prologue
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「あ、ラムネだ!買ってきたの?」
「うん。晴が昔よく飲んでたのを思い出して」

冷蔵庫を開けるとラムネの瓶が2本、寄り添うように入っていた。ひんやりした瓶を取り出して、なんとなく頬にあてた。火照った頬に冷たくて気持ちいい。

「それ、晴の癖だよね」
「え、なにが?」
「ラムネの瓶の冷たさをほっぺで確かめる癖」
「べつに確かめてるわけじゃないよ」

笑いながらベッドに戻ると、カカシが黙って右手を伸ばしてきた。

「あ、カカシも飲みたかったの?もう1本取ってくる?」
「じゃなくて、開けてあげる。お前開けるの下手だったでしょ」
「……もう子供じゃないんだから。ラムネくらい開けられますよーだ」
「布団がびしょびしょになってもいいの?いいから貸しなって」

1ミリも信用してくれないのが腹立つな。

でも、ラムネが吹き出して布団がべたべたになるのは、悔しいくらい簡単に想像できた。
私はラムネを開けると必ず泡が吹き出すという呪いにかかっているのだ。過去何回、ラムネの開栓に失敗した事か……。
結局おとなしくカカシに瓶を手渡した。
カカシの指がプラスティックのキャップをぴりぴり外す。瓶の口にはちゃんとガラス玉がはまっていて、きらりと照明を反射した。ラムネなんて飲むのは何年ぶりだろう。

「今はキャップに開ける器具がついてるんだな」
「ほんとだ!昔は駄菓子屋のおばちゃんに借りてたよね」

ぽん、と軽い音がして、ガラス玉が沈んだ。しゅわしゅわと泡が浮かぶ。

「はい、開いたよ」
「ありがと」

ひんやり、しゅわしゅわ。炭酸のぴりぴりと爽やかな甘さが喉を通る。とても懐かしい感覚。

「美味しい?」
「……ん、おいしい。カカシも飲む?」
「じゃ、一口ちょうだい」

カカシがラムネの瓶に口をつけるのをぼんやり見ていた。

いつかもこんな事があったような気がする。



思い出したのは十数年前の夏。

まだ少女だった私と、少年だったカカシが駄菓子屋の前に立っている。空はほんのり赤く染まり、ひぐらしが遠くで鳴いていた。

「カカシはラムネ買わないの?」
「そんなに喉乾いてないから良い」
「ふうん、美味しいのに」
「じゃ、一口ちょうだい」

カカシは私の手からラムネの瓶を奪うと、何の躊躇いもなくそれに口をつけた。今よりも幼い横顔が、瓶を傾けて喉をならす。

間接キスだ、なんてドギマギしていたのは、きっと私だけで。
赤くなってしまった頬は、夕日が隠してくれた。



「……ん?なに笑ってるの?」
「ふふ、ちょっと思い出し笑い」

首をかしげるカカシを無視して、残りのラムネを飲み干した。やっぱり、懐かしい味がする。飲み干した瓶をサイドテーブルにのせてカカシの隣に寝転んだ。

私の前髪をすいて遊ぶ、大きな手がくすぐったくて、まぶたを閉じる。

「おやすみ、晴」

うとうとしはじめたまぶたの裏、幼い頃の思い出がきらきらと浮かんでは消える。

ラムネの瓶、蝉の声、ゆらゆらゆれる影。
ゆうだち、はぐれ雲、無くしてしまった飾りピン。

どの場面でも、隣には眠そうな目の幼馴染がいた。


……昔の夢を見られるような気がする。

私の意識は次第に、穏やかな夜に沈んでいった。

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