重ねた秘密の先で


名前?また今度教えてあげます。今から何処に行くって?ちょっと用事があって。ああ、そんな寂しそうな顔しないで、すぐ帰ってきますから。だから貴方は待っていてくれればいい。出来るだけ早く戻ってきますから。
…そうやって、一つずつ秘密を重ねて。少しずつ言えないことが増えていって。だから今、目の前にいる貴方は泣いているんだろう。どうしてなの、なんて。ごめん、その理由を話すことは出来ない。


「…ホークス」


凛とした声に呼ばれる名が、他人のように思えるのは何故だろう。真っ直ぐに向けられた貴方の瞳が、ヒーローとしての俺を簡単に貫いて、鷹見啓悟を見ていると思えるからなのか。誰にも明かしていない本当の姿を見透かされている気がするからなのか。


「貴方が何を背負っているのかは分からない、でも、」


伸ばされた白い手に、頬を優しく撫でられる。細い指先が掬った透明の雫を見て、俺も泣いているのだと気付かされた。表情を崩さず静かに涙を流す貴方の顔を両手で包み、こつん、額を合わせる。ごめん、ごめんね、肝心なことは何一つ言えないんだ。これは極秘の任務。周りに、貴方に気付かれないよう注意していたのに、俺のミスでバレてしまった。俺が悪い、全部悪い。泣かせて、本当にごめんなさい。


「私は、信じてる」


足元に置かれた、大きすぎる黒の鞄。ジッパーを開ければ、変わり果てた一人のヒーローの姿。そんなモノを見ても、信じる、だなんて。


「…私は、貴方の覚悟を信じてる」


触れていた熱が離れ、背中を向けた貴方が次に振り返った時。涙に濡れた瞳はそのままに、


「成し遂げて。貴方は、独りじゃない」


いつもの綺麗な笑顔で、俺を見つめる貴方は本当に強い人。聞きたいことは山ほどあるだろうに、ずっと口を開かない俺を問い詰めることなく、全てを悟り、この汚れてしまった手を握ったくれた。


「私、ずっと待ってるから」


無事に、必ず帰ってきて。私の隣に。
そう続ける貴方に返事も出来ない俺を、どうか許してほしい。
けれどいつか、全てが終わった時。ヒーローが暇を持て余す世の中になった時には、もう貴方に隠し事はしないと誓うから。


「…出来るだけ早く戻ってきます」


―――だから、待っていて。俺の出せる最高速度で貴方の笑顔を迎えにいく、その時まで。



20201009
No.231話の前、プラス再録。


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