ジュエリー 1


「京、似合ってるぞぉ」


スクアーロの言葉に、京は顔を赤くして、でも嬉しそうに笑った。




***





今日は休日。スクアーロと京は先日ルッスーリアにベールを選んでもらったウエディング専門の店に来ていた。京のアクセサリーを買う為に。Aラインのドレスは胸元が開いているのでネックレスとピアスが必要だった。

ティアラはベルにもらった物がある。スクアーロはベルといっても男からのプレゼントという事で一瞬嫌な顔をしたのだが、ティアラ自体はセンスが良く京によく似合っていたし、何より、あのベルが祝ってくれた。その事実は、日々喧嘩をし殺してやろうかとも思うことも多くあるが、それでもスクアーロにとって弟の様なベルの気持ちは素直に嬉しかったので、受け取る事にしたのだ。

しかしアクセサリーは何が何でも自分が選ぶとスクアーロは決め、早速今日実行した。

大小様々な大きさのパールと宝石が重なり控え目だが存在感のあるネックレスとセットの、大きなパールが印象的なピアス。スクアーロは一目見て京に似合うと確信し試しに着けてみたところ、やはりよく似合っていた。京も気に入った様で、店に入って数分でアクセサリーは決まった。

今、二人はイタリアの街をブラブラと歩いている。思えば、こんな風にデートをしたことは今までに数える程だ。

スクアーロの右手と京の左手はお互いの指輪が重なるように繋がり、ゆっくりと街並みを見つめながら歩く。アクセサリーが思いの外かなり早く決まったので、まだ夕方にもなっていない。


「何かしたいことあるかぁ?」

「そうですねー……あ!」

「ん゛?」

「スクアーロさん、あれ、食べたいです」


京が指差したのは街の広場の一角に止まっているジェラードのキャンピングカー。久しぶりのデートが余程嬉しいのか、今日の京はずっと笑顔である。そんな京が可愛くて、そして休日で私服ということもあり、スクアーロも普段よりずっと柔らかい笑みを浮かべている。


「よし、買いに行くぞぉ」

「はい!」


スクアーロはカフェモカ、京はミルクのジェラードを選び広場のベンチに座った。中心にある噴水がよく見えるベンチは広場を一望出来る。今日は平日なので人はほとんど居らず、とても静かだ。


「いただきます…んー!美味しい!」

「そりゃ良かった」

「私、イタリアに来るまでジェラードを食べたこと無かったんですよ」

「日本にもあるだろ゛ぉ?」

「あったんですけど…機会が無かったというか、ソフトクリーム派だったというか…」

「あのクルクルしたアイスか」

「そうです。でも、イタリアに来てからジェラード派になりました」


だって、こんなに美味しいんですもん。そう言って笑う京。まだ日も暮れていない時間に、イタリアの街で、一緒にジェラードを食べながら他愛ない話をして、笑い合う。かけがいのない時間。スクアーロは自分に笑顔を向ける京に、リップ音をわざと鳴らして不意打ちのキスをした。みるみる赤くなり下を向く京と、してやったりのスクアーロ。


「確かに、美味ぇなぁ゛」

「…スクアーロさん…こ、ここ外です…」

「誰も居ねぇから大丈夫だ」

「そういう問題じゃなくてですね…」


そう言いつつも、赤い顔のまま恥ずかしそうにジェラードを食べる京。その横顔を見ながら、スクアーロも満足気に笑ってジェラードを食べた。

その時、松葉杖を付きながら歩く男と、その付き添いの女が広場に入って来たのがスクアーロから見えた。二人ともまだ若く、足を怪我した男を女が一生懸命に支えながら歩く練習をしている。少し離れた所に車椅子があるのでリハビリなのだろう。その光景を懐かしく感じながら、スクアーロは優しい目で見つめた。




***





入院して三週間ほどが経った。ルッスーリア、ベル、レヴィ、マーモンは全快とは言えずとも日常生活は支障無く送れるまで回復していた。

XANXUSは受けた傷が深く手術が必要だったが本人が拒んだ為、病院側は塗り薬と鎮痛剤を処方することしか出来なかった。しかし動ける様になるまでは点滴でしか栄養を摂れなかったが、今は食欲があるようで日々肉を食し、アルコールまで求める始末。誰よりも速いスピードで回復に向かっていた。

問題はスクアーロだった。山本との戦いで満身創痍の身体を鮫に食い千切られかけ、絶命する間際に助け出された。出血量が多かったので輸血を定期的に行い、本人が目を覚まさない内に手術も繰り返した。

目を覚ましてからも自力で食べることが出来ず点滴での栄養補給のみだったが、スクアーロ自身は空腹を感じているのか口から食べ物を摂りたいと言い出し、それを聞いた京はスクアーロの食事の補助をする様になった。まだ箸は使えなかったが、ゆっくりであればフォークは何とか使えた。


