ティアラ
「京ー、王子からプレゼントがあるんだけど」
中庭で花の水やりをしていた京にベルが声を掛けた。その手には、小さな白い紙袋。
***
「プレゼント…?」
京はジョウロを足元に置き、紙袋を差し出しながらそっぽを向くベルを見た。前髪で隠れていて目元は見えないが、どことなく照れている様子が伝わり、京は微笑みながら紙袋を受け取る。
「そー。お前に似合うと思って」
「ありがとう!…開けていい?」
「うん」
京はワクワクしながら紙袋の開く。ベルは少し緊張しながらその様子を見ていた。中身を確認した京は、キラキラと目を輝かせベルを見る。
「…これ、もしかして…」
「ししっ。気に入った?」
「うん…とっても!でも…こんな高級なもの…」
ベルがプレゼントしたものは、パールと宝石が散りばめられた小さなティアラ。ベールの上から取り付けられるタイプで、派手すぎず可愛らしいティアラを京は一目で気に入ったものの、いかにも高級なそれに申し訳無さが勝つ。
「気にすんなよ。だって俺、王子だし。結婚祝いなんだぜ?」
「ベル…ありがとう!」
自分よりも二つ歳上の京。でも、京の笑顔はあの頃からずっと可愛いままだ。これからもきっと変わらない。ベルはそう思いながら、前髪の奥から笑顔で喜ぶ京を優しく見つめた。
***
リング争奪戦後の入院生活。ヴァリアーの面々は元々一般人とは鍛え方が違い、身体の作りが頑丈である。各々が驚異的なスピードで治っていく様子には医者も驚く程だった。
ベルは元よりそこまで重体では無かった為、病室では暇を持て余していた。毎日花を持ってくるルッスーリアと少し話す程度で、マーモンは「余計な体力を使いたくない」なんて言ってずっと寝ていたし、レヴィと話すくらいなら一人の方がマシだったし、いつもからかっているスクアーロは寝たきりだ。XANXUSの元へ行く勇気は無い。
そんな時だった。京に出会ったのは。
いつもの様にルッスーリアが花の取り替えをしに来た時、自分と年の近そうな少女が一緒に部屋に入って来たのだ。
「誰?お前」
「ちょっとベルちゃん!女の子には優しく接しなきゃダメでしょ?」
「うるせーよオカマ。で、誰なわけ?」
「京です…あの、お花。変えに来ました」
暇過ぎて苛立っていたベルの言い方には棘があったのだろう。京はルッスーリアの背中から少しだけ顔を出して、固い表情のまま小さく名乗った。
それからというもの、よくベルは京にちょっかいを出すようになった。自分より歳上というのには驚いたが、それは京も同じだったらしい。敬語は辞めろと言ったら、京は困り顔で、でも了承してくれた。
京の父も同じ病院に入院していたので、何度か病室に遊びに行った。相手は喋らないので何をするでもなかったが、京は誰かが見舞いに来てくれるだけで嬉しいと喜んでいたし、そんな京の笑顔を見るのがベルは好きだった。
ある日のこと。いつもの様に京を探しに病院内を歩いたが中々見つからない。それでも自室に戻る気になれず、スクアーロが目を覚ましたことを思い出したベルは、久しぶり彼の部屋へ向かった。
病室のドアが少し開いている。そこから探していた京の声が聞こえてきて、ベルは何となく気配を消して中を覗いた。
「スクアーロさんの好きな食べ物は何ですか?」
「マグロのカルパッチョ」
「…」
「…」
「…他には?」
「ぶり大根」
「…看護師さんに、病院食で作ってもらえるか聞いてみますね」
「おお゛…頼む」
どうやら食欲が無いであろうスクアーロの為に好物を聞いているようだった。さすがにマグロのカルパッチョは無理だろうとベルも内心で思う。
「な゛ぁ…京」
「はい?」
「俺が動ける様になったら…親父さんの見舞いに行っていいかぁ…?」
スクアーロの言葉に京は一瞬驚き、そして、ベルが見た事のないくらいの笑顔を見せた。
「…はい、是非」
その笑顔を見て、ベルは気配を消したまま大人しく自室に帰った。何故だろうか…京と仲が良いのは、敬語も使っていないし歳も近いし、自分が一番だと思っていた。けれど、どうやらそうではない様だ。自分が知らない間にスクアーロと京は仲良くなっていた。それがベルは面白くなかった。
そう思うと京と顔が合わせ辛く、京の気配を察知するとマーモンの部屋に行ったり、病室を抜け出したりして会わない様にしていた。
そして、ある時。ベルが自分の病室でボーッと過ごしていると、ルッスーリアがひょっこりと顔を出した。
「ねぇベルちゃん。京、来てないかしら?」
「…知らねー。スクアーロのとこじゃねーの?」
「スクちゃんのとこには居なかったわ。この時間、いつも私のとこに来るんだけど…変ねぇ…」
ルッスーリアなら京とスクアーロがいつから仲が良いのか知っているかもしれない
。そう思ったベルが口を開こうとした時、遠くの方から騒音が聞こえた。何かをぶつける様な音…それは、ずっと静かだったXANXUSの部屋の方向からだ。
「何をしてるんですか!」
「うるせぇ!ぶっ殺すぞ!」
続いて聞こえた京とXANXUSの声。ルッスーリアはものすごい速さで病室を飛び出す。ベルも身体を即座に起き上がらせXANXUSの病室に向かう。
レヴィとマーモンにも騒音と声は聞こえていたのであろう、二人もベルの後を追う様に走った。
ちょうどスクアーロの病室の前を通り過ぎようとした時、突如ドアが開きスクアーロが倒れてきた。予期せぬ事態に先頭を走っていたベルはぶつかり二人して倒れる。
