アンバランスな貴方


ふわふわ。深紅の翼と黄土色の髪が優しく揺れている。そよぐ風、近付く冬の匂い。こんなにも穏やかな時間を彼と過ごせるなんて、なんて幸せなんだろう。


「どうしたんです?」
「え、あ…」


なんでもないよ。そう言えば、小さく笑って髪を撫でられた。意外と男性らしい骨ばった指が、まるで壊れ物を扱うような手つきで髪を梳くもんだから、なんだか恥ずかしい。


「ごめんね、デートがこんな場所で」
「ううん、ここまで高い所に来たことないから、楽しいよ」


知名度が高い大人気ヒーロー・ホークス。そんな彼と二人で出掛けられる場所は空の中だけ。手を繋いで街を歩いたり、買い物に行ったり。そんな普通なことが彼とは出来ない。それは十分に理解しているが、少しだけ寂しい気持ちもあったりする。でも、こうやって誰もいない高層ビルの上から街を見渡せるなんて、ちょっぴり優越感。


「ナマエさん、高いとこ平気?」
「得意ではないけど、今はホークスがいるから平気」
「そっか」


髪を撫でてくれていた手が動き、背後から抱き締められるような形になった。密着する身体が温かい。近い距離に心臓は跳ねたが、それよりも安心感が胸いっぱいに広がって、とても心地良かった。首筋に顔を埋められた拍子に彼の吐息が耳にかかって、思わず声に出して笑う。


「くすぐったい」
「ん〜?ふふ」


楽しそうな彼がぎゅっと腕に力を込めたかと思ったら、耳元で「好きだよ」なんて囁かれ、息が止まった。驚いて何も言えないでいると、軽々と体を反転させられ真正面から向き合う。透き通ったビー玉のような琥珀色の瞳に覗き込まれると、頬が一気に熱を持った。


「…」
「顔、真っ赤」
「だ、だって…」


だって、仕方ないだろう、彼の明確な気持ちを言葉で聞いたのは、これが初めてなのだから。
彼はいつも、どこか濁したような、それでいて確信をつくような、掴み所のない話し方をする。飄々とした態度と相まって本心は分からない。それでも、優しい眼差しから自分を想ってくれているのは十分に伝わっていたので、不満なんてなかったのだが。


「ちゃんと言ってなかったなって思ってさ」
「…」
「好きですよ。貴方のことが世界一」
「世界一、って、お…大袈裟な、」
「大袈裟じゃなかよ。大好きやもん」


いつもの大人びた表情はどこにいったのかと聞きたくなるほど、彼は少年のように笑った。嬉しそうに、ほんの少しだけ、頬を赤く染めて。


「…照れてるの?」
「そりゃあね」


軽い口調と、真剣な表情。それがなんだかアンバランスで、おかしくて。恥ずかしさを誤魔化す為に茶化そうかなと思った瞬間、ゴーグルを額に上げた彼の端正な顔が近付いてきたので、大人しく目を閉じる。

空を駆ける彼の、僅かに乾燥している唇が熱い。グロス付いちゃうね、なんて笑い合って、数えきれない程のキスに酔った頃には、カサついた唇は潤っていた。



20201031
プラス再録。


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