ラムネの空の真ん中で ----------- もともとカカシは手を繋ぎたがる方だ。それにしても。 「暑くない?」 「……熱くない」 きっぱり言い返されてしまっては、ふりほどく訳にもいかず。 それにしたっていつも、夏場は軽く握りあうだけなのに。 今日は真冬みたいにきっちりと、恋人つなぎで繋がれている。 8月の3日、夏真っ盛り。気温が体温よりも高いのだ。手にはもちろん汗をかいている。 隣のカカシを見上げると、至って涼しげな顔をしていた。 それでいて、繋いだ手には適度な力がこもっていて、なんだかちょっと切実さを感じるのは気のせいだろうか。 正直言ってかなりアツイけれど……離してなんてとても言えない。 昨晩カカシはどういうわけか、私にフラれると思っていたらしい。 『もう、オレと別れたいんでしょ?』 そう言ってカカシは、泣きそうな顔で笑った。 どうしてそんな風に思わせてしまったんだろうと、言われた瞬間は全然わからなかった。 欠けていた8月1日の記憶と関係があるのかもしれない、と気づいたのは、暫くたってからの事で。 覚えていなくても、カカシを傷つけて不安な気持ちにさせてしまったのは事実なんだ。 ぎゅ、っと繋いだ手に力を込めると、カカシの視線を感じた。 目が合えば、蕩けるように甘く微笑まれる。 カカシのそんな顔をみると、未だに胸がときめくなんて……言ったらカカシは笑うかな? 眠りに落ちる前、起きたら遊園地に行きたいと言ったら、カカシは一瞬不思議そうな顔をした。 皆の話がほんとなら、8月1日、私とカカシは遊園地にいったばかりのはずで。 カカシが不思議に思うのは当然だろう。 けれど私にとっては……8月1日は、十数年前の夏にみた、きらきらした夢の中での出来事だ。 確信があるわけじゃない。記憶だっておぼろげだ。 でもきっと、あの日見た夢は……夢じゃ無かったって事なんだろう。 「……晴?」 名前を呼ばれて、はっと我に返る。 カカシが心配そうな顔で私の事を見ていた。 「ごめん、なんでもないの」 「ほんとう……?」 「うん。ほんとうだよ」 カカシの腕にまとわりついて甘えると、「珍しい……」といいながら、まんざらでも無さそうだった。 カカシの事がちゃんと好きだよ。昔も、今も。 遠くから賑やかな音楽が聞こえてくる。 透きとおったラムネ色の空の下、夢の世界のように鮮やかな光が広がっていた。 「ほんとにお前は……観覧車が好きだね」 あれに乗りたいと指さしたら、カカシは微妙な表情で笑った。 「カカシは嫌い?高いところ」 「嫌いじゃ無いけど……」 少し遠い目をするカカシは、何かを思い出しているみたいだった。 「……やっぱり別の乗ろうか」 私が言うと、カカシは首を振って、それから私の頭をくしゃりと撫でた。 「いいよ。乗ろう。……でも、その前に何か飲み物でも飲まない?」 「たしかに、喉渇いたかも!」 「それに……またチュロスも食べたいんでしょ?」 「え、何で?」 「さっきお前、チュロスもってる子の事じっと見てたじゃない」 ば、ばれてた……。食い意地はってるみたいで大分恥ずかしい。 カカシは気にした風もなく、私の手をひいて、甘い匂いのするお店の方へと歩いて行った。 「んー、やっぱり美味しい!」 ココア味のチュロスを囓って、幸せな甘さに浸っていると、「こっちの味も食べる?」とカカシがプレーンなタイプの方を差し出してきた。遠慮無く一口かじると、シナモンの甘い香りが広がった。 「こっちも美味しいね……」 「オレはちょっとでいいから、こっちも食べなよ」 「二本も食べたら太っちゃうよ……」 「ちょっとくらい丸くなっても、可愛いから大丈夫」 「大丈夫じゃ無いって!」 むっと膨れると、カカシはくすくす笑っている。 「甘い物は嫌いなくせに、私と違う味を買ってくれるあたり、なんていうか……」 「うん?」 「カカシって女の子の扱いに慣れてるよね……」 「女の子っていうか晴の扱いにかな」 カカシはますます楽しそうに笑った。 胸焼けしそうなくらい甘くって、何となく悔しくなる。 砂糖菓子みたいな色したゴンドラに乗り込んで、ゆっくりと地上が遠ざかっていった。 真昼の観覧車はみるからに暑そうで、私たちの他に並んでいる人なんて居なかった。 けれど意外と中は涼しい。なにかの忍術でも使っているんだろうか。 「観覧車のてっぺんでキスすると、一生一緒にいられるって言うよね」 窓の外を見下ろしながら、思いついた事をぽつりと言った。 「……それはキスのお誘い?」 カカシがにやりと意地悪な笑みを浮かべる。 「……うん」 素直に頷いたら、途端に抱き寄せられた。ゴンドラがぐらりとゆれる。 「わっ、怖い!……ん」 てっぺんにはまだ早いのに……柔らかい唇が触れ合って、何度しても飽きることのない熱さに融けてしまいそうだ。 「そのジンクスが嘘でもほんとでも……晴を一生離す気なんてないよ」 昨夜とは打って変わって強気なカカシに、私はくすりと笑ってしまった。 「私だって。一生離れてなんかやらないんだから」 観覧車の外の景色なんて目に入らない。 きらきら輝く銀色を抱き締めて、瞼を閉じた。 ラムネの空の真ん中で end. 20170803 ※拍手お礼文から移動しました。 |