和議の行く先
―――朝。
ついに、和議が始まる。
「大丈夫…源氏は望美が何とかしてくれる」
私は望美との話し合いで、和議を行う屋敷の周辺、又は森の中に、源氏と平家それぞれの護衛兵を配置した。
…もしも政子様が暴れだした時、京の民を守る為に。
「では夕様、こちらに袖を通して下さいませ」
「はい」
今私は、白拍子の衣装に身を包んでいる。藤子さんが丁寧に着せてくれるおかげで、難なく着ることが出来た。
和議を結ぶ記念に、舞姫である私が舞うことになった。どうやら頼朝と政子様が舞を見たいと申立てたみたいで、それに対し、清盛さんも源氏の神子の舞を所望したらしい。
つまり、私と望美が一緒に舞うということ。
打ち合わせなんかしていないし、練習もしてない。
だけど…きっと大丈夫。
「私達は、親友だもん」
息ピッタリに、舞える。
そうしたら…きっと。
頼朝も清盛さんも、和議を認めてくれるはず!
「整いましたわ」
「藤子さん、ありがとう」
「いいえ…頑張って下さいね。夕様」
「…はい!」
私は大きく頷いて、知盛さんにもらった漆黒の舞扇を持ち、舞台へと向かった。
***
「夕、」
「知盛さん…」
舞台の手前に、鎧姿の知盛さんが立っていた。私はゆっくりと知盛さんに近付く。
知盛さんは私の髪を優しく撫でた。
「…白拍子の正装、美しく映えるな」
「あ、ありがとうございます」
…想いが通じたというのに、まだ知盛さんの行動や言動には慣れない。
恥ずかしくて俯く私の顎を掴んだ知盛さんは、ゆっくりと上に持ち上げて…
――ちゅ
「っ!」
キスされた。
「…真っ赤、」
「〜!だ、だって、」
目を細めて笑う知盛さんは、私の頬を柔らかく撫でた。
「…いつものお前の舞を、源氏の神子と一緒に舞ってこい」
「知盛さん…」
「ちゃんと、見ててやる」
「…はい!」
いつだって私の背中を押してくれる知盛さん。頷いて、舞台への階段を登った。
「……」
以前、雨乞いの儀式をしたこの舞台からは、全てが見えた。
来た方向は平家側。振り返れば、みんながこちらを見て座っている。
反対側には…源氏の人達。そこには見知った顔も何人か見えた。
…九郎さん、譲君、先生さんに、あの子供は…確かこの世界に来る時に見た子だ。
私と目が合ったその子は、にっこりと微笑み、そして…
私の神子の、大切な貴方…
神子にとって、唯一無二の存在…
「…龍神……」
頭に響く声に、私はこの子が、龍神なんだと理解した。
「夕、」
「望美…」
気づけば、白拍子の姿をした望美も舞台に立っていた。
私達はお互いに舞扇を構えて、笑う。
「…舞おう」
「…うん」
舞台袖から聞こえてくる琵琶や笛の音。ちらりと横目で見れば、そこには経正さんと敦盛君がいた。
二人の奏でる音色は美しく…
私と望美は、心地よく、そして楽しく舞った。
――――
―――――
―――――――…
舞が終わり、辺りに盛大な拍手が鳴り響いた。
私と望美は目を合わせて笑い合う。
「練習、一度もしてないのに成功したね!」
「ほら、前に体育祭でさ、ぶっつけ本番で二人三脚した時も…私達ぶっちぎりで一位だったでしょ?」
「あはは!つまり息ピッタリなんだね、私達!」
「うん!」
共に手を差し出して握手を交わす。
そんな私達を見て最初に言葉を発したのは…
「…源氏の神子と平家の舞姫が、こんなにも仲睦まじいとは…」
後白河法王だった。
「…うむ。良い舞だった」
「このように心地良い舞は、久しいな。政子」
舞台を一望できる特等席にいる清盛さんと頼朝が声を揃える。
「…えぇ。そうね」
政子様は妖しく笑い、頼朝に寄り添う。私と望美は警戒しながら特等席を見つめた。
座っていた後白河法王は、ゴホンと咳払いをすると立ち上がり、清盛さんと頼朝の間に立つ。
「…和平を象徴するかの如く、美しい舞を見させてもらった。よって…その方ら一門、恨みを水に流し、互いに一門の武力を使うことがないように」
「……」
「……」
黙る二人。先に沈黙を破ったのは、清盛さん。
「…よかろう、我は約定を守る」
「こちらも異存はない」
二人が認めた…!私と望美が喜びを分かち合おうとした時…
清盛さんが立ち上がり、懐から何かを取り出した。
「和議は良かろう…だが…」
その何かは、一瞬にして禍々しく光る。
「頼朝…貴様だけは討つ!」
清盛さん…やっぱり和議に納得なんてしていなかったんだ!
