幸せなひと時


散乱した衣類は適当に羽で集めて、洗濯機へ突っ込んだ。

亜希がずっと抱き締めていたホークスのジャケットは彼女の涙と唾液と汗にまみれており、快楽に耐えた必死さが伝わってくる。一人で抜く用にこのまま保管して福岡に持って帰ろうかな、という邪な考えが一瞬脳裏を過ぎるが、亜希にバレたら流石に引かれるだろうと思って諦めた。

一応軽く洗濯して、明日仕事の前に即日仕上げのクリーニングに寄ろう。予備のヒーローコスチュームをこの家に置いておいて正解だった。彼女のスーツとブラウス、つい破ってしまったストッキングはもちろん弁償する。なんなら全部オーダーメイドしてプレゼントしようか。

そんなことを考えながら、いつの間にか眠ってしまった亜希を起こさないように。ホークスは風呂場で彼女を膝に乗せながら慎重にシャワーを掛けて体を清めた。気持ち良さそうに規則正しい寝息を立てる亜希は余程疲れてしまったのだろう、目を覚ます気配はない。

風呂から出て、バスタオルで細い体を包み込む。ふと見た洗面台に置いてある、いくつかの小瓶。彼女が使用しているスキンケア用品だった。男の自分にはよく分からない種類の多さに驚く。なんとなく亜希はそういったことに頓着が無さそうだったから。

普段も薄くメイクはしているだろうが塗り重ねた濃いものではないので、スッピンと何ら変わらない。ホークスはまじまじと彼女の顔を見つめ、改めて透明感のある肌に感動した。

とりあえず風邪を引かせてはいけないと棚から下着と、以前お揃いで買ったパジャマを取り出す。それらを優しく着せてから、リビングの大きなソファーに横たわらせた。一人で再度洗面台に行きオールインワンと書かれた容器を手に戻る。これだけ中身が減っているので普段から多く使用しているのだろう。

心地良さそうに眠っている小さな顔に目分量を塗り込んでいく。気持ち良いのか彼女はふにゃりとした笑顔を僅かに浮かべ、ホークスもつられるように笑った。寝ている時まで笑ってくれるなんて、やはり彼女は可愛すぎて困る。


「あ、水飲ませなきゃ…」


たくさん泣いて、濡らして、汗をかいたのだ。脱水症状を起こしてはいけない。ホークスは思い出したようにキッチンに行き、浄水器付きの蛇口を捻ってコップに水を汲む。


「亜希さん、水飲める?」

「…」

「亜希さーん…」

「ん…」

「起こしてごめんね、でも喉乾いてるでしょ?」


薄らと目を開けた亜希の濡れている髪を払うように額を優しく撫でると、彼女は小さく頷いた。けれど眠気と怠さで上手く体を起こせないらしい、それに気付いたホークスは閃いたとばかりに水を口に含み、ゆっくりと亜希に唇を重ねる。


「んぅ、」


いきなり流れ込んできた水分に亜希は驚いたものの、素直にコクリと喉を鳴らす。飲みきれなかった水が彼女の顎を伝っていく様子が艶かしく、ホークスはそれを舌で拭った。


「…もっと飲ませてあげる」


コップの水を数回に分けて口移す。亜希が大人しく受け入れてくれるのが嬉しくて、もう水は無くなったというのにホークスは亜希への口づけを止められなかった。二人の唇の隙間から、戸惑いと、少し情欲が滲む吐息が洩れる。


「っ…、啓、悟」

「…ごめん、亜希さん可愛くて、つい」


名残惜しく離れると、彼女は恥ずかしそうに目を逸らした。それから、「え…」と驚きの声を上げる。


「…もしかして、お風呂…」

「ん、シャワーだけだけど」

「ごめん、全然気付かなくて…私いつの間に寝てたんだろ」

「無理させちゃったからね、体は大丈夫?」

「………うん、大丈夫」


先程の行為を思い出したのか頬を染める亜希に、ホークスは微笑みながら彼女の髪にタオルをかける。「ドライヤーもするね」と声を掛ければ彼女は嬉しそうに頷いた。
ホークスに支えられるようにしてソファーに座った亜希の隣に腰掛け、ふわふわのタオルで髪の水分を吸い取ってからドライヤーのスイッチを入れる。

