14.人生がどれほど素晴らしいものになるかを、常に知っている。
今日はアルジュナが実家に帰る日だ。
「アルジュナ、すまなかったな。」
「貴様は悪くないだろう、カルナ。」
これが二人の、久方ぶりの再会となった。
積もる話などはなく、ぽつぽつと言葉を交わしながら、男二人、電車の時間まで佇んでいるだけ。それだけであったが、それが二人にとって最適な距離で、関係性だと、互いによく知っていた。
「Bとはちゃんと話をしたか?」
「貴様何故……いや、私が話したのか……?」
「さてな。」
カルナとて、アルジュナとBの関係については、あのときあの病室でのあの一時しか知らない。
この反応だと、アルジュナの記憶は想像しているより欠けているのだろう。話す機会自体、なかったのだから。
「Bとはしっかり話をつけてきた。もう、思い残すことは無い。」
アルジュナは笑っていた。
「私は幸福だ。忘れた記憶の中には、忘れ難かった、大切なものもあっただろう。無論、心身ともに抉り取られた、あの日のことを全て忘れたわけではない。それでも幸福だったと言えよう。
カルナ、貴様はどうだ。」
「オレは幸福だ。」
「そうですか。……それなら良いのだが。」
アルジュナのどこか含みのある言い方に、カルナは釈然としなかった。
けれどその温かい、太陽を背にしていても、まったく陰りを感じない顔を見て、自分はそのような顔を出来ているかと考えると、全く自信が湧かなかった。
「では、私はもう去ろう。貴様も、たまには実家に連絡を入れろ。」
「心配性だな、以前はそうでなかったと記憶しているが。」
「全く貴様はどこまで……まあいい。それも貴様の良いところなのだろう。……さらばだ、カルナ。私の代わりに、良い思い出をたくさん作るのだぞ。」
そういうと、アルジュナは改札の向こうへ去っていった。
彼は去る最後までカルナを気にかけていた。
記憶を失っても、それは変わらなかった。
「良い、思い出。」
そんなアルジュナの言葉だからこそ、カルナの心を動かすのに至った。
思い出す。初めて抱きしめられたあの日。
Aがオレの手を引いて、腕の中におさめた。Aの手がオレの髪をかき分けて、愛撫して、疲弊して凝り固まっていた思考が溶けていくようだった。返答するように、Aの背に腕をまわすと、緊張していたのだろう。力が抜けて、とても可愛らしくおもえた。
初めてAの鼓動が、体温が、オレの身体を支配し、ひとつになった。
良い思い出だ。
けれどどうだろう。それ以降も、オレとAはずっと共に居た。嬉しかったこと、楽しかったこと、……気持ちよかったこと。全て思い出せるのに、良い思い出といわれると、なにも出ては来なかった。
無性に心細くなって、帰路を急いだ。
きっとAはオレを待っている。
今すぐに、Aが待っているところに行きたかったのだ。
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bkm