待ち焦がれた人




「アクゼリュスが…消滅…」


言葉にして、私の頭は真っ白になった。

上官達はみんな信じられないといった、けれど信じるしかないという表情をしている。

私が所属する第三師団は全員、唖然とする他ない。震えそうになる声を必死で出して、目の前の上官に言った。


「…カーティス大佐は、」


私達の直属の上官、ジェイド・カーティス大佐は。ほんの数日前にアクゼリュスへと向かったばかりだった。私の言葉に、上官は静かに首を振る。


「…カーティス大佐を含めた、キムラスカの親善大使、そしてイオン様御一行との連絡が途絶えた」


その場の全員が息を飲んだ。どうしたらいいか分からず、目の前の上官を見つめる事しか出来ない。

その時、会議室の扉が開いた。


「ジェイドは生きてる」


凛とした声が部屋に響いて、ゆっくり振り返る。声の主はピオニー陛下だった。

上官やみんなが敬礼をする中、私はそれすらも出来ず。ただ、陛下がこちらに歩いてくるのを呆然と眺めた。そして陛下は私の前に立ち、優しく微笑む。


「…ジェイドは生きてる。必ず生きてる」

「…、」

「あいつは、お前を置いていくような奴じゃねぇよ」

「…陛下、」

「信じろ。お前が信じないで誰が信じるんだ」


力強く、そして自信たっぷりに言った陛下は笑顔だ。上官達が強ばった顔をしている中、陛下だけが笑ってくれた。私は溢れそうになる涙を飲み込んで、精一杯の笑顔を陛下に向ける。


「…はい」

「…それでいい。お前は、笑って待っていてやれ」


…大丈夫、きっと大丈夫。大佐が、大佐が消える訳ない。死霊使いと呼ばれる彼が死ぬはずない。

私は左手の薬指に光る指輪を見つめる。彼の瞳と同じ色の真っ赤な宝石がキラリと輝いた。


「私と、結婚してください」


そう言ってくれた大佐の、優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。


「ナマエを必ず幸せにします。だから、これからも隣に居て下さい」


普段からは想像も出来ないくらい、緊張したような表情だった。嬉しくて幸せで、大佐が差し出してくれたこの指輪を受け取って頷いた。私が頷くと大佐は嬉しそうに微笑んでくれて、そして力強く抱き締めてくれた。そんな大佐が、私を一人にするはずない。

私が小さく頷くと、陛下もしっかりと頷いてくれた。そして上官達を見渡す。


「…ジェイド達が帰ってくるまでにアクゼリュスが消滅した原因を探る。俺は…キムラスカが、何らかの兵器で超振動を起こしたんじゃないかと考えている」


陛下の言葉に周りがざわめく。

超振動…未だかつて要因や仕組みが詳しく解明されていない力。でも超振動なら、街を消滅させることは可能だろう。悲惨な言葉を聞いた上官は、慌てたように陛下を見る。


「そんな…もしそれが本当なら、キムラスカは自国の親善大使やナタリア様…それに、イオン様をも見殺しにした事になるではありませんか」


陛下は渋い顔で頷く。


「…これは俺の憶測だ。だが、最近のキムラスカは、どう考えても戦争を引き起こそうとしている様にしか見えない」

「それは…」


良いよどむ上官。陛下の言葉がその通りだからだ。

一同全員が沈黙する。今まで、陛下が必死で戦争を回避していたのに、今回こんな形で宣戦布告されてしまったのだ。ずっと黙っていたゼーゼマン参謀長官が静かに口を開く。


「…これはもう、避けられん戦いじゃ。陛下、今こそ剣を取りましょうぞ」


押し黙った陛下は、やがて、決意に満ちた表情で私達を見渡した。


「…これより、対キムラスカの作戦会議を開く」


ざわつく部屋。

ついに、陛下が開戦の為に会議を開く。

私は指輪をそっと撫でた。

…カーティス大佐…あなたが安心して帰って来れるように、私も剣を取ります。この国を、貴方の友人であり王の陛下を守るために。





そしてついに、マルクトとキムラスカの正面衝突という形で戦争が始まった。

開戦して三日目。前線は互いに五分五分で、戦況は平行線上を辿っている。

私は今日、出兵だ。大佐の代わりに第三師団を率いて、セントビナー方面へ出向く。隊列に並び、出発の敬礼をしようとした。その時。

グランコクマの城から、一人の兵がこちらに向かって走ってきた。その兵は第三師団の者で、戦場に行く私達と連絡を取る係の者だった。彼は先頭で立っている私の所に来て、敬礼をする。