髪が乾いた頃、亜希は大きな欠伸をしながらホークスに笑顔を向けた。


「啓悟も疲れてるのに、色々してくれてありがとう」

「俺がやりたかっただけだから、気にしないで」


亜希がそっと凭れ掛かってきたので、細い体を抱き締めるように受け止める。二人でソファーに背を預け互いの体温を確かめるようにくっつくと幸福感でいっぱいになった。
しばらくそうしていると、亜希が控え目に口を開く。


「…あの、」

「んー?」

「……お腹空いちゃった」


ぐう。と、可愛らしい音。ホークスは「そういや晩飯まだだったね」と答えつつ、声を出して笑ってしまった。


「そ、そんな笑わなくても…」

「ふふ、ごめんごめん。お土産いっぱい買ってきたんだけど、ラーメンでも食べる?九州食べ比べセット」

「食べ比べ?美味しそう、食べたい」

「じゃあ作ったげるね」


目をキラキラさせる彼女に笑いながらホークスが立ち上がると、「私も作る」と亜希も腰を上げようとする。それをやんわりと制止し、「温めるだけだから」と言って亜希に待っているように伝えた。

鍋に水を入れてお湯を沸かす。その間に他に何か食べられそうな物がないか冷蔵庫を開けて、そういえば、とホークスは口を開く。


「亜希さん、料理してるんだ?色々冷凍してたから驚いたよ」

「あ…うん、簡単なのばかりだけど、やり始めたら楽しくて」

「そっか〜…あ、これ何?」


冷凍庫に入っていた小分けの袋を持ち上げてソファーに座っている亜希に見せた。


「肉じゃがだよ。この前たくさん作ったから、その余り」

「俺これ食べてもいい?」

「え、うん…でも美味しくないかも…」


口籠る亜希に構うことなく、ホークスは袋の中身を皿に取り出して電子レンジに入れる。貴重な彼女の手料理を食べられると心の中で喜びつつ、沸騰したお湯にラーメンをほぐし入れてテキパキと作っていく。

温まった肉じゃがと冷凍していた白米も用意し、少し量が少なめのラーメン三種類も器に入れてダイニングテーブルに並べると、食欲をそそる香りが部屋に漂った。


「出来たよ〜、立てる?」


ソファーで少し寝かけていた亜希に優しく声を掛けて、腰を抱くように立たせる。彼女は出来上がった料理を見て感嘆の声を上げた。


「わあ…美味しそう、ありがとう。いただきます」

「ん、いただきまーす」


ホークスは真っ先に、肉じゃがに箸を伸ばす。肉の旨味が沁み込んだホクホクのじゃが芋は若干味が薄いが、自分好みの味で思わず頬が緩む。亜希はラーメンをすすり、「美味しい」と嬉しそうに言った。


「とんこつの味が濃いね、すごく美味しい」

「うん…肉じゃが最高なんやけど…めっちゃ美味い…」

「本当?良かった」

「まじで美味い、はー…生きてて良かった…」


彼女の手料理を食べられることに感激のあまり涙目になっているホークスに亜希は驚きつつ、「大袈裟だなあ」と笑う。大袈裟なもんか、本当に心底思っている。


「ねえねえ、肉じゃがまだ余ってたから、明日の晩も食べてもいい?」

「いいけど、せっかくだから何か作ろうか?」

「まじで?!うん!」


前のめりに頷くホークスに、亜希はついに声を出して笑った。明日も東京で雑誌撮影がある。福岡に帰るのは明後日の明け方でいい。

連日一緒に過ごせることが嬉しくて。もう日付も変わる時間だというのに、二人は温かい食事に舌鼓を打ちながら。

のんびりと、幸せな時間を過ごした。



20200805


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