私は急いで舞台から降り、用意していた刀を握った。望美も反対側に回り仲間の元へと走る。
…清盛さんを止めなければ!
そう思った瞬間…
「そうはいきませんわ…!」
今まで感じたことないくらい、邪悪な気配に弾き飛ばされそうになる。
「夕!」
「と、知盛さん!」
知盛さんが私を抱き締めてくれたおかげで、なんとか飛ばされないで済んだ。
「この女狐めが!小賢しいわ!」
「グッアアアアアアア!!」
清盛さんの叫び声と断末魔に特等席を見上げると、そこには黒い石を振りかざす清盛さんに、豹変した政子様が襲いかかっていた。
「あれが荼枳尼天…っ」
政子様は苦しみながら、清盛さんを睨み付けて叫ぶ。
「人の子の分際で…貴様から殺してくれるわ!!」
政子様…荼枳尼天の邪悪な気が清盛さんに降りかかる。
その時、私と知盛さんの横を、何かがすり抜けた。
「清盛殿!」
「っ…時子さん?!」
時子さんは清盛さんの前に飛び出して、
―――バァァアン!
荼枳尼天の攻撃を受けた時子さん。
清盛さんは時子さんを呆然と抱き止める。
「と、き…子…?」
「清盛…ど、の」
私と知盛さんも急いで駆け寄る。
「時子さん…!」
「…母上、」
時子さんはただ、小さく微笑む。
「清盛、殿…もう恨んではなりません…」
「時、子…っ」
「貴方は、よく頑張った…一門の為に」
「…我は、っ」
時子さんの手が、清盛さんの頬に触れる。
「私も…ご一緒します故…」
「時子…」
「もう…眠りましょう…清盛殿…」
ゆっくりと目を閉じた時子さんの手を、清盛さんはしっかりと握る。
「あぁ…そうだな…時子」
清盛さんと時子さんの体が、フワッと透けていく。
清盛さんは涙を流しながら、時子さんをしっかりと抱き締めていて…
そして、消えた。
「そん、な…」
誰も死なせないと、決めていたのに。
時子さんが…時子さんが!
「…夕」
「知盛さん…っ」
泣き崩れる私を、知盛さんが支える。
「…二人は、笑っていた」
「…っ」
「共に浄化され、幸せだと思う」
…望美が封印した訳でもないのに、二人は消えた。
…怨霊の清盛さんを包み込むほど綺麗な心を持つ時子さんの、気持ちだったんだろうか…
私は涙を拭って前を見据える。
そこには、清盛さんからの攻撃に未だ苦しそうに喚く荼枳尼天がいる。
「グッ…クゥゥゥ…!許さないわ…!」
荼枳尼天は政子様の体から抜け出し、空にその姿を現した。
「夕!」
「…望美!」
望美が駆け寄ってきて、私に手を差し伸べる。
逝ってしまったみんなの為に、
この哀しい戦いの犠牲になってしまったみんなの為に。
「夕…荼枳尼天を、倒そう!」
「…うん!」
私は望美の手を取り、共に刀を構えた。
20110101