ベール


「んまぁ!私が…私がベールダウンをしてもいいのぉ?!」

「…京が、お前にしてもらいんだとよぉ」


俺は別にお前じゃなくても構わねぇが。そう続けたスクアーロの言葉は、目の前で喜びの余り半狂乱状態になっているルッスーリアの耳には届かなかった。



***




「ルッスーリアさん、付き合って頂いて、しかも運転まで…本当にありがとうございます」

「気にしないでちょうだい。それに、久しぶりに運転したい気分だったのよぉ」


今日はスクアーロと一緒にベールを見に行く予定だったが彼に急な任務が入ってしまったので、京は姉の様に慕っているルッスーリアに一緒に来てくれないかと頼んでみた。ルッスーリアは二つ返事で了承し、街までの道中、車の運転まで引き受けてくれた。

日本人で、10年程前からイタリアに住み始めた京。イタリアに来てすぐに運転免許を取ったものの、左ハンドルの車には未だに中々慣れず、特に街中での運転は恐怖だった。だからルッスーリアの気遣いは嬉しかったし、感謝の気持ちでいっぱいになる。

他愛無い会話をしながら、イタリアの街を走る。しばらくするとウエディング専門の店に着いた。駐車場に車を停め店内へ入る。店自体はそんなに大きくは無いが、シンプルで可愛らしいデザインが多く気に入っていたので、京は小物類は全部この店で揃えていた。店員も、こちらから質問するまでは話し掛けて来ないので、ゆっくり見れるのも良いところだ。


「京のベールダウンだけじゃなく、ベールも一緒に選べるなんて、とっても嬉しいわ」


ルッスーリアが嬉しそうに言いながら、早速とばかりにベールのコーナーへ歩き出す。そんな姿を見て京まで嬉しくなった。

結婚すると報告した時も、ルッスーリアは泣きながら、自分のことの様に喜んでくれた。家族がいない京にとって、ルッスーリアは姉の様であり、また母の様な存在だ。


「ドレスはもう決まっているんです。コレなんですけど…」

「どれどれ…」


京は自分の鞄からカタログを出し、付箋を貼ったページを開いてルッスリーアに見せた。スクアーロはこれが良いと言ってくれたし、自分自身も一目惚れだったドレス。上半身部分はピッタリとした、パニエに少しボリュームがあるAラインのドレス。可愛らしく、ふんわりとしているそれは、とても京に似合うとルッスーリアも思った。


「とっても素敵ね!ちなみに、スクちゃんのタキシードの写真はある?」

「あります。えーと…コレ、この右のやつです」


カタログを数ページめくり、京は白いスーツを指差した。タキシードの色は白だが、中のベストはネイビー、ネクタイはシルバーにブルーのラメが入っている。 あまりにもピッタリだ!とスクアーロに提案したところ、スクアーロも気に入ってくれたものだ。


「あらあら!もう、スクちゃんの為のタキシードじゃないの!」

「ですよね!すごく似合うと思います」

「良いわ良いわ、うん。じゃあまずは…このベールなんてどうかしら?」


こうして、カタログの中のドレスとタキシードを見合わせながら、ルッスーリアは京のベールを選び始めた。




***





「今日は本当にありがとうございました。ルッスーリアさんのおかげで、ピッタリなベールが見つかりました」

「どういたしまして。私もとっても楽しかったわ」


時刻は夕方。昼過ぎに店に着いてから、ずっと色々なベールを合わせていたら、気付いたら夕方になっていた。ベールは、シンプルなロングベールに決定。いくらヴァリアー二代目剣帝の結婚式といえども暗殺者である為、盛代なセレモニーではなく、ヴァリアーのアジトから近い、海の見える小さな式場を京は提案し、それにスクアーロも同意した。

しかし、九代目のティモッテオを始め、現ボンゴレ十代目や守護者、CEDEF等、ボンゴレの主要人物は参列予定である。規模は小さくても、参列者の格式が高い。花嫁のベールの長さは格式によって長くなるので、ベールはロングが良いとルッスーリアが言ったのだ。

