怒りの矛先


ホークスは浮かれていた。久々に亜希に会える目途が立ち、東京に行くのを今か今かと待ち詫びた。やっと彼女と触れ合うことができる、やっと、あの声を近くで聞くことができる、と、楽しみで仕方なかった。

なのに…こんなの、あんまりだ。


「…許さんから」




▽▽▽




福岡に戻ってから、一部の相棒達に亜希とのことを少しだけ話した。捜査を共にしていく中で、とある刑事と恋人関係になったと。ヒーローと警察官という、あまり例に無い職種同士の関係に相棒達はとても驚いていたが、みんな祝福してくれた。ただ耳にタコができるほど、「世間にバレないようにしろ」と忠告された。

ホークス個人としては大々的に宣言したいくらいなのだが、相手は警察官。人気ヒーローと公私混同していると非難されるのは間違いなく亜希の方だ。それにホークスには女性ファンも多く、いらぬ嫉妬を買ってしまうかもしれない。公表により彼女に余計な危険が迫るのは避けたかった。

相棒達は会ったこともない亜希を心配し、「ホークスは手を出すのも速いんやな」、「いつか彼女さん連れてきてよ、一体どこに惚れたのか聞きたい」などと好き勝手言われ、やっぱり秘密にしておけば良かったかな、と思っていたのだが…


「ホークス、二日連続で東京の仕事入れといたばい」


人気上昇中の若手ヒーロー達のインタビューと、雑誌撮影というメディア関連の仕事。二日に渡って…つまり、泊まりである。

ホークスが思わず相棒を見ると、彼は親指を立てて笑顔を向けてくれた。彼なりに気を遣って仕事の調整をしてくれたのだ。なんて優秀で優しいんだとホークスは感激し、来月の給料は倍出そうと思った。

そして久しぶりに亜希の声を聞いて、東京に行くことを伝える。電話越しでも嬉しそうな様子が分かる彼女に、早く会いたくて仕方ない。

ホークスの予想通り、亜希はやはり連絡無精だった。『おはよう』『おやすみ』といったメッセージには基本的に返事をしてくれない。既読マークが付くので読んではいるのだろうが寂しい気持ちは大きくなる。しかし一度、『今日の晩飯』と一言を添えて料理の写真を送ると、『美味しそう。これは私の晩ご飯』という返事と共に、ブレすぎて何がなんだか分からない写真を送ってくれたことがあった。一体何の料理なのかは不明だったが、亜希らしいなあと思って爆笑し、寂しくなったらこの写真を見れば笑えるので、ホークスのプライベート用スマホの待ち受け画面はこの写真に設定している。

それからは普段以上にパトロールに励み、一分でも東京に長くいられるよう書類もひたすらに片付け、そして今日。


「水曜日の朝に戻ってきますね」

「おお、彼女さんによろしく。仕事は手抜くなよ〜」

「ははっ、もちろんです、じゃあ行ってきます」


相棒達に見送られ、事務所を出る。近くの土産物売り場で亜希が喜びそうな福岡名物を大量に買った。彼女の家に泊まりの荷物は一通り置いているので、その分食料を持つことができる。

明太子、九州ラーメン食べ比べセット、真空パックされている焼き鳥。甘いお菓子や煎餅など、とにかく目につく物は全て購入し、大きなカバンにまとめて詰め込み飛び立った。
空へと舞い上がり、翼を羽ばたかせながら仕事中の亜希にメッセージを送る。


『昼過ぎに東京着くんで、先に亜希さん家に寄って荷物置いとくね』


すると、すぐに返事がきた。


『分かった。今日は何時くらいに終わりそう?』

『十八時くらい。晩飯、食いに行きませんか』

『うん。私は定時だから筋トレして待ってる』

『はい、また連絡します』


珍しく、というか、おそらく初めて亜希とこんな短時間にメッセージのやり取りをする。彼女も会えるのを楽しみにしていてくれているのだろう、それが伝わって、ただただ嬉しい。


