無邪気な中毒者 | ナノ

6.氷山の動きの持つ威厳は、それが水面上に8分の1しか出ていないことによるものだ。


いつもと違う感覚に、重い瞼が上がった。ここはどこだろうと思うも、鈍い痛みが頭を支配し、ろくに思い出せない。人の気配を感じて振り向くと、机に突っ伏したBが見えたと同時に、額からまだ湿ったタオルが滑り落ちた。

しくじったのだと、アルジュナは気づいた。
しかしなにもかももう手遅れだ。Bが頭を上げ、こちらに目を向けた。

「おはよう。」

そういったその顔は眠たげで、アルジュナの胸にまたひとつ傷がついた。

「おはようございます、B。ここは…?」

「ん、俺の家だよ?覚えてないんだな。まあ、今日は安静にしておきなよ。」

Bの優しげな顔が、より自らの惨めさを強調するようで、アルジュナは無意識のうちに涙をこぼしていた。

「アルジュナ?」

「すみません。」

惚けたような顔でぼろぼろとあふれるがままに涙をこぼすアルジュナは、いつもよりずっと幼くみえて、気づけばBは子供をあやすようにその頭を撫でていた。
抵抗されるかと思ったがそんなこともなく、くしゃりと髪を圧し、そのままその人の返答を待った。

「すみません、すみません。私のせいで、先輩にたくさんご迷惑をおかけして。ゴホッ、ゴホッ、生徒会長も横取りして、苦しい思いをさせて、傷つけて、ゴホッ、すみません。」

「いいよ別に。君も大変なのはわかってるよ。」

「赦さないでください。優しくしないでください。貴方にこれ以上頂くわけには、ゴホッ、いかないんです。」

「うん?なにかあげたかな?記憶にないなあ。」

「そう、ですか?」

「そうだぞ。」

アルジュナはきょとんとした顔で冗談を受け入れた。普段なら呆れたような態度をとるところだ、やはり随分弱っている。無理のしすぎだ。
Bはアルジュナの零れた雫をそっと拭い、乱れた前髪を整えた。本来自分に世話されるのはアルジュナにとって好ましくないのだろうと思いながらも、Bとしては受け入れられることが嬉しくて、つい手をだしてしまっていた。

「今日は気にせず、ゆっくり休め。」

アルジュナはしばらく困ったような顔をしていたが、やはり抵抗はしなかった。
刺激しないようそっと頭に手を当てて、その人が微睡むまで、ずっと按撫していた。

可愛らしいなと思ったが、そう思ったことも無い相手にここまで手は尽くせない。気づいていなかっただけで、ずっと可愛らしいと思っていたのだ。

瞼を伏せ、規則正しい寝息をたてるその人の頬は、まだひどく熱かった。早く治って欲しいのに、また明日も一緒に居られるかと思うと、どうしても嬉しく思う自分がいて、最低だと思いながらも、幸せだと甘受しておくことにした。

きっとアルジュナだったら、こんな気持ちは良くないことだと切り捨ててしまえるのだろう。でも自分にそれはできない。だからこそ自分にアルジュナは届かないのだと、Bは知っている。

それでも構わないから、もう少しだけこうしていたい。

もう少しだけ、君の弱さに触れていたい。

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アルジュナが目を覚ますと、Bはいなかった。
依然様態は変わらず、立ち上がるだけでも一苦労だ。

机の上には昼飯と書かれたメモと、弁当箱があった。Bの筆跡だ。ありがたいが、嬉しいような、悲しいような、複雑な心境だ。

断片的だが、昨晩のことは覚えている。Bの手の感覚を、いまでも思いだせる。優しくて、温かくて、心地よくて、蕩けるように意識が遠のいて、魔法にかけられたようだった。

…心のどこかで、Bは自分を恨んでいるのだと思っていた。いや、恨んでいて欲しかったのかもしれない、それだけのことをしたと思っている。
なのに、どうしてあの人は私を見捨ててくれなかったのだろう。
何をしたとて許されない。贖罪なんて、するつもりもなかった。
そんなものは同情で、侮辱でしかないと思い込んでいたのだ。
けれど思い返すとどうだ、Bが私を恨んでいた?そんな風に見えたことはこれまで一度もなかった。助けられたことなんて…助けられなかったことなんて、なかった。見方が変わった今、感謝と歓喜を得た今、

なにか、すこしでもBに返したい。
そう思った。

思い込み一つでここまでかわるとは。
我がことながら単純なことだと微笑み、さて何ができるかと考えようとしたそのとき、玄関口から物音がして、考えを遮断した。

玄関を覗くと、隙間から差し入れられたのだろうか、一枚の紙が落ちていた。

アルジュナはその紙を、書かれている内容を読んで、自分の様態も忘れ、すぐに玄関を開いた。

入り込んだ複数人の男、見たことのある顔だ。彼らは、生徒会選挙の時、Bについていた…

振り下ろす影。鈍い音が響き、激痛が走った。視界は暗転し、意識が途切れていく。

ああ、思い出した。
彼らがずっと、Bは私を恨んでいるのだと、言っていた。
ずっと、思い込まされて、い、

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bkm
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