京自身も、ロングベールには密かに憧れがあった。でも自分がいざ付けるとなると尻込みをしてしまうが、ルッスーリアがシンプルでキラキラとラメが輝くロングベールを見つけてくれて、無事に決まったのだった。

アジトまでの帰り道を車でゆっくりと走りながら、ルッスーリアは隣でニコニコする京のことを考える。



――京は、一般人だった。

十年前。
ボスであるXANXUSをボンゴレ十代目にする為のリング争奪戦が行われた。ルッスーリアやスクアーロを含むヴァリアー幹部で日本に向かった時の事だ。

沢田綱吉に敗れ大怪我を負ったヴァリアーは、ボンゴレの管轄下である並盛町にある閉院した小さな病院に運ばれた。帰国するにも絶対安静が必要だった者が多かった為、ある程度回復するまでは、CEDEF監視の下での入院が決定された。

特に酷かったのはスクアーロだった。大空戦を見届けた後、彼は死んだ様に眠り続けていた。せめてスクアーロが歩ける様になるまではイタリアへ戻れないだろう、と、ヴァリアーの面々は大人しく決定に従った。

各自が個室だった為、比較的軽傷だったルッスーリアはベルやマーモン、レヴィなど、みんなの部屋によく顔を出しては彼なりに元気付けようとしていた。XANXUSの部屋だけは、流石に行けなかったが…。

ルッスーリアは主に、各自の部屋に花を生けた。みんな何も言わないが壊したり捨てたりしないところを見ると、嫌ではないらしい。そう判断したルッスーリアにとって、花の取り替えは日課となった。

そんなある日、花瓶を洗おうと病院内を歩いていた時。通りかかった病室のドアが開きっぱなしになっていて僅かに花の良い香りが流れてきた。閉院している病院の為、自分達以外は誰もいないと思っていたルッスーリアは驚いたが、悪いと思いつつも花の香りにつられるように病室を覗く。

そこには、たくさんの色鮮やかな花束や見舞いの品に囲まれながら、ただパイプ椅子に座ってベッドを見つめる無表情な少女がいた。花束は包まれたままの状態で放置されており、枯れかけている物もある。見舞いのフルーツも、よく見れば底の方は腐っていた。

この病室だけ、現実から取り残されていると錯覚を起こすほど、異様だった。そしてその少女の、あまりにも、何かを我慢している様な、感情を殺している様な…そんな辛そうな無表情な顔を見て、ルッスーリアは思わず声を掛けた。


「…ねぇ、あなた。そんなんじゃ、お花が可哀想よ?」




***





…あれから、あの出会いから、もう十年が経ったのか。元々明るい子だったのだろう、今では京はいつも笑顔で、暗殺部隊という闇の自分達を照らしてくれる太陽の様な存在になった。


「(この子が、こんなに笑えるのも…スクちゃんのおかげね)」


ハンドルを握りながら、ルッスーリアは小さく微笑む。それに気付かない京は、他愛ない話をルッスーリアに楽しそうにしていた。

しばらくして、アジトに着いた。京スクアーロと同じ部屋で、ルッスーリアとは階が違う。その為、階段で別れることになる。


「じゃあ、京。って言っても…夕飯の時間には会うけどね」

「はい…ルッスーリアさん、今日は本当にありがとうございました」

「んもう!そんなに何回もお礼なんて言わないでちょうだい。私も楽しかったんだから!」


頭を下げる京は、いつまで経っても礼儀正しいし、どこか他人行儀でもある。 しかし、それはきっと京の性格だから本人は気を遣っているつもりは無いのだろう。それでも、只でさえこんな仕事をしていると…誰かから礼を言われる、ということは皆無に等しい為、なんだか気恥ずかしくなる。