スクアーロは目覚めた時、京を見て泣いた。それを、京はスクアーロがとても痛くて辛かったから泣いたのだと思っていた為、私に何か手伝えることがあるなら、と積極的にスクアーロの病室に足を運んでいた。そうして少しずつ話していく内にスクアーロという人間を知った。言葉遣いは荒いが真面目で、弱音を吐かず、懸命にリハビリに取り組む姿に徐々に目が離せなくなり、スクアーロの為に何かをしたいと思う様になっていった。

スクアーロはと言うと、最初こそあまり笑わなかった京が笑顔を見せてくれる様になり、いつも自分を健気に助けてくれる京に感謝以上の気持ちを抱き始めていた。しかし自分達は裏社会の人間であり回復したらイタリアへ戻るということ。戻ったら今度こそ処刑されるかもしれないし、どんな罰が待っているか分からない。そんな自分が、表社会で生きる京と近付かない方が良い事は重々承知していた。だからスクアーロは回復するまでの期間限定と割り切り、少しでも多くの京の笑顔を側で見て、心に刻み付けることを密かに決めていた。

そんなある日。XANXUSとの一件で無理矢理に身体を起こしたのが良かったのか、松葉杖と補助があればスクアーロは自分の足でゆっくりと歩ける様にまでなった。

京は補助をしようとしたがスクアーロとの体格差が大きく危ないので補助はルッスーリアに任せ、松葉杖を蹴ろうとするベルを注意する役をしていた。


「イチ、ニッ、イチ、ニッ…いや〜ん!スクちゃん上手よ!」

「うるせぇ変な声出すな゛ぁ!」

「しし。隙あり!」

「う゛お?!」

「ベル!やめて、スクアーロさんが転けちゃうでしょ?!」

「おもしれーんだもん、スクアーロの奴すっげー顔」

「う゛おおおい゛!てめぇベル、治ったら覚えてやがれぇ゛!」



治ったら。何気なく言ったスクアーロの言葉に、全員が黙った。治ったら、イタリアへ戻る。罰が待っている。そして、京とは今生の別れになるだろう。

京はスクアーロ達がマフィアということを知らない。ルッスーリアが最初に、自分達は同じ会社のチームで出張中に事故に巻き込まれたが、大手の病院に空きが無かった為に、臨時の病院として運営していたこの閉院した病院に入院することになったと伝えていたからだ。京もそれを信じ何も疑っていなかったし、出張中の事故ということは回復したらイタリアへ戻るのだろう。それを分かっていた。だから、


「…早く、治ると良いですね」


こんな離れた地で入院生活なんて誰だって嫌に決まってる。みんなは早くイタリアに戻りたいに違いない。

母は小さい頃に病死、兄弟親戚はおらず、父が物言わぬ状態で一人ぼっちだった京。

京にとって、スクアーロ達がイタリアへ戻ってしまうのはとても寂しいことだったけれど、それは一切口にしなかった。言ってしまったら優しい彼らを困らせてしまうと分かっていたから。悲しみを隠す様に笑う京に、スクアーロ達は何も言えなかった。


――その日の夜。京が帰った後、ヴァリアーの面々は全員XANXUSの部屋へ集められた。


「怪我の具合は…良さそうだな」


監視役の、沢田 家光が来たからだ。沢田がヴァリアーと顔を直接合わせるのはリング戦以来だった。

XANXUSはベッドに踏ん反り帰って座っているものの目は閉じている。スクアーロ達は溢れんばかりの殺気を滲み出させるが、沢田は特に気にしていない。


「この調子なら、来週末くらいにはイタリアへ戻れるか」


全員全快とまではいかなくても、飛行機で移動することくらいは出来る。9代目を傷付け反乱した者達の回復を100%待ってやるほど、ボンゴレは甘くなかった。

全員が何も言わないのを了承と見なした沢田は、あと一週間ゆっくりしろ。とだけ伝え部屋を出ていこうとした。それをルッスーリアが呼び止める。


「待ってちょうだい。聞きたいことがあるの」

「なんだ?」

「…この病院に入院してる男の人…戸田 健介のことよ」

「…」

「ここは、閉院した病院よね?なのに、どうして一般人が入院しているの?」



ルッスーリアだけじゃない、みんな疑問だった。京は、父の友人と名乗る茶髪の男に医療費を免除できるからと紹介され、言われるがままこの病院へ移ったと言っていた。

茶髪の男。その単語が、ルッスーリアには引っかかっていた。そして目の前の男、沢田の茶色の髪を見ながら、問う。


「あなたが、京に声をかけて、紹介したんでしょう?」

「…」

「京は私達と仲良くしてくれてるの。もちろんマフィアってことは言っちゃいない…まぁ、監視カメラで見てる貴方は知ってると思うけど」



最後の部分だけ少し嫌味を含めた言い方をするルッスーリアに、沢田はしばらく黙っていたものの、やがて小さく溜息を吐いて、それから小さな声で言った。


「…京の父親、戸田健介はな…CEDEFの者だ」


沢田の言葉に、部屋に居た者は全員息を飲んだ。





20170311





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