*01
波風を立てるのは苦手だ。できる限り楽に生きたい。人間関係など必要最低限。俺は今時よくいるただの高校生だ。
「R、一緒に帰りませんか?」
そんなことよりも彼が俺の彼女のアルジュナくん、彼なのに彼女とか気にしてはいけない。今時性別など気にするべきではないし、この想いを前に気にするなんて無駄なことなのだ。
「もちろん!俺がアルジュナの頼みを断るわけないだろ〜!」
俺は全く気にしないが、周りの視線を感じアルジュナは少し照れている。アルジュナはみんなの人気者で憧れなのだから、少しくらいの恋人アピールは許して欲しい。誰にも手出しをさせない最も効果的な方法なのだ。
アルジュナとの出会いは簡単、学校で隣の席になっただけだ。
初めはいけ好かないやつだななどと思っていた。
「これの解き方はこう、簡単ですね。」
「文章がおかしい、こうするべきだ。」
「箸の使い方がなってませんね?改善なさい。」
その人は俺ばかりを指摘していた。目立つヤツの批判なんてそれだけで注目されるし、言われたヤツはヘイトを浴びる。アルジュナは俺を悪役にしたいのだと思っていた。
心当たりはない。理由も分からないそれにただムカついて、ある日聞いてしまったのだ。
「お前さあ、なんで俺に構うわけ?」
心底嫌な顔をしていたと思う。
けれどアルジュナはそんなこと気にしなかった。
「?、貴方が好きだから、ですが。」
空気が凍りついた。視線が痛い。アルジュナはなぜかこういうときに限って周りを気にしない。というか本人にとっては至極当然なことを言っているつもりなので気がつかないのだ。
Rにとっても、クラスメイトにとっても、こんなことは予想外だった。正直全員が全員、アルジュナはRが気に入らないのだと思っていたからだ。
「貴方は素敵な人なのだから、もっと背筋を伸ばして生きるべきだ。」
アルジュナは堂々としている。まわりのみんなはポカンとしている。俺も驚いている。
「マジで言ってる??」
「それ以外になにがあるのですか?」
「like?」
「……仰りたいことを完全に理解できた訳ではありませんが、LoveかlikeでいうならばLoveです。まさか、気づいておられないとは。私の不覚ですね。」
アルジュナが深呼吸をする。
俺は息を飲んだ。この男は冗談など言わない。嘘もつかない。いつだって大真面目なのだ。それがこの時に限って憎らしい。
覚悟を決めたように俺の目を深く見つめる。
一塵の隙もない、狩人の眼だ。
目が離せない。そうさせるように、彼がしていた。
「貴方が好きだ。R。私と正式に、恋人になってください。」
その時の衝撃は今でも忘れられない。
次の日には学校中で噂になっていた。
みんなにとっても衝撃だったのだ。
何度思い返してもアルジュナから俺に告白、なんておかしな話だ。きっと気まぐれだ。すぐ飽きるだろう。そう思って、流されるままになっていたのだが、気がつけばそれから2年も経過していた上に俺の方がベタ惚れしていた、というのが今に至る経緯だ。
実の所、恋人らしいことは一切したことがない。手を繋いだことすらない。もちろん俺はもっと触れたいと思っているし、もっと近づきたいと思っている。
けれど今の状態で満足している。といっても過言ではない。アルジュナに会ってからずっと、Rの人生は満たされているのだ。
「そういえば、兄の友人からRが観たいと言っていた映画のDVDを借りたんですよ。」
「え、ほんと!?」
帰り道、ふと口を開いたアルジュナがそんなことを言った。アルジュナは映画なんて興味無いし映画の話を振ったのは間違いだったかもしれないと思っていたが、まさかそんな繋がり方をするとは。というかまずアルジュナが映画の話を覚えていてくれたことが驚きである。
「よろしければ、今から私の家で一緒に観ませんか?」
「行く。」
ピタリと思考が制止した。
制止したのだが、返事は口をついて出ていた。
2人並んで帰るのは初めてではない。けれど途中で別れるし、実の所アルジュナの家の場所すらRは知らない。当然行ったことなどなかった。
突然来たチャンス、気がつけば本能が思考より先にしっかりとつかんでいた。思いのほか有能である。
いつもなら名残惜しくも別れる曲がり角を、アルジュナと、アルジュナがいつも行く方へと進む。忘れないように道のりを頭に刻みながら、案内するように少し前を歩く君を見てほっこりしながら、夕暮れの道を歩いていた。
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