それを誤魔化す様に笑い飛ばすルッスーリアに京は微笑みを返してから、再度ルッスーリアを見上げた。


「あの、これ…今日のお礼です。大したものじゃ無いんですけど…」


京はそっと鞄から、綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出した。ルッスーリアは驚く。


「まぁ…京ったら、いつの間に…」

「…ルッスーリアさんが、ベールを選んでくれている時に、ちょっと」


悪戯が成功したような笑みを浮かべる京。ルッスーリアは嬉しくて、その箱をゆっくり手に取った。


「嬉しいわぁ…開けても良い?」

「はい!」


紐を解いて、蓋を開ける。


「これは…」


細い花弁が何枚も重なる様に入っている、小さな小瓶。蓋を開けた瞬間、花の優しい香りが舞う。


「ルッスーリアさん、花の香りが好きでしたよね?これ、持ち運び出来るミニ芳香ボトルっていうらしいんです」

「…この、花弁って…」


驚くルッスーリアに、京は優しく笑う。


「…スイートピーです」


ルッスーリアは、京をゆっくり抱き締めた。ただただ、この小さな人が、京が大切だと思ったから。


「あ、これは枯れてないわね。スイートピーの花束よ」

「スイートピー…」

「ええ。強すぎなくて優しい香りでしょ?花言葉は、【優しい思い出】」

「…っ」

「…ほら。事情は知らないけど、そんな辛そうな顔するなら、思い切り泣いちゃいなさいな」




十年前の、二人の出会い。

京のたった一人の肉親であった父が交通事故に遭い、脳が死んだ。 一生目覚めることがない、機械に繋がれて息をしているだけの人形になってしまった。

莫大な医療費により、父の保険金もすぐに底を尽き掛けていた。そんな時、父の友人と名乗る茶髪の男に、この病院なら医療費を免除出来る、と紹介され、大きな病院から言われるがまま移動したのだった。閉院してはいるが機材や設備は整ってあり、手のかからない父一人であれば面倒を見てくれるとのことだった。

当時高校三年生になったばかりの京は学校に行かなくなり、一日中この病室で過ごしていた。

特に何かをする訳でもなく、ただ父の側にいた。見舞いに来てくれていた父の職場の人達も、一週間もすれば誰も来なくなった。

そんな時、現れたのがルッスーリアだった。

京は昔を思い出す様に、ルッスーリアの背中に腕を回して、力一杯抱き締め返す。


「…あの時、ルッスーリアさんが来てくれて、私は救われました」

「京…」

「父があんな状態なのに、泣けなくて。どうしたら泣けるのかも分からなくなってて…」


【優しい思い出】と聞いて、父との他愛ない思い出が蘇った。

「泣いちゃいなさいな」。この言葉は、きっと自分が欲しかった言葉だ。けど、一人で泣いたら、この現実を受け止められないと本能で分かっていたから泣けなかった。

でも、ルッスーリアは、泣き続ける京の側に居てくれた。それが、どれだけ自分にとって支えになったか…

だから、本当にありがとうございました。そう言う京が、ただただ愛しい。自分だけじゃない、ヴァリアーの面々が十年前の争奪戦から立ち直れたのは、京がいてくれたからだ。
あんな絶望的な状況で、自分達に笑顔を向けてくれたのは京だけだった。その笑顔に、京という存在に、どんなに救われたか。お礼を言うのは自分達だ。

そう思ったルッスーリアが京に向き直り、ありがとうと口にしようとした時、


「う゛お゛おおおい!!てめっ、ルッスーリアァァ!!!何してやがる!!」


屋敷中に響く怒声が響き、ルッスーリアと京は反射的に体を離した。


「スクアーロさん!おかえりなさい」

「おお゛、戻ったぞぉ…じゃなくて!!」

「オホホホ、じゃあねぇ京!これ、ありがとう〜」

「あ、はい!」

「待ちやがれぇぇ!!」


逃げるが勝ち、とルッスーリアは上の階へ登る。任務帰りのスクアーロは追いかけて来るつもりはないのか、気配は感じなかった。

ルッスーリアは、もう一度、京がくれた小瓶を見つめる。


「京…ありがとう…」


誰にも聞こえない様に呟き、彼はそっと、自室へと戻った。




20170303





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