予定通り昼過ぎに東京に到着し、亜希のマンションへ向かう。合鍵を使って部屋に入ると、やはり生活感はなく、広い部屋は数週間前に自分が泊まった頃から何も変わっていなかった。このマンションの周辺に配置してあるセキュリティ監視カメラの映像をたまにチェックしていたが、亜希らしき人物はいつも夜中に重い足取りで帰宅している。
相変わらず激務だなあと心配しつつ食品を冷蔵庫に入れようとキッチンに向かったホークスは、驚いた。

ここだけ日々使っているのだろう。綺麗に片付けられているが、料理をしている形跡がある。冷凍室には彼女が作ったと思われる料理が小分けにされており、冷蔵庫の中は割とパンパンだった。


「亜希さん、料理したことなかったのに…」


卵を綺麗に割れず、歪な目玉焼きを作ってくれたことが懐かしい。元々手先が器用な人だったが、忙しい仕事の合間に料理も覚えていたのか。ホークスは少し感激しながら買ってきた土産を隙間に入れていく。なんとかギリギリ入って安堵した。

そうこうしている間に仕事の時間が迫っていることに気付き、慌ててインタビューが開催されるスタジオへ向かった。




▽▽▽




「ホークス!久しぶりだな!」

「あ、ミルコさん、どうも」

「時間ギリギリだぞ、もっと余裕を持った方が良い」

「先輩は余裕持ちすぎですから。一時間前集合は意味不明です」

「シンリンカムイさんと…えーと、ああ、確か先日のデビュー戦で線路を破壊して被害総額がヤバいMt.レディさん」

「ぐ…なんて屈辱的な覚え方…」


スタジオには既に三人のヒーローがいた。全員で輪を囲むように椅子に座っており、ホークスも空席に腰を下ろす。インタビュアーは「お揃いになりましたので早速始めます」と質問を始めた。

当たり障りのない、無難な受け答え。いつもなら愛想笑いをしつつ面倒だと思っていたが、この仕事のおかげで東京に来れたのだと思うと不思議とやる気が出てしまう。

あっという間にインタビューは終わり、最後に全員で写真撮影。これはカメラマンが位置やポーズなどに拘ったせいで中々終わらず、気付けば終了時刻を大幅に回っていた。


「みんなで飯食いに行こうぜ〜、まあ明日も会うけど!」

「そうだな、親睦を深める良い機会だ」

「私お金ないんで奢ってください〜」


ミルコの誘いにシンリンカムイとMt.レディは頷いているが、ホークスはスマートフォンを片手にさっさと出口に向かう。


「俺パスで。先約あるんで、お先に失礼します」


愛しの彼女にやっと会える時間を絶対に削りたくない。ホークスは三人の返事を聞くことなく颯爽とスタジオを出て行ってしまった。


「ハハッ!あいつ生意気だな〜もしかして女だったりして!」

「ホークスにか…?ファンが阿鼻叫喚しそうだな…」

「はあ…公私ともに充実してそうで羨ましい…私なんて損害賠償ヤバくて毎日必死で生きてんのに…熱愛報道すっぱ抜かれて支持率落ちろ…」

「アッハッハッ!面白いなお前!よし、私が美味い店に連れてってやる!」

「まじ?!やった!ミルコさんゴチになりま〜す」

「お前らな…」


盛り上がる女性ヒーロー二人を冷めた目で見つつシンリンカムイが溜め息を吐いていたことを、ホークスは知らない。




▽▽▽




「…出ないな、集中してるんかな」


暖かくなってきた夜空を駆けながらホークスは亜希に電話を掛ける。しかし繋がることはなく、警察本部に迎えに行くことにした。以前、彼女は射撃練習をしていた時も時間を忘れたように集中していたので、おそらく筋トレもそうなのだろう。もしかしたら緊急の仕事が入っているのかもしれないが、一目だけでも顔を見たい。