「ミョウジ中佐!直ちに第三師団執務室へ御越しください!」

「何言って…私はこれから兵を率いて出兵よ?」

「ミョウジ中佐の役目は代わりに自分が引き継ぎます!ここは早く執務室へ!」


失礼します!と彼は言って、私の腕を掴んだ。そして引っ張られるように城への道へ連れていかれる。城の途中まで来た所で彼は腕を放して、また敬礼をした。


「御無礼をお許し下さい!それでは、行って参ります!」

「ちょっと…!」


彼は猛スピードで走り去ってしまった。残された私は訳が分からないままだったが、急用かもしれないので走って執務室まで向かった。



「失礼します」


執務室の扉を開けた私は、部屋に居る人物に驚き、そのまま固まった。

なんで、どうして。


「…ナマエ」


カーティス大佐が、いる。私を見て、微笑んだ。

これは、幻?夢?


「…どうしたのです?そんな幽霊でも見るような顔して」

「あ…」


目の前まで来た大佐は、私の頬にゆっくりと触れた。その手のひらは、暖かい。


「…帰るのが少し遅くなりました」

「…っ」


その瞬間、私の目から涙が溢れ落ちた。止めたくても、久しぶりに泣いたせいか止め方すら分からない。大佐は困ったように微笑んで、優しく涙を拭ってくれた。


「随分と、心配かけましたね、ナマエ」

「うっ…たい、さ…」

「はい。ここに居ますよ」

「…良か、た…、…っ」

「…やれやれ…泣き虫ですね」


大佐が私を抱き締めてくれる。久しぶりに触れた大佐は暖かくて大きくて、やっと帰ってきてくれたのだと実感した。


「大佐…おかえりなさい…」

「…ただいま」



待ち焦がれた人




大佐だけでなく、イオン様やキムラスカの親善大使も無事だった。ローレライ教団の音律士の譜歌で助かったらしい。

大佐が行動を共にしていた彼らは帰ってきて早々に、今度はマルクトとキムラスカの戦争を止める為に旅立つことになった。

もちろん、大佐も一緒に。

私は陛下と一緒に、大佐達を見送る。


「…ナマエ。また、しばらく留守にします」

「…はい」

「ジェイ!お前、今度はナマエに心配かけんなよ?」

「分かっていますよ」


陛下の言葉に大佐は苦笑いをして、そして私の前に膝をついた。優雅な仕草で、私の左手をとる。


「ナマエ、」

「は、はい」

「…戦争が終わったら、私達の式を挙げましょう」

「大佐…」

「それまで待っていて下さい。私は必ず、ナマエの元へ帰ってきます」

「…はい!」


私が大きく頷くと、大佐は微笑み、そして私の左手の薬指にキスをした。その瞬間、大佐の後ろにいた皆さんが叫ぶ。


「う、うわぁぁ!ジェイドが紳士だ!」

「素敵…」

「ええ…素敵ですわ」

「おや、女の子はああいうのがお好みかい?」

「あたし見直したかも〜!」

「僕も驚きました…」


皆さんの言葉を聞いて、私は赤面する。陛下は私の隣で、盛大な溜め息を吐いた。


「あーもう…お前ら独身の前でいちゃつくな」

「へ、陛下、申し訳ありません」

「謝るな!余計に俺が惨めだろ!」

「そうですよナマエ、独身なのは陛下の責任ですから」

「ジェーイードー」


皆が騒ぐ。賑やかで、楽しい時間。

戦場に行く愛しい人の背中を見送るのは辛いけど、この雰囲気のおかげで、笑って見送ることが出来る。



「…大佐、行ってらっしゃい」

「…行ってきます」



20120928


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