行動開始
北条政子の中に、神がいる…?
そんな事ある訳ない…とも思ったけれど、この世界には怨霊も龍神も存在する。
もし人に神が宿っていても、信じられる…
「…その神って、一体…」
「…古来より、人を喰うと言い伝えられている神、荼枳尼天という神です」
「荼枳尼天…」
「…何故、北条政子の中に宿っているのかは分かりませんでしたが…彼女の力は凄まじく、誰も太刀打ち出来ませんでした」
「…」
「私だけが生かされ捕虜となり、連行され…そこで源頼朝と北条政子に会いました」
「…何か、されましたか?」
「…催眠術を施され、放心状態になった私に、彼女らは呪いを掛けました」
「!?」
呪いを掛けるなんて、なんてことをするんだ…
「そこで記憶を失い…気付いたら、私は此処にいました。そして先程、過去を思い出したのです」
…平家は怨霊を生み出しているが、源氏は神を味方にしている。頼朝は、荼枳尼天の力で源氏や民を支配しているのだろうか…
「…北条政子は、どんな人でしたか?」
「…鋭い勘を持ち、隙がない方でした」
「そう、ですか…」
頼朝のすぐ隣にそんな神がいるとなれば…一筋縄ではいかないだろう。
「記憶があるのに、解決の糸口を見つけられず、申し訳ございません…」
うつ向く重衝さんに、私は笑顔を向ける。
「いいえ、重衝さんのおかげで手掛かりが掴めました。これからの会議で、荼枳尼天をどうするか作戦を立てましょう?」
「夕様…そうですね。では私は先に広間に行っております」
重衝さんは柔らかく微笑んで、広間へと向かった。
重衝さんの背中が見えなくなった時、屋敷の奥からドタドタと騒がしい音が聞こえてきて、現れたのは…
「…夕!」
「…将臣君!」
将臣君だった。
走って来たのだろう…将臣君は少し汗をかいていて、髪も乱れていた。
「夕、夕…!」
「…え、ちょ!」
勢いで将臣君が私に抱き着こうとした。けれど…
「……有川。何をする」
「と、知盛さん、」
私の体は後ろに引っ張られ、知盛さんに背後から抱き締められた。
空振りした将臣君は少しよろめき、気まずそうに頭をガシガシして…
ゆっくりと、頭を下げた。
「…将臣君…?」
「すまねぇ…夕、知盛」
「なんで…」
なんで謝るの。そう問おうとしたけれど、知盛さんが先に口を開いた。
「…約束を、憶えているな?」
「…ああ。約束破っちまって、本当にすまねぇ」
…約束?
一体なんの約束なんだろう…
そう思ったのもつかの間、知盛さんは私から離れて、そして…
将臣君の顔面を思い切り殴った。
激しい衝撃に耐えきれなかった将臣君は勢いよく尻餅をつく。
私はびっくりして動けない。知盛さんは静かに将臣君を睨んで、少しだけ笑った。
「いってぇ…っ」
「…お前の世界ではこう言うのだろう?この一発で…チャラ、だ」
「ははは…サンキューな、知盛」
「だが…この時空でこそ、約束は必ず守れ」
「…おう」
口の端から垂れた血を軽く拭いながら、将臣君は立ち上がる。
何の事だかサッパリな私は、とりあえず将臣君の顔を覗いてみる。
「だ、大丈夫…?」
将臣君はニカッと笑って頷く。
「おう!…よし、広間に行くか!」
「…うん!」
…これから、新しい未来を切り開く為に、みんなで打ち合わせだ!
にしても…いってぇな。
知盛の野郎、力一杯殴りやがって。
でも…
「夕だけは、必ず守ってくれ…最初で最後の頼み、だ」
未来で、あんな大切な約束を俺は破ってしまったんだからな…
「もう二度と…絶対に破らねーよ…」
広間への廊下を歩く夕と知盛の後ろ姿を見ながら、俺はもう一度、強く誓った。
―――
――――
――――――…
「此処は…」
目が覚めると、そこは運命を上書きする度に必ず辿り着く、熊野だった。
「今日は随分早いのね、望美」
「…朔。おはよう」
「おはよう。譲殿と朝食を作っているから、もう少ししたら広間にいらっしゃい」
「うん…」
ゆっくりと体を起こして、私はまた夕を救えなかったことを後悔した。
…今まで、何度時空を越えただろうか。何度、夕が死んだんだろうか。
夕はいつも、どの運命でも死ぬ。
平家の御座船と共に夕が燃えたり、源氏の兵に殺されたり、源氏からの逃亡中に事故に遭ったり…
ただ、どれも…私と夕は顔を合わさなかった。
夕と面と向かったのは、あの時空の、福原だけ。
あの福原は、燃える京で全てを失った私が初めて書き換えた運命だ。
夕が平家の舞姫ということを知らず、私は源氏を…みんなを救うために、平家を滅ぼそうとした。
でも…それは間違いだ。
源氏の為に、平家を滅ぼしちゃいけない。それは何の解決にもならなくて、誰も救えない。
夕は、源氏を憎んでいる。敦盛さんや平家のみんなを殺してしまったから…
でもあの福原の夕は、私を斬らなかった…
親友だから、と。
…夕と知盛は愛し合ってる。将臣君も、お世話になった平家の為に頑張っている。
…八葉や源氏のみんな、平家。どちらも救う為には…方法は一つしかない。
「…和議を、結ばせる…」
政子様が奇襲を仕掛ける為の、あの和議を、必ず結ばせるしかない。
その為には…みんなの協力が必要だ。
「…大丈夫、みんな信じてくれる」
私は逆鱗を握る。
いろんな運命を経験して、みんなが死ぬのをたくさん見てきた。
「みんなに、全部話そう。運命を変える為に…!」
私は立ち上がり、広間に向かう。
…なんでだろうね。もうあの時空の夕には会えないはずなのに。
私は、また会える気がするんだ…
みんなが待つ広間の襖を、私は勢いよく開ける。
「みんな、聞いてほしいことがあるの…!」
今度こそ、新しい未来を。
20101226