感情を流し去る雨


――――あの日は、雨だった。


学校からの帰り道。傘を傾けながら足早に帰路を歩く。

高校三年生になったばかりの咲は、放課後に担任と進路について話し込んでしまい、いつもより帰宅時間が遅くなってしまった。

咲は調理師になる為に専門学校への進路を希望していたが、通学距離の希望条件が合う学校が見つからなかった。担任も色々と探してくれてはいる様だが、どこも自宅から通うには厳しい距離ばかり。


「家は出たくないんだよなぁ…」


小さな呟きは雨音で掻き消される。鞄を濡れない様に抱きながら、溜息を吐いた。

咲の両親は、警察官だ。

共働きで、咲が小さな頃から家に居ない事が多かった。でも、二人はいつも咲を可愛がっていたし、一人が多かった咲が自己流で覚え作ったご飯を「美味しい!」と笑顔で食べてくれる両親のことが、咲大好きだった。

調理師になりたい、と思ったのも、もちろん料理が好きという理由もあるが、夜勤や不規則な生活での二人の体調が心配で、力になりたいと思ったことがキッカケだった。

だから、二人を支える為にも、家を出る訳にはいかないのだ。


「帰ったら相談するか…」


咲は歩みを早める。

今日は二人共、夕方までの勤務だからもう家に帰っている頃だろう。両親は違う部署で休みや勤務が重なるのはとても珍しい。

だから今日は、久々の家族団欒だ。

もしかしたら、母は晩御飯を作りかけているかもしれない。母はあまり料理が得意ではないのだが、久しぶりに、あの薄い味のご飯を食べるのも良いな、と思うと、咲は自然と笑顔になる。

そんなことを考えている内に、家に着いた。しかし、窓から見える家の中は真っ暗だ。


「(…もしかして、残業?それか、疲れて寝てるのかな?)」


そう思い、鍵を取り出して玄関のドアを開ける。

玄関に靴は無い。まだ帰っていなかったのだ。咲は何となく寂しい気持ちで濡れたローファーを脱ぐ。

その時、タイミング良くリビングの電話が鳴った。誰も居ない家に電子音が響き渡る。ローファーと同じく濡れた紺のハイソックスも急いで脱ぎ、裸足のままリビングまで走って受話器を取った。


「はい、もしもし。高山です」


高校三年生、まだ子どもだった咲は。

受話器の向こうから聞こえてくる言葉の羅列に、頭を殴られたような衝撃を受けながら、ただ、ただ立ち尽くす。


「もしもし、高山咲さんですね?落ち着いて聞いて下さい。先程、咲さんの両親である高山敬三警部と、高山純子警部補と思われる者の遺体が発見されました」







―――あの日は、雨だった。


咲が全てを失った日。



あの日、あの瞬間、咲は。


雨と一緒に、人としての感情を、全部どこかに流してしまったのだろう。


だって今は、笑うことも、恐怖を感じることも出来なくなってしまったのだから。




あの日から、十年。


何もかもを無くした咲は、調理師になる夢を捨て、警察官になった。

両親の死の真相を知る為に。

そして、仇を討つ為に。




20170119