――慰め――
※2021.01.01時点での本誌ネタバレ含
声を殺して泣く女を見つけた。
寒い夜の公園、中心に佇む無機質なベンチ。そこにポツリと座っている人影が震えているのが、遠くからでも見て取れた。決して治安が良いとはいえないこの街で、あんなにも無防備な姿を晒すなんて自殺に等しい行為だと思う。けれども面倒事は御免だし、自分には関係ないと通り過ぎようとした、その時。
「…殺してやる」
微かに聞こえた台詞に思わず足を止めた。聞き違いではない、呟きのような涙声は確かに言ったのだ。殺す、と。
物騒な物言いとは正反対の弱々しい声に、少しだけ興味が湧いた。木陰から静かに近付いて、月明かりに照らされた女を覗き見る。
綺麗に施されていたであろう化粧はドロドロで、目蓋も鼻先も真っ赤に腫れて痛々しい。なのに、どこか決意めいた大きな瞳も、そこから流れ落ちる雫も、何故だかとても儚くて、目が離せなかった。
「…お嬢さん、どうして泣いているんだい?」
気付かぬ内に、俺は女の前に立っていた。いつものように、仮面で自らを隠すことだけは忘れずに。
「…誰」
女は涙を拭うこともせず、突然現れた俺に鋭い視線を向ける。嗚呼やはり、とても美しい女だ。
「…見ててごらん」
言いながら、握った右手を女の顔まで持ち上げる。まん丸の瞳が拳に向けられた瞬間、パッと手のひらを開けて飛び出させたのは、一輪の花。
「これ、は…」
呆気に取られ、続く言葉を失っている女の手元に、枯れたようにも見えるスノードロップを近付ける。白い下向きの可愛らしい花を、女は恐る恐るといった様子で受け取った。
そのまま小さな手を手袋越しに包み込み、そうっと優しく引き上げる。女の身体は羽が生えているみたいに、軽い。
「…さあ、安全な場所に案内してあげよう」
殺してやるだなんて、滅多なこと言わない方がいい。良からぬ輩に目を付けられても知らないよ。
――まぁ、もう遅いけれど。
俺は怪盗。どんな物でも盗み出す。
それが例え、素性の知らぬ女だろうとも。この手が触れたのならば、決して逃がしはしない。
20200119
※補足
ヴィランに大事な人を殺された主人公が復讐を決意する瞬間に立ち会って一目惚れする。タイトルは花言葉。(1/13 Twi)