「痛ぇな、何すんだよスクアーロ!」
「ぐっ…、俺も連れていけぇ゛!」
「はぁ?!何で俺が、退けよ!」
「頼む!今のボスじゃあ、何しでかすか分かんね゛ぇ!」
こんなに焦った顔のスクアーロをベルは初めて見た。そして、その言葉の意味が指すものが京を心配しているということに気付き、ベルは長い前髪の奥で眉間に皺を寄せる。
「んだよ…めんどくせーな!レヴィ、そっち!ホラさっさと立てって!」
「な、何故俺まで…それより一刻も早くボスの元へ!」
「ルッスーリアが先に行ってる。最悪の事態にはならないと思うから今は手伝った方が早くボスのところに行けると思うよ。言っとくけど僕は無理だからね」
「俺だけじゃスクアーロ担げねーんだよ手伝え馬鹿!」
「ぬん…!」
「すまね゛ぇ…!」
フラフラと飛ぶマーモンの的確な言葉に、レヴィは渋々ながらもベルの反対側に回ってスクアーロを支え歩き出す。なんで俺が。つーか何やってんだ。そう思うのに、スクアーロを蹴り飛ばしては行けなかったのは、スクアーロに向けていた京の笑顔を思い出したから。
京は父の事もあり、あまり笑うことは無かった。けれど、話している内に徐々に立ち直ってきたのか、いつしか目尻を下げて小さく微笑みを浮かべる様になってきていた。大人しく、それでいて可愛らしい笑顔が、ベルは好きだった。
しかし、スクアーロへ向けていた笑顔は違った。大事なものを見る様な暖かい目で、優しく目を細めていて…自分には向けられたことのない、眩しい笑顔。あんな顔もするのかと思ったし、それをさせているスクアーロは腹が立つけど、でも…スクアーロもきっと、自分と同じで京の笑顔が好きなのだろう。なら、連れて行かなければと思った。
今XANXUSの病室に京がいる。あのXANXUSのことだ、京なんて一瞬で殺せるし何とも思わないだろう。それは嫌だった。京には死んでほしくはなかった。ルッスーリアが先に向かっているので大丈夫だとは思うが…
そして、辿り着いた時。病室内はチューブや機材やらが散乱し、壁や床には点滴と思われる液体が飛び散っていた。少し痩せたXANXUSがベッドの上で下を向いて座っており、強張った表情のルッスーリアが京を庇う様に立っている。その京の頬には、赤い傷。
リング争奪戦後から初めて顔を合わすXANXUSと幹部達。誰も何も言わず、時間が止まる。しばらくして、ルッスーリアの後ろから京が顔を出し、XANXUSを見て微笑んだ。
「おかえりなさい、XANXUSさん」
その言葉に、ゆっくりとXANXUSが顔を上げる。一見無表情に見えるが、付き合いの長い幹部達には、その表情の中に僅か驚きが混じっていることが分かった。
「ボッ…ボスゥゥ!!」
「うわ!」「う゛お?!」
京言葉を皮切りに、レヴィが一目散にXANXUSの足元に跪く。肩を貸していたスクアーロを放り出す様にして飛び出したので、ベルとスクアーロはバランスを崩し尻餅を着いた。近くにいたマーモンは身軽に避ける。
「ムッ…危ないよ」
「だ、大丈夫ですか?!」
駆け寄ってくる京は真っ先にスクアーロを抱き起こす。身体の重体度でいえば当たり前なのだが、なんとなくベルは面白くない。けれど。
「ベルも、大丈夫?」
心配そうに自分を見つめる京を見たら、何だかどうでもよくなった。
「…大丈夫だよ。だって俺、王子だし。つーかお前こそ大丈夫なわけ?」
ベルが京の頬に触れると、京はビクッとし、そして。
「…ちょっと痛いや」
そう言って、歯を見せて笑った。
***
「あー。ベル先輩と京先輩ー何やってんですかー」
「フラン!ベルがね、結婚祝いでティアラをくれたの」
「へー、堕王子にしては珍しく良いセンスですねー」
「誰が堕王子だクソガエル!」
「ゲロッ!何すんですかー」
過去の思い出の回想中に現れた大きな黒いカエル頭、フラン。当時は居なかったものの、今ではヴァリアーの新米幹部である。マーモンも存在するこの世界では被り物は不必要だが、本人は気に入っているらしい。ベルはその被り物を思い切り殴った。
目の前で始まる殺気立つ喧嘩に、京は苦笑しながら止めに入る。
「二人とも。この前の喧嘩で窓ガラスいっぱい割って怒られたばっかりでしょ?」
「「…」」
先日、些細な言い合いから発展した喧嘩という名の殺し合いで屋敷の窓ガラスを大量に割った二人は、うるさいと激怒したXANXUSから憤怒の炎を浴びせられそうになったのを思い出し、大人しくなる。その様子に京が呆れたように笑うと、フランがジッと京を見た。
「…ミーも、京先輩に結婚祝いあげたいですー」
「おい、真似すんなよ」
「真似じゃないですー気持ちですー」
「フラン…ありがとう。でも、その気持ちだけで嬉しいよ?」
「そうだぞ見栄張んな」
フランはまだ十代だ。ベルの結婚祝いが嬉しかったとはいえ、何も考えず見せたせいで若いフランに気を遣わせてしまったかもしれないと京は内心申し訳なくなる。しかしフランは何を気にするでもなく、いつもと変わらないトーンで話す。
「決めましたー当日サプライズしますー」
「サプライズ?」
「そうですー首洗って楽しみに待ってて下さーい」
「…意味が違うっての」
サプライズ、とは。一体なんだろう?ほんの少し怖いけど、ベルやフランが祝ってくれている。それだけで、京は心が温まる様に嬉しかった。
20170308