣にいるあたしを見てこそこそ言ってる人が居たり。それだけでも不愉快なのに、そうして騒いでる女の人たちって、あたしよりも年上の、先生とつりあうような大人の女の人ばっかりで、スタイルだって抜群で、あたしは自分の成長途中の胸とか、あんまりくびれてないウエストとかを見下ろして、劣等感にかられていたりした。 だけど今日、カカシ先生とデートしてるのは、このあたしなんだから！ 先生の腕をとってこれみよがしに繋いだら、カカシ先生は「ん？」と言っただけで、振り払ったりしなかったから、あたしの機嫌はいとも簡単に直ってしまったのだ。 「とうちゃーく！」 オレンジのブイにタッチして、ふー、と一息ついた。浮き輪につかまって浮いたまま、すこし体を休めていたら、「しょうがない。じゃー交換ね」と先生の声が降ってきて、カカシ先生が浮き輪の上からどぼんと海の中に飛び込んだ。水しぶきが顔にかかって、慌てて目をつむる。 「もしかして、今度は先生が運んでくれるの！？」 「運んでほしかったら早く浮き輪に乗りなさい」 そういうカカシ先生は、やっぱり優しく笑ってて、「海なんか行きたくない」って言ってたくせに、先生なんだか楽しんでるじゃん、と思って、あたしは嬉しくなった。 「あれ、のぼれない」 「情けないねー、ちょっと泳いだだけで体力なくなっちゃったの？」 違うよ、海の中から浮き輪にのぼるのって、意外と難しいんだって！ がんばって浮き輪にのぼろうとするけれど、なかなかバランスがとれない。 急にカカシ先生の手が腰に触れてそのまま持ち上げられた。 「ひゃあ！！」 「はい、乗れた」 変な声をあげたあたしなんて気にも止めず、カカシ先生は浮き輪を押して泳ぎはじめる。あたしはというと、やっと乗れた浮き輪の上で慌ててバランスを取りながら、口から心臓が出そうなくらいドキドキしていた。 だって急に、先生の冷たい手が、腰とか、たぶん、お尻とかに触れて……いや、触り方にいやらしさなんて微塵も無かったんだけど、あたしを浮き輪に乗せるためだったんだけど。ああ、びっくりした。 ドキドキしながらも、冷静になってみると、ちょっと凹む。だって、カカシ先生はあたしの体に触ったって、別になんともないって事で、つまり、完全に子供扱いされてるって事だ。 「……」 「まなつ？何黙ってんの？」 「べつに……」 ちょっと悲しくなっちゃったけど、落ち込んでたら今の状況もったいないよね、と思って、あたしは極力悲しい気持ちは忘れることにした。 だって、あたしは今、憧れのカカシ先生と海に来てて、しかも、あたしの乗った浮き輪をカカシ先生が運ぶという、ものすっごくカップルっぽい事をしているんだから。 空に向けていた視線を回りに向ければ、同じようなカップルが沢山いて、遠目にもイチャイチャしていることがわかるような人たちも居る。 今までなら「バカップルめ……」とか妬みの視線を向けていたかもしれないけれど、今は、あたし達もその一員なので、何だか気分がよい。 実際のところ、カカシ先生とあたしは恋人でも何でも無いんだけどね。 「カカシ先生！あたし達、恋人同士に見えるのかな？」 「……何ばかなこと言ってんの」 「え、ばかなことなの？」 せっかく気持ちを持ち直したところなのに、ずどーんと凹むんですが。勘弁してよ、カカシ先生……。 「お前とオレじゃ、釣り合わないでしょ」 「……そんなにハッキリ言われると、いくらあたしでも傷つくんですが」 「恋人に見られるどころか、援助交際だと思われてるんじゃないかと、オレは気が気じゃないよ」 「エンジョコウサイ！？」 「はぁ、ロリコンとか変態おやじとか思われてそう……。お前とオレじゃ犯罪だよねぇ」 そんな事をぶつぶつ言ってるカカシ先生は、何だか沈んでいた。 あたしが子供すぎるから兄妹にしか見えないでしょ、とか言われるのかなって身構えていたから、何だか拍子抜けして、そして、あたしはなんとなく嬉しくなってしまった。 「援助交際って事は、恋人みたいなものだよね」 「ぜんぜん違うでしょーよ……」 「だってさぁだってさぁ、……てか、先生、オッサンには見えないから安心してよ！」 「オッサンって……まぁ、お前の年齢からしたらオッサンとか言われちゃう年だよなぁ」 「だーかーら！見えないってば！先生すっごく若く見えるし！まだまだ超カッコイイよ！」 あたしはカカシ先生をひたすら褒めちぎった。もちろん本心からだ。けれどカカシ先生は溜息をつくばっかりだ。 そんなこんなで騒いでいるうちに、浜辺が近づいてきていた。 |