甘やかな口づけ


違法薬物を扱う組織の調査。証拠も現場も押さえ、もう少しで終わりだと思ったのに。敵に気付かれてしまって今じゃこっちが終わりそうだ。絶体絶命、四面楚歌。そんな現状に溜め息が出るのは仕方ないだろう。


「もう少しだったのに…」


チッと舌打つ彼も同じことを考えているようだが、その背の翼は既に本来の形を失っており、手元に残るのは大きな風切羽だけ。近くで飛び交う怒声に、地面を伝って来る多くの足音。気付かれるのも時間の問題だ。


「どうする?いつまでも隠れていられない」
「…」
「ホークス?」


辺りを見渡すように身を潜めていた彼は黙り込み、それから振り返って、じっと顔を覗き込んできた。ゴーグルが割れたせいで剥き出しになった鋭い瞳に、一瞬だけ吸い込まれそうな錯覚に陥る。


「告白の返事、聞かせてくれません?」
「え、いきなり何、今それ聞く?この状況で?」
「はい、今です。俺もう随分長いこと待ってんですけど」


三カ月ですよ、三カ月。そう続ける彼に何も言えない。きっと揶揄われているのだろうと相手にせぬまま、のらりくらりと誤魔化していたのに…まさかこんな切羽詰まった時に切り出されるとは。


「…ははは」
「なーに笑ってんですか」
「いやいや、とりあえず敵どうにかしよう?」
「ダメです、返事が先」


そう言いながら風切羽を持たない左手が伸びてきて、優しく後頭部に添えられる。そのままぐっと、鼻先が触れ合う距離まで一気に引き寄せられた。


「ホークス、」
「もう一度言います。貴方が好きだ」


真っ直ぐな愛の言葉と共に、すぐ近くで鳴るのは銃声音。もうそこまで敵は迫っているのに、彼は目を逸らさないまま顔を少しだけ動かして、そして、ちゅ、と。唇に与えられた温かい感触に思わず目を見開くと、至近距離で端正な顔が、小さく笑う。


「俺と付き合って」
「…順番おかしい」
「だって答えてくれないから」


全く悪びれない彼は更にもう一回、今度は角度を変えて、少し長めのキスを落としてくる。抵抗すら出来ないままに抱き締められる形になって、意外と逞しい胸板や温かい体温に翻弄されつつ。頭の片隅で、こんな場所で何やってるんだと思いながらも、いつの間にか自然と自分の両腕を彼の首に回して、甘やかな口づけを受け入れていた。


「ねえ、教えてよ。貴方の気持ち」


いちいち聞かなくたって分かってるだろうに、嫌な奴だ。揶揄われていると思って逃げて、深みにハマらないよう気持ちに蓋をしていたのに、そんなことも全部お見通しなんだろう。腹が立つので素直になんて言ってやらない。
…まだ、今は。


「…この任務が終わったら言う」
「もう、意固地だなあ」


彼は呆れたように、でも嬉しそうに笑う。同時に轟音が辺り一面に響き渡り、足元には瓦礫が転がってきた。ようやく私の体から離れて再度、風切羽を構えたホークスは、いつもの飄々とした、けれども頼もしい表情を浮かべ。


「なら絶対、生きて帰らないとね」


いきますよ。駆け出した背中を追うように、走り出す。互いに満身創痍、向かってくる敵は数知れず。それでも彼に、イエスと伝える為に。



20200925
プラス再録


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