幸せが溢れる
「お疲れ様でございます。ピオニー様」
その言葉と一緒に漂ってきたコーヒーの香り。俺は数時間以上睨んでいた書類の山から顔を上げた。
「ナマエ…まだ起きてたのか」
「ピオニー様がお仕事をされているのに眠ってなどいれませんわ」
「…さんきゅ」
優しく微笑んだナマエは、熱いマグカップを手元に置いてくれた。俺はそれを口に運ぶ。甘すぎず苦すぎない好みの味が口に広がって、疲れた体にじんわりと染み込んだ。
「まだ終わらないのですか?」
「いや、この報告書で終りだ。全く…この量を俺一人に任せるなんて厳しい臣下達だぜ」
「ずっと溜めに溜めていたのはピオニー様ですよ?」
そう言って笑ったナマエにつられるように、俺も笑った。
「厳しい奥さんもここに居た」
「執務をしなかったら臣下達が可哀想ですもの。仕方ありません」
「俺は可哀想じゃないのか?」
「ピオニー様には執務のお仕事、臣下達には別のお仕事。皆それぞれの仕事がありますから」
ナマエの言葉に俺が降参ポーズをするとナマエはまた笑った。ナマエの笑顔は究極に可愛い。疲れた俺の心にスッと入り込んでくる癒しのパワーを持っている。
「なぁ、こっち来いよ」
俺がそう行って手招きをすると、ナマエは小さく微笑んで俺の側に来た。ナマエの細くて小さな手をゆっくりと引っ張って、座っている俺の膝の上にナマエを座らせる。ぎゅっと抱き締めると、微かなコーヒーの香りと、ナマエのシャンプーの香りが鼻をかすめた。
「あー…落ち着く」
腕の中にすっぽりと入るサイズのナマエは、そっと俺の背中に手を回して、弱い力で抱き締め返してくれた。
「…お疲れ様でした」
「おう」
「久しぶりの執務はどうでしたか?」
「すげー疲れた」
「これに懲りたら、日々の執務を怠ってはなりませんよ」
「どうだろうな」
「まぁ」
ナマエは呆れたような、でもどこか楽しそうな表情で笑う。それが幸せで、またギュッと抱き締めた。
幸せが溢れる
できるなら、この何て事ない日常をずっと。
20110917