見える希望
平家の屋敷へと戻る道中に起こった出来事は、前と全く同じだった。
宿のおばさんの仕草や言葉、すれ違う人達、景色や天気…どれもこれも、見覚えがある。
望美の力によって、私と知盛さんだけが過去に戻ったのだから、他の人はみんな未来の記憶なんて無いんだろう…
「未来に起こる事を、みんな信じてくれるでしょうか…」
「さぁな…だが、信じぬならば信じさせるだけだ」
「…はい」
…私は、一人じゃない。知盛さんが居てくれる…
…望美は……
夢で聞いた望美の言葉は、どの運命でも私が死んでいるようだった。彼女は私が生きる運命を必死で探してくれていた…たった一人きりで。
自分だけが悲惨な未来を経験して、それを背負っていた。
どんな力かは分からないけど…時空を跳躍して、運命を少しずつ変えている。
そして最後に望美は、「この運命こそ」と言った。
望美…今、私は生きてる。悲しい未来もちゃんと覚えてるよ。
だから…
平家は私が何とかする。だから、望美に会いたい…!
***
しばらくして、私達は前と同じ様に屋敷に辿り着いた。緊張しながらゆっくりと門をくぐる。
すると、庭から経正さんが姿を現した。
「…知盛殿、夕殿。長旅ご苦労様でございました。熊野はどうでしたか?」
「…熊野は…」
やはり、前と同じだ。
…熊野には勝てる確信が無ければ味方にならないと言われていた。
それを伝えようかと迷っていた時、いきなり経正さんが頭を抑えて苦しそうに唸った。
「ぐっ…!」
「経正さん?!」
驚いて近寄ると、経正さんは顔を上げ、信じられないといった表情を私達に向けた。
「…今、のは…」
「…?」
「何故…あなた方が囮に…」
それは…未来の出来事。この時空の経正さんが知るはずのない、記憶。
私と知盛さんを見比べる経正さんに私は言う。
「経正さん…まさか記憶が…」
「は、い…今、頭に流れたのは…我々が確かに経験したことですよね?」
私は大きく頷く。
「…私と知盛さんは、この先の未来で死にました」
「ああ…そうか。我々はお二人を犠牲にして逃げ延びた…」
経正さんは深々と頭を下げる。
「本当に申し訳ありませんでした…あの時、源氏の足止めならば怨霊である私がすれば良かったのに…尊いあなた方の命を…!」
悔しそうに言う経正さんに声をかけようとしたが、私より早く知盛さんが経正さんの肩に手を置いた。
「お前は帝の護衛という役目があっただろう。それに…俺も夕も、自らが死を選んだ。それだけだ」
「知盛殿…」
経正さんは、知盛さんに頭を下げて笑った。
その時、屋敷の奥からドタドタと走る音が聞こえてきて…振り向けば。
「夕様!」
「わ!ふ、藤子さん!」
走ってきた藤子さんが私に抱き付いた。こんなこと前はされなかった…それに、いつも冷静な藤子さんが一体どうしたのかと顔を上げてみると、藤子さんは…泣いていた。
「夕様、夕様…良かった、またあなたと会えて良かった…!」
「え…」
「先ほど、私の頭に記憶が蘇りました…あなたの、源氏の待つ御座船へと向かう背中を…私はただ見つめるしか出来なかった」
「藤子さん…」
藤子さんは泣きながら笑った。
「小さな頃から共に育った姫を失い、夕様までも失うなんて…もう嫌です、あなたには、生きて幸せになってほしいのです」
…藤子さん……
そして。
経正さんと藤子さんだけでなく、平家のみんなが記憶を思い出していた。
「なんで…みんな記憶が…?」
「…分からん…だが、これならば…新しい未来とやらを造れるかもしれんな」
ニッと笑う知盛さんに、私も笑い返す。
そうだ、みんながあの未来を知っているなら…!
きっとこの運命は、変えられるはず!
***
しばらくして。
将臣君も熊野から帰って来るはずだから、すぐに会議が出来るように、みんなには広間に集まってもらった。
「夕様、」
「…重衝さん…!」
まだ六波羅に行ってない重衝さんを見つけて、私は嬉しくて駆け寄る。
「…この身であなたに、また会えるとは…」
「…重衝さんも未来の記憶があるんですよね…じゃあ教えて下さい。なんで、六波羅に視察なんて行ったんですか」
重衝さんも、経正さんと同じくらい和議を喜んでいたのに。どうして福原にも和議にも無関係な京の六波羅に、あのタイミングで行ったのか…理由を知りたかった。
重衝さんは辛そうな表情で、でも私の目を真っ直ぐに見た。
「過去に私は…すごく愚かなことをしてしまったのです」
「…どういうことですか?」
「…京を源氏に奪われた時…私は…、」
「…」
重衝さんは悲痛に顔を歪める。
「六波羅を…燃やしたのです」
「…っ」
「源氏の手中に治まるくらいならば消せ、それが…清盛様の命令でした」
「まさか…」
六波羅の人々は…
「…六波羅と共に…何の罪も無い人々も…私は…っ」
「重衝さん…」
「…和議の話を聞いてから毎晩…六波羅に火を放った時の夢を見ていました。お前だけもう戦をせず、平和に生きて良いのか…燃えてしまった人々の念が、私に問うのです」
「…」
「もし和議が成らなかったら、私は死ぬかもしれない。だから和議の前に…せめて弔いの花を供えたかった。いや…本当は六波羅に行き、今の人々の生活を見て、私はただ安心したかっただけなのです」
重衝さんは苦しそうに目を閉じて、片手で目元を覆う。
重衝さんは戦で、いつも人を殺すのを躊躇っていたし、戦が終わった夜にはお経を唱えていた。
こんなにも優しくて心の綺麗な人なのに…
「…ごめんなさい…」
「夕様…?」
「…重衝さんは苦しんでいたのに、私は…和議や源氏の事ばっかり考えてて…」
「…何故、あなたが謝るのですか…」
「だって…私は重衝さんにいつも助けてもらってたのに…私は何も…!」
すると重衝さんは、泣きそうな笑顔で膝を付いて座り、私の両手を握った。
「…私は、いつもあなたに救われています。悲しい時、辛い時、苦しい時、あなたは私に微笑みかけ、癒しを与えてくれた…」
重衝さんは私の両手をギュッと握り、それを自分の額につける。私も重衝さんに目線を合わせるように屈んだ。
「…重衝さんの過去を変える事は出来ないけれど、でも私達は生きてる。だからこれからは…みんなが幸せになる未来を、私達で作っていきましょう?」
そう言うと、重衝さんは小さく微笑んで、しっかりと頷いてくれた。
「…お恥ずかしい姿を見せてしまい、申し訳ありません」
重衝さんはゆっくり立ち上がる。私もそれに習って腰を上げた。
そして、重衝さんは思い出すように、今度は真剣な眼差しで口を開いた。
「…あの時、六波羅に花を供えようとした時。私達は源氏に襲われました」
「…人数は?」
「…一人、です」
「…え……」
重衝さんは間を置いて、ポツリと呟く。
「源頼朝の正室、北条政子の中に宿る…神に、襲われたのです」
20101216