本部に到着し、【使用中】という札が掛けられたトレーニングルームのドアを開けたホークスは、目の前に広がる光景に唖然とした。


「何やってんですか」


自分でも聞いたことがないほど、低い声が出る。

部屋の中心のマットの上で、相澤が亜希を押し倒していたのだ。しかも彼の片手は彼女の襟元を引っ掴んでおり胸元が見えそうになっている。
一番驚いたのは、顔を真っ赤に染め上げる亜希の表情だ。その顔は自分しか知らないハズのもの、だったのに。なんで。

剛翼を突き立てそうになりながらも貼り付いた笑顔を浮かべて近付くと、相澤は即座に彼女の上から退いて訳の分からない言い訳を口にする。

亜希は「ホークス、仕事終わったの?」と、特に気にするでもなく嬉しそうに言っているが、ホークスの頭の中は久しぶりに会えた喜びよりも、怒りと戸惑いが占めていた。


「はい、ついさっき。亜希さんに連絡したけど繋がらなかったから、まだ筋トレしてるのかなって覗きに来たんです」

「あ、ごめん…気付かなくて」

「いいですよ。で、イレイザーさん?誤解って?」

「………違うんだ」


分かっている。おそらく、状況からして、これは事故だ、そうに違いないと。
…分かって、いるのに。


「本当ごめん、イレイザーさんと手合わせしてて…つい夢中になっちゃって」

「ふーん、夢中、ねえ」


何も気付いていない亜希の言葉に腹が立つ。浮き足立つ気持ちを抑えつつ、早く会いたくて仕事が終わって真っ直ぐに来たのに。彼女は他の男と二人きりで夢中になって、こんな無防備な姿を晒していただなんて。

だいたい相澤も相澤だ。一瞬だけ見えた彼の顔にはハッキリとした欲が浮かんでいた。この男は以前から自分達を揶揄って楽しんでいたが、これは限度を越えすぎである。
もし自分が止めなければ、白い肌に何をするつもりだったんだろう。


「お腹空いたし、ご飯食べに行こう?」


呑気に言う亜希に適当に頷きつつ、未だ固まっている相澤を、殺気を込めて睨む。


「…次はありませんよ」


彼は教師で、信用たるヒーローだ。しかし亜希に触れたとあれば容赦はしない。無言で頷いた相澤を確認したホークスは、この怒りの矛先を彼女に向けた。

夕飯を食べに行く予定だったが、とてもじゃないがそんな気分になれない。


「亜希さん、すぐ帰るよ」

「え、」


トレーニングウェアからスーツに着替えた彼女の腕を掴んだホークスは、問答無用で警察本部を出た。軽い体を抱き上げ、すぐにマンションへと向かう。

部屋に入った瞬間、玄関に亜希を押し倒した。


「あ、あの、啓悟…?」

「……」

「…ご、ごめん、本当に…連絡に気付かなくて…」


申し訳なさそうに眉を下げる彼女の大きな瞳に、恐ろしく冷たい自分の顔が映る。細い体に覆い被さるように馬乗りになり、困惑の表情の亜希を見下すと気分が少しだけマシになった。


「連絡は別にいいよ、もう慣れた。てか、そんなんどうでもいい」

「啓悟…」

「俺がなんで怒ってんのか、ホントに分かんないの?」

「…」


無言の肯定に、わざとらしく大きな溜め息を吐いて彼女を睨む。やっと触れ合うことができる、やっと、声を近くで聞くことができる、と。楽しみで仕方なかったのに。

なのに…こんなの、あんまりだ。


「…許さんから」


だから、覚悟しろ。

そう呟きながら、ホークスは亜希の唇に噛み付いた。




20200731
プロヒーロー大好きすぎるので隙あらば出していきたいと思っています。『すまっしゅ』でのMt.レディが苦労人すぎてめちゃめちゃ好きです。


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