未知の自由へ(槙島独白)
第一話・槙島side
シビュラシステム。
社会を統べる、管理システム。
人はみな監視され、支配されるこの世界で。絶対的ともいえるその枠組みから外れてしまった人間は、どうすればいいのだろう。自分の意思とは関係なく、生まれた時から独りきりだった僕は、何者なのだろう。
「……この世界は、狭い」
呟きが、風に流されていく。視界を遮るものは何もない。
ここは、ノナタワー。
全ての元凶であるノナタワー。
おそらく日本で一番、全てを見渡せる場所に僕は今、立っているというのに。ここから見える世界はひどくちっぽけで、窮屈だった。
微かに見える海は大きな牢獄に他ならず、あの牢獄の向こうは血と涙に覆われた戦争地帯だと分かっていても、自由があるのなら、向こう側の世界の方が平和に思えた。
「……」
無数の人工的な灯りが、目下で規則正しく輝いている。目の前のホログラムを無視してほんの数歩、足を踏み出せば、高層階にいる僕の身体は空に投げ出されるだろう。作り物の匂いと光に包まれ、闇の中へと一瞬で飲み込まれていくのだろう。
その先が、自由であるなら。
死という、未知の自由が待っているのなら。
それも一つの選択だった。誰にも邪魔されず、支配されることなく気ままに旅立つことができる。それが出来るのは、きっとこの社会では僕だけだ。
けれど。
螺旋階段の下。扉の開く音が静かに響く。
暗闇に歩もうとしていた足を止め、振り返って見下ろした先には。
「……そうか。君が、僕を止めるのか」
誰にも届かない呟きが、夜空へと消えていく。僕を最初に見つけるのは狡噛慎也だろうと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。
血に染まった体を引き摺りながら現れたのは、立花亜希だった。彼女に対し、皮肉と喝采の意味を込めて手を叩く。
「君が先に到着するなんて、予想していなかったよ」
彼女は今にも息絶えそうなほどボロボロなのに、その目だけは、とても力強くて真っ直ぐだった。僕とは正反対の漆黒の瞳は、何よりも凛としていた。
交差する視線を逸らさず、問いかけるように彼女を見つめる。
――立花亜希、君はこの地下深くで眠る真実を、知っているか。
知った時、君はどうする。
何も知らないその瞳は、どう歪む。
その銃口を、どうする。
審判は、どう出る。
「槙、島…聖護…」
僕の名を口にした彼女が、迷いのない動作で銃を構える。
そして、裁きの蒼い光が僕を捉え、赤に変わった瞬間。
やはり僕は、孤独だ。
そう再認識したと同時に、誰よりも早く僕を見つけてくれた君を、一足先に未知の自由へ葬ることを決めた。
20210507